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閑話 鹿肉メンチボール
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陽が沈み、ロゼのお相手もお役御免。
彼女を家まで送っていくと、夕食は是非にと、村人たちの宴に招かれた。
収入源も増えそうだし、色々目の前が明るくなった気がすると、村人たちが喜び、良い鹿肉もあることだし、ぜひ振る舞いたいと申し出てくれたのだ。
鹿肉は、狩った直後は硬くて食べにくい。二、三日置くと、食べ頃になるのだけど、今が丁度頃合いとのこと。
山城の村での宴のことがあったし、ちょっと迷ったのだけど……受けることにした。
この村の人たちは、皆純朴そうで、裏の裏を考えている様子は無かったから……。
まぁ、獣人の血が濃い人たちだし、社会とも交わってきていないから、スレてないのだろうな。
で、振る舞ってもらうだけでは申し訳ないので、こちらでも何か作ってみようと話し合ったのだけど……。
「ジビエ料理は流石に作ったことがないんですよね……」
「ジビエ?」
「鹿や猪……家畜以外の……狩猟で得たお肉のことを、私の国ではジビエと言い分けてたんです」
サヤの世界では鶏、豚、牛が主な家畜。食肉とされて飼育が盛んであったそう。やっぱり牛が出てきた……牛、好きなんだなぁ。
とはいえ、肉は肉。調理法もさして変わらないだろうし、挑戦してみようとなった。
幸い、肉量はたっぷりあるし、早く食べなきゃだし。かなり大きな塊を一つ分けてもらえたのだけど、そこでサヤからこんな質問。
「鹿肉ってどんなお味なんですか?」
「どんな……どんなって言われてもな…………うーん……風味は結構あるかな。血抜きしてないと食べにくいけど、この鹿は早めに内臓を取って一夜沢に浸けてたらしいから、ちゃんと血も抜けてると思うし……そこまでクセは強くないと思う」
鼻の良い獣人の彼らが、血抜きに失敗するとも思えない。
傷も少なかったし、即死に近いだろうから、肉の質も悪くなってないだろう。……という部分は伏せた。
狩猟肉は、獲物をどれだけ苦しめたかで味が変わると言われているのだけど、まぁそこまでは、サヤに知らせなくても良いかな。皮を剥ぐだけであれほど怯えてたし……。
「うーん……牛肉と仮定して……一口カツでも作ってみましょうか。香味塩もありますし、パセリも沢山採れましたし……それともメンチカツ……メンチカツが良いかも……」
「では私も別に一品作りましょう。サヤ、塩水や乳に浸しておけば、更に血抜きができ、臭みも消えますよ」
腕まくりしたハインがそんな風に教えつつ、二人で作業開始。……俺、また見てるだけ?
「……俺も何か手伝いたいんだけど……」
「邪魔です」
ハインに一言で切り捨てられた……。
仕方がないので、片付けが終わって暇になったオブシズと、シザーを伴って村の中を散策。エルランドらの所に行ってみたら、こっちも調理を始めており、驚いた。
「エルランドも料理するんだ」
「旅生活ですと、できないわけにはいきませんからね。そもそも私は独り身ですし、自分の世話は自分でしないといけないので」
なんでエルランドは独り身なんだろうか……経済力も包容力もある大人の男って感じなのに。
そう思ったものの、不躾すぎてそんなことは聞けない。
エルランドらは汁物を作ろうとしているようだ。肉を入れた汁って一般的ではないのだけど、サヤが賄いでよく作ったから、美味だって知っている。
「いや、我々の料理も、そのサヤさんから頂いた覚書を参考にしたものですからね」
干し野菜試作の時、干し野菜の利用方法として、いくつか料理の作り方を記し、渡していたのだけど、それが元となっているそう。
「旅生活には重宝するんですよ。一品で全部の食材が取れますし、美味ですし!」
「麵麭浸して食べても美味なんですよねぇ。これになってから全然余らなくなった」
「最後は麵麭で皿を拭って食べるよな」
そんな風に笑顔で話しつつ、野菜を刻む明けの明星の傭兵たち。
ついでに、後で香味塩を少量買わせて頂きたいのですがと頼まれてしまい、伝えておくよと約束して、その場を後にした。
旅生活は食事が試練だと言われているけれど、彼らは寧ろ楽しみになっているよう。
香味塩も新たな調味料として、彼らの食事を助けるものになるのかな。そう考えると、なんだか嬉しい。
色々歩き回ってみたのだけど……結局どこも忙しそうにしてる。
なので仕方なく、戻ってきたら、サヤが何やら不思議なことをしていた……。
「…………何してるの?」
眉間にしわを寄せ、神妙な顔で、包丁を二本も使って肉を滅多打ちだ。
どう見ても肉を叩き潰してるよね……。
「ミンチ肉を作っています。メンチボールを作ろうと思って……」
聞けば、肉を極力細切れにしたいのだという。
サヤの国のようにそれ専用の器具というのが無いので、包丁で叩くか、槌で叩くかするしかないとなり、現在進行形で行われていた。
ハインが見当たらないなと思ったら、石窯のある調理場を借りるため、出かけたそうだ。
そんな風に話す間も、サヤの両手の包丁はダダダダと連打されているのだが、サヤはなんだかとても、やりにくそう……。
「大変なの?」
「力加減が……。ちょっと気を抜くとまな板まで刻んでしまいそうで……」
わぁ。力持ちのサヤならではの悩みってやつだった。
「肉を叩けば良いのなら……俺がやろうか?」
見ている限り、別段難しそうでもないのでそう聞いてみたら、パッとサヤの表情が輝く。
「本当ですか⁉︎」
「うん。叩けば良いんでしょ?」
とりあえず手を洗って、袖をまくったら、サヤが前掛けの予備を出してきてくれた。サヤの予備だからちょっと可愛い感じのやつだけど……まぁ、服を汚してハインに怒られるよりは良いよな。
それを身につけてると、髪もくるくると纏めてくれた。至れり尽くせりってやつ?
支度ができたので、サヤがやっていたように包丁二本を持って肉を叩く。
「…………こんな感じでやっていけば良いの?」
「はい! ここにあるお肉全部なんですけど……初めは薄切りにして、それを賽の目に切ってから、叩く感じです」
大丈夫ですか? と、心配そうに覗き込んでくるから、とりあえず横にある肉の塊を少量切り、言われるように賽の目にしてみせたら、それで大丈夫とのこと。
「助かります! ではその間に私は他の下準備をさせてもらいますね」
「うん。全部終わったら声掛けるから」
結構な量があるなぁと思いつつ、切って叩くを繰り返す。
その間にサヤは、玉葱を大量に刻みだした。
俺の護衛であったオブシズとシザーは、急に始まった料理助手で手持ち無沙汰になってしまい、オロオロしていたのだけど……。
「シザーさん、お手隙ならパン粉を作ってほしいんですけど、お願いできますか?」
平鍋で炙った麵麭。それを卸し金でザリザリと削る作業らしい。
こっくりと頷いたシザーにそれをお願いし、オブシズはサヤと共に大量にある玉葱を刻む係に。
因みに二人の前掛け予備は無かったのだけど、二人は全力で必要ないと拒否。可愛いのは御免被ると顔に書いてあった……おのれ。
サヤは色々な作業を細々と進めていく。
途中で、出来上がったパン粉を一部貰い、大きな鍋に投入。それに山羊乳を入れたり卵を入れたり……色々不思議なことをする。
「肉、これで良かった?」
程なくして作業が終わり、サヤに声を掛けたら、パタパタと小走りでやって来た。
「はい。とても良い具合です」
「次は何をすれば良い?」
「まだ手伝ってくれるんですか?」
「うん」
ハインは俺が作業に参加することをとても嫌うのだけど、サヤは別に嫌そうじゃないし……駄目元で聞いてみたら、ぱあっとまた、嬉しそうに笑うから、なんだかキュンときてしまう……。
「そうですね……じゃぁ、一緒にやりましょうか。……お二人もですか?」
こっくりと頷くシザー。どうせ手持ち無沙汰ですからねとオブシズ。
玉葱はとっくに刻み終わり、ザリザリ麵麭を削る作業もそろそろ終了らしい。
「ではっ。ちょっと待ってくださいね!」
と、サヤは、何かをパタパタ準備し始めた。
先程の乳でふやかしていたパン粉の鍋に、卵数個と、肉を全て投入し、玉葱、塩、胡椒、何かの薬味? を、入れて。
「大変な重労働ですが……お願いしても良いですか?」
「大変なの?」
「やることは大変じゃないです。この、お肉を、粘り気が出るまでぐちゃぐちゃかき混ぜます! 大量にあるから、結構大変なんです」
混ぜるだけなら大丈夫じゃない?
と、思ったのでやってみることにした。
シザーに鍋を押さえてもらい、にゅるにゅるグニュグニュする肉をとにかくかき混ぜて押しつぶして、玉葱とふやかしたパン粉等が綺麗に混ざるよう、ただ繰り返す。
初めは妙な手触りにゾワゾワしたのだけど、そのうち楽しくなってきた。こんな手触りのもの、触ってみたことなかったし。
途中でサヤは、自らが小さめの賽の目に切った鹿肉を、更に投入。
「お肉の歯ごたえがあった方が良いかと思って」
そうしてる間も、溶き卵を用意したり、小麦粉を用意したり忙しい。オブシズも大皿を借りに他の家へとお使いへ出て行った。
暫くの間ネッチネッチという音だけがしていたのだけど、肉が良い具合に混ざったのを確認したサヤは、俺に手を丹念に洗わせてから。
「じゃあ、ここからは流れ作業で行きましょうか!」
何故か阿利布油(オリーブオイル)を俺の手にとろりと掛けて、両手に満遍なく塗るように言ってきた。……謎なことをする……。
「油を塗っておくと、お肉の成形で手にくっつくのを防げますから」
「成形?」
「はい。この大量のお肉を……これくらいの大きさの球状に、丸めていってほしいんです。一口サイズで食べやすいし、火も早く通ります」
そう言いサヤは、自身の手の親指と人差し指を用い、丸を作って見せた。
肉を匙で取った俺が、それをくるくる丸めて小麦粉の皿に。サヤが小麦粉をまぶしてから溶き卵へ。シザーが卵を全体に付けたらパン粉の皿に。オブシズがパン粉をまぶすという流れ作業。なんともおかしな行程だが、これは知ってる。カツを作るときの手順だ。
通りかかり、作業を見た人たちが、何してるんだろうなぁ……みたいな顔で通り過ぎていく。
そのうちホセに連れられたロゼも通りかかって、楽しそうな作業だと思ったのか、やってみたいと言い出し、流れ作業に参加。
パン粉をまぶすのはロゼの仕事になり、オブシズはサヤと交代。
ホセには、夕食時までロゼは預かるよと伝えた。
凄い恐縮されたけど、ノエミ一人で双子のおもりをしながら更に夕飯の支度なんて、無理難題すぎるだろうから。
そうして手の空いたサヤは、持参していた牛脂と阿利布油の殆どを投入した鍋に火をつけ、牛脂を溶かしながら……。
油が温まるまでの間に、パン粉がついて、揚げる前のカツと同じになったものを、また卵に投入した……⁉︎。
「これにもう一回、卵とパン粉をつけます」
「……この、パン粉をまぶした上から⁉︎」
「はい。そうすると、サクサクっとしてジュワーっと肉汁の滲み出る、美味しいメンチボールになります」
そうして出来上がったものを、サヤは牛脂が溶け、細かな泡が立ち出した油の鍋に投入しだした。
ジュッという音、パシャパシャという音。そのうちジュワーっと、細かな音に変化していく。……とはいえ、どんどん入れられるので、音が重なり、最後は盛大にジュワジュワしっているだけになった。
「おいしいにおい……」
ロゼがとろんとした表情。だけど火と油は危険だから近付いちゃ駄目。作業が終わり、手を綺麗に洗った俺たちは、ロゼと地面にお絵描きをして待つことに。
サヤは汗をかきながら、大量の肉玉を揚げる作業に没頭だ。
鼻の頭や額の汗が、なんだか油に落ちそうで危険だなと思ったので、手拭いで拭ったらびっくりした顔をされてしまった。
「手、使ってるだろ?」
「あ……ありがとうございます……」
「首に手拭い、掛けておく? そうしたら汗が拭きやすい」
「そうですね。思い付きませんでした」
皿の上に置かれた笊に、手拭いが敷かれ、油から出された肉玉がコロコロと乗せられていく。だけどまだまだ沢山あるから、当分揚げる作業が続くだろう。
そう思っていたら、サヤが俺たちをちょいちょいと手招き。
「そこに油紙を用意してますから、ひとつずつ、取ってください。お手伝いの報酬、味見をどうぞ。ちょっとだけ香味塩をふりかけてくださいね」
それはもう勿論!
揚げたては熱すぎるので、そちらの少し冷めたのが良いですよと助言を貰い、皆でひとつずつ、油紙で取ると、紙に油のシミが広がる。
うん……持てるくらいの熱さになったなら、大丈夫かな。ロゼでもひと口でパクリとできてしまう大きさだから、皆、いっせいに口に放り込んだ。
「んーーーーっ!」
サクッと気持ちの良い音と食感。そして、噛めば噛むほど肉汁が溢れ出し、なんとも夢心地の美味しさだ。ほろほろと崩れるほどに柔らかいのに、肉の歯応えもある!
「むちゃくちゃ美味い…………」
「……………………!」
「サクッとしてるのに汁が……うわぁ」
「うまーー!」
はしゃぐ俺たちに、サヤは綺麗な笑顔を汗で煌めかせながら「良かったです」と、笑った。
彼女を家まで送っていくと、夕食は是非にと、村人たちの宴に招かれた。
収入源も増えそうだし、色々目の前が明るくなった気がすると、村人たちが喜び、良い鹿肉もあることだし、ぜひ振る舞いたいと申し出てくれたのだ。
鹿肉は、狩った直後は硬くて食べにくい。二、三日置くと、食べ頃になるのだけど、今が丁度頃合いとのこと。
山城の村での宴のことがあったし、ちょっと迷ったのだけど……受けることにした。
この村の人たちは、皆純朴そうで、裏の裏を考えている様子は無かったから……。
まぁ、獣人の血が濃い人たちだし、社会とも交わってきていないから、スレてないのだろうな。
で、振る舞ってもらうだけでは申し訳ないので、こちらでも何か作ってみようと話し合ったのだけど……。
「ジビエ料理は流石に作ったことがないんですよね……」
「ジビエ?」
「鹿や猪……家畜以外の……狩猟で得たお肉のことを、私の国ではジビエと言い分けてたんです」
サヤの世界では鶏、豚、牛が主な家畜。食肉とされて飼育が盛んであったそう。やっぱり牛が出てきた……牛、好きなんだなぁ。
とはいえ、肉は肉。調理法もさして変わらないだろうし、挑戦してみようとなった。
幸い、肉量はたっぷりあるし、早く食べなきゃだし。かなり大きな塊を一つ分けてもらえたのだけど、そこでサヤからこんな質問。
「鹿肉ってどんなお味なんですか?」
「どんな……どんなって言われてもな…………うーん……風味は結構あるかな。血抜きしてないと食べにくいけど、この鹿は早めに内臓を取って一夜沢に浸けてたらしいから、ちゃんと血も抜けてると思うし……そこまでクセは強くないと思う」
鼻の良い獣人の彼らが、血抜きに失敗するとも思えない。
傷も少なかったし、即死に近いだろうから、肉の質も悪くなってないだろう。……という部分は伏せた。
狩猟肉は、獲物をどれだけ苦しめたかで味が変わると言われているのだけど、まぁそこまでは、サヤに知らせなくても良いかな。皮を剥ぐだけであれほど怯えてたし……。
「うーん……牛肉と仮定して……一口カツでも作ってみましょうか。香味塩もありますし、パセリも沢山採れましたし……それともメンチカツ……メンチカツが良いかも……」
「では私も別に一品作りましょう。サヤ、塩水や乳に浸しておけば、更に血抜きができ、臭みも消えますよ」
腕まくりしたハインがそんな風に教えつつ、二人で作業開始。……俺、また見てるだけ?
「……俺も何か手伝いたいんだけど……」
「邪魔です」
ハインに一言で切り捨てられた……。
仕方がないので、片付けが終わって暇になったオブシズと、シザーを伴って村の中を散策。エルランドらの所に行ってみたら、こっちも調理を始めており、驚いた。
「エルランドも料理するんだ」
「旅生活ですと、できないわけにはいきませんからね。そもそも私は独り身ですし、自分の世話は自分でしないといけないので」
なんでエルランドは独り身なんだろうか……経済力も包容力もある大人の男って感じなのに。
そう思ったものの、不躾すぎてそんなことは聞けない。
エルランドらは汁物を作ろうとしているようだ。肉を入れた汁って一般的ではないのだけど、サヤが賄いでよく作ったから、美味だって知っている。
「いや、我々の料理も、そのサヤさんから頂いた覚書を参考にしたものですからね」
干し野菜試作の時、干し野菜の利用方法として、いくつか料理の作り方を記し、渡していたのだけど、それが元となっているそう。
「旅生活には重宝するんですよ。一品で全部の食材が取れますし、美味ですし!」
「麵麭浸して食べても美味なんですよねぇ。これになってから全然余らなくなった」
「最後は麵麭で皿を拭って食べるよな」
そんな風に笑顔で話しつつ、野菜を刻む明けの明星の傭兵たち。
ついでに、後で香味塩を少量買わせて頂きたいのですがと頼まれてしまい、伝えておくよと約束して、その場を後にした。
旅生活は食事が試練だと言われているけれど、彼らは寧ろ楽しみになっているよう。
香味塩も新たな調味料として、彼らの食事を助けるものになるのかな。そう考えると、なんだか嬉しい。
色々歩き回ってみたのだけど……結局どこも忙しそうにしてる。
なので仕方なく、戻ってきたら、サヤが何やら不思議なことをしていた……。
「…………何してるの?」
眉間にしわを寄せ、神妙な顔で、包丁を二本も使って肉を滅多打ちだ。
どう見ても肉を叩き潰してるよね……。
「ミンチ肉を作っています。メンチボールを作ろうと思って……」
聞けば、肉を極力細切れにしたいのだという。
サヤの国のようにそれ専用の器具というのが無いので、包丁で叩くか、槌で叩くかするしかないとなり、現在進行形で行われていた。
ハインが見当たらないなと思ったら、石窯のある調理場を借りるため、出かけたそうだ。
そんな風に話す間も、サヤの両手の包丁はダダダダと連打されているのだが、サヤはなんだかとても、やりにくそう……。
「大変なの?」
「力加減が……。ちょっと気を抜くとまな板まで刻んでしまいそうで……」
わぁ。力持ちのサヤならではの悩みってやつだった。
「肉を叩けば良いのなら……俺がやろうか?」
見ている限り、別段難しそうでもないのでそう聞いてみたら、パッとサヤの表情が輝く。
「本当ですか⁉︎」
「うん。叩けば良いんでしょ?」
とりあえず手を洗って、袖をまくったら、サヤが前掛けの予備を出してきてくれた。サヤの予備だからちょっと可愛い感じのやつだけど……まぁ、服を汚してハインに怒られるよりは良いよな。
それを身につけてると、髪もくるくると纏めてくれた。至れり尽くせりってやつ?
支度ができたので、サヤがやっていたように包丁二本を持って肉を叩く。
「…………こんな感じでやっていけば良いの?」
「はい! ここにあるお肉全部なんですけど……初めは薄切りにして、それを賽の目に切ってから、叩く感じです」
大丈夫ですか? と、心配そうに覗き込んでくるから、とりあえず横にある肉の塊を少量切り、言われるように賽の目にしてみせたら、それで大丈夫とのこと。
「助かります! ではその間に私は他の下準備をさせてもらいますね」
「うん。全部終わったら声掛けるから」
結構な量があるなぁと思いつつ、切って叩くを繰り返す。
その間にサヤは、玉葱を大量に刻みだした。
俺の護衛であったオブシズとシザーは、急に始まった料理助手で手持ち無沙汰になってしまい、オロオロしていたのだけど……。
「シザーさん、お手隙ならパン粉を作ってほしいんですけど、お願いできますか?」
平鍋で炙った麵麭。それを卸し金でザリザリと削る作業らしい。
こっくりと頷いたシザーにそれをお願いし、オブシズはサヤと共に大量にある玉葱を刻む係に。
因みに二人の前掛け予備は無かったのだけど、二人は全力で必要ないと拒否。可愛いのは御免被ると顔に書いてあった……おのれ。
サヤは色々な作業を細々と進めていく。
途中で、出来上がったパン粉を一部貰い、大きな鍋に投入。それに山羊乳を入れたり卵を入れたり……色々不思議なことをする。
「肉、これで良かった?」
程なくして作業が終わり、サヤに声を掛けたら、パタパタと小走りでやって来た。
「はい。とても良い具合です」
「次は何をすれば良い?」
「まだ手伝ってくれるんですか?」
「うん」
ハインは俺が作業に参加することをとても嫌うのだけど、サヤは別に嫌そうじゃないし……駄目元で聞いてみたら、ぱあっとまた、嬉しそうに笑うから、なんだかキュンときてしまう……。
「そうですね……じゃぁ、一緒にやりましょうか。……お二人もですか?」
こっくりと頷くシザー。どうせ手持ち無沙汰ですからねとオブシズ。
玉葱はとっくに刻み終わり、ザリザリ麵麭を削る作業もそろそろ終了らしい。
「ではっ。ちょっと待ってくださいね!」
と、サヤは、何かをパタパタ準備し始めた。
先程の乳でふやかしていたパン粉の鍋に、卵数個と、肉を全て投入し、玉葱、塩、胡椒、何かの薬味? を、入れて。
「大変な重労働ですが……お願いしても良いですか?」
「大変なの?」
「やることは大変じゃないです。この、お肉を、粘り気が出るまでぐちゃぐちゃかき混ぜます! 大量にあるから、結構大変なんです」
混ぜるだけなら大丈夫じゃない?
と、思ったのでやってみることにした。
シザーに鍋を押さえてもらい、にゅるにゅるグニュグニュする肉をとにかくかき混ぜて押しつぶして、玉葱とふやかしたパン粉等が綺麗に混ざるよう、ただ繰り返す。
初めは妙な手触りにゾワゾワしたのだけど、そのうち楽しくなってきた。こんな手触りのもの、触ってみたことなかったし。
途中でサヤは、自らが小さめの賽の目に切った鹿肉を、更に投入。
「お肉の歯ごたえがあった方が良いかと思って」
そうしてる間も、溶き卵を用意したり、小麦粉を用意したり忙しい。オブシズも大皿を借りに他の家へとお使いへ出て行った。
暫くの間ネッチネッチという音だけがしていたのだけど、肉が良い具合に混ざったのを確認したサヤは、俺に手を丹念に洗わせてから。
「じゃあ、ここからは流れ作業で行きましょうか!」
何故か阿利布油(オリーブオイル)を俺の手にとろりと掛けて、両手に満遍なく塗るように言ってきた。……謎なことをする……。
「油を塗っておくと、お肉の成形で手にくっつくのを防げますから」
「成形?」
「はい。この大量のお肉を……これくらいの大きさの球状に、丸めていってほしいんです。一口サイズで食べやすいし、火も早く通ります」
そう言いサヤは、自身の手の親指と人差し指を用い、丸を作って見せた。
肉を匙で取った俺が、それをくるくる丸めて小麦粉の皿に。サヤが小麦粉をまぶしてから溶き卵へ。シザーが卵を全体に付けたらパン粉の皿に。オブシズがパン粉をまぶすという流れ作業。なんともおかしな行程だが、これは知ってる。カツを作るときの手順だ。
通りかかり、作業を見た人たちが、何してるんだろうなぁ……みたいな顔で通り過ぎていく。
そのうちホセに連れられたロゼも通りかかって、楽しそうな作業だと思ったのか、やってみたいと言い出し、流れ作業に参加。
パン粉をまぶすのはロゼの仕事になり、オブシズはサヤと交代。
ホセには、夕食時までロゼは預かるよと伝えた。
凄い恐縮されたけど、ノエミ一人で双子のおもりをしながら更に夕飯の支度なんて、無理難題すぎるだろうから。
そうして手の空いたサヤは、持参していた牛脂と阿利布油の殆どを投入した鍋に火をつけ、牛脂を溶かしながら……。
油が温まるまでの間に、パン粉がついて、揚げる前のカツと同じになったものを、また卵に投入した……⁉︎。
「これにもう一回、卵とパン粉をつけます」
「……この、パン粉をまぶした上から⁉︎」
「はい。そうすると、サクサクっとしてジュワーっと肉汁の滲み出る、美味しいメンチボールになります」
そうして出来上がったものを、サヤは牛脂が溶け、細かな泡が立ち出した油の鍋に投入しだした。
ジュッという音、パシャパシャという音。そのうちジュワーっと、細かな音に変化していく。……とはいえ、どんどん入れられるので、音が重なり、最後は盛大にジュワジュワしっているだけになった。
「おいしいにおい……」
ロゼがとろんとした表情。だけど火と油は危険だから近付いちゃ駄目。作業が終わり、手を綺麗に洗った俺たちは、ロゼと地面にお絵描きをして待つことに。
サヤは汗をかきながら、大量の肉玉を揚げる作業に没頭だ。
鼻の頭や額の汗が、なんだか油に落ちそうで危険だなと思ったので、手拭いで拭ったらびっくりした顔をされてしまった。
「手、使ってるだろ?」
「あ……ありがとうございます……」
「首に手拭い、掛けておく? そうしたら汗が拭きやすい」
「そうですね。思い付きませんでした」
皿の上に置かれた笊に、手拭いが敷かれ、油から出された肉玉がコロコロと乗せられていく。だけどまだまだ沢山あるから、当分揚げる作業が続くだろう。
そう思っていたら、サヤが俺たちをちょいちょいと手招き。
「そこに油紙を用意してますから、ひとつずつ、取ってください。お手伝いの報酬、味見をどうぞ。ちょっとだけ香味塩をふりかけてくださいね」
それはもう勿論!
揚げたては熱すぎるので、そちらの少し冷めたのが良いですよと助言を貰い、皆でひとつずつ、油紙で取ると、紙に油のシミが広がる。
うん……持てるくらいの熱さになったなら、大丈夫かな。ロゼでもひと口でパクリとできてしまう大きさだから、皆、いっせいに口に放り込んだ。
「んーーーーっ!」
サクッと気持ちの良い音と食感。そして、噛めば噛むほど肉汁が溢れ出し、なんとも夢心地の美味しさだ。ほろほろと崩れるほどに柔らかいのに、肉の歯応えもある!
「むちゃくちゃ美味い…………」
「……………………!」
「サクッとしてるのに汁が……うわぁ」
「うまーー!」
はしゃぐ俺たちに、サヤは綺麗な笑顔を汗で煌めかせながら「良かったです」と、笑った。
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