異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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信頼 4

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 貴族社会というのは、形にこだわる。
 つまり、襟飾であったり、正装では必ず左腰に長剣を下げていなければならなかったりする。
 左利きであってもだ。
 式典等の正式な場では、必ず皆が、足並みを揃えることを要求される。
 襟飾は、お互い合意の上で主従関係を持っている。横槍は無用と宣言するためのものだ。それを形で表している。
 では正装はというと、これは国への忠誠を示すためのものだ。
 全ての形には、意味がある。

 ここで、恋人という存在を、どういった手段でもって知らしめるか。という問題を考えよう。どうやって形で表すかだ。

 家同士の関係……つまり政略結婚であれば、色々話は早い。さっさと同衾させて、女は片方の耳に穴を開ける。
 そして片耳だけ、耳飾りを付けるのだ。婚約者から、送られたものを。
 家同士の繋がりを、簡単に、かつ的確に、その飾り一つで表す。既成事実も、全てだ。
 この場合、成人前であっても関係ない。家同士の合意があるからだ。
 途中で決まっていたことを覆されても困る。だから、外堀を埋める。そのための儀式でもあった。

 で、政略結婚ではない場合。
 成人していれば、何の問題も無い……お互い合意があり、家督を継ぐ等の責任問題が発生しないのであれば、あとは当人同士の問題だ。よっぽど家系同士にいざこざがあったり、身分差がありすぎたりしなければ、片耳に印を得る関係になれば良いし、その先……両耳に飾りを揃えるまで、進むことだってできる。
 お互いの家にそれとなく挨拶や根回しは必要だが、それだけだ。

 では、成人前の場合……。
 途端に、立場が弱くなる……。
 親の庇護下にいる者である以上、親の意思に従わなければならない。
 当人らで勝手に関係を持ったところで、飾りを得ることはできない。
 そのうち、親の決める結婚……政略結婚が、用意されるかもしれない。
 そうならないためには、さっさと親を説得して、飾りを得られる関係作りをするか、成人まで余計な横槍を入れられないよう、配慮してもらう。
 そうできない場合は…………。

 そして、更にややこしいことに、俺は成人前……カメリアは、成人している設定なのだ。
 しかも実際には、サヤも成人前……。ややこしすぎる!

「分かったろうが。悠長に、今まで通りじゃ駄目なんだよ。
 お前は領主様の庇護下だ。領主様を語って、あの魔女がなんかしやがる可能性もある。
 襟飾をでっち上げるわけにもいかねぇ……お前らの関係は、ここだけの秘密。けど、お互いその意思はあるって見せなきゃならん」
「……父上は、療養中だ……」
「そう。それを利用すんだよ。
 お前は妾腹だから、父親との接点が少ない。特に今は療養中で、お前には役職もある。だから、機会を待ってる。
 父親も二人の関係は知ってる。だから、今まで婚約者も決められていない。配慮されてる状態なんだって、見せるんだ。
 馬鹿に余計な横槍を入れさせないためにも、仲睦まじく見せとく必要があるんだよ。
 ……このややこしい貴族のごちゃごちゃ、サヤに説明……」
「……!」

 必死で首を横に振った。
 サヤには言いたくない。不安にさせるだけだろうし、下手をしたら酷い重圧にしかならない。

「……まあそうだよな。
 正直、お前の兄貴が妻を娶るまでは、お前にこの手の話は無いと俺は思ってるが……あの魔女だからな……下手な隙は作りたくない。
 だからな、祝賀会の間だけは、極力恋人らしく、振舞わなきゃならん。
 サヤにもそれを理解させなきゃならん。
 気長に、サヤの気持ちが整うのを待つのはお前の自由だし、それが必要だというのも分かってるが……ここだけは、きっちりやらなきゃ、やばいんだよ」
「……ああ、分かった。
 真剣に準備する。だけどサヤの負担には……」
「そこはお前の演技次第だろ。気合い入れて演じろ」
「勿論だ」
「……あー……まあ、ここだけ乗りきりゃ、あとはそう、問題にならないと思う。
 戴冠式は、一応女物の礼服も用意させているが、姫様方は理解して下さってるんだろう?    なら、従者で通せるはずだ」

 その言葉に、胸の重圧が若干、緩和された。
 ほっと息を吐く。
 祝賀会を、サヤ抜きでやり過ごすことも一瞬考えたが、その場合、異母様の方に根回しが行くと厄介だ。全ての嘘がバレる可能性すらある。
 兄上の婚約……相手が決まるまで、俺にその手の話は来ないと、俺も考えてはいるが……。

「……すまない。色々、俺の考えが足りないせいで……」
「しょうがねぇだろ。親が頼れねぇ上に、情報源が無いんじゃな……。
 特にお前は、貴族社会とはほとんど関わりないような生活を、余儀なくされてんだ。
 だからそこは、俺が担う。頼れ。遠慮なんかすんなよ」

 そう言われた。
 なんて頼もしい親友か。
 先日ルーシーに言われた言葉もあり、とっさに出そうになった謝罪を、無理やり言い換える。

「あ、ありがとう……助かる」
「……お、おぅ」

 若干面食らった顔をされてしまった。
 けれど、悪い気はしないらしい。少し恥ずかしげに、頭を掻いていたが。

「……なあ、サヤを大切にしたいって、本気で思ってんなら……領主様のこと、そろそろどうにか、考えるべきじゃないのか?」
「……そうかもしれない」

 今までは、俺だけの問題だった。
 俺さえ成人まで乗り切れば良いのだと……俺と接点を持とうとしない父上にも、何かしら事情があるのだろうと……。病が酷い状態であるなら、仕方がないことだと、そう、思っていたのだけれど……。
 サヤを守らなければならないのだ、俺は。
 この世界にたった一人の、彼女を。
 彼女に俺の生涯も捧げた。つまり俺の身は、もうサヤのものだ。サヤ以外に、好き勝手させるつもりはないし、させてはいけない。

「……マルが見つかったら、早急に、知らせてほしい……。
 覚悟を決める」
「……そうだな。そうしろ」

 俺を見下ろしつつギルが、一つ、大きく息を吐く。

「……俺にもちゃんと相談しろ。バート商会も、お前の手駒にしとけ。
 兄貴もそれは、同意してる。ここに来ると決めた時からだ。
 お前が覚悟すんなら、言っとく」

 急な言葉にびっくりしてギルの顔を見上げると、真剣な顔のギルが、俺を見下ろしていた。
 けれどすぐに視線を逸らし、ぐしゃりと俺の頭を乱暴にかき回す。

「ま、何かあると決まったわけじゃねぇ。
 今は知っときゃいい。
 さ、戻るぞ。余計なことは顔に出すな。今は祝賀会だけ、考えて乗り切れ」
「……ああ、分かった」

 胸の中に感謝の言葉だけ。呟いたけれど……口にはしなかった。
 今はきっと、それは求められていないのだと、思ったから。
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