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式典 2

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 まあ予想はしていたとはいえ、反応はなんとも芳しくなかった。
 アギー公爵様が無理を通したとおっしゃっていたし、俺の任命を納得している方はほぼ皆無に近い様子。
 酷い場合は、手を払われあちらに行けと、庶民にするようにあしらわれてしまった。
 きちんと名を名乗り、役職を告げて下さった方は片手で数えられるほど。

「気を悪くせぬことだ」
「はい、ありがとうございます」

 財務官長と名乗ったカスト伯爵家の方は、白髪の混じった初老の男性。温和そうな方で、多分ピリピリとした場の雰囲気に、俺が心を痛めていると思われたのだろう。
 泣いて逃げ出しはしないかと心配になったかな?

 そうこうしていたら、また扉が開いた。そうして、見知ったお二人の入場に、まぁそれなりにすり減っていた俺の気持ちが少々癒される。

「リカルド様、ルオード様」

 駆け寄ったのだけど、ルオード様の服装に驚いてしまった。
 近衛隊長と、前お聞きした時は名乗られたはず……。だけど……。

「この度、近衛隊、副総長を拝命することになった」
「っ!    おめでとうございます!」

 優しい笑顔でそう説明してくださる。けれど、耳元で「建前として、それくらいの地位がないと……ということだ」と囁かれ、あぁ、姫様の夫となるのだものなと納得。
 けれど、ルオード様は副総長に相応しい方だと思うので、俺としては実力を評価されただけだろうと結論を出した。
 若いけれど、配下によく目を配る方だし、どちらかというと補佐に向いている。あまり主張しない方だから、副総長という立場はこの方にとても適していると思うし、あの実用重視の姫様が、建前だけで役職を選ぶはずもない。

「リカルド様は……」
「変わらん。国軍、セキ騎士団長を拝命する」

 流石将という風格で、そう言うリカルド様。
 そして、そのまま「先日赴いてくれたそうだな」と、言葉が続いた。

「はい。騎士訓練所に設けます湯屋の見積もり等をお持ちしたのですが、なにぶん重いものなので、本日は持参しておりません。
 また後日、式典を終えてからお渡ししようかと思うのですが」
「水の問題はどうなった」
「解決しました」

 簡潔に述べると、俺を見つめて瞳を見開く。

「……解決と?」
「はい。あ、やはりある程度の労力は掛かりますが、人海戦術を用いて訓練に組み込むほどのものにはなりません」

 手押しポンプなら、少人数が交代して暫く頑張れば、水はすぐに溜まるだろう。

「一応、実物を一つお持ちしたのですが、設置するには職人と手間が掛かりますから」
「分かった。楽しみにしていよう」

 そう言い笑う。……笑った⁉︎

「全く、其方には毎度、驚かされる」

 い、いや……驚かされたのはむしろ俺では?
 俺たちを見ていた方々すら愕然としているって気付いてますか?

「驚かされたのは私もだよ。
 あの筆!    とても良い祝いの品を、有難う。彼の方も、大層喜ばれていた」

 そう言ったルオード様が、俺の手を握る。そして「今日は驚かないでくれよ?」と、謎の言葉……。

「ルオード、先に挨拶を済ませよ」
「そうでしたね。
 レイシール、ではまた後ほど」

 おっと。和んで話し込んでいる場合ではなかった。俺も早く回らないと。
 リカルド様の登場する時間帯だ。次々と長や将といった方が入室してくるので、俺は頃合いを見計らって挨拶を再開した。
 相変わらずの感じだったけれど、リカルド様が俺と親しくしていたものだから、対応は若干改善され、名乗ってくださる方が今までの倍くらいに増えた。
 それと同時に、対応を逡巡する様子も垣間見えるようになった。

 なんだろうな、これ……。俺が煙たいとか、若輩者が役職を賜ることに不快感を感じているといった様子ではないな……。
 いや、確かにそういった気持ちもあるのだと思うけれど……そこまで深くないというか……?
 なんとなく、その様子が大店会議の時を思い起こさせる。
 しがらみがあると言い、希望とはそぐわない答えを出していた職人や、商人たち……。
 リカルド様の心象を良くしようと思う方は、俺に辛い対応をしては睨まれるのではないか……と、考えるかもしれない。
 だけど、意識している人物が、リカルド様だけでない場合、こんな対応になるかもしれないな……。
 さて、国の中枢に俺が煙たかったり、蹴落としたいなんて思う人物、全く思い至らないんだけど……。

「地方行政官長を拝命いたします、レイシール・ハツェン、セイバーンと申します」
「ほう。其方が姫様の……。
 外務大臣を拝命致す、エルピディオ・ホグン・オゼロである」

 その名乗りに、ピクリと身体が反応しそうになるのを気合いで押し殺した。
 姫様が無駄口をたたくなとおっしゃったオゼロの方……。

「成人前の身で役職を賜るとは、前例の無い偉業。
 セイバーン殿もさぞお喜びであろう」

 なにやら子供をあやすような口調で言われた気がした。
 にこにこと優しい笑顔で、自らの孫を前にしたように、何か、距離感がおかしい……?

 このギスギスとした空間で、けんもほろろな対応をされ続けてきた、文字通りの若輩者であれば、この優しい声音に救われたかもしれない。
 けれど作られた表情と、姫様の忠告。警戒すべき方と認識できたため、合わせてにこりと笑っておく。

「過分な評価に肝が縮む思いですが、期待に応えられるよう、精進致します」

 俺が思った以上に距離を置いたと判断した様子のエルピディオ様。一瞬だけ笑みが引っ込んだが、また柔和な笑顔を取り戻した。
 けれど、細められた瞳が笑っていないのを、俺も見逃さない。

「何か困ったことがあれば、いつでも話を聞こう。もう年だが、経験だけは積んでいるのでね。
 其方のような若者が、早々に潰れるなど、あってはならない」

 それは、あっという間に潰れるよという、脅しですよね?

「有難うございます。
 極力お手を煩わせぬようにとは思っているのですが……なにぶん経験不足なもので、失敗も多いかと思います。
 その折は、どうぞ宜しくお願い致します」

 距離を取れば追ってくるだろう。だから、敢えて受け入れる言葉を選んだ。
 けれど、誰に頼るかは、俺が自分の目で見て決めるので、余計なお節介は必要ありませんよと、笑顔に隠す。

 当たり障りない挨拶で区切りをつけ、では。と、頭を下げて場を離れた。
 背中にはまだ視線を感じていたけれど、それはあえて無視。気付いていない風を装う。
 外務大臣、エルピディオ様……。
 帰ったらマルに、どのような人物か聞いてみるか。

 その後も挨拶に回ったのだけど、エルピディオ様の後は、それまでより更に、対応が緩和された。
 財務大臣であるアギー公爵様が、俺にとても親しげに話し掛けてきたのが主な理由だと思う。

「おー、レイシール殿!    先日は娘たちが世話になった。
 大変有意義だったとあの口の辛いクオンが褒めておったぞ!」

 エルピディオ様以上に親しげでかつ胡散臭い雰囲気。
 けれど、アギー公爵様は敢えて胡散臭い風を装っているのだと思う。瞳が笑っていた……。
 敢えて胡散臭く見せる理由ってなんなんですか……全然意図が読めないんですけど……。内心そう思ったのだけど、ただ楽しんでいるだけかもしれないと割り切ることにする。

「いえ、こちらこそ。とても有意義な時間を有難うございます」
「なんのなんの。これからも遊びに行きたいと我儘を言われたのは初めてだ。普段なかなか甘えてくれない娘なもので、とても楽しめたぞ。
 あれは気質が猫に近くてな、要望がある時だけは気前が良い。土産までくれた」

 ……土産?

「あの筆は良いな!    妻たちにも贈りたいのだが、どうだろう」

 あー…………。

「今、注文が立て込んでおりまして……職人を増やそうと思っているところです……」

 製造分が全部アギーに持っていかれてしまいそうだ……。
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