異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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魔手

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 カタリーナの夫を調べてくれと伝えてから、一日を挟んだ。
 昨日一日は、カタリーナが生活するための場を整えることに費やし、本日……仕事をさせるべきか、もう少し様子を見た方が良いか……でもやっぱり仕事をさせた方が気分転換になるかもしれないし……と、あれこれ考えて、結局、流民の母子らに混じって仕事見学に回ってもらうことにした。

「この村のことがよく分かるし、仕事場の一つに孤児院も含まれるから」

 多くの母子らに混じっての行動は、カタリーナ的には安心できるものであった様子。同室になったというターニャと、その同郷であるという者らに囲まれて、まずは内職見学に向かった。
 それを見送ってから、執務室に戻ってきたのだけれど……。

「レイ様、折り入ってお願いしたいことがあるんですけど、聞いてくれます?」

 帰った途端、珍しく真剣な顔のマルに、そう言われた。

「どうした?」
「どうしたもこうしたも……これ、本気でやばいと思うので、どうか真剣に聞いて欲しいんですよ」
「……うん。それは聞くよ。で、なに?」
「カタリーナから手を引きましょう」

 ……………………なにって?

 マルの言葉に、忙しく手元を動かしていた者らの手が止まり、これから衛兵の訓練に赴こうとしていた武官らの足も止まった。
 一瞬で静寂に包まれた執務室……。

「……手を引けって、どういう意味?」
「それは勿論、百害あって一利なしってことですよ。彼女は、ここにいてもらうべきじゃないです。
 これ、かなり巧妙に仕込まれた罠の可能性が高いんです。してやられました。あのアレクセイという司教、とんだ食わせ者です」

 マルが、してやられた……と、言うからには、それは相当な何かを引き当てたのだろう。
 そう思ったけれど、カタリーナから手を引けと言ったその言葉には、到底従えないと思った。なにより、事情を聞きもしていない状態で、俺がそれを承知すると思う?

「そう言う根拠を話せ。聞かなければ返事はできないな」
「嫌です……」
「じゃあ承知できない」
「言っても絶対承知してくれないじゃないですか⁉︎」
「それが分かってるんなら諦めたら?」
「そう言われると思ってました!」

 だけど諦めたらそこで試合終了でしょう⁉︎    と、まだ足掻こうとするマル。

「どれだけその状態で粘っても俺の意見は変わらないからね」
「ですよねえぇ……」
「このまま時間だけが経って、どうにもならなくなるのと、どっちが良いかな」
「…………話せば良いんでしょ⁉︎」

 そうしてくれ。

 あああぁぁ、だから嫌だったんですうううぅぅぅぅ!    と、嘆きつつ、さも嫌々ですといった風情で、マルは長椅子に向かった。
 だから俺も執務机から、マルの向かいに移動すると、この状況を聞いておかずにはいられないと思った面々も、席の周りに集まってくる。……まぁ、具体的に言うとハイン以外です。

「……結論から言いますと、ドンピシャでした。ホントにいましたよぅ、カタリーナの夫」

 一日挟んだだけで、あっさりとそれを掴んでくるのか……。
 メバックの街にはいったいこいつの何が仕込まれているんだろうかと半ば呆れる。
 いや、あれば掴んでくるとは思っていたよ?    だけど想像以上に早いから……。

「ま、思ったより獲物が大物だったから見つけやすかったんですけどねぇ。
 彼女、結構な商会の御内儀だったみたいです。なんと貴族にも仕えていた前歴がありましたよ。女中だったようです。
 でも、ある時急に職を辞してまして、そのまま大店の二子と婚姻。半年後にジーナ出産。
 まぁそうだろうなと思ってたらやっぱりというか、お手付きで孕んで下賜さ……」
「マル⁉︎」

 慌てて口を塞いだのは、マルがとんでもない内容を当たり前の顔して口にしやがったからだ。
 サヤがいる前で何言ってるんだお前は⁉︎

「マル……俺が調べてほしいとお願いしたのは、カタリーナじゃなくてその夫についてだよ。
 もう調べがついたのか?    早いなぁ、さすがマルだ。じゃあ詳しく聞きたいから、ちょっと場所を移そうかぁ……ハイン、会議室行ってくる」
「では直ぐにお茶をお持ちします。サヤ、このままこちらの作業をお願いできますか」

 察しが良い従者でほんと助かる。有難うハイン……!
 何か言いたげなサヤだったけれど、俺がどうしてもこの話をサヤに聞かせたくないと考えているのを、察してくれた様子。
 渋々ながら、行ってらっしゃいませ……と、許してくれた。

 で、結局大半は執務室に残り、プローホルでカタリーナに関わったオブシズのみ、ついてくることを許した。あまり良い話ではないようだから、皆に伝えるかどうかも含め、まずは確認してからと思ったのだ。
 近くの執務室に入り、一応鍵を閉めてから。

「マル⁉︎    サヤの前でお手つきとか孕むとか、そういう言葉を当たり前みたいに口にしないでもらえるかな⁉︎」
「神経質になりすぎじゃないですか?」
「すぎて何が悪い。お前が口にしたことは、下手したら、サヤが経験してたかもしれないことなんだぞ!」
「……そうでしたね。失礼しました」

 故郷で無体を働かれかけたサヤだから、こんな話題、どう考えても安易に言葉にして良いものではない。
 強い口調で怒りを露わにした俺に、マルも大人しく謝った。……もう、ほんと、気をつけてくれないと駄目だぞ、そこは。

「…………で。俺に手を引けって言う根拠に、カタリーナの素性も絡むってことなんだな?」
「ええ。夫だけの話で済まないみたいなんで、一番初めからお話しします」

 夫だけの話では済まない……。
 なら前歴、女中であったことが、理由に大きく絡むのだろう。もう最悪の予想しか浮かばない……。
 だけど、聞かないわけにはいかないだろうと腹を括り、俺はマルは促した。

「では報告します。カタリーナの夫は大店宝石商の支店店主。プローホルにあったのは支店でしたね。本店はオゼロ領内です。貴族相手の商売も手広くやっていますよ。
 カタリーナは、元々中堅の一般的な商家出身で、行儀見習いのために子爵家のひとつへ奉公に出たんです。そこで見初められ、妾へ……となれば良かったんですけど、そこの子爵様、元からその気すら無かったみたいで、懐妊が発覚し、その相手が自分であろうってことが奥方バレないうちにって、懇意にしてる商家に彼女を下賜したんです」

 つまり、カタリーナは勤め先で手慰みに使われ、運悪く妊娠してしまったがために厄介払いされた……ということか。

「まぁ、タチの悪い人物ですよ。
 被害者はカタリーナだけじゃなさそうですしね。
 で、その子爵様、どうもジーナを欲してます。
 縁を繋ぎたい家が複数あって、選べないから全部と繋ぎたい、みたいな感じですかね。それで、使える女児を回収しようとしてるんです。
 カタリーナはそれを夫から伝えられ、拒否したために折檻を受けた。その夜のうちに、娘を連れて神殿へと逃げ込んだようです。……その前から、扱いは結構散々だったみたいですけど」

 聞いているだけで胸がムカムカしてくるような話だ……。
 だけど、貴族には、別段珍しくもない話……。くそっ。

「よく、逃げ出せた……」

 オブシズが、絞り出すようにそう言った。
 そうだな。折檻を受けた直後に逃げたということは、結構な手傷を負っていた可能性が高い……。
 そんな状態で、よくジーナを守り抜いたと思う。

「手引きしてくれた者がいたようですねぇ。
 その人、もうこの世の人じゃないみたいですけど」
「殺されたのか⁉︎」
「あ、いえいえ。元々かなり老齢だったんですよ。多分、神殿に逃げるように言ったのもその人だと思われます。

「神殿を出なければ、そのまま手出しされずに済んだんでしょうが……」
「……ここに来たせいで、その夫がまた、付け狙いだしたってことなんだな……」

 神殿には、色々な事情を抱えた者を保護するという役割がある。
 カタリーナのような、家庭の事情で駆け込む場合も多々あるのだ。
 しかし、神に身を捧げることをせずに、そこにいるためには、結構な寄付金が毎月必要で、その金額を工面できるかどうかで扱いはかなり変わる……。

「その商家のね、女将が、カタリーナを逃したみたいなんですよね。
 つまり、カタリーナの義母、夫の母です。その時に、寄付金となるものも渡されていたのでしょう」

 不遇のカタリーナに、味方がいてくれたということが、この話の中で唯一の救いだった。
 けれど、これからのカタリーナをどう守るかという部分……そこが、とても厄介だ。

「……マル、俺に手を引けって言ったのは……」
「カタリーナを狙うのは、子爵家……つまり、うちより上位の貴族です。
 波風立てずに彼女を守ろうと思うなら、神殿の庇護下に彼女を戻すのが、一番手っ取り早いですし、確実でしょう。
 当然、神殿の庇護に入っているとするためには、神殿が必要です。
 ですが、拠点村には神殿が無い。でも孤児院という、神殿を模した施設はあります。孤児院を神殿の一部であると主張し、カタリーナを庇護するためには、この拠点村に神官以上の地位にある神職者が必要です」

 つまり、アレクセイ殿は、こうなるだろうことを見越して、カタリーナを使った……と、いうこと、か?

「…………そんなこと、あるかな。だってあの方とはあの時、初対面だったんだぞ?」
「ですが、レイ様は初めから、カタリーナを庇っています。
 カタリーナから話を聞き出せば、貴方が彼女を庇って取った行動に、あちらは気付けますよね?」

 マルの指摘に、反論はできなかった……。

「司教様、だいぶん厄介そうです。
 あの一日足らずの時間で、ここまで罠を磨いていたのだとしたら、相当頭がキレる御人ですし、手段も結構なものを使ってきてますよ……」
「……あの人が、そんなこと、するだろうか……」
「まだ言うんですか。状況を見てくださいよ。こんな上手い具合に偶然が絡まると思います?
 あの人は司教ですから、神殿内の情報収集に制限はありませんよ。人当たりの良さと地位で、きっと誰からだって結構な情報を聞き出せたと思います。
 ……レイ様がそんな風に言うくらいには、まともそうに見える人物でしたし」

 マルクスはアレクセイ殿に一度しか会ったことがない。だから、今得られている情報からのみ、あの人を分析しているのだろう。
 けれど……。
 けれど俺は…………。

「マルクス……そう言うがな、あの御人は、そういった人間ではないと思う……。
 確かに、少々強引な部分はあったが……王都でだって、レイシールを庇っていたし……。
 そもそもカタリーナだって、あのままあの神殿にいたのでは、どんな目にあっていたか、分からない」

 そうだ。
 オブシズの言う通り、あのまま神殿にいるのは、カタリーナの命を危険に晒すことになったろう。

「ですからぁ……そもそも彼の方、司教ですよ?
 なんでレイ様にカタリーナを預けたんです?    自分の権限で、彼女を別の神殿に移せば良かったじゃないですか!」
「うっ……。あ、でもそれは、まだ新任してなかったし……」
「交渉ごとには首を突っ込んできたのにですかぁ?」

 マルの指摘は、いちいちがもっともで、状況証拠は、アレクセイ殿を黒だと言っていた。
 それに俺は、彼の方が内に秘めた闇を……己の肉体すら道具として使う姿を、垣間見ている……。
 だけど……それでも彼の方は、カタリーナを助けようとしていたし、俺を庇ったんだ。

「………………っ」

 しかし俺は、彼の方の考えが……仮面の下が、読めていない……。
 凄まじい憎悪を内包していてすら、ああやって自分を律している人だ。
 アレクセイ殿は、自身の内に蠢くあの闇と、戦っておられるのかもしれない……。そう、思いたい……。
 それに、今はアレクセイ殿より、カタリーナのことだ。

「…………マル。どちらにしろ、カタリーナは、今は俺の庇護下だ。守らないという選択は無いよ……」
「ここまで言ったのに!    じゃあ神官を拠点村に入れるんですか⁉︎」
「……それ以外の方法を、考える。
 とにかく今は、考える時間を稼ぐ。カタリーナを匿い、守るしかない」
「どうせそう言うんだろうと思ってましたけどおおおぉぉ!」

 やけくそ気味のマル。
 オブシズも、カタリーナを守ると言った俺に、ホッと安堵の息を吐いた。
 守るよ。当たり前だ。これだけ関わって、今更手を引くなんて、するわけないだろ。

「マル、とにかく今は、カタリーナの情報を徹底的に排除。
 夫に気付かれないようにしよう。そこを守りきれば、神殿の介入は阻止できるのだし」
「もうやってますよ。当然でしょ⁉︎
 でもほんと早く、次の手を考えないと。情報なんてものは、完璧に消し去るなんてできないんですからね⁉︎」
「うん。分かってる」

 宝石商の夫はともかく、その後ろ……子爵家か……。

「で、マル。その子爵家の情報をくれ」
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