異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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オゼロ官邸 2

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 官邸の中でも、比較的良質な部屋に通された俺たちは、オゼロ公爵様のお越しを待って、部屋で寛ぐこととなった。
 雰囲気になんとなく既視感があるのは、調度品の数々が北の工芸品であるからだろうか。
 セイバーン村の領主の館には、異母様が集めたこんな雰囲気の高級調度品が、数多くあった。

 俺たちは、部屋の中心にある、長椅子へ移動。
 俺とマルは座り、サヤ、オブシズ、ジェイドは背後に立つ形を取る。
 本日サヤは、従者に徹することを決めていた。
 マルは身を守る術を持たないから、戦える三人は動ける状態を維持するという形だ。
 席に着いてすぐ、俺たちはピタリと動きを止めた。
 極力音を発しない。その間にサヤは耳を澄まし、この部屋と、その周りに違和感を探す作業を行う。

「部屋を囲う音があります……」
「まぁ当然でしょうね。言うなれば敵地ですし」

 調度品の棚と、入り口側、長椅子の背後の壁。
 人のものらしき音がしないのは窓からだけという状態。けれど、窓の外は木々が茂っている中庭。窓の近くに潜んでいないだけだろう。

「まぁ、警戒はあると思うよ。拠点村の交渉でも、結構色々を匂わせたしね」
「それにしては物々しすぎではないですか?」
「でも、オゼロ官邸に行くと言って出てきて、貴族街に入る時もそれを示してる。
 庶民相手ならともかく、端くれでも俺は貴族だから、口封じは難しいよ」

 陛下直属であったり、注目を集める政策を立ち上げてしまっていたり、俺はなかなか消しにくい相手だろう。
 だからこそ、消すと決めればとことんやってくるだろうけれど、その判断はギリギリを見極めてからとなるはずだ。オゼロ公爵様は、まだ・・その結論を出していない。

 はたして俺が、どっち・・・であるかの見極めを、終えていないから。

 ダウィート殿が持ち帰った情報と、俺の印象。
 式典の折に俺が演じていた人物像と、会合の時の俺と、実際の俺。それを自分の目で見極めなければ、結論を出せない。
 その結論だって、簡単には下せないのだと踏んでいる。
 代々のオゼロ公爵様が求めてきたもの。それの手掛かりを、俺たちが持っているのかもしれないから。

「……いらっしゃるようです」

 一瞬押し黙ったサヤが、緊張した声音で鋭く告げた。
 その言葉で俺たちは、小声で交わしていた会話もやめて、席を立つ。

 コンコンと扉が叩かれ、入室してきた女中が、オゼロ公爵様のご来室を知らせる前に準備を済ませていた俺たちに、少々驚いた顔をした。
 けれどそのまま、扉を押し開いて、横に控える。
 それを待って俺たちは、一斉に頭を下げた。

 入ってきた足音は、ふたつのみ。

「口をきくのは春の会合以来であったね。レイシール殿。面を上げられよ」

 その言葉に従い顔を上げると、柔和に微笑むオゼロ公爵、エルピディオ様のお姿と、後方にダウィート殿が控えていた。
 武官に従者、小姓を引き連れている俺たちは、武装の解除も行われていない。にも関わらず、身の守りを側に置いていない。
 ……部屋を取り囲む警備はあれど、一瞬の隙を突かれてしまえば危険だろうに、そこを敢えてか。

 俺は今一度頭を下げて、まずは詫びた。

「春の折は、大変失礼を致しました」

 式典で己を偽った演技をしてみせ、会合ではエルピディオ様と真っ向からやり合った。
 長を賜っているとはいえ、成人前が、公爵家当主に喰らいつき、我を通したのだ。相手によっては、愚弄されたと激昂されてもおかしくない。
 けれどそれに対し、当のエルピディオ様は、もう済んだことと割り切っている様子。

「よいよい。今となっては、其方がああしていた理由も察しがついているからね。
 王宮勤めに入る成人前と、其方を侮っていた……。あれは私の落ち度だよ。
 宮仕えをせぬうちから長を賜るという、異例尽くしの件であったし、其方が抜擢された理由を、もう少し深く考え、探っておくべきだった。
 あの件に関しては、あの場で代案を出せなかった私の負けだ」

 あそこまで周到に、計画を練られていたんじゃねぇ……と、溜息混じりにエルピディオ様。
 その様子に、やはり木炭の値段の件も、口実作りであった線が濃厚だなと、結論を出す。
 会合で声を荒げてみせたのも、あの場でとっさに取れる対処があれのみであったのだろう。
 そんなことを考えていたら、エルピディオ様は……。

「まあでも、ああいった行動になったのも仕方がないんだよ」

 と、言葉を続けた。
 席に座るよう促され、ご自身も一人掛けの椅子に身を沈めた。ダウィート殿も、隣の椅子へ。
 俺も言葉に従い、マルと共に長椅子に腰を下ろす。
 すると、扉横に控えていた女中が動き、廊下から新たな女中が代車を押して入室してきた。

 オゼロ公爵様が口を噤む。
 その横で、女中が準備を進め、それぞれの前に、お茶と菓子が配られた。
 お茶は、赤みの強い色合い。菓子は……何かペロンとした、薄皮を折ったような……。それが数枚重ねられている。

「懐かしいのじゃないかな?」

 そう問われたのは、俺ではなく、マルだった。

「其方がレイシール殿の学友であり、土嚢の発案者だね。発言して構わない」
「マルクスと申します、オゼロ公爵様。
 えぇ、懐かしいです。北では祝詞日に食べる、特別な菓子。あちらでは貴重な、小麦のみで作られる、薄麵麭うすパン

 楓の樹液を煮詰めたものを掛けて食べるんですよ。と、マルは言った。
 その樹液も貴重で、甘さが濃厚になるまで煮詰めるには薪代も掛かるため、それなりに裕福な家庭でしか味わえなかった甘味なのだそう。

「北は冬が早い。雪の舞い始める頃、寒風の吹く中で晴れの日を選び、木を傷付けて、垂れてくる樹液を集めましてね。
 桶一杯が、杯一杯になるほどまでじっくり煮詰めると、まるで蜜のようになるんです」

 マルのその説明を聞く中、エルピディオ様は自ら小壷の蜜を掬い掛け、丸められたその薄皮を口に放り込んだ。
 そして茶を一口啜る。

「茶の渋みが、なんとも甘さを引き立ててくれるんだよ」

 毒味を済ませてから、どうぞと促された。
 サヤが作ってくれた、薄い生地を重ねたような菓子に似ていたけれど、それより風味は簡素で、素朴な味。
 濃い色の樹液は、とても贅沢品なんですよと、マルは提供された蜜を見て言う。
 マルの故郷の味か……。それを噛み締めていたら、エルピディオ様は女中を退室させた。
 部屋の中が、俺たちとエルピディオ様、ダウィート殿だけになってから、茶器を小机に戻したエルピディオ様が……。

「レイシール殿はどうも、影を操るようだ」

 気の緩みに滑り込んだ言葉に、一瞬手が止まってしまった。

 動揺するな。

 自分にそう言い聞かせて、口元に運んでいた杯から、茶を口に流し入れた。
 口内で転がすと、成る程。確かに渋みが強い、独特の風味をしている。

 これは、確信のある言葉か? それとも、カマを掛けられているのか……。
 まだ分からない。

 茶を飲み込んでから、ふぅ。と、息を吐く。

「……びっくりしました。田舎の男爵家に、影などと……。
 一体何故、そんな話になっているのです?」

 言われた言葉にただただ驚き、身に覚えが無さすぎてキョトンとしている。
 そんな風に演じたら、クッと、エルピディオ様は、可笑しそうに笑った。

「其方のそれは、年季が入っておるな……。本気にしか見えぬから、たちが悪い。
 持っておろうよ。そこは間違いないと見ているよ。だが解せぬのは、どうも……」

 そう言って、エルピディオ様も茶を口に運んだ。

「其方は自ら選択しておるようだ」

 杯に隠された口元から、そんな音。

「何かに傾倒しておる様子が無い。いや、ある……。
 だが思うておったものとはどうも違う。分からんのだよ。
 そこなダウィートも、其方にその様子は見受けられぬと言いよった。
 だが残滓があると。
 無いようで、有る。有るようで無いのだよ」

 読めない。
 言葉の意味が理解できない。
 残滓? 傾倒? 影に関しては、持っていると言い当てられてしまっている。誤魔化せる状況であるように思えない。

「このようなことは私も初めてだ。其方はなんなのか。何故其方が後継となったのか」

 後継……?

「何故血のしがらみを厭うのか。
 なのにヴァーリンを、手元に置いた。
 その意味は何だ。
 このように不確かなものを、陛下のお傍に置いておいて良いものか」

 血の、柵……。

「何故それを選択したのか。息の長い策略の一端なのか……」

 息の長い?

「其方の本当の目的は何か……。
 もう、利を得れずとも、害を除くことを優先すべきか……とな。
 それで、捕らえてしまおうかと、今日は呼んだのだがね」
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