異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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流民と孤児 2

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 サヤと顔を見合わせ、ゴクリと唾を飲み込んだのは、惨憺たる状況に正直、戸惑ったからだ。

 親を持たない孤児らと、親が病と診断され、一旦こちらに回されることとなった子供三名。合わせて二十七名の処遇だ。
 上は十四歳、下は四歳ほどか。女児が多いのは、労働力として非力であるため、捨て置かれていたのではと推測される。

 病と診断された二名の母親、診察の段階でかなり危険とみなされた。うちの一人は、快復の見込みが薄いと報告を受けている。
 つまりこの三名の子らのうち、最低一名は、親を亡くす可能性が高い……。
 それはとても大きな問題であったけれど、今はなんとか病に打ち勝ってくれるよう、祈るしかできない。
 だから病の者らはナジェスタらに任せ、俺たちはこちらの、孤児のこと。
 しかしその孤児らが、なんとも困った状況だった。

「離せって言ってんだろこのクソやろう!」
「ざけんなテメェ、その腐れた◯◯を△△してやらぁ!」
「そっちのヤツが先に手を出しやがったのになんで俺が縛られてんだよ!」

 もう、ほんと、男の子らの喧嘩が止まらない……。
 まず話を聞かない。すぐ暴力に訴え、弱者からなんでも奪い取ろうとする。見兼ねて押さえ込めば罵詈雑言を吐いて暴れ、結局縛り上げられている者多数……。

 そして女の子らはというと、なんとも荒んだ目をしてじっと黙ったまま、微動だにせず固まり座っているだけ。
 対処に困る……。

「孤児など、こんなものです」
「まだマシな方だろ」

 ハインやジェイドは、自らが孤児であったものだから、もう達観してしまっている様子。
 彼らも湯屋に連れて行って身綺麗にしたいのだけど、もう既に何度も脱走されかけており、下手に連れだせそうにない状況だ。

「我々に任せてもらえれば制圧しますが?」

 制圧……。

「だな。それが手っ取り早い」

 なんとも剣呑な表情のハインとジェイド……。
 後方で俺たちの様子を、サヤがハラハラと見守っている。

「コイツらにゃ、何を言うのも無駄。言って分かる状態じゃねぇンだよ」
「群の頭が誰か分からせるしかございません。
 孤児の社会は力が全て。強い者に巻かれて生きていくものです」
「だけどそんなの……」

 言い澱む俺に、大きく息を吐いたハイン。

「お忘れですか。貴方はそうやって、甘さを……隙を見せていたから…………私に刺された。そして手を不自由にしたのです。
 彼らは躊躇などしない。生きていくためになんだってします。恩を仇で返すなど、なんとも思っていないのです。
 私はもう、貴方をそんな危険に晒したくなどありませんし、貴方自身、そんなことで傷付いて良い方ではない。
 だから、ご理解ください。必要なことです」

 力を示すことが必要なのだと、ねじ伏せる事が必要なのだと、二人は主張する。
 だけど……それは本当に、必要な事だろうか……。

「神殿だってまずはそうするのですよ。
 一番初めは、大人しくなるまで、食事も与えられず部屋に閉じ込められるのです。
 そうして、幾日か放置されます。
 糞尿にまみれ、餓えと渇きでどうにもならなくなってから、目の前に麺麭パンをちらつかせ、神に縋るよう説法を説く。幼い子ほど、それでイチコロです」
「ま。俺らはそんなまどろっこしいこと、しねぇがな。
 ンな日数かかることやってられるか。誰が上か分かるまで、身体に覚えさせりゃ済む」

 二人の言葉に、怖気が立った。
 似たものを、俺も知ってる……それがまざまざと、記憶に蘇ったのだ。

 異母様と、兄上に見下ろされながら、大きな男らに、手を床に踏んで固定された。
 そうしておいてから、小刀を指に突き立てられたのだ。
 それを紙にグリグリと押し付けられ、痛くて怖くて、恐怖で全身が硬直した、あの、誓約の時。

「…………そんな方法、絶対に嫌だ」

 力でねじ伏せる?
 それを一番初めにされて、どうやって信頼関係を築けと言うんだ。
 何かあれば押さえつけられると分かっていて、彼らは俺たちを、信頼してくれるようになるのか?

「でも他にどうしようもねぇだろ?」

 暴れ、叫び、そしてうずくまり動きもしない子らを見渡して、ジェイドが言う。
 どうしようもない……。

 俺は、そうは、思わない。思いたくない……。

 孤児らを見渡した。
 彼らが本当に力で制圧するしかない存在か、どうすれば良いか……。

 それを俺は今、問われていた……。


 ◆


 ハインの時だって、大変だったんだ。

「お願い、手当だけしようよ。このままにしていたら、傷に悪魔が入ってしまうんだ」

 意識を取り戻した途端、唸って暴れ、部屋の隅に蹲ったハインを、必死で宥めすかした。

「美味しい?    あっ、ちゃんと噛まないと駄目だよ。
 大丈夫。これ全部君が食べて良いんだから。取ったりしないから」

 食事を与える時も、汁物は噛みもせず飲み干され、肉類は手掴み。何故か麵麭は、見てない隙に懐の中へと押し込められていた。
 一瞬で消えた食料に、びっくりしたのだけど、なんで麵麭を懐に入れたのか、初めは分からなくて……。

「名前を教えて?    僕はレイシールって言う。レイで良いよ」

 何を話し掛けても、まったく、何一つ、答えてくれなくて……。

「ハイン、傷の具合を見るよ」

 便宜上困るから、勝手にハインと呼んだ。
 返事は一つも返してくれなかったけれど、次第に、与えた食べ物を、あまり焦らずゆっくり食べるようになっていって、薬を塗る時も抵抗しなくなった。
 そして俺はというと、ハインの看病の都合や、見てないうちに脱走して、他の人に酷い仕打ちを受けるのではという心配もあって、きっちりと睡眠を取っていなかった。
 それが、俺の判断を鈍らせていた面もあったろう。とりあえず抵抗しなくなったハインに、俺は気が緩みかけていて……。

「随分と良くなったね。もうそろそろ、寝台から出ても良さそうだ」

 もうだいぶん慣れてきてるのだと……。ハインは俺が危害を加えないと、理解してくれたのだと、そう、勝手に、思い込んでいたんだ…………。

「ハイン……」

 外出時以外は、いつも机に置いていた短剣が、いつの間にか失くなっていることにも、気付いていなかった。
 それがハインの手によって、俺の右腰に突き立てられるまで…………。

「レイ!」

 必死の形相で俺を抱えたギルが、腰の方を見て、顔を恐怖に染める。
 その視線を追って、俺も自らの腰を見下ろし、右手の指の間から、短剣の柄が生えていることに、呆然とした。
 確か…………こういった時、この短剣は、抜かない方が、良いのだよな?

「レイ!手を離すな、そのまま押さえとけよ!」

 俺の思考を見たかのような、ギルの焦った声。
 見上げると、泣きそうに顔を歪めたギルが、混乱しつつも俺を助けようと必死になっているのが分かったから、大丈夫、覚えてると頷いてみせた。
 合ってた。授業で習った通りだ。だから、焦らなくて良い。ちゃんと覚えている。その通りにしたら良い。
 だけど……俺を刺した当人。ハインは……。

 まるで、この世の終わりであるみたいな顔をしていた。
 逃げるでもなく、自分がしたことを受け止めきれていないみたいに、瞳だけをギラギラとさせて……。
 唇を震わせ、もう手の中には無い短剣を、まだ握ったままであるみたいに指を曲げて。
 そこにあったのは、後悔と、恐怖と、絶望。だから……。

「大丈夫だよ」

 大丈夫。
 きっと死にはしないよ。僕が死んだらきっとハインは、後悔じゃすまないことになるし、これ以上、苦しい顔をさせては駄目だ。
 響く痛みは、生きている証拠。心臓の音に合わせて、血を巡らせている証拠。だから、大丈夫。
 焦らない。焦ったって、何も良くならないって、そう習った。ワドが来てくれたし、とにかく状況を伝えて、彼をなんとか、安全な場所へ。

「お願いワド、あの子は、悪くないんだ。役人は、やめて。怒らないでやって」

 痛みで、言葉が整理できない。抱き上げられたまま、ただ思いつく言葉を口にした。
 こんな僕でも、貴族に数えられてしまう。貴族を負傷させたと知られてしまえば、彼は手打ちにされてしまうかもしれない……。

「ワド……怒らないでやって。
 周りの人が、話しているのを、聞いたのだけどね。ハインを怪我させたのは、貴族みたい。
 小さな子に、酷いことをしてるのを、庇ってあんなに、傷付けられたんだ。
 だから僕のことも、きっと怖かったんだと思う」

 痛みから気をそらすために、馬車の中でもひたすら喋った。
 馬車の揺れが傷に響く。痛い。右手の感覚が変だ。ちゃんと傷を押さえれているのか、よく分からない。
 痛い。でも、泣いちゃ駄目。ワドが、困る……。困らせちゃ、駄目だ……。

「悪い子じゃないんだ……。だからね、怒らないでやって。
 僕は、大丈夫。平気だから……」

 なんとか治療院までは保ったけれど、短剣を引き抜くときの痛みで、俺は呆気なく意識を手放してしまった。
 そのおかげで縫合の痛みは覚えていない。
 治療を終え、幸い内臓に達する傷ではなくて、痛いことは痛いものの、安静に寝ていればさほどでもなくて。
 連れ帰られたバート商会で、長期休暇が来るまで寝て過ごした。
 手も包帯でぐるぐるに巻かれていたから、指がまさか動かないなんて、全く実感していなくて…………。
 そんなある日の夜、ギルに連れられたハインがやって来て、床に崩れるみたいに座り込んだ彼が、初めて俺に喋ってくれた言葉を、今でも覚えてる。

「手の代わりをさせてくれ」

 そこからの日々の中で俺とハインは、本当の意味で、心を通わせていったのだと、感じている……。
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