異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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拠点村 15

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 そしてまた、拠点村に向かう日が来た。

「早いなぁ。あっという間に時が経つ。あと五日もすれば王都に戻らねばならんかぁ。
 ここの美味い飯が食えなくなるかああぁぁ」

 別館を探る怪しい人影は特別な接触をしてこず、異母様方の方の動きもない。……まあ、今は父上の所に赴いているから、何も起きないのは道理であるのだけど……。
 ディート殿はゴキゴキと首を鳴らしながら長椅子から立ち上がる。本日も暇を持て余していたのだ。
 マルは一向に帰って来ず、いったいどこで何をしているやら……また一人で危険なことをしていないか、不安が募る。

「準備ができました。向かいます」

 ハインが呼びに来て、俺たちは馬車へと乗り込んだ。
 本日はハインがいるので、ディート殿も馬車の中だ。
 拠点村へ向かう時間としては、いつもより少し早い。けどまあ、問題ないだろう。

「サヤ、籠手は馴染んできたか?」

 男二人が並んで座り、俺の向かいにサヤが座っている。
 ディート殿にそう声を掛けられたサヤは、柔らかく微笑んで「はい」と、答えた。

「付けてるのを忘れるくらいには、馴染んできたかと」
「それは重畳。重さも支障が無い様子だし、これなら問題無いな。
 だがもうひと組ほどは、作っておいてもらえ」

 馬車の中は和やかだ。拠点村での問題が、重く胸を圧迫していたけれど、表面上は。
 俺は、帳を下ろしていない窓から、ずっと外を眺めていた。
 あれから五日か……。ウーヴェからはなんの連絡も無い。ルカはまだ、現場に関わっている様子で、それがルカの、カメリアへの想いの強さのように感じ、俺の気分はどうしても塞いだ。

「レイ殿……今日はいつにも増して、暗くないか?」
「そんなことないですよ。村の計画変更に、問題点は残ってないか、検討していただけです」

 新しく描き上げた俯瞰図を、本日は監督らに見せる。
 水路の巡りを一部変更することとなるのだが、まだ手をつけていない箇所であったから、問題は無いと思う。
 また少し、村が拡張されることになってしまったが、そこはまぁ、仕方がない。

「神殿への打診は、いつ行う予定だ?」
「社交界の折……か、書簡でか……。ちょっと暫く、遠方へは動けそうもないですからね」
「そうか。なら、社交界の時にしておけ。そこなら俺も時間を作れよう」
「……え?    むしろ、忙しい時期なのでは?」
「逆だ。どうせ末端の俺は、要人警護となるだろう。それなら日程調節でどうとでもなる。早めにルオード様に願い出ておけば、だいたい通るぞ」

 と、軽く言う。
 そういえば、この人は姫様ではなく、ルオード様に心酔している。
 ルオード様はとても人柄の良い方で、それは納得ではあるのだけど、どちらかというと、日陰にそっと立つような、目立つ言動をなさらない方だ。ディート殿とはまさに正反対といった性質であるため、一体どうしてルオード様に心酔するに至ったのかなと、不思議に思う。

「姫様も、未婚最後の社交界だ。クリスタ様でアギーにも行かれるだろう。
 それに同行しておけば、こちらにも顔を出せそうだ」

 またセイバーンまで、足を伸ばすつもりである様子だ。
 ここの食事が、相当お気に入りであるらしい。
 社交界への参加は姫様に言い渡されていたから、どうせ俺もアギーに出向くことになるのだが……。

「…………公私混同じゃないですか?」
「何を言う。レイ殿に協力するのは姫様のためだぞ。貴殿の実績いかんで、姫様の足場の強度はだいぶん違ってくるだろうからな」

 ディート殿の言葉に、胃の辺りがギュッと圧迫されたような気がした。
 相変わらず、ブンカケンに所属したいという職人は現れず、時間だけがただ過ぎている……。眉間にしわを寄せた俺に、サヤが心配そうな視線を向けてくるから、慌てて表情を緩めた。
 また心配させてしまう。皆の負担をこれ以上増やしたくない。
 だから極力軽く聞こえるよう、言葉を選びつつ、俺は努めて明るく声を発する。

「……水路がひと段落したら、もう一度、メバックかな。
 また、大店会議をお願いしてみようかと、思ってるんだ。
 もっときちんと、事業について説明した方が良いと思って。
 拠点村の建設が先に忙しくなってしまったから、それが後回しになってしまったしね」

 興味がある者に個別対応……と、考えていたのだけれど、個人での接触が皆無だものな。方針転換はやむなしだ。
 そんな風に話をしていたら、サヤが急に動き、背後の小窓を開けた。御者台とやりとりするためのものだから、ハインに何か用があるのかと思ったのだが……。

「…………ハインさん、馬車を停めていただけますか」

 少し沈黙の後、ハインにそう声を掛けた。
 不思議そうな顔をするディート殿は分からない様子であったけれど、俺とハインは即座に従う。きっと何かを聞きつけたのだろう。

「なんだ、賊か?」

 気配は無いように思うが……と、ディート殿。

「いえ……喧騒が聞こえた気がして。風上からです」

 そう言ってサヤは、馬車を降りた。外に出たら、耳の後ろに両手を当てて、集中するように視線を閉じる。

「拠点村の喧騒が聞こえるには……遠くないか?」
「しっ。音は控えて」

 極力無音を心がけて動きを止めると、サヤの集中が高まったように見えた。
 そして次の瞬間何かを聞き分けたか、ピクリと反応する。

「……大したことではないようです。
 私、先に行って様子を見てきますから、レイシール様方は、ゆっくりといらっしゃってください」

 ニッコリと笑ったサヤの凛々しい顔。それに反し、穏やかな言動。即座に何かあるのだと悟る。
 だが、俺が口を開く前に、サヤは素早くハインに何か耳打ちしてから、さっと駆け出した。全力で。

「ハイン。何があった」
「なんでもございません。万が一を考えて、先に確認に向かっただけです」

 そっけない返事。サヤに時間稼ぎを頼まれたのだろう。

「そうか。なら俺も勝手に行く」
「レイシール様!」
「言う気がないなら、俺も聞く気はない」
「よし、なら俺も行こう」

 二人駆け出そうとしたら、待ってくださいと止められた。

「分かりましたから……。もう少し近くまで、馬車で向かいましょう。箱だけ置いていかれても困ります」

 急いで馬車に飛び乗り「ノロノロ運転なら飛び降りるからな!」と、釘を刺しておいた。
 サヤが、馬車を停めてまで聞き耳を立て、俺を置いて行くことを決めた。
 それは、俺に見せたくない……聞かせたくないものが、先にあるということなのだろう。
 そう考えるだけで、腹の奥底から、いつもの黒く重たいものが、湧き出るみたいに、せり上がってくる。

「ハイン、停めろ!」

 これ以上近づくには、車輪の音が煩い。

 馬車を停めさせて、停まりきる前に飛び降り、そのまま走った。
 仮道に入り、暫く進むと、俺の耳にも届いた。男らの怒声。
 村の入り口辺りで、棒や手斧を持った男らが集団で押しかけており、何かを怒鳴っている。
 その前には、ウーヴェとルカ、そして腕組みをしたシェルトらが立ち、その背後には土建組合の面々や大工、石工らも、険悪な顔で並んでいる。
 ルカの手が、サヤの腕を掴んみ、背に庇っていた。
 多分、間に入って対処しようとしたサヤを、無理やり止めたのだろう。

 姿勢を低くして、更に速度を上げようとしたら、急に腕が腰に回され、道横の木立の中に引き込まれた。

「ディート殿⁉︎」
「これは良くない。レイ殿は近づかぬ方が賢明だろう」
「だけどこれは、俺が原因です!」
「だからこそだ。我々は立場が違う。言えることならば、直接言っているさ。
 それに、状況を知らないままに乱入して、火に油を注いでしまっては元も子もない。とにかく先ずは、状況を見よう」

 ディート殿の言葉に、俺が抗議してもがくと、溜息を吐いて、じゃあ会話が聞こえる程度まで近付くから我慢しろ。と、言われた。
 俺を担いだディート殿は、下生えを物ともせず、無音で足を進める。この人の存在の消し方って忍に匹敵するよな……。
 程なくすると、ルカたちの間に飛び交う言葉が、俺の耳にも届きだした。

「金さえ積まれりゃどんな仕事だってするのか⁉︎」
「金を出してくれりゃ客だ。金に見合った仕事をする。それが職人だろうがよ」
「俺らの権利を奪おうって魂胆が分からねぇのか⁉︎」
「お前ら秘匿権なんか持ってんのかよ……持ってねぇだろうが。無いもの心配してどうすんだ……」
「う、うるせぇ!    俺らの将来や、子供らの話だよ!    お貴族様の私欲に振り回されて、いっときの金のために子の将来まで売っ払うって、いい加減理解したらどうなんだ⁉︎」

 やっぱり……。
 聞こえてきた言い争う声に、ゾワリと身体に怖気が立った。
 害されてしまう……俺に関わったせいで、この仕事を受けたせいで、彼らが傷付けられてしまう……。

「レ、レイシール様は、そういうことを言っているのじゃありません!    彼の方が見ているのは、もっとずっと先の……」
「うるせぇ!    ガキが賢しいさし出口挟むんじゃねぇ!    甘い汁啜ってる色小姓が何様だ!」

 口を挟んだサヤに、酷い侮辱が浴びせられた。
 言葉に怯んだのだろう、サヤがビクリと跳ねたのが分かった。
 一瞬の動揺を見せてしまったことで、男らの嗜虐心を煽ってしまったようだ。男らは、標的をサヤに切り替えた。

「いや、啜ってんのは、甘い汁だけじゃねぇかもなぁ?」

 ルカの背中に庇われたサヤを覗き込むようにして、肩に棒を担いだ男が針を刺すが如く、サヤを愚弄する。
 それに同調した周りの連中も、酷い言葉を吐き始めた。

「綺麗な顔したガキ侍らせて、本当に貴族様のやることは崇高だよ」
「俺らにゃ真似できねぇなぁ」

 本当に色小姓であるかどうかなんて、どうだってよく、ただサヤを傷つけるために選ばれた言葉は、俺の逆鱗にも触れた。
 とっさに身を起こし足を踏み出そうとするのを、またもやディート殿に止められる。叫ぼうとしたら、口まで塞がれてしまった。

「馬鹿、ただの挑発だ」

 だがその挑発は、サヤを傷付ける刃だ!

「ルカが守っているだろうが。もう少し耐えろ」

 言葉は、背に庇われたってサヤを貫く。他の奴らが小声でやりとりしてる馬鹿げた話だって、全部サヤには聞こえているんだ!

 木々の間から見えたサヤは、顔色を悪くして、唇を噛み締めている。
 卑猥な言葉や誹謗中傷に、男のふりをしていてすら降り注ぐ言葉の毒に、傷付けられていた。
 だがそのサヤを背に庇ったルカと、隣のウーヴェが、彼女の前に一歩を踏み出す。

「言いたいことをおっしゃったなら、もうお帰りください。
 間もなく御子息様がいらっしゃいます。不敬を咎められたくはございませんでしょう?」
「おめぇらほんと暇だな。ガキに卑猥な言葉吐いて、何満足してんだ?    変態趣味か?
 お前らにだって仕事の話はあったろうが。それを断ったんだろ?    関わらねぇって決めたんなら、それで充分だろ。人ごとに口突っ込むなっつの」

 淡々としたウーヴェの言葉と、小馬鹿にしたルカの言葉。
 真逆の二人であったけれど、滲み出るのは本物の怒りだ。

 カッとなった男の一人が、ルカの襟首を掴む。するとルカは、サヤを掴んでいる手と反対の手で、その男の手首を掴み返す。
 グッと男に顔を近づけて、威圧感たっぷりの眼力で、睨みつけた。

「それとな。俺はよ……自分の目で見て確認したことしか、信じねぇ。お前らに何言われたってな、全然響かねぇわ」

 ギチッという音が聞こえた気がするのは、気のせいだろうか……?
 手首を掴まれた男は、ルカの握力で、その襟首を離すしかない。痛みで顔を歪めるが、ルカはその手を離さなかった。

「お前らの中に、何人あの人と口きいた奴がいんの?    誰の言葉に踊らされて、こんなところまでのこのこ出向いてんだ?
 俺らはよ、確かにあの人とのしがらみで、この仕事を受けたぜ。金も貰ってる。
 だけど自分の耳と目で確認して、心で判断して、こうしてんだよ。騙されてたとしても、それが俺の選択だ。
 文句あんならよ、誰のどんな判断でここに来てんのか、胸張って言えるようになってから、来やがれや」

 ルカは、俺に怒っていた……。
 サヤを男装させ、昼も夜も酷使する、酷い男だと……俺はそう、思われているはずだ。
 今までずっと騙してた。サヤのためとはいえ、ずっと、偽っていたのに……。
 なのに、そんな風に、言ってくれるのか……?
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