異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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夏のはじめ 1

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 六の月。
 今年も黄金色に染まった見事な海原を前に、収穫を開始することとなった。

 セイバーン村の収穫に関しては配下に任せ、俺は拠点村の試験畑に来ている。

「……茎数は確かに、増えた。麦の背丈も縮んだ。ここまでは期待通りの成果と言えるんだな」
「ですな。問題は実りです。
 見ての通り、穂数は申し分無いのですが、質が悪い……実が薄すぎますな……」

 エーミルトの言葉に、俺も唸る。

 麦の収穫量を増やすための研究に着手して、一年目の実り。
 麦踏みという、サヤの国の手法を取り入れたことで、麦の株は確実に増えた。
 麦踏みの回数も、一度だけの畑、二度、三度、四度と、踏む回数を増やした畑をそれぞれ用意。五十枚に及ぶ小さな麦畑で、かなりの種類の手法を試した。
 春、今までになく繁った麦畑に胸を躍らせたのだけど……季節が進むにつれ、その先の問題に直面することとなり、この結果だ。

「サヤ……どういうことだと思う?」
「私は栄養不足だと思います。
 麦は、栄養不足が顕著に出る作物だと父は言ってました」

 薄い麦の穂に眉を潜めて……。
 こうなる前に、もっとやれることがあったのではと、そんなことを考えているのだろうが……。

「サヤ。一度で成功に到達することに、意味なんてないんだよ」

 そう言うと、言葉の意味を理解できなかったようで、キョトンとした瞳が俺を見る。

「俺たちに必要なのは、その結果に到達した過程なんだ。
 きちんと理由が分からなければ、何かあった時の対処ができない。
 ほら、麦踏みの回数を見てごらん。一度のもの、二度のもの、三度のもの……どの畑も、三度のものの方が、株数が多いけれど、四度と三度の差はあまり見られない」
「はい……」

 麦踏みの回数を一度だけにした畑は五枚ある。二、三、四と、それぞれ五枚ずつ用意したが、最も繁ったのはどれを見ても三度の畑。四度も繁ってはいるが、三度との差は僅かであるようだ。

「四度の方が株数が増えるのだとしても、その労力に見合う実りかどうか……。そういった面も見ていく必要がある。
 それぞれの畑を見比べて、気付いたことを教えて欲しい。それが来年以降の糧になり、最も良い方法にたどり着く最短の道だ。
 一つ一つの可能性をきちんと検討していけば、何か問題が起こった時も、原因が見つけやすくなる。試したこと全部が、無駄じゃないんだよ」

 そう言うとこくりと頷き、真剣に畑を見比べ始めた。

「……エーミルトが気付いたことはある?」
「そうですな。麦踏みの効果は確実にあったでしょうが、土掛けの効果も重要だったのではと思っておりますな」
「土かけの効果?」
「三の月、色の薄い葉や茎を多く見かけました。根が増えた分、土が足りてなかったように見えましたな。
 四度の麦踏みを行った畑の効果が薄いと見えるのも、これによって枯れた部分が多かったからではと思っとります」
「……四度の方が本当は、実りが良かった可能性もあるのか……」

 俺たちの話を、横でせっせと書き記すエヴェラルド。
 とにかく、気付きとしてあげられた話はどれだけ些細なものであったとしても、全て書いておいてくれと頼んである。
 そこから暫くは、各々が畑を見て、思いつくことをひたすらあげていく時間となった。

「レイシール様、一度の麦踏み。ここの麦は、丸々としてます。
 二度、三度と……株数の増加に伴って麦が薄くなっているように見えます」
「どれ……ちょっと麦の粒を比べてみるか。幾つか捥いでも良いかな?」

 それぞれの畑から一房ずつ、麦穂を集め、畑ごとに番号を振って並べてみることにする。
 サヤが言った通り、一度の麦踏みを行っただけの畑。ここの麦は質が良い。これならば上質と言える範囲。

「段階ごとに生育が悪くなってる……。やっぱり……圧倒的な栄養不足。
 茎が増えた分、穂に栄養が行き渡っていないのだと思います」
「高さも比べよう。各畑の最も高い茎丈。立っているものと、倒れているもの両方拾っていく」
「待って。根が浮いている株数、これも数えていきましょう」

 せっせと情報収集が進む中、さて問題は……。

「コダンの方……こっちの成果は……」

 コダンにも畑を五十枚用意したのだが。
 こちらは、十種の自家製肥料を、発育過程の中で一度、追加で与えていくと言う手法を取った。
 例えば鶏糞。これを、種まき直後、越冬直前、春の頭、半ば、終盤……と、こんな風にだ。
 麦踏みをしていない、この地方従来の麦の作り方で全面を統一しており、肥料だけに差をつけた。

「……なんか凄いな……」
「はい……」

 コダンの畑は、枯れているところも多々あった。
 背が高くなりすぎて倒れてしまったものや、途中で根腐りでも起こしたのか、育つこともなく枯れてしまったものなど。過程も様々。
 畑によっては異臭を放っていたりもする。
 さて、どれが効果的だったとか、分かるのかな、これ……。なんか枯れてるのが多いし、暗澹たる気分になるんだが……。
 俺はそんな風に考えていたのだけど……。

「これは……面白いですね」

 サヤの感想は、俺と違った。

「前に話しましたよね。りんが実や花、窒素が葉や茎、カリウムが根や茎を育てるのに重要って」
「うん」
「ほらこれ。茎がとても育っているのは、その発育の助けになったということですよね。
 だったら、越冬前の追肥は、灰や油粕が有効ということでしょう?
 この倒れている茎も、栄養過多で育ちすぎて、その結果倒れてしまったなら、茎数を増やした麦の場合、結果が変わってくるかもしれません」
「っ、そうか! えっと……じゃあ来年は、どちら側でも効果があったと思われるものを、重ねて試してみよう。
 後はそうだな……段階を追っていくという手もあるな。
 麦踏み一度の実りは、上質と言える状態だった。とりあえずこの麦踏み一度の状態で取り入れることを検討するか……。
 コダンは、何か意見はある?」

 そう聞いてみたけれど、彼は黙々と一人で書き物に徹していて、何も語らなかった。
 サヤの、リン・チッソ・カリウムという発言が気になったのか、それを紙に書き込み、眈々と何かを計算している。

 彼は、前ほど鬼気迫っている様子は無い。顔色や目の下のくまも酷くない。
 表情も険しくないから、きっと研究できるこの環境に不満は無いのだと思う。
 一度に沢山を調べられるというこのやり方は、彼にも満足できるものであるのだろう。

「……そっとしておこうか」
「そうですね」

 彼は、人と意見交換をする気質ではないようだしな。思う存分やらせて、後で結果を見ていく方が良いのかもしれない。

 集計結果を纏めることを、エーミルトとエヴェラルドに任せ、他の使用人にも彼らの補佐をお願いした。
 今年の十の月、種植え準備が始まる頃合いまでに、次の方針を定めよう。


 ◆


 拠点村の試験畑を離れて、セイバーン村。
 問題は、ここの収穫量……。
 こちらは確実に、落ちていた。

「どうしたもんですかねぇ……今年は天候も悪くなかったし、実りが落ちた理由が分からんのです……」

 困り顔でそう言われ……。

「……そういうこともあるさ。こちらでも色々試してみるし、対策を検討してみるから、とにかく今は収穫に励んでくれ」

 氾濫を抑え込んだために起きていることだと口にできず、誤魔化した。

 懸念を示す農家の者たちを労いながらその場を離れ、こっそり持ってきている、ここ五年の収穫量をグラフ化したものを取り出した。
 前年を上回っている年が無い……。
 この収穫量の下降幅をもう一年先まで進めると、来年の収穫量が推測できる。そうしてサヤと二人、眉間にシワを寄せた。

 生活水準を保てる収穫量が維持できるのは来年までだな。
 再来年からが厳しくなるが、この村の者たちは副収入を得る手段を持ったから、最悪三年は耐えられるか……。

「…………サヤ、蕪や白詰草を入れ替えて植える手法、試すべきだと思う?」

 小声で隣のサヤに問いかけた。
 サヤの国では、数年を一度の循環として畑で作る作物を入れ替えることで、休耕畑を作らず収穫量を確保する手法を行なっている。
 その手法を行えば、麦を育てることで消耗した土の栄養を、他の収穫を得つつ補充することができるらしい。
 ただ、今の小麦の収穫量を維持しつつその手法を行おうとするならば、畑を三倍以上に増やす必要があった。
 人手と仕事量を考えると、これは厳しい。

「あれはあの地方だからこそ功を奏した手法なんです。
 砂地土壌の、あまり農地に適さない土壌だったと習いました。
 気候的にも、もっと寒い地域だったと思うので……成功する可能性は低いと思います……」
「そうだよな……。
 とりあえず来年も収穫量が同程度低下するとして、ここまでは皆の生活に支障は無いと思う。副収入も増えているから、三年は耐えられると思うが、その間に他地方と同じように、休耕畑を設ける農法に切り替えていく方が良いか……それとも……」
「ここに適した農法を確立できるのが早いか……ですね」

 だが、今年の研究結果を考えると、三年で目処が立つとは思えない……。

「……いや、普通に考えれば、十年、二十年と掛けて、結果が出るとは限らないものなんだよな……。
 焦っても仕方がないか。とりあえず、休耕畑を挟めるように、農地を増やす。それから、労働力として農耕馬を確保する。
 どっちに転んでも対処できるように、やれることをしていくか……」
「はい。ひとつずつ進めていきましょう」

 にこりと微笑んでサヤが頷いてくれ、領主としての判断を、孤独の中で下さなくて良いということが、本当に有難いと感じた。
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