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繋縛の呪い 9
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道具の整理を待って、それから一緒に兵舎を出た。
執務室に戻ると、ずいぶん急いだのかギルが戻っていて、ちょうど荷物の残りを詰め込んでいるところであった様子。
部屋にはマルもいて、今後のことについて浅葱と打ち合わせていたようだった。
ギルが、ユストを伴った俺を見て、一瞬口を開きかけ……引き結ぶ。彼を伴ってきた理由を察したのだろう。
「言われたものは全て用意した」
「ありがとう。ならば後は……ユスト。事情と、状況を話す。皆にも聞いてもらうから、適当に座ってくれるか」
そう促すと、各々が好きな場所に陣取って座る。
戸惑うユストには、俺の向かいの長椅子を指差し、促した。
「ではユスト。ウルヴズ行商団について、伏せていたことを話そう」
そして、今…………。
事情を話し、状況の確認を済ませたところだ。
ウルヴズ行商団には獣人が多数おり、俺の影は彼らであるということを、ユストに教えた。
彼らは社会の底辺からも溢れた存在……来世の不幸を約束された、孤児や獣人らの集まりなのだと。
流石にまだ、俺たち全員が獣人との混血である可能性が濃厚だということは、伏せた……。これはあまりに大ごとだからな。時を選んで伝えようと思う。
ユストは頭を抱えて俯いており、聞かされた内容にだいぶん懊悩している様子で、少々心配だ。
「ユスト……大丈夫か」
「……いや、大丈夫です。ちょっと、今現実を飲み込んでいるところなんで……」
心配で声を掛けると、そんな風に返事が返り、少し沈黙してから彼は、乾いた笑いを零し、自重気味な呟きを漏らした。
「そりゃそうですよねぇ……姉貴をあっさり受け入れるくらい、レイシール様は偏見を持ってない。
となれば当然、それは獣人にだって……うわぁ、そうそう言えないですよねぇそれは、なんかすいません、強要したみたいになって……」
獣人に関わっていることに慄いたのではなく、半分脅すみたいな言動をしていたことに悶えていたらしい……。
その反応に、内心ホッとしつつ、俺は気にすることはないと言葉を口にした。
「何も悪いことはない……。
ユストがあんな風に怒りを露わにしてくれなかったら、俺は踏ん切れていたかどうか……。
それに、本音を隠さないでいてくれたことの方が、嬉しいから」
黙って隠して行動に移されていたらと思うと怖い……。誤解を招いたろうし、最悪の結果だって起こり得た。
何より、言ってくれたというのは、俺を信頼してくれていたということだと気付いたから、俺にはむしろ、嬉しさしかない。
しかし、これから突きつけられる現実は、正直容赦ないものになるだろう。
「俺は将来、世間を敵に回すことになる。
だが俺がたった一人の時、支えてくれていたのはこのハインなんだ。
彼らが人の仇になる存在だなんて、俺は絶対に思わない。だから……」
獣人は悪魔の使徒なんかじゃない……。それを、理解してほしかった。
「まぁ……教典は作り話だっていうのは、うちの親父も常々言ってたことなんで、俺も別段、そこに抵抗はないんですけどね……。
じゃなきゃ、病は医師になんて、対処できませんよ……」
悪魔に対抗するなら神の使徒でしょ。と、ユスト。
だから下層の生活を送っている者らは神殿に縋り、その教えを盲信するのだ。
今世は苦しくとも、来世ではと、縋りつく……。
そしてその更に下を見て、自分たちはあんな風にはならないと、胸をなでおろす。
しかし金のある者は、そんなものには救われない現実を知っているから、金を払って医術を得るのだ。
「それになんというか……レイシール様、ずっと隠してないんですよねぇ……ハインを。
もしバレたとしても構わないって、覚悟されているんでしょう?
そんな人が、何か悪どい目的で獣人を飼っているだなんて、思えませんよ……。貴方がそんな器用な人じゃないのも、もう知ってますし」
そう言って、苦笑して……。
もう、大丈夫です。と、身を起こした。覚悟は決まったようだ。
「宿舎へ向かいます。
ハインが獣人だって言うなら、俺だってきっと、一見見て分からない獣人には、何度となく触れ合っている気がする……。
彼らは、そんなに遠い場所に潜んでいるわけじゃない……ってことなんでしょうから。
特に、俺たちは親父の方針上、下層の環境に身を置く者たちと多く接しています。
沼の底に泥が貯まるように、きっと獣人も、下層に多くなるのだと思うので……」
社会の構造上、そうなるだろうな。
それにしても、その下層に身を置くマティアス医師が評価の高い医師だというのだから、世の不条理を感じるな。
「まぁ、位の高い医師ほど役に立たないって、その辺ですよねぇ。
机上の空論で病の治癒はできませんって。特に信心なんていう、根拠も効果もないものに主体を置いてしまってたんじゃねぇ。
マティアス医師は現場主義の現実主義だと伺っていますから、行動に対する結果を重視されているのでしょう。
そうなると、貴族相手の医師とは全く違う治療方法になるのは道理。そしてそれに評価が集まっているのですから、皮肉なことですよ」
マルがそう言い「これから宜しくお願いしますねぇ」と、ユストに手を差し出す。
ユストは苦笑しながらそれを握り返し、少し表情を曇らせてから「あの……」と、俺に問いを投げかけてきた。
「その……ジークとアーシュにも……伏せるんですよね……?」
「そうだな、当面は。そうそう公にできることではない。
特にアーシュは……厳しいだろうな……」
「ですねぇ。北方の貴族なら尚更、獣人に対する偏見は強いでしょうし……」
そう答えたマルに、ユストは不安そうに表情を曇らせる……。
だけど今この問題は、どうしようもないことだ。
静まってしまった場に、マルが少々場違いな、明るい声を返す。
「とにかく、春になるまでは、医官への道を断念したことを伏せておくしかないでしょう。
頃合いを見て、ここを離れ難くなったとでも、ナジェスタ医師の治療院を手助けすることにしたとでも、言えば良いんじゃないですか?
まぁその前に、荊縛の方でくたばってしまわないようにしないとねぇ……って痛い! 痛いですよ⁉︎」
「お前のその空気読まない発言は、今控えとけよこの野郎……サヤが出張ってんだから……」
久しぶりに見た気がするな……。
ギルがマルの頭をがしりと掴んでギリギリと締めあげる光景……。
サヤのことは無論心配であったけれど、ユストが治療にあたってくれることになり、幾分状況はマシになった気がする。
とはいえ気を緩めていられるわけではない。
「ユスト……どうか頼む。
どうか……皆を…………」
五人に一人は死ぬ病だ。ユストが出向くということは、自身もその危険に身を晒すということ……。
彼はそれでも、医師の志ゆえに、病の巣へ自ら赴く。
「任せてください」
微笑み、力強く、そう言って。
「よし。では、人も道具も揃った。
村の中は祝いで人が多く出ているだろうから、南側から大きく迂回して宿舎に向か……」
「シッ!」
「黙れ!」
ジェイドと浅葱が鋭い声を発し、俺たちは口を閉ざした。
何事かと二人を伺う中、ジェイドはサッと窓まで走り、懐から取り出した犬笛を咥え、俺たちには聞こえない音を鳴らす。
ハインと浅葱は耳を塞いでいるが、ユストはなにが起こっているのか分からないといった様子。
しばらく、一見謎の光景を黙って見守っていたのだが……。
「緊急連絡。
赤縄の中に何か入りやがった。
小動物……ってことなンだが……どうする?」
「え⁉︎」
「ちゃンと見たわけじゃないらしい。小さな影と、縄が揺れた……建物の陰にすぐ隠れた。だとよ。笛じゃ、詳細は分からねぇ」
「……小動物……?」
「小動物なんて、この村にはいませんねぇ……」
とはいえ、吠狼からの知らせが、勘違いとも思えない……。
迷い込んだ、野生の動物だろうか?
少々悩んだものの、とりあえず現場に行くことにした。
「動物に荊縛は飛び火するのか?」
「いやぁ、流石に建物の中には入らないでしょうしねぇ。村に迷い込んだにしても、どうせすぐ逃げていくんじゃないですか?」
「なら慌てることもないかな……」
そんな風に、思っていたのだけれど……状況は、そんな悠長にしていられるものではなかったと、すぐに知ることとなる。
皆で荷物を抱え、館を出て、表は通らず、中庭から繋がる兵舎へと移動して、裏門に向かおうとしたのだが、その前に門前から駆けてきた者に見咎められ、名を呼ばれた。
エルランドと、オブシズだった。
ひどく焦った様子の二人に、どうしたのかと問うたのだが……。
「も、申し訳ありません! ロゼが、目を離した隙に、赤縄の中に入ってしまった可能性が……!」
「…………は⁉︎」
「オブシズに、中への立ち入りは絶対に駄目だと止められたのですが、どうか許可を頂きたく!」
「どういうことだ⁉︎ 可能性って……見ていないのか⁉︎」
二人によると、広場で食事を堪能し、眠たくなっていたロゼを抱いていた所、途中で急にむくりと身を起こし、カーチャのにおい!と、飛び降りて走っていってしまったらしい。
向かった方向が食事処の方であったから、てっきり店主のところだと思ったのだという。
「……ガウリィが、カーチャ?」
「そうなんです……なんだか最近、強面が好みなのか……あの店主もカーチャ認定されてまして。
けれどこの村ではハインさんとお二人だけでしたので、てっきりそちらかと……。
ですが行ってみれば、店主には来ていないと……そう言われてしまい!」
辺りを探し回ったけれど、一向に姿がない。
広場の職人や、警備の騎士らにも聞いたけれど、姿は見てないと言われたそうだ。
その職人らにも手伝ってもらい、立ち入れる場所はしらみつぶしに探しているという。
鍵のかかっている建物の中は見ていないが、そこに忍び込んでいるとは考えにくく、あとは……赤縄の中。くらいしか、思いつかないと……。
「……小動物……」
ポツリと呟かれたマルの一言。
まさか、それがロゼか?
「…………私と、ガウリィをカーチャだと?」
だが、ハインの衝撃はそちらであった様子だ。呆然と呟かれたその言葉の意味に、俺も暫く考え、戦慄する。
二人の共通点なんて…………大した数は、無い。
「いえ、でもおかしい……ロゼは、そんな匂いはしていない……」
動揺しつつ、そう呟くハイン。
カーチャの分類……カーチャはロゼの母親のことだ。だがそれでは、ロゼの母親も同じということになる。
……っ⁉︎……まさか、そうなのか⁉︎
「エルランド……………………ホセの奥方は、獣人か?」
衝撃のまま、口にした言葉に、エルランドとオブシズが、ギクリと表情を固めた。
何故俺の口からその言葉が出たのか、それが分からず混乱して瞳を揺らし…………違和感に、気付いたらしい。
「…………え?……な、それじゃ?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、それ……え? レイシール、お前、まさか⁉︎」
二人の肩を掴んで、引いた。
「ここではまずい。執務室へ行く!
ギル、シザー、ユストとジェイドを……」
「……!」
「分かってる!」
「ガキを見つけたら笛で知らせる。浅葱、頼む!」
「承知」
俺たちは二手に分かれた。
ギルとシザーは、荷物共々、赤縄の中に行く二人を送ってもらう。
俺とマル、ハイン、浅葱は、エルランドとオブシズを引き連れて来た道を早足で引き返す。
執務室に入り、扉を閉めて、深く息を吐いてから……。
「ロゼも獣人なのか⁉︎」
勢いのままにそう聞くと、二人は驚愕のあまり混乱をきたした。そして各々が口を開く。
「お前、獣人を従者にしているのか⁉︎ 分かってて⁉︎」
「「も」って、どういうことです⁉︎」
「ロゼから獣の匂いはしていません!」
「ロゼの母親、獣人なんですか⁉︎」
「子供は匂いを追っていったというのか?」
…………………………。
「ちょっと、待とう。まず落ち着こう……。
順を追って……整理しよう」
いっぺんに話してもらちがあかない。
とりあえず、ひとつずつ片付けていこう。うん。落ち着いて。
執務室に戻ると、ずいぶん急いだのかギルが戻っていて、ちょうど荷物の残りを詰め込んでいるところであった様子。
部屋にはマルもいて、今後のことについて浅葱と打ち合わせていたようだった。
ギルが、ユストを伴った俺を見て、一瞬口を開きかけ……引き結ぶ。彼を伴ってきた理由を察したのだろう。
「言われたものは全て用意した」
「ありがとう。ならば後は……ユスト。事情と、状況を話す。皆にも聞いてもらうから、適当に座ってくれるか」
そう促すと、各々が好きな場所に陣取って座る。
戸惑うユストには、俺の向かいの長椅子を指差し、促した。
「ではユスト。ウルヴズ行商団について、伏せていたことを話そう」
そして、今…………。
事情を話し、状況の確認を済ませたところだ。
ウルヴズ行商団には獣人が多数おり、俺の影は彼らであるということを、ユストに教えた。
彼らは社会の底辺からも溢れた存在……来世の不幸を約束された、孤児や獣人らの集まりなのだと。
流石にまだ、俺たち全員が獣人との混血である可能性が濃厚だということは、伏せた……。これはあまりに大ごとだからな。時を選んで伝えようと思う。
ユストは頭を抱えて俯いており、聞かされた内容にだいぶん懊悩している様子で、少々心配だ。
「ユスト……大丈夫か」
「……いや、大丈夫です。ちょっと、今現実を飲み込んでいるところなんで……」
心配で声を掛けると、そんな風に返事が返り、少し沈黙してから彼は、乾いた笑いを零し、自重気味な呟きを漏らした。
「そりゃそうですよねぇ……姉貴をあっさり受け入れるくらい、レイシール様は偏見を持ってない。
となれば当然、それは獣人にだって……うわぁ、そうそう言えないですよねぇそれは、なんかすいません、強要したみたいになって……」
獣人に関わっていることに慄いたのではなく、半分脅すみたいな言動をしていたことに悶えていたらしい……。
その反応に、内心ホッとしつつ、俺は気にすることはないと言葉を口にした。
「何も悪いことはない……。
ユストがあんな風に怒りを露わにしてくれなかったら、俺は踏ん切れていたかどうか……。
それに、本音を隠さないでいてくれたことの方が、嬉しいから」
黙って隠して行動に移されていたらと思うと怖い……。誤解を招いたろうし、最悪の結果だって起こり得た。
何より、言ってくれたというのは、俺を信頼してくれていたということだと気付いたから、俺にはむしろ、嬉しさしかない。
しかし、これから突きつけられる現実は、正直容赦ないものになるだろう。
「俺は将来、世間を敵に回すことになる。
だが俺がたった一人の時、支えてくれていたのはこのハインなんだ。
彼らが人の仇になる存在だなんて、俺は絶対に思わない。だから……」
獣人は悪魔の使徒なんかじゃない……。それを、理解してほしかった。
「まぁ……教典は作り話だっていうのは、うちの親父も常々言ってたことなんで、俺も別段、そこに抵抗はないんですけどね……。
じゃなきゃ、病は医師になんて、対処できませんよ……」
悪魔に対抗するなら神の使徒でしょ。と、ユスト。
だから下層の生活を送っている者らは神殿に縋り、その教えを盲信するのだ。
今世は苦しくとも、来世ではと、縋りつく……。
そしてその更に下を見て、自分たちはあんな風にはならないと、胸をなでおろす。
しかし金のある者は、そんなものには救われない現実を知っているから、金を払って医術を得るのだ。
「それになんというか……レイシール様、ずっと隠してないんですよねぇ……ハインを。
もしバレたとしても構わないって、覚悟されているんでしょう?
そんな人が、何か悪どい目的で獣人を飼っているだなんて、思えませんよ……。貴方がそんな器用な人じゃないのも、もう知ってますし」
そう言って、苦笑して……。
もう、大丈夫です。と、身を起こした。覚悟は決まったようだ。
「宿舎へ向かいます。
ハインが獣人だって言うなら、俺だってきっと、一見見て分からない獣人には、何度となく触れ合っている気がする……。
彼らは、そんなに遠い場所に潜んでいるわけじゃない……ってことなんでしょうから。
特に、俺たちは親父の方針上、下層の環境に身を置く者たちと多く接しています。
沼の底に泥が貯まるように、きっと獣人も、下層に多くなるのだと思うので……」
社会の構造上、そうなるだろうな。
それにしても、その下層に身を置くマティアス医師が評価の高い医師だというのだから、世の不条理を感じるな。
「まぁ、位の高い医師ほど役に立たないって、その辺ですよねぇ。
机上の空論で病の治癒はできませんって。特に信心なんていう、根拠も効果もないものに主体を置いてしまってたんじゃねぇ。
マティアス医師は現場主義の現実主義だと伺っていますから、行動に対する結果を重視されているのでしょう。
そうなると、貴族相手の医師とは全く違う治療方法になるのは道理。そしてそれに評価が集まっているのですから、皮肉なことですよ」
マルがそう言い「これから宜しくお願いしますねぇ」と、ユストに手を差し出す。
ユストは苦笑しながらそれを握り返し、少し表情を曇らせてから「あの……」と、俺に問いを投げかけてきた。
「その……ジークとアーシュにも……伏せるんですよね……?」
「そうだな、当面は。そうそう公にできることではない。
特にアーシュは……厳しいだろうな……」
「ですねぇ。北方の貴族なら尚更、獣人に対する偏見は強いでしょうし……」
そう答えたマルに、ユストは不安そうに表情を曇らせる……。
だけど今この問題は、どうしようもないことだ。
静まってしまった場に、マルが少々場違いな、明るい声を返す。
「とにかく、春になるまでは、医官への道を断念したことを伏せておくしかないでしょう。
頃合いを見て、ここを離れ難くなったとでも、ナジェスタ医師の治療院を手助けすることにしたとでも、言えば良いんじゃないですか?
まぁその前に、荊縛の方でくたばってしまわないようにしないとねぇ……って痛い! 痛いですよ⁉︎」
「お前のその空気読まない発言は、今控えとけよこの野郎……サヤが出張ってんだから……」
久しぶりに見た気がするな……。
ギルがマルの頭をがしりと掴んでギリギリと締めあげる光景……。
サヤのことは無論心配であったけれど、ユストが治療にあたってくれることになり、幾分状況はマシになった気がする。
とはいえ気を緩めていられるわけではない。
「ユスト……どうか頼む。
どうか……皆を…………」
五人に一人は死ぬ病だ。ユストが出向くということは、自身もその危険に身を晒すということ……。
彼はそれでも、医師の志ゆえに、病の巣へ自ら赴く。
「任せてください」
微笑み、力強く、そう言って。
「よし。では、人も道具も揃った。
村の中は祝いで人が多く出ているだろうから、南側から大きく迂回して宿舎に向か……」
「シッ!」
「黙れ!」
ジェイドと浅葱が鋭い声を発し、俺たちは口を閉ざした。
何事かと二人を伺う中、ジェイドはサッと窓まで走り、懐から取り出した犬笛を咥え、俺たちには聞こえない音を鳴らす。
ハインと浅葱は耳を塞いでいるが、ユストはなにが起こっているのか分からないといった様子。
しばらく、一見謎の光景を黙って見守っていたのだが……。
「緊急連絡。
赤縄の中に何か入りやがった。
小動物……ってことなンだが……どうする?」
「え⁉︎」
「ちゃンと見たわけじゃないらしい。小さな影と、縄が揺れた……建物の陰にすぐ隠れた。だとよ。笛じゃ、詳細は分からねぇ」
「……小動物……?」
「小動物なんて、この村にはいませんねぇ……」
とはいえ、吠狼からの知らせが、勘違いとも思えない……。
迷い込んだ、野生の動物だろうか?
少々悩んだものの、とりあえず現場に行くことにした。
「動物に荊縛は飛び火するのか?」
「いやぁ、流石に建物の中には入らないでしょうしねぇ。村に迷い込んだにしても、どうせすぐ逃げていくんじゃないですか?」
「なら慌てることもないかな……」
そんな風に、思っていたのだけれど……状況は、そんな悠長にしていられるものではなかったと、すぐに知ることとなる。
皆で荷物を抱え、館を出て、表は通らず、中庭から繋がる兵舎へと移動して、裏門に向かおうとしたのだが、その前に門前から駆けてきた者に見咎められ、名を呼ばれた。
エルランドと、オブシズだった。
ひどく焦った様子の二人に、どうしたのかと問うたのだが……。
「も、申し訳ありません! ロゼが、目を離した隙に、赤縄の中に入ってしまった可能性が……!」
「…………は⁉︎」
「オブシズに、中への立ち入りは絶対に駄目だと止められたのですが、どうか許可を頂きたく!」
「どういうことだ⁉︎ 可能性って……見ていないのか⁉︎」
二人によると、広場で食事を堪能し、眠たくなっていたロゼを抱いていた所、途中で急にむくりと身を起こし、カーチャのにおい!と、飛び降りて走っていってしまったらしい。
向かった方向が食事処の方であったから、てっきり店主のところだと思ったのだという。
「……ガウリィが、カーチャ?」
「そうなんです……なんだか最近、強面が好みなのか……あの店主もカーチャ認定されてまして。
けれどこの村ではハインさんとお二人だけでしたので、てっきりそちらかと……。
ですが行ってみれば、店主には来ていないと……そう言われてしまい!」
辺りを探し回ったけれど、一向に姿がない。
広場の職人や、警備の騎士らにも聞いたけれど、姿は見てないと言われたそうだ。
その職人らにも手伝ってもらい、立ち入れる場所はしらみつぶしに探しているという。
鍵のかかっている建物の中は見ていないが、そこに忍び込んでいるとは考えにくく、あとは……赤縄の中。くらいしか、思いつかないと……。
「……小動物……」
ポツリと呟かれたマルの一言。
まさか、それがロゼか?
「…………私と、ガウリィをカーチャだと?」
だが、ハインの衝撃はそちらであった様子だ。呆然と呟かれたその言葉の意味に、俺も暫く考え、戦慄する。
二人の共通点なんて…………大した数は、無い。
「いえ、でもおかしい……ロゼは、そんな匂いはしていない……」
動揺しつつ、そう呟くハイン。
カーチャの分類……カーチャはロゼの母親のことだ。だがそれでは、ロゼの母親も同じということになる。
……っ⁉︎……まさか、そうなのか⁉︎
「エルランド……………………ホセの奥方は、獣人か?」
衝撃のまま、口にした言葉に、エルランドとオブシズが、ギクリと表情を固めた。
何故俺の口からその言葉が出たのか、それが分からず混乱して瞳を揺らし…………違和感に、気付いたらしい。
「…………え?……な、それじゃ?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、それ……え? レイシール、お前、まさか⁉︎」
二人の肩を掴んで、引いた。
「ここではまずい。執務室へ行く!
ギル、シザー、ユストとジェイドを……」
「……!」
「分かってる!」
「ガキを見つけたら笛で知らせる。浅葱、頼む!」
「承知」
俺たちは二手に分かれた。
ギルとシザーは、荷物共々、赤縄の中に行く二人を送ってもらう。
俺とマル、ハイン、浅葱は、エルランドとオブシズを引き連れて来た道を早足で引き返す。
執務室に入り、扉を閉めて、深く息を吐いてから……。
「ロゼも獣人なのか⁉︎」
勢いのままにそう聞くと、二人は驚愕のあまり混乱をきたした。そして各々が口を開く。
「お前、獣人を従者にしているのか⁉︎ 分かってて⁉︎」
「「も」って、どういうことです⁉︎」
「ロゼから獣の匂いはしていません!」
「ロゼの母親、獣人なんですか⁉︎」
「子供は匂いを追っていったというのか?」
…………………………。
「ちょっと、待とう。まず落ち着こう……。
順を追って……整理しよう」
いっぺんに話してもらちがあかない。
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