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最後の詰め 4

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「誤魔化そうとしても無駄だ。
 あれは女性だな。そもそも、前から違和感はあった。
 少年であるにしては、所作が綺麗すぎる。
 決め手は貸し出したあの衣装。
 あれは、女性特有な身体の曲線に沿う様、作られておる代物故、男が身に付けるのは無理だ」

 そう言われ、あえてあの衣装が選ばれたのだと知った。
 背中を汗が伝う……。
 もう、確信を持たれてしまっている……。サヤを少年だと言い張るのは、もはや無理だった。
 だが、異界から来た少女である。
 なんてことは口に出来ない。

「性別を偽っていた理由は何だ。
 政治的利用を、懸念してであろうとは思う。サヤは、その様な立ち位置の者であるのだろう?
 念入りに身元を隠すための処置なら、あれの背後が気になるのは仕方あるまい」
「違います。サヤに背後などございません。天涯孤独の、少女ですよ。
 性別を偽っていたのは、ここで彼女を保護する上で必要な処置であったというだけです。
 俺のセイバーンでの立ち位置が、そうせざるを得なかったというだけなのです」
「其方が保護する理由があったということだろう。
 それは何だと聞いておる」
「彼女がそれを望んだというだけです。ギルに託そうとはしたのです」
「……つまり、あの娘には、ここに居なければならない理由がある。ということだな」

 追撃の手を緩めてくれる気はない様子だ。
 焦る気持ちがジリジリと胸を焼くが、慌てるなと、必死で自分に言い聞かせた。

「聞けば、土嚢もあの娘の発案であるそうだな。
 解せぬ……あれだけの知識を持つものを放逐する国というのが、想像出来ん。
 この近隣ではないのだろうとは思うが」
「そこは申し上げた通りですよ。海の彼方にある島国です。
 潮の流れに翻弄されて、帰り方も分からない、遠い地だ。
 ただそれに、政治的な理由はありません。
 たまたま、運悪く、そうなってしまっただけです」
「それはあの者が自分でそう申しておるだけであろう?
 その言葉を鵜呑みには出来ぬ」

 言葉が、胸に突き刺さる。
 言っていることは真実で、俺がサヤの手を引かなければ、彼女はきっと、ここに居なかった。
 だが、それを信じてもらう手段が無い。
 どうすれば良いのか分からず、焦る気持ちと不安が、大きく育っていく……。

「だが……」

 そこで姫様は、困ったという風に、大きく息を吐いた。

「あの者の行動理由が、其方並に、読めん」

 そう言ってから、長椅子の背もたれに身を任せた。

「私の身代わりを言い出し、身を危険に晒した。自らだ。
 高貴な生まれなら、その様には行動すまいよ。自身の身を守ることを優先するはずだ。
 普段も普通に、従者として振舞っておるしな……それを苦にする様子もない。まるで知識量と、行動が、合致せぬ。
 その知識についてもそうだ。
 見返りも求めぬ……甚だ不可解だ。
 何か交渉してくるかと隙さえ伺わせても、全く無頓着であるしな。
 本気でただ、そうしたくてそうしておる様にしか、見えぬ。意味が分からん」

 姫様のお手上げだと言った態度に、他の二人も苦笑を浮かべた。
 それで、少しだけ場の空気が緩む。
 サヤのことを、政治的に利用する為に、勘ぐっているのではない様子に、俺は姫様が何を聞き出そうとしていたのかが、分からなくなくなる。
 正直、どう答えて良いやら困り、眉を寄せた俺に、姫様までしかめっ面になった。まだ分からぬのかこいつは。と、いう時の顔だ。

「そもそも、疑われたくないなら、特殊な知識など晒さねば良い。
 つまりあえて出したのだ!   王家の病を言い当て、我々に恩を売った理由がある筈ではないか⁉︎
 其方も其方で、特別なその知識の出所を簡単に晒しよる……もう少し慎重に行動すべきだぞ⁉︎
 一体何を考えておるのだお其方らは!   だいたい、この様な企てを……」
「姫様……その様な物言いを致しますと、まるで詰問されているかのようですわ」

 言葉を重ねようとした姫様を、リーカ様がやんわりと止めた。
 ハッとした姫様が、視線を泳がせてそっぽを向く。唇を尖らせて、何やら不満そうながらも押し黙った。
 リーカ様は、そんな様子の姫様を微笑ましく眺めてから、俺に視線をやり、優しくにっこりと微笑みを浮かべて。

「レイシール様、姫様は、サヤを心配なさっておいでなのですよ。
 どう解釈しても、明らかに高貴な生まれ……その様な方が、性別まで偽って、従者をされているのです。
 まだ、成人前である様子ですし……一人親元を離れるには、いささか早すぎますわ。ならば、何か理由があるはず。
 そもそも、共のお一人もいらっしゃらない状態で保護したというのは、不可解すぎます。政治的な陰謀があるのではと考えると、王家で保護した方が良いのではないかと、そう思われたのです」

 そんな風に言われ、考え至らなかったことに呆然とした。
 あ、ああ……そう、か。そういう風に解釈する場合も、あるよな……。
 つい、知識目的な、悪意ある者の懸念にばかり意識がいっていた。
 俺の様子に姫様は、手間のかかる奴だと肩をすくめる。
 そうしておいてから、もう一度。今度は少しゆっくりと、喋り出した。

「……正直、相当な恩を……借りを作ったと思うておるのだ。
 ここに出向いた時、私は……今のこの様な形など、想像だにしておらなんだ。
 リカルドのこともだ。
 あれは……姉上の死から、人が変わってしまったのだとしか……。は、はじめは、何か考えがあってのことだと、思うておったのだぞ⁉︎   しかしな、十年にも渡って、あの態度を貫かれた。何の説明もなしにだ!
 ……信じ通すことをしなかった私も、不甲斐なかったのだが……」

 居心地悪そうに、そっぽを向いたまま、姫様が言う。
 だが、あそこまで徹底して演じられてしまうと、正直信じきれないと思うのだよな。
 俺はたまたま、運が良かっただけだ。

「正直少し、自暴自棄になっていた……。
 其方を無理矢理、巻き込もうとしておったのも……事実、私の意思だ。
 途中まで私は……我欲のために暴走しておった」

 ポツポツと語る姫様。
 自分の非を認める発言に、俺は少々驚く。
 はじめの方の姫様は、どこか演技をされている風であったと、俺も思っていた。
  サヤを暗に引き抜こうとされてみたり……俺を無理やり近衛にするといった発言をしてみたり、姫様らしくなかった。
 だが途中から、その様子は薄れ、今は、特に違和感も無くなっている。

「気持ちが変わったのは、其方が、ただひたすら昔のまま、お人好しであったからだ。
 だんだん、罪悪感が強まっていった……更にあのサヤだ。
 其方に輪をかけ、お人好し。二人揃うと危なっかしくて仕方がないわ。
 駆け引きも何もなしに、病のことをサラリと言われ、其方は優しいから、心配するなと囁かれ、挙句、私の身代わりまで!
 其方も相変わらず……思いもよらぬ手法で、私が王となる為の手段を作り出しよるし……。
 ……まぁ、なんだその……反省、したのだ。
 もっと、信じれば良かったのだと。
 何もかも、私が、臣を、信じ切らなかったことに起因している。
 リカルドとて、私が本気で信を示しておれば……打ち明けてくれたやもしれぬ」

 姫様の告白に、俺はふんわりと、気持ちが和らぐのを感じていた。
 ああ、やはり姫様は、素晴らしい方だ。有耶無耶に、誤魔化しておけば良いものを、こうして晒し、認めているのだから。

「それでだな……その……何かの形で、其方らに褒美を与えたいと思うておる。
 とはいえ、其方はまだ成人前であるし、其方の希望もある。
 それでとりあえず、其方にとっては重荷であろう、サヤのことを、こちらで引き受けようかと思い至ったわけだ。
 悪いようにはせぬ。あの娘は賓客として扱おう。状況報告も送る。
 まだ何か問題があるというなら、隠さず申せ、対処する」

 そんな風に真摯に言われ、途方にくれた……。
 姫様は、本気でサヤを案じて下さっているように思えた。
 王となられる方であるから、国のことを優先するお立場だ。今のこの言葉が絶対ではないだろう。
 けれどそれでも、どうしようもなくなった時以外は、サヤを守って下さるだろうということは、伝わった。
 サヤが、ただの流浪の民であったならば、それで良かった……。

 けれど……サヤは異界の民。
 この秘密は、流石に、言えない。
 姫様であるが故に、言えない。
 この娘の知識はこの国を左右する。
 土嚢が既にそうだ。湯屋だって、手押しポンプだって、この国を大きく変えるだろう。
 それをサヤ本人が、望んで提供するなら、とやかく言うつもりはない。
 けれど、こちらの世界の者が、サヤの知識を搾り取ろうとするかもしれないことが、恐ろしかった。
 王家に保護して貰えば、サヤの身は安全だろう。
 だが、サヤの心を守ってもらえるか……サヤの意に沿わないことを強要したりしないか……。
 姫様がどれほど心を砕き、サヤを保護してくれたとしても、ルオード様や、リカルド様が近くにいらっしゃるのだとしても、安心できない。
 皆、サヤよりは国を優先するだろうからだ。
 俺だってこの国の者だ。その気持ちは分かる。サヤから溢れる知識に、目を眩ませないとは言い切れないと思う。でも……俺はサヤを守りたかった。

 サヤは、何の犠牲もなく、知識を晒しているのではない。
 彼女はきっと、何も言わない。一人で耐えようとするのだろう。
 正しい保証のない知識を、震えながらでも、求める人に、与えようとするのだろう。
 王家や、世界を変えてしまう重圧を、一身に背負って……。
 そんな健気な娘を、誰かの手に委ねたくない……。俺自身の手で、力で、守りたい。

 けれど……。

 俺は、剣も握れない。
 今回の様に、争いの場に赴くことが出来ない俺が、彼女を守るだなんて……出来るのかと考えると、気持ちが揺らいだ。

 姫様なら……公爵家の方々なら、それが出来ると思う。
 だがその姫様や、公爵家の方がそれを強いた場合はどうなる?
 サヤに知識を晒せと、強要してきた時、俺は、守れるのか?

 コンコン……

 思考に引っ張られて視線を床に落としていた俺の耳に、扉を叩く、おとないの音が聞こえた。
 リーカ様がスッと動いて、来訪者の確認に行く。
 程なくして、連れて来られたのは……サヤだった。
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