異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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懇話会 6

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 アギー公爵様への挨拶も済ませぬまま、不敬すら分かっていて逃げ出した。
 サヤの手を引き会場の端の端、露台にまで逃げて、俺は大きく息を吐く。
 バレてないよな……バレてたらどうしよう⁉︎    だけどあそこで俺にできることは、あれが精一杯だった。
 おかしな言動は無かったはずだ。はい、いいえで答えられる質問に関しては、ああするしかなかったし、あれで良かったはず……だから、大丈夫のはず、大丈夫でないと困る!

「レイ、どないしたん?    先程の方、レイに何か、酷いことをした人?」

 ずっと引っ張ってきていたサヤが、露台にしがみついて荒い息を吐く俺を心配して、そんなことを言う。
 それでようやっと、サヤのことを意識した。逃げるのに必死で、彼女のことを全く、考慮していなかった。

「っ!    あ、違う!    ごめん、違うから、大丈夫。……そういうのじゃなくて……良い、人なんだよ。きっと。
 だけど俺は…………いや、俺が一方的に、あの人を苦手だと、思っているだけなんだ……。
 それと不意打ちすぎて…………ちょっと気持ちの整理が、追いつかなくて……。
 彼の方、異国に遊学されていたはずなんだ。
 まさか戻ってらっしゃるなんて、かけらも、想像してなくて……」

 説明しながら、自分の失態に嫌気がさした。
 あああぁぁ、あれじゃ、何か隠し事してるって絶対バレてる。
 一時帰国しているだけなら良いんだけどな……極力顔を合わせたくない。下手をしたら、獣人のこととかサヤのこととか全部読まれてしまいそうで怖い。

 項垂れて溜息を吐く俺をどう思ったのか、サヤが心配そうに身を寄せてきて、背中をそっと摩ってくれた。
 不安そうな瞳で俺の顔を覗き込んでくるから、大丈夫だよと、なんとか笑顔を作る。
 ……うん。起こってしまったことは、仕方がない。
 それにこんな風にしてたんじゃ、サヤが不安になってしまうよな。
 身を起こして、深く深呼吸して、気持ちを落ち着けることに努めた。冷たい空気が肺に満ちて、混乱していた頭も冷やしてくれる。

「……彼の方は……グラヴィスハイド様は、学舎にいた時に、お世話になっていた方だよ。
 普段は全く関わらないのだけど、姫様の影をした時だけは、姫様役の俺を、補佐してくれる役割で……」

 病弱な兄に付き合わされて、一緒に会に参加させられている弟を演じていたのだ。
 彼の方は、アギーの中でも結構特殊というか、変わった方で……。

「浮世離れしている?    そう表現するしかないと思うんだよな……。
 人当たりは良いし、別段荒っぽいわけでもないし……あれだけ異様なのに、これといって目立つ人でもないんだ」
「……異様?」
「あっ、……ご、ごめん…………。
 異様……というか、俺にとっては、そうだったというか……なんかもう、ほんと不思議すぎる人でね……」

 あの方と一緒にいると、俺は言葉を必要とされなかった。
 不安を感じれば、それを口にするまでもなく、的確に処理された。
 あれは誰だろう……と考えれば、どこの家の誰だと教えてくれた。
 こちらに敵意を抱いている人には、俺より先に気付いていたし、俺の感覚や読みが間違ってないことを教えてくれた。
 俺の読みを読んで、それが正しいことを、俺が不安を口にする前に、教えてくれたのだ……。

「全部を、先読みされるんだ……。まるで、心の全てが包み隠さず見られているみたいに。
 気のせいとかじゃなく、本当に全部……。
 マルは、膨大な情報量の中で正解を導き出す。相手の反応すら情報として処理をして、相手の性格とかまで考慮した分析をする。あれはあれで異様なんだけど……だけどあの人は違うんだ。絶対に違う……。
 そういうのじゃない何かで、周りを……そう、空気を、読んでいるとしか、言い表せない……。
 さっきだって、敵意を感じたって言ってたろう?
 あれは、あの人がサヤのことを読み解いてしまうのじゃないかって、俺が警戒してしまったんだ。
 何をもってあの人がそれをしているのかが、俺には未だに、全然分からない……だから、サヤに触れさせたくなかった。触れてほしくもなかった。
 でもそう考えることがあの人には見えるって分かってるから、慌ててその思考を止めたのに……それでも見られてた……」

 だから、公爵家の者が、男爵家に挨拶……左手小指への口づけなど、しなくて良いと分かっているにもかかわらず、ああして悪戯を仕掛けてきた。
 俺が、サヤに触れてほしくないと思ったことを、読み取って……。
 俺が、前と違うと、言った……。
 ほんのひと目見ただけで……今の俺と、過去の俺が違うと、言った。

「グラヴィスハイド様とは、彼の方の卒業を最後に、縁が切れていたから、それ以後は全く接点が無くて。
 後で、クリスタ様より異国へ遊学したと聞いたのが、最後だったんだ……」

 それがもう何年前だ?    確か……五年?
 その時間差すら、彼の方の中には無い様子だった。

「あの人は……基本的に、特定の人物への執着を見せない……。人物どころか、政治的なことにも、勉学にも、さして感心が無いかな。
 だのに、どういうわけか俺のことをはじめ、気に入ってくれていて……だけど途中で、多分……他と同じになったんだ。
 別に、怒らせたとかでもなく、嫌われたというわけでもなく……急にそうなったと、感じた。
 俺がそれを認識していることも当然ご存知だよ。
 だけどきっと、それにも興味が無い。会えば態度だって変わらないのだと、分かっていたけど……本当にそうだったな」

 周りがどう思おうが、どうでも良いと思っている。でも、それを外には一切漏らさない。
 人当たりは柔らかく、ああして違和感もなく笑顔を振りまく。冗談も言うし、悪戯もする。
 彼の方の異様さを感じている人はどうやら少ないらしく、きっと俺が感じている違和感は、殆ど誰にも通じないだろう。
 あぁ、こうすれば人との摩擦を招かないのだなと、俺は彼の方を見て学んだようなものだ……。とは言っても……俺は彼の方ほど、上手くできなかったのだけど。

「……多分、これを感じてたり、知ってたりする人も、ほんと少ないのだと思う……。
 サヤだって、なんとも思わなかったろう?」
「……普通の、人としか……」
「うん。そうなんだよな。本当に、普通の人なんだ……」

 リヴィ様も、アギー公爵様も……いや、アギー公爵様は分からないな……彼の方も色々、読めないことが多い人だし……。
 でもそんな感じで、何かを期待されていたであろう俺は、彼の方の期待に応えられなかったのだということだけは、何の説明も無いけれど、理解していたから……いつの間にやら、苦手意識ばかりが育ってしまった。

「……彼の方には、近付かないよう、気を付けよう。ハインのことや、拠点村のこと……色々、見られては困ることが増えてるし。
 だからサヤ、彼の方の音を拾ったら、直ぐに教えてくれる?    極力逃げよう。サヤのことだって、読んでくるかもしれないから……」
「はい……」
「……そんな顔しなくても大丈夫。
 彼の方はもう俺には特に興味無いし、政治的なことにもかかわらないって言ったろう?
 人間観察自体は嫌いじゃないみたいで、こういう人が集まる場にはちょくちょく出てくるけど、それだけだよ。
 こちらから絡まなければ、きっと何もしてこないから」

 そう言うと、サヤは、はい。と、今一度頷いた。
 その途端、ふるりと身を震わせて、耳飾の垂れ下がった部分がぶつかって、チリリと音を立てて……彼女が屋外に出るような格好ではなかったことに、今更気付いてしまった。

「ご、ごめん!    上着貸そうか⁉︎」
「いえ、大丈夫です。それよりも、中に戻りましょう?」
「そ、そうだね。うん……そうだった」

 サヤの肩を抱いて、慌てて中に向かう。
 風邪を引いてしまっては大変だ。せっかくやっと戻ってきた体型が、またガリガリになったら困る。

 だけど……。
 俺が、彼の方の本質を知っているということを、彼の方は理解している。
 それが、妙なところに繋がらなければ良いのだけど……。

 一抹の不安は残っていたものの、俺はそれを、頭から振り払った。
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