異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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対の飾り 5

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 それからまた二日ほどが過ぎた。
 ギルはだんだん疲れが滲むようになり、口数も減っていて、本日も作業に没頭する様子。

 朝食の時に確認すると、上着と中衣に関しては、既に決まっている方々の分は製作し終えたとのことで、後は細袴を完成させるだけとのこと。

「まだ人数揃ってないって言ってたろう?    他にも女近衛の方が増えていた場合、どうするんだ?」
「今分かっている方々の正装に関しては、多少大きさをずらして二着ずつ作っている。
 近い体型の方であれば、残る一着を手直しして着用いただくことになるかな。
 それ以外にも、比較的女性に多い体型の方を基準にしたものを、三着作っている」

 袖や裾は、王都の本店で調節できるところまで仕上げて、持ち込むと言う。
 サヤとリヴィ様のものに関しても、二着製作しているらしい。

「体裁が整うくらいの準備はできると思う。本店で手直しする時間くらいは確保するつもりだ。
 じゃ、俺は行く。今日中になんとかできたら良いんだけどな……」

 そう零しつつ、朝食も早々に切り上げて、さっさと退室してしまったギル。
 今日はリヴィ様と口をきくこともしなかった……。あれは相当キてるな……。目の下のくまも酷かったし、多分睡眠時間も削ってる……。

「申し訳ありません……ギルは責任感が強いぶん、ギリギリになってくると色々……」
「心得ておりますわ。あんな風に身を削っていらっしゃるのね……。私が思っていた以上に、過酷な職務なのだと、痛感しておりますわ」

 そう言って微笑むリヴィ様であったけれど、せっかくギルと共にいるのに、こうも接点が無いでは、申し訳なさすら感じる。
 それに、俺やリヴィ様はギルと違ってすることが無い……。ただ暇を持て余していることが、更に罪悪感を感じさせるというか……。
 そのせいで余計、邪魔をしないでおこうという気持ちが働き、日に日に二人の接点は無くなっているように思う……。

 これはやばいんじゃないか……。

 クオン様にも念を押された手前、もう少しこう……何かやらねばという気がする。
 後三日がここにいる限界なのだ。そうなればリヴィ様とギルは、王都とセイバーンに離れてしまう……。
 けれど、あからさまにリヴィ様を近付けようものならギルに悟られかねないし、そもそも仕事の邪魔をしてしまっては元も子もないし……。

 そんな風に考えていたら、不意にサヤが口を開いた。

「あの、今日は私も暇なんです」

 意匠師としての仕事があるサヤであったけれど、本日は手隙であるらしい。
 で、なんでそれを敢えて口にしたのだろうかと思っていたら……。

「リヴィ様、一緒にお菓子作りをしませんか?」

 予想の斜め上をいく……というか、予想だにしなかった提案が飛び出してきた。

「今朝、山羊乳の購入量を間違えたって料理長さんがおっしゃってたんです。
 乳は足が早いですから、早めに使い切らなきゃいけなくて。
 丁度良いので、今日は乳を使うお菓子に初挑戦しようかなと思うんです。ご一緒にどうですか?」

 にこにこと笑顔のサヤ。
 リヴィ様は困惑顔だ。そりゃね、貴族……しかも公爵家のご息女様だものな、お菓子作りどころか、料理だってしたことはないだろう。
 だけどサヤは、それに気付いていない様子。

「スフレチーズケーキっていうんですけど、しゅわしゅわっと溶けるような、乳酪のお菓子なんです。
 ギルさんもお疲れのようなので、差し入れしようかと思いまして」

 ギルの名前が出たことに、ピクリと反応したリヴィ様。

「……私でも、できますの?」
「作り方は案外簡単なんですよ。温度調節がちょっと手間取るかもしれませんけれど。
 私もこちらでは作ったことがなくて、だから少し、失敗してしまうかもしれません。それでも良かったら、ご一緒にどうでしょう」

 そんな風に言うと、そわそわと、視線を彷徨わせ、逡巡し始めた。
 こちらでは作ったことがない……って、それはつまり、初めて作る菓子ってことだよな?
 それに、リヴィ様が一緒に作って良いと言うなら、もしかして……。

「サヤ、それは俺も参加できる?」


 ◆


 と、いうわけで、リヴィ様に加えて俺も、調理場に参戦することとなった。
 逡巡していたリヴィ様も、俺がやると言ったことで決意を固めたらしい。
 料理長に、夕食準備が始まるまでの時間、調理場を借り受けた。料理長は快く場所と材料を用意しれくれ、見学したいのは山々だけど、本日は我慢してくれるそう。
 貴族が調理するというのだから、遠慮してくれたのだろう。

「衣服が汚れてしまってはいけませんから、前掛けを付けてください」

 サヤにそう言われ、用意されていた前掛けを身に付け、いざ、調理台の前に。

 材料は、山羊乳、卵、砂糖、檸檬、塩……え、これだけ?

「ふふ、そう。これだけです」

 そう言ったサヤは、まずはと山羊乳を、大きな鍋の中に流し入れた。

「まずはこれを、人肌より少し熱いくらいに温めます。沸騰したり、焦げてしまってはいけないので、木箆でゆっくりかき混ぜます」

 早速始まっていた調理に、俺たちは慌てた。こ、心の準備とかも全然無し⁉︎

 とりあえずサヤの言う通り、木箆を持ったリヴィ様が、サヤの手つきを真似て鍋をかき混ぜ出した。
 小さな火のかまどで、鍋をかき混ぜていると、そのうち湯気が立ち上り出す。
 するとサヤは、鍋をすぐ火から下ろしてしまった。

「え?    もう?」
「冷めないうちに、ここに檸檬を搾りいれます!」
「は、はいっ」

 またもや慌てて檸檬に手を伸ばす。小刀で切ったそれを、握力に任せて絞るのだけど、汁以外を入れてはいけないとのことで、笊を間に挟んだ。
 檸檬を絞るのはリヴィ様で、俺は笊を持つ役だ。
 サヤの指定した檸檬を全て絞り切ると、何故かそこで少々停止……。

「……………………サヤ?」

 なんで止まってる?

「そろそろ良いと思います。木箆で、ゆっくりかき回してみてください」

 なんだか色々が唐突だな……。
 そう思いながら俺が木箆を鍋に突っ込んだのだけど…………。

「ぅえっ⁉︎    な、なんか変なことになってるけど⁉︎」
「まぁ!    サヤっ、乳が……」
「はい。分離と言います。
 乳がクリームチーズとホエーに分かれるんですよね。
 えっと……ここではなんて言えば良いのでしょう……乳脂肪分と、乳清なんですけど……」
「……うん、ごめん……。よく分からない」

 乳が少し濁った水と、白い塊に分かれてしまった。なんとも不思議だ……。
 見たことないですか?    と、サヤは不思議そうに聞いてくるが、貴族はそもそも、調理場に立たない。見たことないです。こういうのは。

「どちらにも栄養は豊富なんですけど、とりあえず今必要なのはこの白い方ですから、これだけを分けましょう。
 では先程の笊に手拭いを広げて、この乳を濾します」

 サヤに言われるまま、笊の上に手拭いを二重に広げて、別の鍋の上に置いた。そうして、大匙で掬った乳をそこに流し入れる作業だ。
 濁った水は下の鍋に落ち、白い塊みたいなものが手拭いの上に広がっていく……。
 お菓子作りって、材料を刻んだり練ったりするのかと思っていたのだけど、なんかサヤの国はやはり、一味違うのかな……。

「いえ、ごく普通の作業行程だと思いますけど。
 乾酪などを作る時も同じことをしますしね」
「サヤは、あんなにお強いのに、意匠師もやって、料理まで……。
 私、何もできない自分がなんだか恥ずかしいわ」
「や、リヴィ様。サヤが特別博識なのであって、普通そんなに、色々できませんから……」

 そんな話をしながら、乳を全て笊に流し入れた。
 手拭いの上には、ぶにょんとしたものが大量に残り、下の鍋には濁った水という状態。

「このままだとまだ少し緩いので、絞りますね」

 そう言ったサヤは、笊の中の手拭いを集め、茶巾状にまとめてから、ゆっくりと絞った。

「絞りすぎるとパサパサになっちゃうので、あまり絞り切らないのが大切です。
 本当は、一時間くらい放置して自然と水分が落ちるに任せる方が良いんですけどね」

 そんな風に話しつつ適量を見定めた様子のサヤ。
 次は大きな椀にその白いものを投入し、パラリと塩を振ってから……。

「はい。ではこれを練ります!」

 り、料理って、なんかとても大変なんだってことが分かった気がする……。
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