異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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地位と責任 22

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 その日は、唐突に訪れた。

 拠点村の本館がほぼ完成し、一度ここに一泊してみるかと、そんな風に軽く決まったのだ。
 メバックのギルとウーヴェにも声が掛けられ、拠点村で合流して、村の中を色々見て回った。
 ルーシーは留守番を言い渡され、地団駄を踏んで悔しがってたと言うから、連れてきてあげれば良かったのにと言ったのだけど……。今日は絶対に駄目だったのだとギルが言うから、不思議に思ったのが、唯一の違和感。

「時が来ましたよ。準備も万端、整いました。明日の決行が最善です。ですから、動きますよ」

 なのに、夜。
 湯屋を利用して、館に帰ってくつろいでいた俺たちに、マルが、そう言った。

「じゃあ、準備をして来ます。
 ジェイドさん、行きましょうか」
「あぁ……」

 ジェイドの準備。だと、思っていた。
 サヤは積極的に忍の装備を厳選し、新たに改良していたし、そのことでジェイドと密にやりとりしていたから。
 なのに、現れたジェイドだけでなく、サヤも、似たような服装をしていて……。

 サヤが身に纏う全身濃紺の衣服は、見たたことのない様相をしていた。
 短衣に襟は無く、見頃を身体の前で重ねるような造りになっている。
 上着や細袴には衣囊いのう(ポケット)がいたるところに付いており、腰のベルトにも小さな鞄が複数と、髪を編み込んだという、紺の細い縄が結わえ付けられていた。
 手首や足首には布当てが巻かれ、それの内側には小刀が複数本挟まれているそうで、小手の代わりもするのだと言っていた。腰には、本来サヤが使いもしないはずの、短剣まで身に付けており……。

「サヤ……なに、その格好……」
「申し訳ありません。数日休暇をいただきますね」
「休暇って…………何、言ってるんだよ⁉︎」
「この季節ですから、風邪でも引いたことにしてください」

 取り合わないサヤの肩を掴んで、無理やりこちらを向かせた。
 こんなこと、聞いてない!
 なんでサヤが、忍みたいな格好をしている⁉︎    ハインは……マルは、知っていたのか⁉︎

「失敗は許されませんからねぇ。
 確実な成功のための、人選ですよぅ。吠狼との連携も、日々少しずつ練習を重ねていただきましたし、問題ありません。
 彼女は特別耳も良いし、力持ちです。潜入、救出にはうってつけの人材ですもん。そりゃ使いますよ」
「本人たっての希望ですから。
 あなたの護衛には、シザーも、残る傭兵団の面々もおりますし、数日程度なら誤魔化しもききます。問題ありません」
「そういうことじゃ、ないだろ‼︎」

 怒りのあまり、全力で吠えた。

「ギルも言ってやってくれ!    こんな危険なこと、サヤにはさせられない……サヤは、女の子なんだぞ⁉︎」

 そう言ったのだが、ギルは、何も言わなかった……。サヤを止めようともしない。
 ただ静かに、俺たちを見ている。そのことに焦った。
 ギル、お前も、グルなのか……?

 俺は何も、聞いてない……。今まで何一つ、こんなこと、伺わせなかった!    それは、皆が意図的に、俺の目から隠していたってことだよな……そういうことだろう⁉︎
 睨み付けると、皆は一様に黙る。けれど……その表情に、反省の色は無かった。そのことに、グワッと、腹の底の怒りが、鎌首をもたげ……。

「おあいこでしょう?
 レイかて……私らに言うてへんこと、あるやない」

 もう一度怒りをぶちまけようと口を開きかけた時、サヤの静かな声……。しかし、怒気を孕んだ、普段より低い声音に、ゾクリとした。
 マルたちに向けていた視線をサヤに戻すと、サヤの瞳が真っ直ぐ俺を射抜いていて……。

「ジェイドさんに聞いた。
 お父様の職務意識の確認が先やて、言うたそうやね。
 それじゃ、お父様がきちんと、正常な思考を持っていたとしても、救出困難なくらい、状態が悪かった場合は?
 お父様が、ご自分のことを捨て置くようにと、言うた場合は?
 レイが口癖みたいに言うてる、貴族のあり方をレイに教えたんがお父様やったら、自分のこと、自分で切り捨てるくらい、しそうやもんね」

 有無を言わせぬ気迫。後退りそうになるけれど、足は動いてくれなかった。
 俺が掴んでいたサヤの腕が振り払われ、今度はサヤが、俺の腕を掴む。

「…………っ……⁉︎」
「そんなん、私が許すと、思うてるの」

 グッと顔を近付けてきたサヤが、俺の視線を離さない……。

「あんな、優先順位を、間違うとる。
 領主一族が犠牲を払うんは、一番最後やろ。まずは私らを、使わなあかんの。
 レイはよう、貴族の責務って言うけどな、それには守られることも、含まれるんやで?
 だってレイがおらんようになってしもたら、拠点村はどうなるん?    交易路計画は?    獣人の人たちは?    孤児らのことは?
 やりかけてる沢山のこと、全部ほうり捨てるなんて、無責任やわ」

 無責任……だとっ⁉︎

「っ!    放り捨てたりなんて、しない!    守るための最善を、俺は選んでるだけだ!
 拠点村は、マルや姫様にお願いしておけば、きちんとあり続けるよ。その価値が分からない方じゃない。
 交易路計画だって、もう俺の手を離れても平気だろ。元から俺は、責任者ってだけで、特別何をしていたわけでもないんだ。
 孤児や獣人らのことも、ここの皆は、無下にしたりしない。ちゃんと、これからだって考えていってくれるって、分かってる。
 ここの全部を、絶対に失くせない。だから俺は……!」
「その全部が、レイがおるの前提やって、いい加減、気付き‼︎」

 グッと腕を掴まれた痛みで、顔が歪んだ。
 サヤは普段、凄く気を付けて色々なものに触れる。それがもう、習慣化していたというのに……今俺の腕を、遠慮なしに掴んでいる……。
 そこにサヤの決意と、怒りを感じた。
 遠慮なんてできないくらい、彼女は、怒ってる……。

「全部レイがおるからこそなんやで。
 ジェイドさんが、レイに黙っとくよう言われたたこと、私らに教えてくれたんは、そういうことや。
 今までずっと、二千年やで?    虐げられて来た獣人さんらを、こんな普通に、当たり前みたいに受け入れる人、そうそういいひん……。
 孤児とか、当たり前に虐げられる立場の人を、少しでも救おうなんて考える人、いいひんの。そんなレイやから失くしたくないって思うてるんやって、いい加減、気付き」
「そんなの、ディート殿だって……」
「獣人や孤児を虐げない地盤がある地ですら、それ以上ができてへんの。
 それを今、やろうとして、動いているのんは、レイだけなんや!
 レイ以外は、レイが最優先守るべきものやて、意見は揃うとる。
 どう考えても、レイがおらんようになるんが、一番最悪。
 せやから、絶対に失敗は、しいひんの。お父様がどんな状態でも、必ず連れ帰る。レイが処罰対象にならんかったらええ話なんやろ?
 そのための最善を準備してきた。だから、私は行く。何言われたかて、譲らへんから!」
「自分が何しに行こうとしているか、本当に理解して言ってるのか⁉︎」
「理解してる。下手したら、死ぬかもしれへんとか、人を殺めることになるかもしれへんとか、そんなのも全部含めて、考えたで?
 せやけどっ」
「サヤ」

 そこで、声が掛かった。
 ずっと黙って成り行きを見守っていたギルが、くいと、扉の外を示す。

「……サヤ、ちょっと俺たちも、向こうで打ち合わせしとく。
 お前、そいつを納得させとけよ。どうせ無理やり行ったら、ややこしいことになるんだ……。文句垂れ流されんのは、最小限に食い止めてくれ」

 そうして、俺とサヤを残した皆が、退室してしまった。
 しばらく呆然と、部屋を見渡していたのだけれど……。

「レイ」

 長椅子に引っ張られ、有無を言わせず座らされた。
 そうして何故か、そのままサヤが、俺の背中に腕を回して、ギュッと、抱きしめてきて。

「サヤ?」
「正直に言う。怖いで?    決めたけど、ほんまは怖い。せやけど……レイがいいひんようになる方が、もっと怖い」

 肩にもたれかかったサヤが、少し震える声で、そう、言った……。
 今までの強気な態度ではない、不安げで、今にも折れてしまいそうな……そんなサヤの心細さが、手に取るように伝わってきた。
 だけどサヤは……。

「レイの魂は、私がもろうたんやろ?    私が失くさないものに、なってくれるって、言うたやろ?
 せやからレイは、私のもの。どうするか決めるんも、レイやのうて、私。
 捨てるんは、守ることやあらへん……。それをレイに教えるんも、私の役目や思う。
 レイにはもう、捨てさせへん……私がお父様を、絶対に、連れて帰るしな」

 痛いくらいに、抱きしめてくる。
 怖くて仕方がないのだ、彼女も。
 当然だろう、サヤの世界は平和だ。軍隊すら戦わず、夜道でも女性一人で出歩けるような、平和な国。
 そんな場所にいたサヤが、こんなこと……。

「やめてくれ、お願いだから……。
 サヤに何かあったら、俺は……っ。そんなことになったら、もう生きていけないって、言ったよな?」

 どんな形であってもサヤが傷付くなんて嫌だ。
 それに、父上の状況がどうであろうと、俺は…………。

「私かて言うたやろ?    レイがいいひんようになったら、ここにいる意味無いって。
 守られたって、なんも嬉しない……なんの意味があるの……レイがいいひんのに、私、ここに、独り……そんなんは、嫌や」

 そう言ってから、しばらく口を閉ざした。
 そして、また静かに、語り出す。

「本当にちゃんと、考えたんやで。
 できるだけ人を傷付けんでいいように、道具も改良したし、万が一でも無事に逃げ切れるように、練習だって重ねた。
 せやから、勢いで言うてるんやないの。
 少しでも、レイのお父様を助け出せる確率を、上げたい。だってレイが……お父様のこと、大切に思うてるの、知ってる。
 本当は、切り捨てるなんてしたくないの、知ってるから……。
 もうこれ以上レイに、失くしてほしくない……。諦め方ばっかり、上手になってほしくない……。
 私のことかて……もっと、頼って、欲して、ほしかった……」

 そう言ったサヤが、顔を上げた。
 キュッと引き締められていた口元が、何か言いたげに、少し開く。
 だけどすぐに閉じて、言葉を飲み込んでしまおうとするから、咄嗟に唇を重ねて、それを阻んだ。
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