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オゼロ 9
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差し出された紙面は、メバックの商業会館における、ブンカケンの売上報告書。
現在あの広場では、ブンカケンから複数の品が屋台契約を結び出展されているのだが……。
「髪留め。売り上げが跳ね上がりました。連日完売ですって」
「…………完売?」
「今日、屋台に置く商品を増やして欲しいって要望まで来たんですよ。あるだけ売れるからって」
「……髪留めだけ? 他の屋台品は?」
「そちらは特に大きな変化も無しです」
髪留め……という部分に、違和感しか無かった。
雨季の間というのは、基本的に売上が落ちる。
そもそも物流が滞るため、出店も少なくなり、店がまばらとなった広場の魅力は当然半減、人の足も遠退く。大前提として、雨の降りしきる中での買い物など、必要にかられなければ行きたいとは思わないものだ。
にも関わらず、何故か髪留めだけが完売だという。
「……よりによって……髪留め」
「嫌な予感しかしませんよねぇ……」
マルも俺と同じ懸念を抱いたよう。
「とりあえず人をやって確認してみます」
「そうだな。まずは確認……」
けれど、こういった時の悪い予感というものは、大抵当たる。今回も例に漏れずで……。
「考えていたとはいえ、最悪な結果でしたねぇ」
翌日、早々に結果は出た。
そうはなっていてほしくなかったのだけど……。
「ヤロヴィは老舗の大店……まさかこんな小賢しいことをしてくるとは、思ってませんでした」
屋台の連日完売は、ブリッジスの仕業と判明。
連日、品を選ぶ先客も追いやって、右から左まで全部を包めと命じ、買い占めるという暴挙に出ていたのだ。
売り子も、売れることには変わりないし、売り切ってしまえは仕事を早く上がれる。あればあるだけ買い取ってくれると言うし……と、深く考えていなかった様子。
「十中八九、転売が目的なんでしょうねぇ……僕らへの嫌がらせも目的のうちなのでしょうけど」
「なんのために⁉︎ カタリーナらのことがあるにしたって、これになんの意味があるんだよ⁉︎」
「なんのため……そうですよねぇ、問題はそこです。現段階では、ほんとにただの嫌がらせでしかないですが……我々にとっては最も効果的な嫌がらせであることも確かです」
なにせ相手は品を買っているだけだ。
それが我々の意図に反したことであったとしても、文句などつけられるものではない。
ようは、せっかくのうまい話を蹴ったのだから、これくらいのことは覚悟していたでしょう? と、いうことなのだろう。
「年間契約を結んでますし、屋台を畳むこともできません。
けれど、ただ買い物しているだけの相手に売らない……なんてこともできないですね。したらしたで、周りの迷惑になりかねないことしてきそうですし。
それに……反応の速さからして……ふむ……」
「あの……販売個数に制限を設けてはいかがでしょう?
人気商品であるため、極力沢山の方に手に取っていただきたいのでって。
もともとあの商品は、単品買いの多い品です。お一人様ニ点限りとかで、本来のお客様に対応できるのでは?」
サヤの提案に則り、翌日より個数制限を設けるに至った。
実際雨の中にも関わらず、出向いて髪留めを求めようとしている客にはその制限を喜ばれたのだが……。
「まぁ、こうなるだろうなって、思ってましたけどね……」
更にに翌日には、何人もの男に屋台を囲ませ、二点ずつを購入することを繰り返す……という結果に至った。
「やる事がゴロツキと一緒って……」
「まぁでも、これで嫌がらせをされているんだなってことだけは、ハッキリしましたね」
ハッキリしたって何も嬉しくない……。
ここに来て、屋台の店員も、これがただ気前の良い客の爆買いではないと理解できたよう。女だけでは怖いと言いだしているという。
女性客が大半だったあの店を、ガラの悪い男が並んで囲む……。それだけで充分な恐怖。妨害になるのだ。歯痒いやら腹立たしいやら……。
やむなく、屋台に出す品の量は制限することとなった。店員にも、男性を加えることとなり、身の守りを考えて吠狼から選別することにした。
「雨季明けの拠点村開き……どうする?」
「予定通り開村しますよ。
品数も増えてきましたし、交易路も進みはじめていますから、頃合いです。今を逃すべきではない。
主筋通りに面しては全店舗開店。他の通りは柵を立てて塞ぎます。関係者以外立ち入り禁止としてね」
「今回のことを踏まえて、購入制限は設けるべきかな……」
「一定量以上を欲しいという方には正規品取り扱い契約を要求しましょう。数量に限界があるので、契約を結んだ方を優先して品を卸します。
優先する変わり、値段の制限は受け入れてもらうということで」
「違反しないだろうか……」
「契約店舗は定期的に吠狼に探らせますよ。もし不正が判明したら次の買い付けで警告。改善が見られなければ資格抹消で。
逆に、こちらの志を深く理解し協力的にしてくれる相手には、優遇処置を用意します。例えば一度に購入できる分量が増える……とかね。
あと、あまりに素行の宜しくない商人は、入村自体を拒否する形にします。買い物の履歴を探れば直ぐ分かりますから。
せっかく村門を騎士が警護しているのですからねぇ。使わない手は無いですしね」
結果、秘匿権開示品に施していた処置を、検証品にも適応するという形になった。
取引店舗を増やしていくうちに、ヤロヴィのようなやり口の者は信用を無くしていくだろう。即座に対応できないのは歯痒いが、ゆるゆると首を締めていくしかない……。
「ヤロヴィに関しては腹立たしいでしょうが、今は耐えてください。後で痛い目見てもらいますから。
えぇ、僕らにこんな喧嘩の売り方したんですもん。こちらの思う値で買わせて頂きますよ。ふふふふふ……」
何やら暗い笑顔でマル。
淡々としていたけれど、彼もそれなりに腹を立てていたよう。
マルがそう言うからには相当な痛い目でありそうだし、それに期待して、今は絶えることにする。
でまぁ、ヤロヴィに対処する中で、まず感じたのは対処の速さ。
貴族を相手に立ち回るのだ。当然セーデンのお伺いを立てていると思うのだけど、オゼロ領は王都よりも更に遠い。数日で行って来れるような距離ではないから、対処が速すぎることになる。
「可能性は低く見積もってましたが……因縁というか、これも縁なんでしょうね……」
マルもそれに対し、何やら思わせぶりにそう言い、ふぅ。と、溜息。
「セーデン子爵当主、反応速度的に、どうやら元よりこちらに出向いていたようですね。
もうそう遠くない……セイバーン領内に入ってるでしょう。まぁなんにしても近日中にこちらにお越しでょうけど。
僕の予想が正しければ……こちらの布石にも効果が出てきはじめたってことになります」
「? どういう意味?」
「そこはまた今度。それよりも……」
マルはそこで、言葉を止めた。
作業も中断し、身体ごとこちらに向き直る。
「もう待った無しですよ。分かってますよね?」
俺を見……ているわけではなかった。俺の背後に向かって、そう声を掛けたマル。
振り返ると、そこには沈痛な面持ちのオブシズが、マルの言葉で更に表情を歪めていた……。
「もう、過去のことだ……」
「でも、少なからず引きずってるんでしょう? だから貴方も、そんな顔をしてるわけじゃないですか」
「……マルクスは怖いな。なんで俺の事情まで知ってる……」
「僕はレイ様みたいに何でもかんでも顔見ただけで悟れる人じゃないですからね。気になれば調べますよ、当然」
「いやマル、語弊がある……」
顔見てなんでも悟るのはグラヴィスハイド様だよ。俺はそんなの分からないから。でも……。
「言いたくないことを、言わせる必要はないよ」
「それがセーデン子爵家との因縁であってもですか?」
「うん。今必要なことではない。オブシズはそう思ってるんだろう? なら良いよ」
「レイシール……お前も知ってるのか?」
「いや、知らないけど……オブシズが、ずっと何か、考えているのは分かっていたし」
それがセーデン子爵家絡みであることも、察していた。
はじめに名前が出た時の、あの瞳を見れば、それがどんな種類の因縁かはだいたい想像がつく。
元は子爵家の出であったオブシズ。同じオゼロ傘下にいれば、子爵家同士、接する機会は少なからずあったろうし、家名を知っている程度であの反応にはならない……。
敢えて誤魔化したから、あの場では言えないことなのだと思った。でも、その後もオブシズは俺に何も言って来ず……。言えないことなのだと理解したのだ。
「話すべきです。貴方がレイ様を利用しようという魂胆なら尚のこと。
セーデン子爵家当主、レイモンドをレイ様に知ってもらうのに、良い例じゃないですか」
やっぱり当主との因縁か……。年齢的にも、近いんじゃないかって気はしてたんだよな……。
「マル、良いから……」
「良くないです。オブシズがそれを言わないのは、レイ様のためではない。カタリーナを庇う気持ちが大きいからでしょう?
なら尚のこと、レイ様には知ってもらうべきだと思うんですよ。
だいたい、この人それを聞いたからって、絶対にカタリーナを切り捨てる方は選んでくれませんよ。貴方はそれを懸念してるんでしょうけど」
「いや、そういうわけじゃなく……」
そこでオブシズは、深く息を吐いた。
「……レイシールがカタリーナを切り捨てるとは、俺だって思ってないさ。そうじゃなく……背追い込ませたく、なかったんだよ……俺の事情まで。
あれはほら、若気の至りとか、そういう類の……、まだ責任を担ってなかった貴族の、匙加減知らずだった暴走というか……」
「あなたも大概人が良いですよね……そんな生易しいものでした?
まあ良いですよ、そう言うなら。それでレイ様があの男を甘く見て、手緩い手段を選んでも良いというんですよね。
それとも、足元をすくわれて貴方と同じ末路を辿れば良いということです?」
「マル!」
「っ!…………そう……だな。そういう心配を、すべきだった……」
オブシズは自嘲気味に笑い、話すと、言った。
ヘイスベルトも含め、この場の者には聞いてもらおうと。
ヘイスベルトは、オブシズも貴族出だったとは知らなかったし、しかも自分より上位となる子爵家と聞き、焦っていたけれど……。
「家名はとっくの昔に捨ててるから、気にしなくて良い。……俺はもうバルカルセのヴィルジールではなく、オブシズだから」
「だいたい、それで驚いてたら身が持ちませんよ。レイ様ったら公爵二家の血を引く人まで配下にしちゃってるんですから。あ、貴方の同僚ですしね」
マルの発言で気を失いかけていた。あぁ……今は拠点村の経過観察で、クロードとアーシュ、ここにはあまり顔を出さないからな。
ハインとサヤがお茶を用意してくれ、俺たちは長椅子に集った。
そうして、少し言いにくそうに口元を隠し、どこから話そうかと逡巡している様子のオブシズを待って……。
「あー……レイモンドは……学舎で同学年だったんだよ。それでその……俺の従兄弟の母親が、セーデンの者でな……その関係もあって、良く思われていなかった」
現在あの広場では、ブンカケンから複数の品が屋台契約を結び出展されているのだが……。
「髪留め。売り上げが跳ね上がりました。連日完売ですって」
「…………完売?」
「今日、屋台に置く商品を増やして欲しいって要望まで来たんですよ。あるだけ売れるからって」
「……髪留めだけ? 他の屋台品は?」
「そちらは特に大きな変化も無しです」
髪留め……という部分に、違和感しか無かった。
雨季の間というのは、基本的に売上が落ちる。
そもそも物流が滞るため、出店も少なくなり、店がまばらとなった広場の魅力は当然半減、人の足も遠退く。大前提として、雨の降りしきる中での買い物など、必要にかられなければ行きたいとは思わないものだ。
にも関わらず、何故か髪留めだけが完売だという。
「……よりによって……髪留め」
「嫌な予感しかしませんよねぇ……」
マルも俺と同じ懸念を抱いたよう。
「とりあえず人をやって確認してみます」
「そうだな。まずは確認……」
けれど、こういった時の悪い予感というものは、大抵当たる。今回も例に漏れずで……。
「考えていたとはいえ、最悪な結果でしたねぇ」
翌日、早々に結果は出た。
そうはなっていてほしくなかったのだけど……。
「ヤロヴィは老舗の大店……まさかこんな小賢しいことをしてくるとは、思ってませんでした」
屋台の連日完売は、ブリッジスの仕業と判明。
連日、品を選ぶ先客も追いやって、右から左まで全部を包めと命じ、買い占めるという暴挙に出ていたのだ。
売り子も、売れることには変わりないし、売り切ってしまえは仕事を早く上がれる。あればあるだけ買い取ってくれると言うし……と、深く考えていなかった様子。
「十中八九、転売が目的なんでしょうねぇ……僕らへの嫌がらせも目的のうちなのでしょうけど」
「なんのために⁉︎ カタリーナらのことがあるにしたって、これになんの意味があるんだよ⁉︎」
「なんのため……そうですよねぇ、問題はそこです。現段階では、ほんとにただの嫌がらせでしかないですが……我々にとっては最も効果的な嫌がらせであることも確かです」
なにせ相手は品を買っているだけだ。
それが我々の意図に反したことであったとしても、文句などつけられるものではない。
ようは、せっかくのうまい話を蹴ったのだから、これくらいのことは覚悟していたでしょう? と、いうことなのだろう。
「年間契約を結んでますし、屋台を畳むこともできません。
けれど、ただ買い物しているだけの相手に売らない……なんてこともできないですね。したらしたで、周りの迷惑になりかねないことしてきそうですし。
それに……反応の速さからして……ふむ……」
「あの……販売個数に制限を設けてはいかがでしょう?
人気商品であるため、極力沢山の方に手に取っていただきたいのでって。
もともとあの商品は、単品買いの多い品です。お一人様ニ点限りとかで、本来のお客様に対応できるのでは?」
サヤの提案に則り、翌日より個数制限を設けるに至った。
実際雨の中にも関わらず、出向いて髪留めを求めようとしている客にはその制限を喜ばれたのだが……。
「まぁ、こうなるだろうなって、思ってましたけどね……」
更にに翌日には、何人もの男に屋台を囲ませ、二点ずつを購入することを繰り返す……という結果に至った。
「やる事がゴロツキと一緒って……」
「まぁでも、これで嫌がらせをされているんだなってことだけは、ハッキリしましたね」
ハッキリしたって何も嬉しくない……。
ここに来て、屋台の店員も、これがただ気前の良い客の爆買いではないと理解できたよう。女だけでは怖いと言いだしているという。
女性客が大半だったあの店を、ガラの悪い男が並んで囲む……。それだけで充分な恐怖。妨害になるのだ。歯痒いやら腹立たしいやら……。
やむなく、屋台に出す品の量は制限することとなった。店員にも、男性を加えることとなり、身の守りを考えて吠狼から選別することにした。
「雨季明けの拠点村開き……どうする?」
「予定通り開村しますよ。
品数も増えてきましたし、交易路も進みはじめていますから、頃合いです。今を逃すべきではない。
主筋通りに面しては全店舗開店。他の通りは柵を立てて塞ぎます。関係者以外立ち入り禁止としてね」
「今回のことを踏まえて、購入制限は設けるべきかな……」
「一定量以上を欲しいという方には正規品取り扱い契約を要求しましょう。数量に限界があるので、契約を結んだ方を優先して品を卸します。
優先する変わり、値段の制限は受け入れてもらうということで」
「違反しないだろうか……」
「契約店舗は定期的に吠狼に探らせますよ。もし不正が判明したら次の買い付けで警告。改善が見られなければ資格抹消で。
逆に、こちらの志を深く理解し協力的にしてくれる相手には、優遇処置を用意します。例えば一度に購入できる分量が増える……とかね。
あと、あまりに素行の宜しくない商人は、入村自体を拒否する形にします。買い物の履歴を探れば直ぐ分かりますから。
せっかく村門を騎士が警護しているのですからねぇ。使わない手は無いですしね」
結果、秘匿権開示品に施していた処置を、検証品にも適応するという形になった。
取引店舗を増やしていくうちに、ヤロヴィのようなやり口の者は信用を無くしていくだろう。即座に対応できないのは歯痒いが、ゆるゆると首を締めていくしかない……。
「ヤロヴィに関しては腹立たしいでしょうが、今は耐えてください。後で痛い目見てもらいますから。
えぇ、僕らにこんな喧嘩の売り方したんですもん。こちらの思う値で買わせて頂きますよ。ふふふふふ……」
何やら暗い笑顔でマル。
淡々としていたけれど、彼もそれなりに腹を立てていたよう。
マルがそう言うからには相当な痛い目でありそうだし、それに期待して、今は絶えることにする。
でまぁ、ヤロヴィに対処する中で、まず感じたのは対処の速さ。
貴族を相手に立ち回るのだ。当然セーデンのお伺いを立てていると思うのだけど、オゼロ領は王都よりも更に遠い。数日で行って来れるような距離ではないから、対処が速すぎることになる。
「可能性は低く見積もってましたが……因縁というか、これも縁なんでしょうね……」
マルもそれに対し、何やら思わせぶりにそう言い、ふぅ。と、溜息。
「セーデン子爵当主、反応速度的に、どうやら元よりこちらに出向いていたようですね。
もうそう遠くない……セイバーン領内に入ってるでしょう。まぁなんにしても近日中にこちらにお越しでょうけど。
僕の予想が正しければ……こちらの布石にも効果が出てきはじめたってことになります」
「? どういう意味?」
「そこはまた今度。それよりも……」
マルはそこで、言葉を止めた。
作業も中断し、身体ごとこちらに向き直る。
「もう待った無しですよ。分かってますよね?」
俺を見……ているわけではなかった。俺の背後に向かって、そう声を掛けたマル。
振り返ると、そこには沈痛な面持ちのオブシズが、マルの言葉で更に表情を歪めていた……。
「もう、過去のことだ……」
「でも、少なからず引きずってるんでしょう? だから貴方も、そんな顔をしてるわけじゃないですか」
「……マルクスは怖いな。なんで俺の事情まで知ってる……」
「僕はレイ様みたいに何でもかんでも顔見ただけで悟れる人じゃないですからね。気になれば調べますよ、当然」
「いやマル、語弊がある……」
顔見てなんでも悟るのはグラヴィスハイド様だよ。俺はそんなの分からないから。でも……。
「言いたくないことを、言わせる必要はないよ」
「それがセーデン子爵家との因縁であってもですか?」
「うん。今必要なことではない。オブシズはそう思ってるんだろう? なら良いよ」
「レイシール……お前も知ってるのか?」
「いや、知らないけど……オブシズが、ずっと何か、考えているのは分かっていたし」
それがセーデン子爵家絡みであることも、察していた。
はじめに名前が出た時の、あの瞳を見れば、それがどんな種類の因縁かはだいたい想像がつく。
元は子爵家の出であったオブシズ。同じオゼロ傘下にいれば、子爵家同士、接する機会は少なからずあったろうし、家名を知っている程度であの反応にはならない……。
敢えて誤魔化したから、あの場では言えないことなのだと思った。でも、その後もオブシズは俺に何も言って来ず……。言えないことなのだと理解したのだ。
「話すべきです。貴方がレイ様を利用しようという魂胆なら尚のこと。
セーデン子爵家当主、レイモンドをレイ様に知ってもらうのに、良い例じゃないですか」
やっぱり当主との因縁か……。年齢的にも、近いんじゃないかって気はしてたんだよな……。
「マル、良いから……」
「良くないです。オブシズがそれを言わないのは、レイ様のためではない。カタリーナを庇う気持ちが大きいからでしょう?
なら尚のこと、レイ様には知ってもらうべきだと思うんですよ。
だいたい、この人それを聞いたからって、絶対にカタリーナを切り捨てる方は選んでくれませんよ。貴方はそれを懸念してるんでしょうけど」
「いや、そういうわけじゃなく……」
そこでオブシズは、深く息を吐いた。
「……レイシールがカタリーナを切り捨てるとは、俺だって思ってないさ。そうじゃなく……背追い込ませたく、なかったんだよ……俺の事情まで。
あれはほら、若気の至りとか、そういう類の……、まだ責任を担ってなかった貴族の、匙加減知らずだった暴走というか……」
「あなたも大概人が良いですよね……そんな生易しいものでした?
まあ良いですよ、そう言うなら。それでレイ様があの男を甘く見て、手緩い手段を選んでも良いというんですよね。
それとも、足元をすくわれて貴方と同じ末路を辿れば良いということです?」
「マル!」
「っ!…………そう……だな。そういう心配を、すべきだった……」
オブシズは自嘲気味に笑い、話すと、言った。
ヘイスベルトも含め、この場の者には聞いてもらおうと。
ヘイスベルトは、オブシズも貴族出だったとは知らなかったし、しかも自分より上位となる子爵家と聞き、焦っていたけれど……。
「家名はとっくの昔に捨ててるから、気にしなくて良い。……俺はもうバルカルセのヴィルジールではなく、オブシズだから」
「だいたい、それで驚いてたら身が持ちませんよ。レイ様ったら公爵二家の血を引く人まで配下にしちゃってるんですから。あ、貴方の同僚ですしね」
マルの発言で気を失いかけていた。あぁ……今は拠点村の経過観察で、クロードとアーシュ、ここにはあまり顔を出さないからな。
ハインとサヤがお茶を用意してくれ、俺たちは長椅子に集った。
そうして、少し言いにくそうに口元を隠し、どこから話そうかと逡巡している様子のオブシズを待って……。
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