異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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 事業報告は、無事終えることができた。
 原稿があったし、発表自体は然程の手間もなかったのだけど、思いもよらぬ質問などが挟まれたりして、少々戸惑う場面もあった。
 まだ土嚢が何かという部分から、飲み込めていない方も多く、周知に至っていない現状をどうするか……。その辺りが今後の課題だろう。
 とはいえ、水害等が無く、その対策に頭を悩ませていない領地であれば、土を入れた袋の存在意義になど、興味が向かないのは当然なのかもしれない。
 ここはやはり、国軍や領地の騎士ら、兵の教育を進めていくしかないのかなと考えつつ顔を上げたら、クロードと目が合った。

「お疲れ様でした」

 にこりと微笑みそう言ってもらえると、ホッとする。

「クロードもお疲れ様。雨季の堤についての報告、挟んでくれてありがとう。予定してなかったのに……」
「いえ。今年は私がこの目で見たのですから。私が伝えるべきことだったのです」

 言葉を交わす俺たちに、そこら中から視線が向かってきているのを感じる。
 分かるけどね。
 クロードと俺のやりとりが気になって仕方がないんだってことは。
 会合の間も、クロードは常に俺を立ててくれていたし、極力口を挟まず、己が発言する際も、主導権は俺に委ねてくれていた。
 あくまでも俺が責任者であると、周りにそう振る舞ってくれていたのだ。

 公爵二家の血を引くクロード。しかも俺の配下となる前は、この王宮内で文官を務めていた身だ。当然知人も多く、優秀だと知られている。
 それゆえに、他の方々の反応が、建前の責任者を俺、本来の事業責任はクロードが担っているという考えになるのは、当然の流れだ。
 長や将の皆様は、任命式の後の会議でも、俺の振る舞いを見ているはずなんだけどな……。
 なかなか納得してもらえない……認めてもらえない現状が、分かってはいても、少々もどかしい。

「レイシール」

 そんな中、女性の声が俺を呼んだ。

「はい」

 場がしんと静まる。
 この場にいる唯一の女性。陛下が、俺を名指ししたからだ。

「細かい報告を聞こう。後で執務室へ来い」
「畏まりました」

 俺の直属の上司は、陛下あるから。これはごく普通のこと。
 そして、クロードは呼ばず、俺の名のみを呼んだことに、周りがまたざわめく。
 当たり前のこと。
 そう見えるよう、なんでもないことのように振る舞う。
 現状を受け入れてもらうには、そうするしかないから、そうする。
 とにかくこうしてひとつずつ、実績を積み重ねていくしかないのだ。

「では、手が空いたら知らせをやる。王宮内で待機しておれ」
「はい」

 退室する陛下を見送り、会議室の皆が頭を下げる。
 陛下がお姿を扉の向こう側へと消して、扉が閉ざされてから、我々も改めて動き出した。
 さて、オゼロ公爵様とはどの辺りで接触すべきか……。だけどダウィート殿は、ここにはいらっしゃっていない様子だし、まずは執務室に連絡を入れ、日時の調整かな……。
 そうする中、スッと横に影がさした。
 なんとはなしに視線をやって、アギー公爵様だったものだから、慌てて一礼したのだが、いや良いからと即座に頭を上げることを許される。

「レイシール殿、先日の書簡の件で、私も時間を頂きたいのだがね」

 書簡……会合への出立前に届くかどうかギリギリだと思っていたが、間に合ったか。

「はい」
「プローホルの下町を捜索させてほしいとな」
「はい。セイバーンの村を荒らした野盗の潜伏先が、アギーのプローホル周辺にあります、下町だとの情報を得たのです」

 先日の襲撃事件。捕まえた連中と、子供たちからも話を聞き、彼らがプローホルの外壁に張り付く下町区域の中に、根城を持っていたことを知った。
 まぁ……あれから何日も経つし、残っていた部下らも逃げてしまうなり、証拠を消すなりしていると思うが、少しでも何か手がかりが得られればと思っている。
 それと合わせて、マルが言っていたのだ。

「普段からあそこに野盗として潜り込んでいたというなら、本来はアギーに巣食う虫であったのでしょうね」

 と。
 それが、何者かの指示により、こちらに出張してきたと考えられるという。
 そういった連中がアギーに潜むことを、公爵様はご存知なのか。それも探りたかったのだ。

 けれど、これ以上はここで言えない。ここには、ジェスルに関わる者らも含まれているだろうから。

「詳しくお伝えしたいのですが、陛下の思し召しがございましたので……日を改めさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「陛下の御用、その連絡が入るまでで構わんよ。私も早めに情報が欲しいのでね、我が執務室へ招待しようじゃないか」

 そう仰いつつ……アギー公爵様の瞳は俺を見ておらず、クロードに向いている。
 そのことに違和感を覚えたものの、公爵家の方が俺に遜ってるのだから、そりゃ疑いの目で見るよなと、深く取らなかった。

「そうそう、その下町の件でもうひとつあった。
 流民の保護と更生を担っていただけたこと、誠に有難い。セイバーンの取り組みが今後に繋がれば良いのだが……どうだね? そっちの方は」
「皆よくやっておりますよ。仕事があるならば働きたかったという、意欲のある者が多いですから。
 いくつか新たな事業と内職も立ち上げましたし、これの使用方を模索しつつ、今は販路を拡張していっているのですが、当たりは良いですね。
 雨季も明けましたし、また交易路計画の方も進めていくことになりますので、男手も新たに雇い入れたいと思っているのですが……」

 アギー公爵様と言葉を交わしつつ会議室を出た。
 本来ならば、大臣である公爵様らの退室を待ってから、俺たち長の立場の者……となる方が自然なのだけど、招待すると手招きされたら断れない。
 陛下の次は大貴族、アギー公爵様。最上位の方々と、最下位の俺が言葉を交わす。
 それに唖然と視線をやっている周りの方々を極力気にしないようにしつつ、俺はクロードを従え、公爵様の後に続いた。


 ◆


「いやいや実に面白い! まさか公爵家の血を配下に加えていようとはな!」
「……まぁ、色々ありまして……」

 アギーの執務室。
 入った途端公爵様は大笑いをはじめ、会議の最中ずっとを堪えていたのだとおっしゃった……。
 何がそんなに楽しかったのだろうな……。俺を立ててくれるクロードにたいして周りがいちいち慄いていたことだろうか……。
 そう思っていたのだけど、アギー公爵様の目を見て、この方が本来の意味で笑っていないことに気付いてしまった。

「クロード殿、如何かなセイバーンは。うちのクオンもいたく気に入っておったし、私も是非訪問したいと常々思っているのだがね」
「良い所です。民は情に厚く、仕事熱心な者ばかりで、私も仕事に張り合いがあります。
 面白いものにも、美味なものにも恵まれておりますし」

 ピリッと、空気が……どこか、引きつれたように感じるのは、きっと気のせいじゃない……。
 和やかに言葉を交わしているはずの二人の緊張が、伝わってくる……。

「色々聞いておったがなぁ。目にするとやはり画力が違う。
 公爵家の者が男爵家の者に傅くとは前代未聞。周りの狼狽えっぷりが可笑しくてたまらぬ。
 ヴァーリンがレイシール殿を取り込もうと画策しておるようだとか、オゼロも何かしら牽制しておるようだとか。噂で聞いて眉唾と笑っておった者らも、笑えぬ様子であるのが更に笑えた!
 ベイエルは今のところ静観しておるが、クロード殿はどちらの血も引くのだし、ある意味ベイエルも既に絡んでおると周りは見るよな」

 冗談じゃないですよ……。

「…………セイバーンのような田舎領地で公爵様方が陣地取りをするなど、有り得ませんよ。そこは本気で笑っておいてほしいのですが……」

 うんざりとそう答えた。
 成る程。皆さんがどうにも俺から一線を引いていると思っていたら……。公爵様方の影響もあったようだ。

 どうやら俺は、公爵様方の政治的な支配権争いに、いつの間にやら巻き込まれていたよう……。
 陛下の直属という立ち位置と、大量に抱え込んでいる秘匿権の旨味。確かに獲物としては比較的上等。ただ、脆すぎるくらいに立場に力が無い。
 だから、その後ろ盾となることで、俺を陣営に引き込もうとしている……ということか。

 とはいえ、公爵四家が取り合うほどの価値は、さすがに持ち合わせていないと思いますよ……。

 俺はそう考えたのだけど、アギー公爵様は違うようだ。瞳はクロードを捉えて離さない。

「せっかく先んじてアギーに抱え込んだというのに、よもやクロード殿を懐に送り込むか、ヴァーリンよ」

 どこか怒りすら滲ませて、クロードを問い詰める。

「いえ、そういう意図ではございません。
 私が個人的に、レイシール様に心酔し、お側に置いてくださいと懇願したのです。
 ですから、血の立場を持ち込むつもりはございません」
「よく言う。貴殿の血、そこいらに立っておるだけで充分ではないか。
 レイ殿、やはりうちの娘をひとり貰っておくか? アギーの血筋に連なってもらうくらいせねば、均衡を保ちづらくてしょうがない」

 敢えてレイ殿と、親しげに呼びだしたアギー公爵様が、舌舐めずりしているみたいに見えた……。これは、やばい……。
 冗談っぽく言ってるけど絶対冗談じゃないですよねそれ⁉︎

「ご冗談はおやめください。私はサヤ一筋だとお伝えしたではないですか」
「では配下はどうか?」

 勘弁してください!

 本心ではそう叫んでしましたかったけれど、そうしたところで納得してもらえないだろう……。
 洒落にもならない。
 クロードだけでも周りがこれなのに、アギーの方まで配下って……なんの地獄絵図だ!

 嫁も配下も、抱える傘下の家々からじゃなく、アギーの血をって考えているのが透けて見えるものだから、何考えてるんだこの人⁉︎ と、半ば混乱する頭で悲鳴を噛み殺す。

 勘弁してくれ……そう思ったけれど、それだけアギー公爵様が、今の状態を由々しきことと捉えているのだということを、ようやっと理解した。
 俺がクロードを受け入れた……。それがアギー公爵様にとって、相当大きな懸念事項だったようだ。
 しまったな……流石にそこまでとは考えてなかった……。
 これは早急に、俺がヴァーリンに組する気がないことを示さなければヤバい。

「そちらは人手不足と聞くぞ? 使い勝手の良い、血の地位の高い部下は有用であるのだろう?」
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