異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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新たな問題 17

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 そうして幾日か過ぎ、十二の月、最終日。
 メバックより移住を希望していた職人らのうち、最後の一団が到着した。

「ヘーゼラー⁉︎」

 館の門内。広く取られた庭に、何台も乗り付けられた馬車と、荷車。そして職人たち。
 その中に見知った老爺を見つけ、驚愕してつい声を掛けてしまった。
 若手の中に一人混じる、腰の曲がった白髪の老爺だ。そりゃ目立つ。そしてよくよく見れば、その老爺の手を引いているのは、いつぞやの店番をしていた少年だった。

「久しゅうな、ご子息殿。棺桶に片足入っとっても構わん言うでの。参加させてもろうた。孫と二人、世話んなります。
 まぁ、越冬中についうっかり、お迎えが来るかもしれんがの」
「ヘーゼラー……お願いだから、その手の冗談はよしてもらえないか……」

 冗談にならないんだよ……。

 顔を髭や眉毛で大半隠し、ふおふおと笑っているヘーゼラーに苦笑を返す。
 まさか、ヘーゼラーがブンカケンに所属しているなんて、考えてもみなかったのだ。

「びっくりしたよ。だけど嬉しい。ヘーゼラーの腕は信頼しているから、とても頼もしいしな。
 だけど良いのか?    引退して、ゆっくりするって言ってたじゃないか」

 そう問うと、顎髭をしごきながら。

「ご子息殿がまた妙なことを、始めたいうでな。こりゃ、覗いてこんとと、思ったでの」

 という返事。
 まぁ、当初のメバックでは妙なことどころじゃない反応だったと思いつつ、先を促すと。

「わっしゃ、長いこと職に努めて来たが、秘匿権とは縁が無かった。けんど、世の中の職人、大半がそうよな。
 それに秘匿権は、争いの種になる。ありゃ徳も損もとんとんで、さして良いもんとも思わなんだが、持つと捨てられん呪いが掛かっとる。
 だのにご子息殿ときたら、それをほいほい差し出して、みんなで作れと言いよる。呪いに掛からんとは流石と思うた。
 けんど、せっかくの志も相手がおらんとの。
 欲しいくせに胡散臭がる連中が、ごちゃごちゃ言うで、ならわっしが覗いてくると言うた。そんで、ここにおるわけよ」

 つまり、職人組合の中で何か、色々とあったということだろう。
 ヘーゼラーは、今までに何度も組合長を勤めたことのある人物だ。当然職人の信頼も厚い。
 胡散臭い事業を立ち上げた俺に、不信の声が集まるのを見かねて、自身を実験首に差し出してくれたということのようだ。

「迷惑をかけてすまない……」

 老体に無茶をさせているなと思い、ついそう謝ったのだけど、迷惑なんぞかかっとらんがのと、ヘーゼラー。

「わっしは、ご子息殿の考えを、悪いと思うとらん。
 ほんに良いものなら、値段を釣り上げて少数に売るより、広く使われるよう、手に入れやすいよう、工夫を凝らす。それが正しい職人の道と思うでの。
 けんど、秘匿権を取らずにそれをすりゃ、別の誰かに掻っ攫われるだけよ。取らにゃまずい。けんど、取ったら今度は妬まれ、疎まれ、ろくなことにならん。
 ご子息殿は、そんな負の部分を肩代わりしてくれとるだけだというにの、本質を見ん輩は、表面だけ見て煩く言いよる」

 嘆かわしいとばかりに、ふんと鼻を鳴らした。
 そうしてから、何故か俺に、それまでとは違う、優しい声音で言ったのは……。

「けんどな……弱いもんほど、救われる策だと、分かるもんには分かるでの。
 どうせ、始まってみりゃ、一目瞭然よ。
 ご子息殿、春までよ。我慢はそこまででええ。もうしばらくだでの」

 思いもよらない言葉だった。
 ウーヴェの頑張りで、少しずつ所属職人が増えているのは分かっていたけれど、そんな風に俺を気遣ってくれる者がいるなんて、考えてもみなかったのだ。
 しかも彼は、それを言葉だけでなく、こうして行動で示してくれている。なんて有難いのだろう。
 節くれだったその手を取って、せめて感謝の言葉伝えようと思った。

「ありがとう……。ヘーゼラーの言葉で、心が救われた。
 そんな風に言ってくれるヘーゼラーには、簡単に来世へ旅立ってもらっては困るんだ。
 どうか長く健やかに、元気でいてもらって、俺との縁を繋いでいてくれると、助かるな」

 そう言うと、また息を吐くみたいにふっふと笑う。

「お迎えがこんようにと思うんは、久しぶりぞな」

 一応、長生きしてくれる気はあるってことだな。良かった。

 と。
 思いの外、ヘーゼラーと長話になってしまったのを、ハインの咳払いで察した。
 では宜しく頼むよともう一度伝えて腰を上げ、怖い顔になっているハインにすまないと、先手を打って謝っておく。

 集まった職人らの前、館の階段上に移動してから、皆に向かい、よく来てくれたと声を掛けると、視線が俺に注目する。
 案外女性の比率が高いのは、内職が必要な家庭の移住が多いからだろうか。幼子を抱く女性もちらほら見かける。

「ブンカケン事業の責任者、レイシール・ハツェン・セイバーンだ。皆の参加を嬉しく思う。どうか各々腕を磨き、精進してほしい。
 ここで上手くやっていくコツは、難しい部分、分からない部分は誰かに聞くことだ。
 秘することは忘れてほしい。その習慣を覆す価値は充分にあると、私が保証する。
 同じ職種の者でなくても構わない、意外な人の助言が、役立つことも多々あるよ。初めは戸惑うと思うが、どうか私のこの言葉を、覚えていてほしい。
 さて。
 では今から、長屋店舗に案内するが、越冬のため一つ所に集まってもらっている。
 君たちより少し前に移住した者らもいるから、分からないことは彼らに確認してみてくれ。
 春になったら希望と状況により、店舗の位置は変わることになるから、仮住まいだということを念頭に置いておいてくように。
 お互い知らぬ者同士であると思うが、越冬の間は協力し合い、過ごしてくれ。
 ウーヴェ、頼む」

 俺の役目はこれで終わりだ。
 責任者として顔を出し、きちんと貴族の絡む事業であることを印象付けるというだけの、役回り。
 それでもやらないよりはやった方が皆の安心感に繋がる。しかもこんな、特殊な村を見せられたならば特にだろう。
 ウーヴェに従う職人らと荷車を、手を振って見送った。
 ここの生活に、夢を持ってもらえたら良いと、心底思う。
 新しい生活、新しい仲間、そして新しい価値観。いつかその中に、種を越えた繋がりが育てば良いと、今は心の中だけで願った。

「さて。じゃぁ、戻るか」

 館に戻ると、移住者と共に届いていた荷物に含まれていた、書簡の確認に移る。
 年の暮れの挨拶文が多い中、アギーからの招待状が混じっていた。まぁ、来るのは分かっていたのだけど。

「夜会か……。嫌だな」
「それだって分かっていたことだろうが」

 これまた本日、今年最後の納品に来ていたギルの前でつい愚痴ったら、そう返事が返った。
 冬の社交界はもっぱらこれだ……。決まった相手がいる者は良いけれど、いない者は戦争に叩き込まれることになる。
 去年までは、俺は後継なんて立場になかったし、そもそも呼ばれることもなかったから、最低限の場に顔だけ出しておけば済んだけれど、今年は当然、その戦争に首を突っ込まされる立場だ。
 まあ、意中の相手がいるからと言って牽制するしかないか……。だけど、俺の庇護者として参加する人が問題だ。
 父上は無理だろうし……そうなるとやはりガイウスか……。そうしたら積極的に話を受けて来られそうで恐怖しかない。
 これは早々に、父上と話をつけておくしかないな。そう思っていたら、当の父上よりの呼び出しがかかった。

「さて、正念場ですね。
 まあアギーの夜会ですから、例の二十九番目の蝶を紹介される場ということです。あちらも下手な横槍は望みませんから、他の蝶が群がってくるようなことにはなりませんよ」

 その二十九番目の蝶だって問題なんだよ……。

 憂鬱な気分で席を立つ。そして、マルと、ハインを指名して、父上の部屋に向かうことにした。
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