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流民と孤児 10
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サヤの脚力は俺たちを大きく凌駕する。
だから、報告を受けた途端、彼女は「先に向かいます」とだけ告げ、職員の横をすり抜けて行ってしまった。
武器を必要としない無手の使い手である自分が、現場で最も戦えると、自覚していたからだろう。
「子供たちって、全員がか⁉︎」
「男児らです! 喧嘩をしていると見せかけて、止めに入った職員に襲い掛かって! 現在、女児らの避難を最優先にしております。
護衛の騎士らが女児らと負傷者を退避させる時間を稼いでくれているのですが、命により武器の使用は認められていないと……ですから、どうか許可を!」
「報告ご苦労。許可は必要無い。
ハイン、この娘をナジェスタのところへ送り届けてから、増員確保。その後ユストと共に来てくれ」
「レイシール様⁉︎」
「あの、許可をください! 一刻も早く、私も戻らねば……っ」
焦った様子の女性職員の声が、背中から俺を追いかけてくる。だから足を止めて、君はここまでと、ハインの方に押した。青い制服の一部が破れ、紺色に変色して見えるのは……。
「君も怪我をしているな? 大丈夫。後は任せて、私が直接向かうから。君は治療を最優先しなさい」
サヤを追って部屋を出た俺に、シザー、早く行け! と、ハインの怒り声。
そのうち追いついてくるだろうと、俺はそのまま足を進めた。
怪我をして走って来た職員。武器の使用許可を求めて来たということは、孤児らも何かしらの武器を所持しているのだろう。
食器の数は常に数えていた。小刀や、武器となりそうなものは持ち込まないようにしていた。
だけどどんな方法でか、彼らは武器を所持していたと考えられる。
現場に到着した時、負傷し、動けない職員に、イェーナが応急処置を施していた。イェーナ自身にも傷がある。吠狼らにも、子供に武器は向けるなど支持していた。彼女もそれを、守ってくれたのだ。
俺を見つけて、パッと表情を明るくして、だけど次の瞬間に泣きそうになる。
「も、もうしわけ、あり、ません……」
「謝ることはない。武器を抜かないでいてくれたんだね。ありがとう。
子供らは……サヤが?」
「は、はい! いま、奥の方へ……」
「分かった。じきにユストが来るから、怪我人は皆養生に努めて。間も無く交代の人員も来るから」
追いついて来たシザーが前に出ないでと俺の手を引っ張ったけれど、それはできないと、断った。
守られたまま、あの子らの前に立ったって、きっと駄目なんだ。
それじゃ結局、何も認められない。あの子らの本心を掴むことなど、できなくなってしまう。
広の視線で、視界の動くものは察知できるようにし、怪我人にはもう暫くすれば増援が来るからと伝えつつ進んだ。
中には所持していた短刀を盗られてしまったと語る職員も。危険だからこれ以上進んではいけないと、諌める者もいたけれど……。
「大丈夫だ」
親の務めを果たしに来ただけだ。
だから、誰が何を言おうと、俺は前に進む。
日中皆が過ごす大部屋はがらんとしていた。
寝所としている部屋の方へ行くと、負傷した騎士が入り口に座り込んでいる……。
「ジーク!」
「っ、レイシール様……」
怪我が酷かった。特に太腿の傷。シザーに応急処置をと命じると、懐から手拭いを取り出し、傷を縛りにかかる。
「ジーク、剣はどうした」
「万が一奪われると危険なので、騎士に武器の類は所持させませんでした」
「…………武装せずに、子供らと対峙したのか?」
「貴方の命ですから、当然です」
脂汗の浮かぶ額。失血量も結構なものだろうに、笑う。
「敷地の外には逃しておりません。巡回していた吠狼の者らが、手助けしてくれました。
避難した孤児らと、身を守れない女職員はこの中です。十五名。と、二名。ここは死守しますから、お任せください。
見つけられなかった女児四名は、申し訳ございません。他の者が、探しています」
「充分だ。もう暫くしたら増員が来るから、後少しだけすまないな」
「いえ、力不足で……ご期待に応えられず、申し訳ございません。
今度はサヤ様に、無手を習うことにします」
「…………ジークは騎士の鏡だ……」
子供といえど、窃盗団の一員だった者らが五人もいるのだ。その危険性を、俺以上にジークは承知していたろう。
なのに、武器を持ち出さず、身を守れない者らの安全確保を優先してくれた。俺の望む以上のことを、してくれているよ。
ジークをその場に残し、奥に進むことにした。広場となっている奥。ここには馬場を作る予定であったのだけど、今はただの更地だ。
そこの中程に、サヤを取り囲むようにする、子供らの姿があった……。
「シザー、そこで待て。武器を持つ身で前には出るな。絶対にだ」
それだけ言って足を進める。
すると、子供らの視線がこちらを向いた。
中の三人……窃盗団にはいなかった三人が、泣きそうな顔でこちらを見ている……。他の者らにそそのかされたのだろうなと、それで推測。
幾人かは怪我をしている様子も見受けられる。
うち一人、座り込んでいる者は、きっとサヤに手を出し、返り討ちにあったのだろう。怪我はないようだが、投げ飛ばされて肝を冷やしているのだと思う。
そのまま足を進めて行くと、泣きそうな顔をしていた三人が、怯えたように半歩下がった。すると、鋭い視線で「ア゛⁉︎」と、五人に責められ、動きを縫い止められた。
「……人を傷付けた気分は、どうだ?」
第一声をそれにしてしまったのは、俺の未熟さだ。やはり、怒りは少なからず、抱いていた。何故、思い留まらなかった……。
手に握っている小刀や短剣、盗み、隠し集めていたものだと思う。人を傷つけるつもりで、集めたのだ。
「何故、傷つけることを一番に選んだ? 何故、自ら考えず、行動を共にした? 何故、乱暴を働く方にしか、怒りを向けられなかったんだ⁉︎」
サヤは、振り返りはしなかったが、泣きそうな顔をしているのだろうと、分かっていた。人を傷付けることを選んだこの子らに、傷付けられて。
けれど、闘気を纏い、隙は見せていない。子供らは、武装もせず、立っているだけの女性に、それでも何か恐ろしいサヤに、手出し出来ずにいたのだ。
「お前たちは、今まで虐げられ、奪われてきたことを、理不尽に思わなかったのか? 思っていたろう⁉︎
ならば、何故今それをする側に立った⁉︎ お前たちはここで、何かを奪われたか⁉︎ 理不尽を強いられたか⁉︎
ここに、お前たちが人を傷つけなきゃいけない理由があったか⁉︎ それを今一度考えなさい!」
「……やっ、やらなきゃ、殴るって、言われたんだ!」
血のついた小刀を構えていた一人が、急にそう叫んだ。三人のうちの一人だ。名は確か、イザーク。
「ならばお前は、お前を虐げた相手に理由があったなら、許せるのだね?」
「……っ」
「富める者たちからだけでなく、流民同士でも奪い合って、生きていたのは知っている。
イザークは奪われても、それを恨まずにいられたのだね?」
「…………」
理由なんて、あろうがなかろうが、相手を恨み、更に弱い者から奪って生きてきたのだろう。
弱き者から奪って生きるのが当たり前で、今までそうしてくるしかなかったのは分かっている。けれど! 今のお前は? それをしなければ生きられないかどうか、何故今を、考えない!
「奪わずとも、食えるだけ食えたのに、何故人を傷付けた! ここでお前たちが、そうしなければならなかった理由を言え!」
「知らねぇよ! 黙れお前!」
窃盗団で、子供組の頭となっていたトゥーレが、そう叫んだ。
「影に隠れてぐちゃぐちゃ言ってるお前のゴウマンさが腹立つ。
いいもん食って、かしずかれて、ちやほや守ってもらって、安全な場所でスウコウな善人やってられる奴は黙れ。
俺たちに指図出来んのは、同じ場所に立ってる奴だけだ」
「ほう。つまりお前の窃盗団の頭は、お前と苦しみを共にし、辛さも幸せも分かち合ってくれる相手だったのだな」
そう返すと、トゥーレも言葉に詰まった。
違うよな。お前たちは、搾取し、それを更に搾取されていた。
「トゥーレは、私がお前と同じ場所に立てば、信頼してくれるのだな?
なら、私が今、武器を帯びていないことを示そう」
上着を脱いだ。腰帯も外し、長衣の釦に手を掛ける。
唖然とする子供らを前に、俺は細袴だけの姿になった。長靴も脱いで、靴の中にも小刀も仕込んでいないと示す。
「サヤは、下がって」
「レイっ⁉︎」
「下がって」
後ろは振り返らず、サヤはじりじりと、下がった。俺や子供たちを視界から外さないように。いつでも駆けつけることができるように。
脱ぎ散らかした服をその場に残して、俺はトゥーレの前に進んだ。石の転がる場を裸足で歩くのは、少々足裏が痛かった。だけどこの子らは、靴など無くても当たり前で、それを痛いとも思わないのだろう……。そんな過酷な生活を、強いられてきた。それも、重々、承知している。
足を止めたのは、トゥーレの間合いの中。
「今日までお前たちが食べてきたものは、俺も同じく食べてきた。お前たちと同じものをだ」
そう言うと、何故急に俺がそんなことを口にしたのか分からず、混乱したように表情を困らせる。
「あの食事を作ってくれていたのは、ユミルという十四の少女だ。お前たちと同じく、親はもう、ずっと前に亡くなった。
元は農家だったが、借金が嵩み畑も失うしかなかった。だけどあの子は、四つ下の弟を養おうと、身体を悪くして働けない祖父を養おうと、身を粉にして働いている!
あの娘は、お前たちが不憫だと、しっかり食べて大きくなれるようにと、一生懸命に作ってくれていたんだ。
お前たちは、そんなことは知らなかったろう。だけどな……お前たちの血肉は、ユミルの食事が作ってくれていたんだ。お前たちのためを思って、毎日工夫して、用意してくれていたんだ!
今一度問う。ここに、お前たちから奪う者はいたか。理不尽を強いられたか。お前を脅し、搾取する者を、お前は同じ立場だと、仲間だと言うのか⁉︎」
お前たちは、知らなかったろう。
だけど、知ろうとしなきゃならなかった。それが、前に進むため、一歩を踏み出すために必要だったんだ。
奪い、奪われる生活から抜け出せるのに、お前たちはそれをもう選べるのに、何故見ない。何故考えない。今あるものを、お前たちを守ろうとしている人たちを、ちゃんと見ろ!
「答えなさい! 武器を持ってすらいなかった者たちに、何故武器を向けた⁉︎ 何故傷付けた⁉︎ それを正当な行為だと言うならば、示しなさい!」
だから、報告を受けた途端、彼女は「先に向かいます」とだけ告げ、職員の横をすり抜けて行ってしまった。
武器を必要としない無手の使い手である自分が、現場で最も戦えると、自覚していたからだろう。
「子供たちって、全員がか⁉︎」
「男児らです! 喧嘩をしていると見せかけて、止めに入った職員に襲い掛かって! 現在、女児らの避難を最優先にしております。
護衛の騎士らが女児らと負傷者を退避させる時間を稼いでくれているのですが、命により武器の使用は認められていないと……ですから、どうか許可を!」
「報告ご苦労。許可は必要無い。
ハイン、この娘をナジェスタのところへ送り届けてから、増員確保。その後ユストと共に来てくれ」
「レイシール様⁉︎」
「あの、許可をください! 一刻も早く、私も戻らねば……っ」
焦った様子の女性職員の声が、背中から俺を追いかけてくる。だから足を止めて、君はここまでと、ハインの方に押した。青い制服の一部が破れ、紺色に変色して見えるのは……。
「君も怪我をしているな? 大丈夫。後は任せて、私が直接向かうから。君は治療を最優先しなさい」
サヤを追って部屋を出た俺に、シザー、早く行け! と、ハインの怒り声。
そのうち追いついてくるだろうと、俺はそのまま足を進めた。
怪我をして走って来た職員。武器の使用許可を求めて来たということは、孤児らも何かしらの武器を所持しているのだろう。
食器の数は常に数えていた。小刀や、武器となりそうなものは持ち込まないようにしていた。
だけどどんな方法でか、彼らは武器を所持していたと考えられる。
現場に到着した時、負傷し、動けない職員に、イェーナが応急処置を施していた。イェーナ自身にも傷がある。吠狼らにも、子供に武器は向けるなど支持していた。彼女もそれを、守ってくれたのだ。
俺を見つけて、パッと表情を明るくして、だけど次の瞬間に泣きそうになる。
「も、もうしわけ、あり、ません……」
「謝ることはない。武器を抜かないでいてくれたんだね。ありがとう。
子供らは……サヤが?」
「は、はい! いま、奥の方へ……」
「分かった。じきにユストが来るから、怪我人は皆養生に努めて。間も無く交代の人員も来るから」
追いついて来たシザーが前に出ないでと俺の手を引っ張ったけれど、それはできないと、断った。
守られたまま、あの子らの前に立ったって、きっと駄目なんだ。
それじゃ結局、何も認められない。あの子らの本心を掴むことなど、できなくなってしまう。
広の視線で、視界の動くものは察知できるようにし、怪我人にはもう暫くすれば増援が来るからと伝えつつ進んだ。
中には所持していた短刀を盗られてしまったと語る職員も。危険だからこれ以上進んではいけないと、諌める者もいたけれど……。
「大丈夫だ」
親の務めを果たしに来ただけだ。
だから、誰が何を言おうと、俺は前に進む。
日中皆が過ごす大部屋はがらんとしていた。
寝所としている部屋の方へ行くと、負傷した騎士が入り口に座り込んでいる……。
「ジーク!」
「っ、レイシール様……」
怪我が酷かった。特に太腿の傷。シザーに応急処置をと命じると、懐から手拭いを取り出し、傷を縛りにかかる。
「ジーク、剣はどうした」
「万が一奪われると危険なので、騎士に武器の類は所持させませんでした」
「…………武装せずに、子供らと対峙したのか?」
「貴方の命ですから、当然です」
脂汗の浮かぶ額。失血量も結構なものだろうに、笑う。
「敷地の外には逃しておりません。巡回していた吠狼の者らが、手助けしてくれました。
避難した孤児らと、身を守れない女職員はこの中です。十五名。と、二名。ここは死守しますから、お任せください。
見つけられなかった女児四名は、申し訳ございません。他の者が、探しています」
「充分だ。もう暫くしたら増員が来るから、後少しだけすまないな」
「いえ、力不足で……ご期待に応えられず、申し訳ございません。
今度はサヤ様に、無手を習うことにします」
「…………ジークは騎士の鏡だ……」
子供といえど、窃盗団の一員だった者らが五人もいるのだ。その危険性を、俺以上にジークは承知していたろう。
なのに、武器を持ち出さず、身を守れない者らの安全確保を優先してくれた。俺の望む以上のことを、してくれているよ。
ジークをその場に残し、奥に進むことにした。広場となっている奥。ここには馬場を作る予定であったのだけど、今はただの更地だ。
そこの中程に、サヤを取り囲むようにする、子供らの姿があった……。
「シザー、そこで待て。武器を持つ身で前には出るな。絶対にだ」
それだけ言って足を進める。
すると、子供らの視線がこちらを向いた。
中の三人……窃盗団にはいなかった三人が、泣きそうな顔でこちらを見ている……。他の者らにそそのかされたのだろうなと、それで推測。
幾人かは怪我をしている様子も見受けられる。
うち一人、座り込んでいる者は、きっとサヤに手を出し、返り討ちにあったのだろう。怪我はないようだが、投げ飛ばされて肝を冷やしているのだと思う。
そのまま足を進めて行くと、泣きそうな顔をしていた三人が、怯えたように半歩下がった。すると、鋭い視線で「ア゛⁉︎」と、五人に責められ、動きを縫い止められた。
「……人を傷付けた気分は、どうだ?」
第一声をそれにしてしまったのは、俺の未熟さだ。やはり、怒りは少なからず、抱いていた。何故、思い留まらなかった……。
手に握っている小刀や短剣、盗み、隠し集めていたものだと思う。人を傷つけるつもりで、集めたのだ。
「何故、傷つけることを一番に選んだ? 何故、自ら考えず、行動を共にした? 何故、乱暴を働く方にしか、怒りを向けられなかったんだ⁉︎」
サヤは、振り返りはしなかったが、泣きそうな顔をしているのだろうと、分かっていた。人を傷付けることを選んだこの子らに、傷付けられて。
けれど、闘気を纏い、隙は見せていない。子供らは、武装もせず、立っているだけの女性に、それでも何か恐ろしいサヤに、手出し出来ずにいたのだ。
「お前たちは、今まで虐げられ、奪われてきたことを、理不尽に思わなかったのか? 思っていたろう⁉︎
ならば、何故今それをする側に立った⁉︎ お前たちはここで、何かを奪われたか⁉︎ 理不尽を強いられたか⁉︎
ここに、お前たちが人を傷つけなきゃいけない理由があったか⁉︎ それを今一度考えなさい!」
「……やっ、やらなきゃ、殴るって、言われたんだ!」
血のついた小刀を構えていた一人が、急にそう叫んだ。三人のうちの一人だ。名は確か、イザーク。
「ならばお前は、お前を虐げた相手に理由があったなら、許せるのだね?」
「……っ」
「富める者たちからだけでなく、流民同士でも奪い合って、生きていたのは知っている。
イザークは奪われても、それを恨まずにいられたのだね?」
「…………」
理由なんて、あろうがなかろうが、相手を恨み、更に弱い者から奪って生きてきたのだろう。
弱き者から奪って生きるのが当たり前で、今までそうしてくるしかなかったのは分かっている。けれど! 今のお前は? それをしなければ生きられないかどうか、何故今を、考えない!
「奪わずとも、食えるだけ食えたのに、何故人を傷付けた! ここでお前たちが、そうしなければならなかった理由を言え!」
「知らねぇよ! 黙れお前!」
窃盗団で、子供組の頭となっていたトゥーレが、そう叫んだ。
「影に隠れてぐちゃぐちゃ言ってるお前のゴウマンさが腹立つ。
いいもん食って、かしずかれて、ちやほや守ってもらって、安全な場所でスウコウな善人やってられる奴は黙れ。
俺たちに指図出来んのは、同じ場所に立ってる奴だけだ」
「ほう。つまりお前の窃盗団の頭は、お前と苦しみを共にし、辛さも幸せも分かち合ってくれる相手だったのだな」
そう返すと、トゥーレも言葉に詰まった。
違うよな。お前たちは、搾取し、それを更に搾取されていた。
「トゥーレは、私がお前と同じ場所に立てば、信頼してくれるのだな?
なら、私が今、武器を帯びていないことを示そう」
上着を脱いだ。腰帯も外し、長衣の釦に手を掛ける。
唖然とする子供らを前に、俺は細袴だけの姿になった。長靴も脱いで、靴の中にも小刀も仕込んでいないと示す。
「サヤは、下がって」
「レイっ⁉︎」
「下がって」
後ろは振り返らず、サヤはじりじりと、下がった。俺や子供たちを視界から外さないように。いつでも駆けつけることができるように。
脱ぎ散らかした服をその場に残して、俺はトゥーレの前に進んだ。石の転がる場を裸足で歩くのは、少々足裏が痛かった。だけどこの子らは、靴など無くても当たり前で、それを痛いとも思わないのだろう……。そんな過酷な生活を、強いられてきた。それも、重々、承知している。
足を止めたのは、トゥーレの間合いの中。
「今日までお前たちが食べてきたものは、俺も同じく食べてきた。お前たちと同じものをだ」
そう言うと、何故急に俺がそんなことを口にしたのか分からず、混乱したように表情を困らせる。
「あの食事を作ってくれていたのは、ユミルという十四の少女だ。お前たちと同じく、親はもう、ずっと前に亡くなった。
元は農家だったが、借金が嵩み畑も失うしかなかった。だけどあの子は、四つ下の弟を養おうと、身体を悪くして働けない祖父を養おうと、身を粉にして働いている!
あの娘は、お前たちが不憫だと、しっかり食べて大きくなれるようにと、一生懸命に作ってくれていたんだ。
お前たちは、そんなことは知らなかったろう。だけどな……お前たちの血肉は、ユミルの食事が作ってくれていたんだ。お前たちのためを思って、毎日工夫して、用意してくれていたんだ!
今一度問う。ここに、お前たちから奪う者はいたか。理不尽を強いられたか。お前を脅し、搾取する者を、お前は同じ立場だと、仲間だと言うのか⁉︎」
お前たちは、知らなかったろう。
だけど、知ろうとしなきゃならなかった。それが、前に進むため、一歩を踏み出すために必要だったんだ。
奪い、奪われる生活から抜け出せるのに、お前たちはそれをもう選べるのに、何故見ない。何故考えない。今あるものを、お前たちを守ろうとしている人たちを、ちゃんと見ろ!
「答えなさい! 武器を持ってすらいなかった者たちに、何故武器を向けた⁉︎ 何故傷付けた⁉︎ それを正当な行為だと言うならば、示しなさい!」
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