異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

文字の大きさ
663 / 1,121

流民と孤児 4

しおりを挟む
 孤児らは相変わらず慣れてくれない。
 衣服の新しいものを与え、着替えさせることには成功したものの、結局古い服は自分の持ち物。絶対に奪われてなるものかとばかりに、皆が各々の場所に隠してしまった。
 そのうえ相変わらず、食べ物を服の中に隠す。おかげで服が汚れてしまうのだけど、それを気にすることもない。
 また、垢まみれの汚いままであるから、衣服を変えたところで結局汚れるし、すえた臭いは相変わらずだ。
 ただ……一度に食べる量は、だいぶん減って来たように思う。
 お代わりの回数も半分くらいになったし、食べきれないものは他に分ける……ということを、始めた子もいた。残すという発想には行き着かないのだ。どうしても残りそうな場合は、無理をしてでも食べ切る。気持ちが悪くなるまで食べる。

 それは、今までどれだけ飢えていたかということだから、自然と満足するまでは、何も口出しをしてはいけない。と、皆には言い聞かせた。
 ただ、今にありったけを詰め込まなくても、これからはずっと、ご飯があるのだと、それをただ、伝え続けるだけに徹しようと。
 隠して持ち歩かなくても、もう飢えさせないのだと。

「……本当は、職人らだって、こんなには食べれてないのに……」
「贅沢だよな。腹一杯に詰め込めるって」

 そんな風に言う者もいたけれど、これはこの子たちの、今までの飢えが招く暴走なのだと伝えた。
 今だけなのだ。そのうちちゃんと落ち着く。だから、子供らに向かってそんな言葉を言ってくれるなと。

「……俺自身に、身に覚えがあるんだから仕方ないよ……。
 持って良いってサヤに言われてから……何をどれだけとか、どこまでならとか、その加減が全然分からなくて、初めは特に、ちょっと変だったと思うし……」

 そう言うと、ハインが初めだけのつもりかよ?    と、言いたげな半眼で俺を見る。
 い、いや……そりゃ確かに、サヤに対してこう……我ながら結構拘ってしまっているなというか、心が狭いなとか、嫉妬深すぎじゃないかとか、思って凹むこと、未だにあるけども。

「……飢えって、そういうものだと思う……。お前だって、初めは同じことしてたろう?    服の中や枕の下に麵麭や果実を隠したりさ……」
「記憶にございません」

 プイッとそっぽを向いたハイン。いや、覚えてるからそうやって顔を背けるんだろ?
 ジェイドにも自覚があるようで、視線を合わせてくれない。
 まぁつまり、二人にだって身に覚えがあるのだから、少しくらい大目に見てやってほしいと思うのだ。

「今まで枯渇していたんだよ。心がずっと乾涸びていたんだ。だから、そこを潤すまで、満たすまで、他の人には足りる量でも、彼らには足りない。それだけのことだろ。
 特に、今は親が病の子が三人混じっているし、自分には無いものを持っている奴が、自分と同じ扱いを受けているってことに、反発があるのだと思う」

 その三人以上に得ようと、自分の方が沢山を持っているのだと、そう感じたいのだ。
 彼らが意識しているかどうかは分からないけれど、俺にはそう見える。
 だから、少々乱暴であろうと、無茶苦茶であろうと、今は受け入れてあげなければと思うのだ。

「気を許せる人間が、一人もいない環境に、急に押し込められているんだよ、あの子たちは。
 俺たちに危害を加える気があるかどうかなんて、彼らには分からない。
 今までの経験からしか、先を推し量れないんだから。
 だからもう少し、許してやろう。自分の足元が崩れないのだって理解できるまで、こちらの都合で色々を急ぐべきじゃないよ」

 気持ちで理解できなければ、例え彼らのためのことであったとしても、全てが暴力と一緒なのだ。

「……あー……くそっ!」
「洗い物をしてきます」

 一生懸命伝えたのに、二人は不機嫌な顔のまま、部屋を出て行ってしまった。伝わらなかったのかな……と、少し気落ちしてしまう。
 孤児であった二人だからこそ、分かってくれると思っていたのに、どうにも上手く、伝わらない……。
 溜息を吐いて、書類仕事に戻ったのだけど、そんな様子を黙って見ていたオブシズは、彼らの態度に違う印象を受けたらしい。

「……あの二人が腹を立ててるのは、子供らにじゃないと思う」
「どういう意味?」

 そう聞くと、何故かポンポンと頭を撫でられ……。

「お前がそれくらい、あの子らを大切に思ってるっていうのが、あの子らになかなか伝わらないのが、もどかしくて腹立たしいんだろ」

 と、そんな風に言われた。
 ……………………え?
 だけどあの二人、俺のやることにいちいち、嫌そうな顔をしていたんだぞ……?
 そう思ったのだけど、マルも、ですよねぇと、意見はオブシズ寄りである様子。

「僕からも言ったんですけどねぇ。レイ様胆力お化けなんだから、これくらいのことじゃへこたれませんし、気にするだけ無駄ですよって。
 実際貴方は、時間が掛かって当たり前って思ってるみたいですし、焦ってもいないのでしょう?    だから、気を揉むだけ損なんですけどねぇ」

 硝子筆を置いて、サヤにお茶くださいとマルは言う。温かいのが良いですか?    と、聞くサヤに、ある分で良いと、冷めたお茶を所望した。
 そうして、注がれたそれをこくこくと飲み、一息着いてから。

「そもそもハインの時だって、周りから見てたら相当じれったい時間の掛け方して、ちまちまコツコツ関係を作っていってましたもん。
 距離感測って、踏みこめるギリギリまで踏み込んで、それにハインが慣れるまでじっと耐える……みたいな感じです。
 そんなことやってた人が、今更焦ったり急いだりなんて、するわけないじゃないですか。
 ……ハインの場合、獣人特有の感情の荒れもあったし、傷害事件まで起こしてるし、絶対に手懐けるのは無理だって思ってたんですけどねぇ」

 クスクス笑うマルに、シザーまでこくこくと頷く。
 ハインが従者見習いの時、シザーはハインとよく衝突していた。
 無口な彼だけど、譲れない部分は頑として譲らないのだ。

 従者見習いになった当初、ハインは罪悪感から暴走し、過保護になりすぎることがあった。
 俺に手を使わせないよう、なんでもやろうとするハインを、俺もまだ御せずにいた。従者を持ったこと自体が初めてだったから、俺も彼の扱い方が、まだよく分からなかったのだ。

 シザーは、なんでも先回りしてしまうハインが、俺の指を壊死させていっているように感じていて、だけど言葉でそれを説明できなくて、年度末の進学試験で組まされた時、俺に指を使わせようとし、練習時間をほぼそれに注ぎ込んだ。
 ハインにはそれが、俺に対する侮辱に見えた。それで怒ってブチ切れて暴れて……という、結構な修羅場だったのだよな。

 結果的にギルが仲介に入り、シザーの言い分を根気強く聞き出してくれて、彼が俺の指を少しでも動かせるようにしようと、一生懸命動き、労力を割いてくれていたと知った。
 その気持ちを汲んで半年指の稼働訓練を続け、実際に少しだけ、指が動くようになり……それで二人は、和解したのだ。

「あれは見ものでしたねぇ。びっくりしました。感動的な展開でしたよほんと」
「……俺はお前が、そんな昔から俺のこと観察してたのかっていう……その事実の方がびっくりだよ」

 因みにこの時、マルはまだ上の学年で、俺は存在を知りもしなかったのだ。

「ま、話を戻しますけど。
 あの二人は僕らも注意して見ておきます。
 でも、レイ様だって、あまり気にしなくて良いと思いますよ。
 どうせあの二人も、心の奥では分かってるんです。貴方のやることを否定しようだなんて風にも、思ってない。
 だけど、裏切られた貴方ががっかりするのが見たくなくて……ああしてやきもきしてるだけです。
 …………裏切られるだろうことだって、覚悟しているんでしょう?」

 意味深にニヤリと笑って、そんな風にマルが言う。
 ……うん。それは、覚悟してる。
 と、いうか。必ず起こることだと、思っている。

 彼らがこの場を受け入れるためには、ある儀式が必要なのだ。
 自分の足場を確認するための儀式。それはまだ、行われていない。
 彼ら自身が本当の意味で納得し、俺たちを受け入れるためには、その過程が必ず必要なのだと、俺は思っている。

「まぁ、それを許すための準備はちゃんと行ってますから、レイ様は気兼ねなく、思うようにしてくれたら良いですよ」

 カラッとそんな風に言い、作業に戻るマル。

「とりあえず身の安全は俺たちが守るから。ハインに身体の怪我だけは、心配させないようにする」

 オブシズもそう言ってくれ、シザーも任せて!    と、拳を握った。
 そんな俺たちのやり取りを、サヤはニコニコと笑って見ていて、最後に「私もお手伝いします」と、言葉を添えてくれ……。
 その温かい雰囲気に、俺の多少はすり減っていた気持ちが、癒されるのだった。
しおりを挟む
感想 192

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。

火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。 王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。 そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。 エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。 それがこの国の終わりの始まりだった。

私が美女??美醜逆転世界に転移した私

恋愛
私の名前は如月美夕。 27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。 私は都内で独り暮らし。 風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。 転移した世界は美醜逆転?? こんな地味な丸顔が絶世の美女。 私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。 このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。 ※ゆるゆるな設定です ※ご都合主義 ※感想欄はほとんど公開してます。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...