異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

文字の大きさ
727 / 1,121

仕事

しおりを挟む
 サヤとのことを、父上に話した時のこと……。

 無理をさせてしまい申し訳ないと、やっと熱の下がった父上に頭を下げたら、馬鹿を言うなと叱られてしまった。

「領主としての勤めはまだ私の職務だ。
 身体がついてこないのはお前のせいでもなんでもない。
 そうやって何もかも自分の責任にしようとするのは其方の悪い癖だ」

 そんな風に言われ、前にもシェルトに似たようなことを言われたなと更に反省……。俺って成長してないな……。

「私の体調不良は、あくまで私の自己管理の問題だ。久しぶりの収穫で、村人が面白いことをしていたものだから、ついな……身体のことをおろそかにしてしまった」

 面白いこと?

「面白いやり方だな。各家庭で各々収穫していくのではなく、頃合いの畑から、皆で協力して行うように変えたのか」
「あぁ、それは……。
 去年、かなり急いだ収穫になりまして。収穫できる畑から優先して、皆で穫り入れを行なったのです。
 それが思いの外、負担も軽く感じたようで……」
「収穫期はどの家も人手が欲しい。時期の来た畑から相互で協力し合うのは、確かに合理的だと思う。
 あの干し台も、皆がサヤの国の手法だと自慢げに教えてくれた。地面にそのまま積むよりも干す方が良いと思っていたが、やはり手間だった。
 あの手法なら畑に穴を開けずとも良いし、労力も掛からぬ。良い案を、授けてくれた」

 にこりと笑いかけられて、「いえあの、たいしたことでは……」と、サヤが恐縮したように俯く。

「この手法は、セイバーン内の他地域にも伝えて行こうと思う。
 労力も費用も掛からぬ……特に干し台は、きっとすぐに取り入れられよう。
 レイシール、この先は、これもそなたの役割となっていく。来期は私と共に、視察にも同行せよ。その辺りのやりとりも、見ておく方が良い」

 父上は上機嫌だった。

 セイバーン領主は、代々このように、他の地域で有効とされた手法を、領地全体で取り入れていくことで収穫量を上げてきた。
 どんな細やかなものでも、積み重なれば大きな実りへと繋がる。それを体感してきているから、サヤの提案してくれていた手法が、とても嬉しかったのだろう。
 体調を崩すほどに喜ばれるのは考えものだけど、俺たちのしてきたことが認められるのは嬉しい。
 けど……。
 楽しげに話す父上に、こちらの話が切り出しにくくなって困ってしまった……。
 もう少し後にすれば良かったか……。
 帰ってすぐに話せなかったし、あまり先延ばしにすると、サヤがまた不安になってしまうだろうしと、父上の体調が快復したならばとつい、急いてしまった。

 そんな、俺の内心の葛藤を見透かしたのだろう。父上が居住まいを正した。

「すまぬ。ついこちらの話を優先してしまったな。
 其方から報告があると言うのだから、重要なことなのであろう?    ガイウス、人払いだ……」
「あっ、いえ……!
 ……ガイウスにも、聞いてもらいたい。これからのセイバーン運営に、関わる、ことだから……」

 常ならガイウスを拒む俺が、彼にもと言ったことで、父上の表情がより真剣味を帯びる。
 俺はそっと後ろに手を回して、サヤの手を握り締めた。その存在を確かめ、これを守るのだと強く意識することで、自らを奮い立たせる。

「今まで黙っていたことを、まずお詫びします。
 セイバーンの今後に関わることだからと、サヤがとても、思い悩んでおりましたので……やはりお伝えすべきと判断しました」

 そう前置きして、俺はサヤに子ができにくい事情を、二人に話した。
 子のできる可能性を、サヤ本人はとても低く考えていて、正妻から退こうと思うほどに、悩んでいたこと。
 当初それも理由にあり、婚姻を拒んでいたのだと。
 サヤが異界の民であるなどとは言えないから、はじめの予定通り、サヤの一族が、子の授かりにくい体質であると説明した。
 しかし、俺はサヤ無しの人生など考えられないし、たとえ子を授からなかったとしても、サヤは領主の妻に相応しい人物だと思っていること。
 サヤに子ができなかったからといって、第二夫人を娶るつもりはない。サヤ以外を愛せるとも思わないし、愛の無い婚姻は結びたくないこと。
 故に、後継が得られなかった場合は、養子を迎え入れたいと考えていること。
 そんなことを、必死で言葉にした。

 話を聞き終えた父上は、暫くの間瞳を閉じて沈黙。
 ガイウスも、黙ってそんな父上の対応を待っており、サヤに対して思うところを零さぬよう、瞳を伏せてしまった。

 正直、心臓が口から出てしまいそうなくらいに跳ね回っていたのだけど、サヤの手を握り締めて耐えていた……。だって、俺の手の中にあるサヤの手が……俺より小さく細い指の手が、緊張により冷え切っていたから……。
 何を言われても、耐える。説得する。サヤを絶対に、守ってみせる。心の中で、何度もそう繰り返し、決意を胸に刻んだ。

 そうして暫くして、スッと瞳を見開いた父は、まっすぐに俺を見据えて……。

「……それは、一番初めからお前が言っていたことだと思うが……今までと何が違う?」
「え……」
「どんな理由があろうとも、サヤが良いのだろう?」
「はい、あの、でも……」

 その理由を、伏せていたのだ。だからそれを、正直に……。

 しかし、俺が言葉を続ける前に、父上は手を挙げ、俺に待てと指示した。
 そうして、腕を組み、静かに語り出したのは……。

「子ができるかどうかなど、神の采配だ。そのようなことお前たちに言って何になる。
 授からなかったとしても、お前はサヤが良いのだろう?   だからあの時も、その覚悟をしておけと、そう言ったのだろうと解釈していた。
 無論そのつもりで私は是と言った」

 これ以上の説明は無用と、きっぱり父上は、そう言い切った……。
 その対応に、どうして良いやら困ってしまった俺に対し、フッと表情を緩めてこちらへ来いと手招き。
 その手招きに、おずおずと足を進めたら、父は俺の左手と、サヤの右手を握り、慈しみのこもった瞳で……。

「そもそもそれは、私の仕事ではない」

 次代を決めるのは、自分の仕事ではないと、言った。

「私の仕事は、レイシール……其方へ領主を引き継ぐまで。
 その先をどう繋げるかは、其方の仕事だ」
「…………俺……の、意思だけで、良いのですか?    だって……」
「良い」

 父上ならば、是と言ってくださるだろうと、内心では思っていた。
 そう言わせるために、どこを攻めるかも考え、準備していた。
 ご自身が、領主たる責務を完璧に全うし、今日に至った人だから。
 そうであったにも関わらず、それが原因で最愛の人を亡くし、セイバーンの未来をも失いかけた人だから……。
 そこを突けば、是と言わせることができると……勝率は高いと考えていたけれど……後継を定めることを俺に完全に託すという発言には、驚いた。血に拘りを持たなかったことにも……。
 俺の表情で、大体の思考は察したのだと思う。父上は笑った。

「元から、お前を後継とすることに不安は無いと、伝えていたはずだがな」
「俺を残すことは不安で仕方がないとも、おっしゃいましたよ」
「それは、お前がちゃんと、己の幸福を考えてくれるかどうかの不安だ」

 そうして父上は、「お前が責務に捕らわれ、縛られてしまうのではと懸念した」と……そう言った。

「私はそれに捕らわれてしまった……。
 私が庇護者……両親を失ったのは、本当に唐突なことだった。
 元々兄弟がおらず、私一人が後継であったがゆえに、懐で羽毛に包まれたようなというか、こんな田舎であるのに、それはそれは丁寧に扱われていた。
 私もそのことを当然とし、あまり深く考えてこなかった。
 だから……いざ両親を失った時、二人から領地運営に関して何も得ていなかった自分に、愕然とした……。
 十八年という時間があったにも関わらず、私は領主の勤めのなんたるかを、全く理解していなかったのだよ」

 そうして両親の残したものをかたっぱしから漁ることから、始めた。
 その中で、父の日課であった手記を見つけたのだという。

「私の父も、苦労していたよ……。それで私に、こんな苦労はさせたくないと、そう考えていたようだ。
 だから万全の準備を済ませてから、後を継がせようと、そのための人材を育てることに、身を削るほど奔走していた。
 身分や出自に拘らず、優秀と認める者に学ばせ、採用していき、そのおかげで地方の運営は、その者らに任せていればほぼ問題無いと言えるような状態だった。
 だから余計、私は私に何も備わっていなかったことが、申し訳なかった……。父の残してくれた優秀な人材が、セイバーンを支えてくれる。
 では私の存在意義は何か。そこに囚われた……。
 父は立派だったと皆が言う。その立派な父に、何も学んでいなかった私に幻滅する。だがその父への恩義で、私は支えられるのだ。それがたまらなく苦痛だった。
 勝手に焦って暴走して失敗して……結局自分には何もないのだと学ぶことから始まったよ……。その中で婚約者も失って……まぁ、色々あった」

 そう言い父上は苦笑。
 きっと、言葉にした以上に、思うことは沢山あったろう……でも…………。

「あの時の私には、自分の価値を、血を残すことにしか見出せなかったし、その後もずっと長らく、囚われ続けていた……。
 だが義務や責任だけで得たものは、結局……。
 他にも色々間違った。
 だからお前には、私と同じ過ちを犯してほしくなかった。
 義務や責任だけで領主は務まらない。ただ血を繋ぐだけでは駄目だった。結局のところは、ここをいかに愛せるか……後世に残そうと、思えるか。
 しかし、両親のやっていたことを、私が正しく理解できたのは、もう何もかも、失ったと気付いてからだった……」

 お前が終わらせずとも、私は私の代でセイバーンを終えるつもりでいたしな。と、自嘲気味に笑った父上。
 その言葉に、顔を伏せていたガイウスが、表情を歪めた。
 見せまいとしていても、それでも隠し通せない苦悩が、そこに見えて……。
 ガイウスや、父の配下であった者たちが必死であったのは、セイバーンを終わらせようとしていた父上を知っていて、けれど奇跡的に残ったここを、なんとか守ろうと思った足掻きなのだと、理解した。
 父上の名を、汚したくなかったのだ。セイバーン最後の領主として、父上の名を歴史に刻まれる。それを厭うた。
 父上がどれほど苦しみ、足掻いて来たかを、同じ場所に立ち、見てきたから……。父上をそれだけ、想ってくれていたから、必死だったんだ……。

「お前のことをとやかく言えた身ではない……。
 セイバーンは国に返し、他の適した者が領地を賜れば良い。そうすればお前は自由になれるし、ジェスルの思惑も潰えるだろう。領民には苦労をかけてしまうが……申し送りだけは、きちんと準備しておくつもりでいた。
 そんな折に、あのようなことになって、その最低限のことまで、できない立場となった。
 ギリギリまで足掻くつもりではいたさ。けれど、その道から逃れられないのだと、どこかで思っていた……。
 だが……お前が、失われようとしているセイバーンを守り、繋いでくれた。だから今がある。先代が続けてきてくれたものが、お前に渡せる。
 それだけで私の人生は充分、報われた。
 けれどお前は……私に似てしまったのか、ついその役割や責任というものに比重を置いてしまうようであったから……。
 このままでは、お前も領主の勤めという重責に、押し流されてしまうような気がした。
 ふふ。ある意味ガイウスらへの裏切りだったな。私が完璧な領主などというものに拘ってきたから、彼らはそれを必死で、成そうとしてくれていたのだから……」

 そう言い、ガイウスを見た父上。
 けれどガイウスは、そんなことはないと、首を横に振った。
 裏切りだとは思っていない。それが領主としての判断ならば、それに従うのが我らの役目だと。

 そんなガイウスから、視線をサヤに移した父上は、サヤを見つめ「サヤがいてくれれば、お前のいるべき場所は、きっと定まる……」と、優しく微笑んだ。

「お前はサヤを得たことで、領主たる勤めは血ではなく、それを成そうとする意志にあると定めたのだろう?
 ならば、それに相応しいと思う者を、お前の判断のもとで選べば良い。
 サヤを領主の妻たるに相応しいと言うお前の判断は正しいと、私も思っているし、それだけの献身を既に示してくれている。
 サヤを大切にする。それがセイバーンのためと思うならば、そうしなさい。お前が最善と思う、領主としての行動を全うしなさい。私が望むことはそれだけだ」

 サヤの頭が、トンと、俺の肩に触れたのは、その時。
 安堵と、申し訳なさ……認めてもらえていたのだと知った嬉しさで、感情を思うように纏められなくて……。
 必死で涙を隠そうとするサヤを、そのまま腕に抱き込んだ。
 俺たちのそんな様子を、父上は優しい瞳で見つめ、もう良いぞと手を払われ、サヤを連れて部屋を辞した。
 サヤが人前でこんな風にするなんて、まず無いこと。きっと後で、恥ずかしさと申し訳なさで落ち込むのだろうし、早く落ち着く場所に連れていってやれということだろう。そう解釈したから。

 ……父上に、孫を見せてやれないかもしれないことは、申し訳なく思う……。
 けれど、それでも良いのだと言ってくれた。それが何か……俺の心も少し、軽くしてくれた。

 自分では、自覚していなかったけど……俺も少なからず、重みを感じていたんだろう……。
しおりを挟む
感想 192

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

おばさんは、ひっそり暮らしたい

蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

処理中です...