異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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クロード 3

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 昼になり、それでもサヤは現れず……一応の打ち合わせを終えたクロードが、帰る準備を始めた頃。

「あの、よろしければ、昼食を召し上がっていかれませんか」

 サヤが、玄関に向かう俺たちを呼び止めに、小走りでやって来た。
 本日は女性の装い。というか、それ……。

「クロード様、彼女がサヤくんです。昨日、任命式の会場でも目にしていると思うのですけどね」
「あぁ、女近衛に……女性……女性であるのに、従者までも?」
「有能なんですよ、彼女。そしてレイ様の婚約者でもあります。天涯孤独の身の上なので、婚姻は成人後となるのですけどね」

 良家のご令嬢さながら。本日のサヤは、深い緑と藍を使った、趣のある装い。少し控えめな化粧を施し、十七という年齢よりは大人びて見える。
 髪は一部のみが結われ真珠の髪飾りで飾られており、右耳に魚の揺れる耳飾。
 その装いは、昨日、アリスさんとルーシーが抱えてみせた、あの礼装……。
 何故かそんないでたちで現れたサヤは、俺から視線を逸らしたまま、深く頭を下げた。

「鶴来野小夜と申します。これより、どうぞよろしくお願い致します」
「こちらこそ。クロード・ベイエル・ヴァーリンと申します。成る程、貴女が……。兄を投げ飛ばしたと耳にしているのですが、俄かには信じられませんね。とても麗しいお嬢さんだ」

 そう言ったクロードが、胸に手を当てて一礼。
 それが何を求めての行動か、もうサヤは知っている……。
 一瞬で表情を凍りつかせ、慄いたように一歩を引いたサヤの前に、俺は慌てて身を割り込ませた。
 クロードはもう、俺の配下。それに、俺への恭順を示すために、あえて平民の彼女にそうしたのだと思う。だけど……っ。

「ごめん、クロード。彼女の国に、その習慣は無くて……」

 そうか、まだサヤの事情は伝えていなかったんだった。

 俺の婚約者となり、俺と近しい立場となった貴族であれば、こういった挨拶は日常茶飯事になる。
 だけど、これから出会い、関わる全ての方にサヤが無体を働かれたことがあるのだと伝えるのは、良からぬ噂になりそうな気がした。クロードはそんな風にしないと思う。だけど……。
 どう言葉を続ければ良いか、言いあぐねていると、横からひょいと口を挟んだのはやはり、マル。

「彼女、異性と肌を触れ合わせることを、固く禁じられて育っているんです。
 男女七歳にして席を同じゅうせず。って言うんですって。
 七歳を過ぎたら未婚女性はみだりに異性と親密になってはならないそうなので、どうかご配慮くださいませんか」
「七歳から⁉︎    え、では……サヤさんのお国では、私は娘に触れられない⁉︎」

 七歳ですよ⁉︎    と、クロード。そういえばクロードの娘はこの前七つになったところだったか。

「あ、お身内は大丈夫です。でも未婚の場合、甥や従兄弟なんかも駄目なんですって。お国柄といえばそれまでなんですけど、凄い厳格なんですよぅ」
「びっくりしました……七歳で娘を抱き上げることを奪われてしまったら、私は生きていける気がしません……」

 今までその娘と引き離されていたのだから、尚のことそう思うのだろう。
 そんなクロードに。マルはニコニコと笑顔で言葉を続けた。

「彼女のその辺の事情、色々と複雑なので、良かったらお食事の席でお伝えします。召し上がって行かれませんか?
 本日の昼食は、彼女が手ずから用意したものなんです。貴方に召し上がっていただきたくて」

 その言葉に、クロードは更に瞳を見開く。
 厳格な決まりの中で、それを忠実に守り育ったと言うサヤが、まさか手ずから料理を作るだなんてと思ったのだろう。
 この国の良家のご令嬢は、そのようなことはしない。料理は平民の仕事なのだ。

「彼女の国では、高貴な女性であっても家庭の味を、身に付けなければならないそうです。
 それぞれの家の味を、次の代に伝えていくのですって。
 だから彼女、料理の腕も素晴らしいんですよ。セイバーンの料理がもてはやされるのは、彼女の国の味……彼女の伝えてくれたものが、素晴らしいからなんです。
 これも大きく秘匿権に絡むんですけど……その辺り、聞きたくないですか?」

 そう言ったマルに、クロードは暫く逡巡し……。

「では、お言葉に甘えさせていただきます」

 と、サヤに改めて頭を下げた。


 ◆


「先程は、知らなかったとはいえ、申し訳ないことを……」
「いっ、いえ、大丈夫ですから!
 本当は、私がこちらの習慣に、慣れるべきなのです……」

 場所を移動し、食堂へ来た。
 本日昼食を同席するのは、サヤ、クロード、マル。
 ハインは従者に徹する様子で、ただ無言でサヤの作業を手助けしている。
 マルは説明は僕からしますからと、俺に耳打ちしてきて、俺もそれに頷き応えた。

 どうやら彼の中ではもう台本が出来上がっている様子。
 それを察したため、サヤにもマルに任せておくようにと小声で伝えた。
 一緒に、ごめんという言葉も添えたのだけど……それに対する反応は無い……聞こえていないはずはないから……やっぱり怒っているのだろうか……。

「本日はアスパラガスが入ったと聞いたので、きのこと薫製肉とで炒め物を。
 それから、鱒のハーブパン粉焼きを作ってみたんです。お気に召していただけると良いのですけど……」
「アスパラガスってなんなんです……?」
「これです、アスパラガス」
「……松葉独活まつばうどですねぇ」
「こちらではそんな名前なんですね」

 サヤの用意してくれたという昼食は、青味の美しい松葉独活ときのこの炒め物。麺麭の粉を纏わせて焼いた鱒。汁物は細切りの春野菜がふんだんに入れてある、コンソメのスープ。そして麺麭。
 どれもこれも美味そうだ。

「凄いですね。初めて聞く名の料理ばかりですよ……」
「汁物などは、そんなに代わり映えしないと思いますけど」
「いやいや、違いますって。サヤくんの料理は色々隠し味が凄いですから」

 まずはそれぞれが席に着き、サヤが大皿からよそってくれたものを受け取り、毒味のために俺から食す。

「あ、松葉独活、マヨネーズ使ってある?」
「はい。マルさんがお好きですし、熱を通すとまた風合いも変わるんですよ」
「えっ、白くないから気付かなかったですねぇ。あぁ、でも美味。これも美味。流石マヨネーズ、最高です」
「…………あれ?    鱒にも使ってある?」
「えっ、今日は僕の誕生日か何かですか?    勿論違いますけど」
「いえ、たまたま鱒とアスパラガスが手に入ったので……。
 私の国では鱒が高級魚扱いされていて、なかなか手に入らないんです。だけどこちらでは意外と安価で」
「あぁ、この時期旬ですからね、鱒。へえぇ、魚にもマヨネーズ、合いますねぇ」

 普段にない食欲を見せるマル。本当にマヨネーズ大好きだなお前……。話そっちのけで食事を進めている。
 俺たちの会話を不思議そうに聞いていたクロードだったけれど、料理を口にし、納得した様子。

「あぁ、これはまた……美味。うん。とても不思議な味ですが……美味ですね」

 そう言い、丁寧で美しい所作ながら、ひょいひょいと料理を口に放り込み出した。案外食べそうだな……。
 そうして、まずは食事に専念し、皆が腹を満たしてから、サヤがお茶をご用意して来ますねと席を外した。その頃合いを、見計らっていたのだと思う。

「……あんな風に、なんでもないみたいにしてますけどねぇ、彼女、結構不遇な境遇なんですよ」

 と、急にマルの語りが始まった。

「レイ様が彼女を拾った時、あの子は男のなりをしてましたから、当初は我々も少年だと思い込んでたんです。
 けれど、せいぜい十四かそこらにしか見えやしませんし、一人で旅をするような年齢ではないでしょう?
 聞けば、天涯孤独の身の上で、雨季の間の仕事を探しているなんて言うじゃないですか。
 だから、従者として臨時で雇うことにしましてね」

 マルの話し出した設定は、サヤの境遇として、俺たちが今まで利用していたものに、多少手を加えたものだった。

「初めのうちはあまり自分のことを話したがらなくてねぇ。
 やっと聞き出したのは、船旅の途中で嵐に揉まれ、船から放り出されてしまったってことでした。
 ほんと、奇跡的に生きてこの大陸に流れ着いたみたいでね。
 帰ろうにも、海流の向こうの島国らしく、国の名を聞いても、さっぱり聞いたことがない名で、本人も場所の説明すらできない有様でした。
 帰り方も分からず、行くあてもないと言うので、そのまま雇い続けることになって、結局女性だと判明したのはその後。
 彼女の生活用品を誂えるために、学友の服飾店店主……まぁつまり、ここの支店長のギルバートに相談して、発覚したんですよ」

 うんまぁ……概ね近い……。
 とりあえず余計な口を挟まぬように気をつけつつ、ちらりとクロードに目をやると、眉を下げ、とても真剣に聞き入っている様子。
 娘のいる身であるから、どうしたって重ねてしまうのだと思う。それはもう悲壮な表情になってしまっている。

「女性が一人で生きていくって、色々と危険が多いですからねぇ。彼女、よく頑張っていたと思いますよ、ほんと。
 一人闇の只中に投げ出され、急に見知らぬ地で目を覚ます……考えたくありませんね、そんな状況。
 ですからレイ様は、彼女を雇う形で保護し、彼女が日常で性別を偽ることも、男装で過ごすことも許しました。
 女性の姿でいるより、男性のなりをしている方が、彼女の安全のためにも良かったですからね。
 まぁ、彼女にも……それが良かったんですかねぇ。次第にあのように、僕らに気を許してくれるようになり、朗らかになっていきまして。
 近頃ようやっと、女性の姿を取り戻すまでに至りました」

 そう話を締め括り、視線をサヤの去った扉に流す。
 そうしてからりと口調を変えて、笑顔に戻ったマルは……。

「今はレイ様と婚約しましたから、レイ様が少々触れるくらいは許されるんですけどねぇ。でもやっぱり色々制限があって、これでも大変なんですよ、この二人。
 その習慣のせいで契りも交わせないんで、耳飾だって与えられませんし。
 あの通り教養ある娘です。それなりの家系でしょうから、立場を慮り、自らの意思で婚姻を結べる成人を待つことにしたのですけど、それだってまだ三年先です。
 レイ様それはもう気が気じゃなくてですねぇ。苦肉の策で、彼女の故郷にある、穴を開けない耳飾を開発しちゃいました。その愛の深さも若干病的ですよねぇ」

 レイ様もサヤくんが可愛くて仕方がないみたいでねぇ。と、多分昨日の痴態を思い起こしているのだと思う……。ちらりと意味深な視線を向けてきた。
 俺だって好きで酒を飲んだんじゃないんだけど、はじめの一口で気づくべきだったと思うので、とりあえずその苦痛には甘んじて耐える。

「彼女を女近衛へと推挙されたのはクリスタ様ですし、彼の方と陛下は、その辺りの事情も全てご存知です。
 彼女の身元は、クリスタ様が保証されておりますし、陛下も彼女がレイ様の妻となることを認めてくださった。だからこそ平民という立場で、女近衛という職を賜ることになっている」

 十七という年齢で、襟飾を賜り、式典での警護の任務をこなした。それが即ち、陛下の信頼を得ているという証拠だ。

「ただ、自国でどのような身分であったにせよ、ここでの彼女は平民……。
 後見人を得ることも考えたのですが、この国の後見人制度、女性に対してはアレですし……それでは彼女の矜持を守れませんから、このまま成人までを待つ方向で話が纏まりました。
 それもあっての耳飾開発だったんですけどね。
 まぁ、あの通り頑張り屋な娘で、且つ、思慮深い。かなりの教養を身につけていますし、あちらはこの国と身分のあり方も違うようなのですが、生まれはそれなりのところなのだろうと考えいます。
 とはいえ彼女は、かつての身分が、もう自分には無いということを、充分に理解しています。だから自ら働く。健気な良い娘なんですよ。
 そんな事情と出発がありまして、彼女は従者という職に慣れてますし、それが一番、レイ様に近く、安全な場所でもある。
 ですから、思うところはあるかもしれませんが……どうか大目に見てあげてもらえませんかねぇ。
 陛下が女王となられるような時代です。彼女のような生き方だって、これから増えるのでしょうし」

 その言葉にクロードは、是と頷いた。
 掻い摘んで話された彼女の過去が、語っただけのものではないであろうことも、理解しているといった表情。

「良い方に保護されましたね……本当に。本当にそれは、良かったと思います」

 噛みしめるようにそう呟き、胸を撫で下ろす。
 そうして今一度姿勢を正し、委細承知致しましたと、敢えて言葉で告げた。
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