異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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誕生の祝い 3

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 その日の夜。
 ギルたちは自身らの部屋に泊まることとなり、久々に遅くまで賑やかだった。
 楽しく一日を終え、あとは眠るだけと言う頃合いになって、各々の部屋へと引き上げたのだが、俺の寝室の準備を終え、サヤが言った。

「皆さんには、言えなかったんですけど……、私の誕生日、本当はもっと、ずっと前なんです」

 サヤがこちらの世界に飛ばされて来たのは、五の月の中程だった。
 けれどサヤの世界では、八の月に入った頃合いであったという。
 どおりで……サヤの服装が、ひどく薄着であったはずだ。夏の盛りの格好だったんだな。

「忘れていたのは、本当で……それどころじゃなくて……。
 だけど別に、嘘じゃないんです。私の世界の月で考えれば、二日前……という意味で喋ってて……だからその……申し訳なくて……」

 たくさんの贈り物と、祝いの言葉。そして皆の気遣いに、申し訳なさを感じていたらしい。

「そんな風に思う必要はありません。
 どうせ一年の日数が違うのですから、今更ですよ。この世界での、サヤの誕生日はここ。ということで、良いのです。
 貴女の世界の月に合わせていても、忙しさで祝いなどすぐにはできなかったでしょうし、結局今頃になった気がします」

 そう言うハインに、俺もうん、そうだろうなと頷く。
 氾濫対策で大わらわをしていた頃合いだ。だからサヤも、忘れてしまっていたのだろうし。
 それに、いつであったって、皆はサヤを祝おうとしたと思う。

「あんなに賑やかなお誕生日会なんて、初めてでした。申し訳なかったですけど……すごく嬉しかったです。
 いつもは祖母と二人で……両親は、いないことが多くて……電話で少しだけ、話をする程度でしたから」

 そう口にしたサヤに、俺とハインは視線を交わした。
 前回は街中で大失態を犯したのだが、今回は部屋だし、問題ない……。が、慰めが大の苦手であるハインは、逃げる事にした様子だ。
 そそくさと足音を忍ばせ、部屋を出て行ってしまう。

「デンワ……って、遠くの人へ、声が伝わる道具だったかな……」
「はい。でも、電波が悪いから、すぐに切れてしまうんです。だから、おめでとう……くらいのもので……。
 祖母と、お互いの誕生日は、好物ばかりの夕飯を作ってお祝いするんです。
 少しずつを沢山……だから、今日みたいに山盛りの料理が沢山は、びっくりしました。
 絶対食べきれないと思ったのに、全部食べちゃったからまたびっくりで……ディート様、すごい食欲でしたよね」

 クスクスと笑う。
 ただ楽しく話をしている雰囲気に、俺はホッとしつつ、サヤを手招いた。
 窓辺にもたれて、サヤの話を聞くことにする。

「サヤの世界も、誕生祝いをするんだね」
「はい。誕生日に、ご馳走やケーキを用意するのが一般的で、プレゼント……贈り物をもらったりもします。
 かつてはハインさんみたいに、お正月に一つ歳を取るって時代もあったんですよ。
 あ、お正月というのは、私たちの世界の祝詞日しゅくしびみたいなものなんですけど、一の月の一日目のことを言うんです」

 にこやかに微笑んで、サヤは語る。
 二人だけでこんな風に話をするのは、なんだか久しぶりだった。
 優しい表情で言葉を紡ぐサヤを、ただ見つめて過ごす。
 出会ってから、そろそろ四ヶ月になるのだなと、ふと、そう思った。季節が一つ、移り変わるほどを、共に過ごした。
 こんな風に、サヤが隣にいてくれる日が訪れるだなんて……想像すらできなかった……。
 この日常が、これからもずっと、続けば良いよな……。サヤが隣にいてくれるだけで、空気すら心地よい。
 そんな風に思っていたのだけれど、久しぶりに聞いた名に、冷水を浴びせられた。

「ケーキは、買っても食べ切れないから、カナくんが来てた頃は、買ってたんですけど、最近は用意してなくて…………」

 なんとなしに言葉を連ねていたのだろう。サヤが、ふと、口を閉ざし、固まる。
 瞳が揺れていた……。
 記憶の中の何かに、囚われてしまったように見えて、とっさに肩に触れると、びくりと跳ねて、距離を取った。

「…………あっ」

 まさか、逃げられるとは思っていなくて……。
 俺の衝撃は顔に出てしまった様子で、サヤが慌てて、傍に寄ってきて……。

「ち、違うんです。ちょっと……その……思い出していたことが…………あの…………」

 おろおろと手が空中を泳いでから、俺の腕にそっと触れた。
 怖くないからと、身体で表現するように、身を寄せてくる。

「…………カナくん?」

 久しぶりに聞いた名に、心を無にして問うた。
 そんな簡単に、忘れられるだなんて、思っていない。思っていないから……大丈夫。心を乱したりなんて、しない。
 自分にそう言い聞かせて、気持ちを宥める。
 黙って返事を待っていると、しばらくして……。

「…………誕生日は……祖母と、二人でした…………いつも、だいたい…………。
 それで…………ずっと過ぎて、月の終わり頃に何故か…………届け物に、来ていたなって……。
 貰ったからとか、賞味期限が近いからとか、そんな風に言って、ちょっと良いお店のスイーツや、高級チョコや……。
 あれは…………なんだったんだろうなって、ふと、思ってしまって…………」

 いつもは寄り付きもしないのに、この時期だけ……。と、サヤは言った。
 今年は、どうしたのだろう……。と、そんな風に思っているのだと、手に取るように、分かる。
 そのサヤの様子に、胸の奥が掻き毟られるような心地だった。

 無だ。表情に出すな。関係ない。サヤはもう、ここにいると、言ってくれたんだから。

 込み上げてくる焦りを必死で押さえ込んで、全力で表情を消すことに努めた。
 カナくんには嫌われてると、サヤは言った。
 サヤに向けられた酷い言葉も、いくつか耳にしていた。
 だけど俺は、サヤを通したカナくんしか、知らない……。

 幼馴染だと言った。
 幼い頃から、ずっと一緒に過ごして、経験も共有していて、いつしかお互いに惹かれあって、だけどその先が、無かった二人。

 本当に、そうだろうか……。

 もう傷付きたくなくて、傷付けたくなくて、これ以上を踏み込まないようにと、線を引いただけなのではないのか……。
 本当はまだ、お互いの気持ちを、お互いが抱いたまま……だからこそサヤは、この世界に来た時もまだ、カナくんを想っていて、ずっと心に、大切にしまわれていて……。
 もう、帰れないと想ったから……無理やり、蓋をした…………。だけど、まだそこに、気持ちはあって…………っ。

「サヤ……触れても良い?」

 また勝手に動いて、拒まれるのが恐ろしくて、だけど触れたくて、我慢なんてできなくて、そう聞いた。
 頷いてくれたから、力一杯抱き締める。
 もう、俺のものだ。
 こうして、触れられる。好きだと言ってくれた。口づけだって、サヤからしようとしてくれたのに……カナくんが得ていないものを、俺はたくさん、貰っているのに。
 どうしてこんなに、不安なんだ……。

 帰り方は探さなくて良いと、サヤ自身が言ったんだ。
 家族も、何もかもを捨てる覚悟をしてくれたんだ。
 全部を捨てて、俺を選んでくれたんだ。

 だけど、帰れたなら……彼女の選択は、絶対に、違っていただろう…………。
 サヤには分かっていた……多分帰れないのだと、気付いていたから……。
 他に選べなかった。
 ここにいるしかないサヤは、だから俺を、選んだ…………。

 そう考えてしまったら、焦りは、恐怖になった。

 あの時はたまたま俺だけだった。だけど今は?    ルカだって、サヤを求めている。
 今もし、サヤの世界に帰れたとしたら、サヤはもう、カナくんに触れられるのかもしれない。
 そして奇跡のような可能性だとしても、もしサヤに、帰れる瞬間が訪れたら……その時サヤは、家族や世界を捨てて俺を、選ぶだろうか……?

 考えたくもない嫌な可能性が頭の中を引っ掻き回す。
 繋ぎ止める何かが、欲しい。
 もう手放せない。得ても良いと、望んで良いと、そう言ってくれたよな?
 ならそれを、確信したい。

「サヤ…………」

 腕の中の感触を確かめて、額に唇を押し当てた。
 途端にサヤの体が強張る。
 その反応に恐れが優った。逃げられてしまうと思った。だからより一層、腕に力を込める。

「こっち向いて、サヤ」

 サヤからしようとしてくれたんだから、俺がそうしたって、良いはずだ。

 そんな風に自分に言い訳してることが、そもそも間違っているのだと気付いたのは、俺を見上げたサヤの瞳が、恐怖に染まっていたからだ。

「…………」

 何も言わなかった。
 表情も、身体も、強張らせているのに。
 よくよく意識すれば、サヤは小さく震えていて、奥歯を噛み締めてそれを堪えていた。
 怖がってしまったら、また俺を傷付ける。
 そう考えているのは明白で、大丈夫だと、怖くないと、自分に言い聞かせているサヤの様子に、俺はやっと、まともな思考を取り戻した。

「…………ごめん…………なんでも、ない……」

 ぎこちなく手をもぎ離して、二歩下がる。
 今日は、一日を楽しく、終えるはずだったのに……。
 サヤを怖がらせて、何してるんだ、俺…………。

「ごめん……ごめん!    そんなつもりじゃ、なかったんだ…………」

 カナくんの名前に焦ったのとは、違う。サヤの話に、気付いてしまったのだ。
 カナくんは、サヤを嫌ってなんかいないのではという、可能性に。
 サヤが、カナくんの贈り物に、意味を欲しているということに。
 それを認めたくなくて、サヤにも悟らせたくなくて、もう俺のものになったのだと、無理を押し通そうとした。

 これのどこが、サヤのためだ…………。
 俺が求めてるのは、サヤの幸せなのに、これは、間違ってる……。

「私こそ、かんにん……。考えなしに、口にしてしもて…………でももう、カナくんのことは、なんとも思うてへんから……」

 そんな嘘を言わせたいんじゃない。
 無理やり隔てられた世界に、どうしようもない現実に、気持ちを押し込めただけだって、分かってる。

 そもそも俺は、サヤがどうであろうが、自分の魂を捧げたのだ。誰を見ていようと、関係ない。
 なのに、少し得たら、欲ばかりが膨らんで、サヤの全部を貪ろうとしてる……浅ましい……なんて醜い感情だ……。

「ええよ。大丈夫。レイなら良い」

 サヤが、必死でそう言って、袖を引く。だけどサヤの言葉の後に続くのは、したい。じゃなくて、我慢する。なのだ。
 そんな風に、無理させたいんじゃない……。

「なんでもないんだ。本当に、なんでもない……。そういうんじゃない」

 口付けしたって、どうせ何も満たされない。
 ただサヤから無理やり奪い取ったという結果が残るだけだ……。

「今日はもう、休むから……サヤも戻って。
 嫌な気持ちにさせてごめん」

 サヤを部屋の外に送り出してから、長椅子に身を投げ出した。
 馬鹿げた独占欲に、乾いた笑いがこみ上げてくる。
 俺って、こんなヤツだったんだ……。
 私欲が優先される、卑小な小物。
 我慢する。できるって思ったのに、サヤのためならって、思ってたのに、なんのことはない。思っていただけだった。
 だって、こんな風にしててすら、考えてしまうのだ。
 どうやったらサヤを、繋ぎ止められるか。
 口付けなんかじゃ、意味ないんだ。
 なんの効果もない、約束にもなりはしないって、分かってる。
 それよりもっと先。繋がった先。
 子でも授かれば、楔になると…………この世界に繋ぎ止めるための杭を、打ち込めると、そんなことまで、考えてる。
 サヤは優しい。
 両親が側にいない寂しさを、身をもって知っている彼女だから。
 子から、父や母を、奪えはしないんじゃないかって……そんなことまで考えてる。

 妄執もいいところだ。
 ほんと、どうしようもなく、浅ましくて醜くて、卑しい。最低だ……。


 ◆


 誕生祝いの翌日、ギルはメバックに戻る時、何時もの如く「何かあったら、知らせろよ」と、俺に言った。
 メバックで心労の重なる日々であるだろうに、それについては何も言わず。ルーシーも、ひたすら元気に明るかった。
 帰り際も、サヤと何か二人で話し、顔を赤らめるサヤに笑い、愛しくてたまらないとばかりに抱きついて、頬ずりする。
 あけすけな愛情表現に、サヤは困って、だけど笑って、最後には、仕方ないなとばかりに、背中に腕を回した。

「どっちが本物の恋人だか分からんなぁ」

 二人のやりとりを笑って見ていたディート殿の呟きに、心臓を抉られる心地だったけれど、笑って誤魔化すことしかできない自分が馬鹿みたいだと思った。
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