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対の飾り 3
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その日の夜、就寝の準備を進めていた時のことだ。
「ううぅ、クオン様とんでもないな……あの人、口と頭が回りすぎると思わないか?」
「隙を見せる貴方が悪いのですよ」
「……お前も助けてくれたら良いのに……」
「巻き込まれるのはごめんです」
取りつく島のないハインに適当にあしらわれつつ、就寝の準備を進めていると、トントンと扉が叩かれた。
返事をするとそれはサヤで、先程クオン様に呼ばれてそちらに赴いていたのだけど……。
「クオン様が、明日ホーデリーフェ様と共に、アギーに帰還されるそうです」
「え⁉︎ 急に⁉︎ それ、準備間に合うのか⁉︎」
「従者の方々は、慣れっこだそうで……」
「あちらの従者方も、苦労人揃いであるようですね……」
「……手のかかる主人で悪かったな……」
ハインの嫌味たっぷりに強調された「も」に、俺はげんなりとそう返す。
その様子にサヤまでくすくすと笑うからもう……いや、分かってます。手のかかる人間であることは自覚してるよ、ほんと。
「では、レイシール様の仕度も済みましたので、料理長とワドに明日の変更を知らせてきます。
サヤ、この方を寝台に放り込んでおいてください」
「お前なんか機嫌悪くないか⁉︎」
「いいえ、全然」
「嘘! 絶対に機嫌悪い!」
そう言ったけれど完全に無視。
スタスタと早足で退室され、俺は深く息を吐いた。
なんなんだよもう……今日は厄日なのだろうか……。
本日に限っては、ハインを怒られるようなことをした覚えが無い。断じて無い! だって出掛けてないし!
……だけどどこかで何かしたろうかと頭を悩ませていたら、傍にやって来たサヤが、少し困ったように苦笑しつつ、俺にこう言った。
「ハインさん、留守番なのが凄く嫌なんでしょうね」
…………。
その考えには至っていなかった。
おかげでようやっと腑に落ちる。
そうか、お茶の時の会話……自分が戴冠式の時、蚊帳の外になることが、ハインはきっと嫌だったのだ。
だけど……。
「留守番ったって……バート商会に世話になるんだよ? ちゃんと一緒に、王都まで行くじゃないか……」
「でも、ハインさんはレイシール様をお守りすることが生き甲斐じゃないですか。
なのに、肝心の時に一緒にいられない……。そう考えてらっしゃると思いますよ」
そう諭され、ぐうの音も出ない……。
サヤの言う通りなのだと思う……。だけどハインは獣人だから、王宮の中に連れて行くことは憚られる。
ディート殿にも前に指摘されたが、あそこには沢山の貴族が集まる。無論、北の地からも沢山来るのだ。
ハインが獣人であることを、ヴァイデンフェラー出身の方々は高確率で気付くかもしれないと言われたし、北の方々にだって、その可能性がある。
獣人に多く接している地域だからだ。
そんな場所にハインを連れて行くのは危険だ。ハインが獣人だとバレてしまったら、あいつがどうなってしまうか分からない。
それに王都は……ハインが孤児として過ごした所だ……。神殿にいたこともあったと聞いたし……辛い記憶がそこかしこにこびりついているのじゃないかと、それも心配だった。
本当は、セイバーンに残しておきたかったのだけど……。
どうせそれは、絶対に受け入れられないと分かっていたから、口にしていない。
なんとなく気持ちが沈んでしまった俺を見て、サヤはどう思ったのか……不意に懐から、いつもの小袋を取り出した。
「髪、櫛を通しておきましょうか。座ってください」
「……うん……」
もうハインに整えてもらっていたけれど、サヤの柘植櫛でもう一度、梳いてもらうことにする。
長椅子に座り、サヤの優しい手つきに身を任せた。
頭のてっぺんから、腰よりも長い毛先まで。スルスルと櫛が通る。その感覚に浸って暫く過ごしていたら、サヤがポツリと、囁くように言った。
「……分かっていても……割り切れへんって、ある思う……。
ハインさんにとって王都は……自分が辛いかどうかやのうて、レイを傷付けてしもうた地やろ。
せやし余計に、気にしてしまうんやない?」
そう言われて、ああ、そうだったと、やっと気付くのだ……。
あいつはそういうことを、気にする奴なんだ……。
「そんなこと……忘れてしまっているくらい、俺とっては、どうでもいいことなんだけどな……」
確かにかつて、そういうことがあった。でもそれが、なんだと言うのか。
褒められた出会い方ではなかったけれど、俺にとってはあれも含め、今がある。俺には全てがかけがえのないものだ。
確かに手の不自由を感じる瞬間はあるけれど、だけどそれは俺にとって、もう生活の一部でしかない。
ハインがいなければ、今の俺は無い……きっとどこかで来世に旅立っていたろうとすら思う。
ハインはもう、あれ以上のものを俺に返してくれている。それ以上の絆が俺たちにはある。そう思うのに……。
「二人はお互いを、心配しすぎやね。なのにそれを、言葉にしいひん……」
「……したら絶対に不機嫌になるし怒るんだよ……」
「ハインさんもきっと同じこと思うてはるんや思う。レイは口にしたらきっと、そんなことどうでもええとか、逆に感謝してるとかって、言うんやろ。とか」
「………………」
「似た者同士やね?」
そんなことを、そんな風に優しい声音で言われたら……たまらなくなる。
「…………サヤ、抱きしめても良い?」
そう聞くと、恥ずかしそうに視線を逸らす。だけど、珍しくあかんとは言われなかった……。
そのまま肩に腕を回して抱き寄せると、サヤの額がポスンと俺の肩に預けられ、近くなったサヤからか、どことなく甘い香りが鼻孔を掠める。
「……サヤもどうしたの?」
こんな風に素直に身を委ねてくれることなんて、滅多に無いのに……。
そう問うても、サヤは無言だった。
けれど離れようともしない。逆にサヤの手が、俺の背に回されて遠慮がちにさするから……触れられた箇所から熱を帯びるみたいに、気持ちに熱が移っていく……。
「…………サヤ」
肩に手を掛けて名を呼ぶと、抗うみたいに背中の手に力が篭った。離れる気は無いらしい。
これは顔を見られまいとしているのかな?
なら……。
口元にあった左耳に、音を立てて口づけした。
すると肩が跳ねる。そのまま耳を甘噛みしていくと、堪えきれなかったのか、サヤの上ずった甘い声が溢れ、それでより一層、気持ちに火が付いた。
「それっ、あかん……っ」
「サヤは耳、弱いもんね……」
「ちっ、ちがっ……」
違わない。もう知ってるからね、俺……。
「言わないなら、もっと食べるよ」
わざと息がかかるように、耳元でそう囁くと、サヤの身体はふるりと揺れた。
駄目押しとばかりに耳朶を食むと、慌てて身体が距離を取る。
「いけず!」
「あ、それ可愛い、なんて意味?」
「い……いわへん!」
真っ赤になった顔。だけどそれだけじゃない。熱に浮かされてしまったような、酔いが回ってしまったみたいな、どこか艶めいた……。
グッと欲望が高まったけれど、それは気合でねじ伏せた。自分で墓穴を掘ってちゃ世話無い。まだあと三年だと、言い聞かせる。
「悪かったよ。もう意地悪しないから、おいで」
そういい腕を広げると、怖い顔で警戒しつつも身を寄せてきて、その様子がもう可笑しくて、可愛くて、つい吹き出してしまった。
「レイがいけずしたからやろ⁉︎」
「いや、ごめん。違うよ、サヤを笑ったんじゃないって。
可愛すぎて……俺の華はなんて愛らしいのかって思ったらさ、自然と顔が緩んじゃって……」
「そういう、恥ずかしいこと、当たり前の顔して言わんといて!」
その反応がもう既に、たまらないんだけどなぁ。
腕の中に収まっても怒っている。怒っているのに、身を任せてくる……そんな全部が、愛おしくてたまらないのだって、気付いていないのかな?
そんな風に考えながら頭を撫でると、少し溜飲が下がったのか、サヤがもう少し、俺に体重を預けてきた。胸にかかる重みが、サヤが俺に寄せてくれる信頼の証なのだと分かるから、そんな細やかなことすら嬉しくてたまらない。
「……夜会、一緒じゃないのが、不安だったの?」
「…………」
「俺のことが心配? 頼りないって思ってる?」
「違う……。レイは、頼りのうない……けど、心配なんは、どうしたって、心配なんやから、仕方ないやんか」
そう言ってサヤは、俺の胸に額を押し付けた。
そこからくぐもった声で「ジェスルかて、来るんやろ……」と、言葉が溢れる。
「お父様に、あんなことした人らや……。もしまたって、今度はレイに何か、してきはるんやないかって、そう思うたら……。
ハインさんかて、そら、心配になるわ。
なのに私も…………レイの隣に、おられへんのやろ」
ぁぁぁああもう! この人はいったい俺をどうしたいんだろう⁉︎
「そんなこと言うと口づけしたくなるだろ⁉︎」
「な、なんで⁉︎」
「なんでじゃない! サヤはずっと俺のこと煽ってる! どうしてそうたまらないことを言うかな⁉︎」
「ふ、普通に心配してるだけ……レ、っ……!」
もう振り切れた。そのままサヤの唇に食らいついて、これでもかと愛でる。
何か言おうと暴れる舌を、強引に絡め取って、言葉を封じた。
サヤの不安や心配を全部舐め取って、代わりにサヤが愛しいという気持ちを、擦り付けていく。
はじめこそ必死で抗おうとしていたサヤだったけれど、そのうちにいつも通り抵抗は弱まり、最後はくたりと力を抜いた……。
このまま全てを手に入れてしまいたい。今すぐに。この場で!
「…………」
唇をもぎ離すと、サヤは愛撫と熱に翻弄され、蕩けた表情。
その頬を撫でると、その蕩けた瞳が、反射で俺を見た。
だけど今のこの時間を、これからもずっと得たいと思うから、今は耐えるんだ……。
「目一杯、気を付ける……。
俺はサヤと、これからだってずっと、一緒にいたい。
どれだけ時間があったって足りないと思うくらいなのに、その時間を断たれるようなこと、許すわけないだろ」
微笑んでそう言うと、またキュッと、眉が寄った。
「俺だってそれなりにできるよ。
それでも危険だって感じたら……サヤを呼ぶから。
サヤなら俺の声、ちゃんと拾ってくれるだろう?」
「…………絶対に、約束やしな」
どこかまだ虚ろな瞳で、そう言い俺の首に手が伸びた。
身体を傾けると、するりとその腕が首に絡みつく。
「呼んでくれへんかったら、絶交する……」
「えっ⁉︎」
「それは私への信頼が無いとみなす」
「そっ、それはちょっと……」
「ハインさんの分も、私が頑張るって、言うておく。絶対に守るって。せやし、ちゃんと呼んで」
「…………うん」
王宮だし、そうそう滅多なことは起こらない。
それはサヤだって充分に理解していると思う。それでもこの約束を必要とするのだろう。
だから必ず呼ぶよと約束して、もう一度唇を啄ばん……。
「なんで塞ぐの……」
「もうあかんっ、それされたら頭働かんようになるのに!」
「これだけは自由にして良いって言った!」
「時と場合による!」
押し問答をしてたら、帰ってきたハインがいつの間にか呆れ顔で俺たちを見ていて、二人して顔から火が出るかと思った。
「ううぅ、クオン様とんでもないな……あの人、口と頭が回りすぎると思わないか?」
「隙を見せる貴方が悪いのですよ」
「……お前も助けてくれたら良いのに……」
「巻き込まれるのはごめんです」
取りつく島のないハインに適当にあしらわれつつ、就寝の準備を進めていると、トントンと扉が叩かれた。
返事をするとそれはサヤで、先程クオン様に呼ばれてそちらに赴いていたのだけど……。
「クオン様が、明日ホーデリーフェ様と共に、アギーに帰還されるそうです」
「え⁉︎ 急に⁉︎ それ、準備間に合うのか⁉︎」
「従者の方々は、慣れっこだそうで……」
「あちらの従者方も、苦労人揃いであるようですね……」
「……手のかかる主人で悪かったな……」
ハインの嫌味たっぷりに強調された「も」に、俺はげんなりとそう返す。
その様子にサヤまでくすくすと笑うからもう……いや、分かってます。手のかかる人間であることは自覚してるよ、ほんと。
「では、レイシール様の仕度も済みましたので、料理長とワドに明日の変更を知らせてきます。
サヤ、この方を寝台に放り込んでおいてください」
「お前なんか機嫌悪くないか⁉︎」
「いいえ、全然」
「嘘! 絶対に機嫌悪い!」
そう言ったけれど完全に無視。
スタスタと早足で退室され、俺は深く息を吐いた。
なんなんだよもう……今日は厄日なのだろうか……。
本日に限っては、ハインを怒られるようなことをした覚えが無い。断じて無い! だって出掛けてないし!
……だけどどこかで何かしたろうかと頭を悩ませていたら、傍にやって来たサヤが、少し困ったように苦笑しつつ、俺にこう言った。
「ハインさん、留守番なのが凄く嫌なんでしょうね」
…………。
その考えには至っていなかった。
おかげでようやっと腑に落ちる。
そうか、お茶の時の会話……自分が戴冠式の時、蚊帳の外になることが、ハインはきっと嫌だったのだ。
だけど……。
「留守番ったって……バート商会に世話になるんだよ? ちゃんと一緒に、王都まで行くじゃないか……」
「でも、ハインさんはレイシール様をお守りすることが生き甲斐じゃないですか。
なのに、肝心の時に一緒にいられない……。そう考えてらっしゃると思いますよ」
そう諭され、ぐうの音も出ない……。
サヤの言う通りなのだと思う……。だけどハインは獣人だから、王宮の中に連れて行くことは憚られる。
ディート殿にも前に指摘されたが、あそこには沢山の貴族が集まる。無論、北の地からも沢山来るのだ。
ハインが獣人であることを、ヴァイデンフェラー出身の方々は高確率で気付くかもしれないと言われたし、北の方々にだって、その可能性がある。
獣人に多く接している地域だからだ。
そんな場所にハインを連れて行くのは危険だ。ハインが獣人だとバレてしまったら、あいつがどうなってしまうか分からない。
それに王都は……ハインが孤児として過ごした所だ……。神殿にいたこともあったと聞いたし……辛い記憶がそこかしこにこびりついているのじゃないかと、それも心配だった。
本当は、セイバーンに残しておきたかったのだけど……。
どうせそれは、絶対に受け入れられないと分かっていたから、口にしていない。
なんとなく気持ちが沈んでしまった俺を見て、サヤはどう思ったのか……不意に懐から、いつもの小袋を取り出した。
「髪、櫛を通しておきましょうか。座ってください」
「……うん……」
もうハインに整えてもらっていたけれど、サヤの柘植櫛でもう一度、梳いてもらうことにする。
長椅子に座り、サヤの優しい手つきに身を任せた。
頭のてっぺんから、腰よりも長い毛先まで。スルスルと櫛が通る。その感覚に浸って暫く過ごしていたら、サヤがポツリと、囁くように言った。
「……分かっていても……割り切れへんって、ある思う……。
ハインさんにとって王都は……自分が辛いかどうかやのうて、レイを傷付けてしもうた地やろ。
せやし余計に、気にしてしまうんやない?」
そう言われて、ああ、そうだったと、やっと気付くのだ……。
あいつはそういうことを、気にする奴なんだ……。
「そんなこと……忘れてしまっているくらい、俺とっては、どうでもいいことなんだけどな……」
確かにかつて、そういうことがあった。でもそれが、なんだと言うのか。
褒められた出会い方ではなかったけれど、俺にとってはあれも含め、今がある。俺には全てがかけがえのないものだ。
確かに手の不自由を感じる瞬間はあるけれど、だけどそれは俺にとって、もう生活の一部でしかない。
ハインがいなければ、今の俺は無い……きっとどこかで来世に旅立っていたろうとすら思う。
ハインはもう、あれ以上のものを俺に返してくれている。それ以上の絆が俺たちにはある。そう思うのに……。
「二人はお互いを、心配しすぎやね。なのにそれを、言葉にしいひん……」
「……したら絶対に不機嫌になるし怒るんだよ……」
「ハインさんもきっと同じこと思うてはるんや思う。レイは口にしたらきっと、そんなことどうでもええとか、逆に感謝してるとかって、言うんやろ。とか」
「………………」
「似た者同士やね?」
そんなことを、そんな風に優しい声音で言われたら……たまらなくなる。
「…………サヤ、抱きしめても良い?」
そう聞くと、恥ずかしそうに視線を逸らす。だけど、珍しくあかんとは言われなかった……。
そのまま肩に腕を回して抱き寄せると、サヤの額がポスンと俺の肩に預けられ、近くなったサヤからか、どことなく甘い香りが鼻孔を掠める。
「……サヤもどうしたの?」
こんな風に素直に身を委ねてくれることなんて、滅多に無いのに……。
そう問うても、サヤは無言だった。
けれど離れようともしない。逆にサヤの手が、俺の背に回されて遠慮がちにさするから……触れられた箇所から熱を帯びるみたいに、気持ちに熱が移っていく……。
「…………サヤ」
肩に手を掛けて名を呼ぶと、抗うみたいに背中の手に力が篭った。離れる気は無いらしい。
これは顔を見られまいとしているのかな?
なら……。
口元にあった左耳に、音を立てて口づけした。
すると肩が跳ねる。そのまま耳を甘噛みしていくと、堪えきれなかったのか、サヤの上ずった甘い声が溢れ、それでより一層、気持ちに火が付いた。
「それっ、あかん……っ」
「サヤは耳、弱いもんね……」
「ちっ、ちがっ……」
違わない。もう知ってるからね、俺……。
「言わないなら、もっと食べるよ」
わざと息がかかるように、耳元でそう囁くと、サヤの身体はふるりと揺れた。
駄目押しとばかりに耳朶を食むと、慌てて身体が距離を取る。
「いけず!」
「あ、それ可愛い、なんて意味?」
「い……いわへん!」
真っ赤になった顔。だけどそれだけじゃない。熱に浮かされてしまったような、酔いが回ってしまったみたいな、どこか艶めいた……。
グッと欲望が高まったけれど、それは気合でねじ伏せた。自分で墓穴を掘ってちゃ世話無い。まだあと三年だと、言い聞かせる。
「悪かったよ。もう意地悪しないから、おいで」
そういい腕を広げると、怖い顔で警戒しつつも身を寄せてきて、その様子がもう可笑しくて、可愛くて、つい吹き出してしまった。
「レイがいけずしたからやろ⁉︎」
「いや、ごめん。違うよ、サヤを笑ったんじゃないって。
可愛すぎて……俺の華はなんて愛らしいのかって思ったらさ、自然と顔が緩んじゃって……」
「そういう、恥ずかしいこと、当たり前の顔して言わんといて!」
その反応がもう既に、たまらないんだけどなぁ。
腕の中に収まっても怒っている。怒っているのに、身を任せてくる……そんな全部が、愛おしくてたまらないのだって、気付いていないのかな?
そんな風に考えながら頭を撫でると、少し溜飲が下がったのか、サヤがもう少し、俺に体重を預けてきた。胸にかかる重みが、サヤが俺に寄せてくれる信頼の証なのだと分かるから、そんな細やかなことすら嬉しくてたまらない。
「……夜会、一緒じゃないのが、不安だったの?」
「…………」
「俺のことが心配? 頼りないって思ってる?」
「違う……。レイは、頼りのうない……けど、心配なんは、どうしたって、心配なんやから、仕方ないやんか」
そう言ってサヤは、俺の胸に額を押し付けた。
そこからくぐもった声で「ジェスルかて、来るんやろ……」と、言葉が溢れる。
「お父様に、あんなことした人らや……。もしまたって、今度はレイに何か、してきはるんやないかって、そう思うたら……。
ハインさんかて、そら、心配になるわ。
なのに私も…………レイの隣に、おられへんのやろ」
ぁぁぁああもう! この人はいったい俺をどうしたいんだろう⁉︎
「そんなこと言うと口づけしたくなるだろ⁉︎」
「な、なんで⁉︎」
「なんでじゃない! サヤはずっと俺のこと煽ってる! どうしてそうたまらないことを言うかな⁉︎」
「ふ、普通に心配してるだけ……レ、っ……!」
もう振り切れた。そのままサヤの唇に食らいついて、これでもかと愛でる。
何か言おうと暴れる舌を、強引に絡め取って、言葉を封じた。
サヤの不安や心配を全部舐め取って、代わりにサヤが愛しいという気持ちを、擦り付けていく。
はじめこそ必死で抗おうとしていたサヤだったけれど、そのうちにいつも通り抵抗は弱まり、最後はくたりと力を抜いた……。
このまま全てを手に入れてしまいたい。今すぐに。この場で!
「…………」
唇をもぎ離すと、サヤは愛撫と熱に翻弄され、蕩けた表情。
その頬を撫でると、その蕩けた瞳が、反射で俺を見た。
だけど今のこの時間を、これからもずっと得たいと思うから、今は耐えるんだ……。
「目一杯、気を付ける……。
俺はサヤと、これからだってずっと、一緒にいたい。
どれだけ時間があったって足りないと思うくらいなのに、その時間を断たれるようなこと、許すわけないだろ」
微笑んでそう言うと、またキュッと、眉が寄った。
「俺だってそれなりにできるよ。
それでも危険だって感じたら……サヤを呼ぶから。
サヤなら俺の声、ちゃんと拾ってくれるだろう?」
「…………絶対に、約束やしな」
どこかまだ虚ろな瞳で、そう言い俺の首に手が伸びた。
身体を傾けると、するりとその腕が首に絡みつく。
「呼んでくれへんかったら、絶交する……」
「えっ⁉︎」
「それは私への信頼が無いとみなす」
「そっ、それはちょっと……」
「ハインさんの分も、私が頑張るって、言うておく。絶対に守るって。せやし、ちゃんと呼んで」
「…………うん」
王宮だし、そうそう滅多なことは起こらない。
それはサヤだって充分に理解していると思う。それでもこの約束を必要とするのだろう。
だから必ず呼ぶよと約束して、もう一度唇を啄ばん……。
「なんで塞ぐの……」
「もうあかんっ、それされたら頭働かんようになるのに!」
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