異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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産みの苦しみ 12

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 越冬も中頃となり、雪も深くなった。
 もう数日雪が降り止まず、外は濃い灰色の曇天。寒さもひとしおだ。

「できた?」
「一応な。まぁ、細部は正直分からん。下図だけを頼りにして、後は想像で補ってるわけだから。
 だがまぁ、サヤの下図は元々分かりやすくできてるから、多分大丈夫だと思う」

 サヤの世界の花嫁衣装。
 それをずっと試行錯誤していたギルたちが、一応の形が出来上がったと報告に来た。

「今どこに?」
「装飾師店舗。あそこの二階なら、サヤはまず来ないしな」
「…………」
「見るか? 一応、こっちの婚礼衣装もそこで用意してる」

 ギルの言葉に、一も二もなく頷いた。
 そうして急いで身支度を整える。現在外は吹雪いていないから、これくらいなら移動できるだろう。

「ちょっとギルと散歩に行ってくる」

 そんな風に言伝て、館を後にした。装飾師店舗は長屋の一角にある。中央広場に程近い場所。

 しかし到着する前に雪が酷くなってきて、慌てて足を急がせた。店舗に飛び込んだ頃には、もう結構な吹雪になっており、もう少しで店を見失い、通り過ぎてしまうところだった。

「……こりゃ帰りまでに落ち着くのか?」
「さぁ?……まぁ、仕方ないさ。
 すぐそこだし、気合で帰ればなんとかなるって」

 そんな風に言いつつ身にまとわりついた雪をはたき落とし、雪除けの分厚い外套を脱いで、玄関の壁掛けに引っ掛けてから、二階へ。
 そうして、扉を開けて中へと踏み込んだのだが……。

「暗いな……少し待ってろ」

 雨戸まで閉め切っている室内は、闇に染まっていた。
 多分これが衣装だよなという輪郭のみが、辛うじて見える。
 それに触れようと、手を伸ばしたとき、行灯に火が入れられ、白い衣装が闇の中で発光するかのように浮かび上がった。

「……これが……」

 サヤが憧れに頬を染めていた、花嫁衣装……っ!

 絵で見ていたものとは、随分と違った。
 いや、俺の頭では想像が及ばなかったのだろう。この白の結晶の、美しさは。

「判然としない部分は、ルーシーが飾りたくりやがったんだが……まぁ、良い出来だと俺は、思ってる……」
「うん。素晴らしい。まるでこれは……純白の蕾……花の、精霊の衣装だ……」

 白い衣装は、人生の中で幾度と見てきたと思う。
 陛下や司祭ら、それを纏う方々はいらっしゃったから。
 しかしサヤの花嫁衣装は、そういった権威の象徴とはかけ離れ、ただ白かった。
 金も、銀も使われておらず、全部を白で、全て表現されている。

「襟元だけは、意匠を変更させてもらった。
 サヤは肌を晒すの、あまり好まないだろ。だから、サヤの作った、この意匠……ホルターネック? これが絶対良いと思ってな。
 代わりに上着の襟は外した。
 それ以外はまぁ、大体下図通りだと思う」

 下図では、胸が溢れそうなほど、谷間の目立つ意匠が描かれていたけれど、この衣装はそこに刺繍が施された紗が当てられていた。
 紗だから肌も透けて見えるのだけど、刺繍が程よく肌を覆い、隠してくれる。
 そしてそれは襟となって首までを覆うが、背中側は大きく開いており、襟も後ろを包釦で留める仕様となっていた。
 サヤが夏の従者服に考案した、あの意匠。実用性重視だったあれが、なんとも優美で美しく表現されている。
 いや、違うな……。紗の布に、後から刺繍を施してあるのか? まるで誂えたように、ピタリと並ぶ綺麗な模様……白一色で見事に表現された、草木、咲き誇る花々……。

「それ、見事なもんだろ。セレイナ様に依頼して、施してもらったんだ」

 その言葉に驚き、振り返ってしまった。
 セレイナ……え、公爵家の奥方様に刺繍を依頼⁉︎

「何驚いてんだよ。お前が俺たちと彼の方の縁を繋いだんだろうが」

 そう言われ、そういえばそうだったと思い出す。
 セレイナは刺繍が趣味だと、クロードが言っていたのだ。
 だから、ギルたちの仕事にもきっと興味を持つだろうと……。

「これだけじゃない。今は頭に掛ける紗の覆いに刺繍を施してくださってる。
 かなり大きな布なんだが、やりがいがあるって引き受けてくださった」

 その布は預けてあるから、今は手元に無いという。
 クロードからすら、何も聞いてなかった俺は、ただただ驚くばかりだ……。
 そうして、そうやって祝福してくれる周りに恵まれたことを、本当に有難いと思う。

 人形に着せられた衣装に指を這わした。
 上質な絹の手触り……この分量を用意するだけでも、大変だったろう。
 この白い衣装の上に纏う、襟なしになった上着は、首回りの肩を少し露出させていたけれど、それ以外は手の甲までを覆い隠す仕様。
 確かにサヤにはこの方が良いだろうと納得した。
 顔と、肩口、そして指先以外全て、白で覆われる。

「顔と肩周りも紗で覆うから、ほとんど素肌は指先しか出ない。
 本当に全身白一色。柄も何も埋もれてしまうだろうし、初めはどうかと思ってたが……これは確かに、美しい。表面に全てを晒さない美だ。
 ……作りながら俺たちも、これはサヤのための花嫁衣装だって、思った」

 うん。これは、サヤのための花嫁衣装だ。

「……早く、纏う姿を見てみたい……」

 あの艶やかな黒髪と、この白い衣装。絶対に美しいと確信を持って言える。

「……あー……それとだな。
 もう一つどうしても気になってることがあって、今日はちょっと、サヤの耳のない場所でそれを確認したくてな、ここに来たわけなんだが……」

 そこで急に語勢を変えて、ギルが言いにくそうに口籠った。
 振り返ってみると、どうにも切り出しにくいと言った表情で、だけどどこか……妙に気合が入っているというか……。

 己の首を無意味にさすりながら俺に近付いてきたギルは、拳にした右手を俺の首に引っ掛けてきて、そのままぐいと引き寄せられた。
 二人きりなのに、何故か周りを憚るように、俺の耳元に口を寄せる。そして……。

「お前……分かってるか?
 サヤとの婚姻ってことは、あれがあるわけだが……」
「あれ?」
「………………察しろ馬鹿野郎」

 途端に不機嫌。言わせんな馬鹿野郎と更に罵られ、なんなんだよと思った矢先……。

「お前が、やっとお前の華を、手折るんだろうがっ」

 ちょっ…………⁉︎

「まだ、半年も先だろ!」

 何言い出すんだよお前は⁉︎

 慌ててギルの腕を振り解こうとしたのだけど、逆に締め上げられて逃げるに逃げれない。
 その上で更に「逃げんな馬鹿」と罵られ。

「お前がちゃんとやること分かってんのかってことをだな、確認してんだよ俺は!」
「俺たち学舎でその授業必須科目だったろうが!」

 花嫁の衣装を前にしてする話じゃないだろ⁉︎

 だがその返答で更に、ギルの腕はギッチリと俺の首を抱え込んだ。
 逃すかと、筋肉の盛り上がった腕。

「……お前まさか、授業でやったことが全てだと思ってねぇだろうな?
 言っとくけどあれ、触り程度の内容だぞ」

 ……っ⁉︎
 散々女性と浮名を流していた男が、そんな風に言うものだから……。

「触り程度?」

 つい不安が勝り、そう問い返してしまったのは、しょうがないことだと思う……。
 そんな俺にギルは、ニヤリと笑い。

「お前は見た目からアレだったし、年齢的にも早かったし……。
 実戦には連れて行かなかったからな……」
「…………?」
「だから、娼館で実戦」

 お、お前えええぇぇぇぇ⁉︎

 その言葉で当時のことを思い出した。
 ギルがやたらと、授業について確認してきた時があったこと。
 俺を誘わず、同学年の者らとつるんで、遊び歩く時期があったことを。
 そうだ。ヨルグともそれで、意気投合したって……意気投合って⁉︎

 俺がやっと、ギルの言わんとしていることを理解したと察したよう。
 ギルは掌に握り込んでいたものをチラリと俺に見せた。
 サヤの持っているような、小さな小瓶だがそれは……。

「正直、今の時期に話すべきかどうか悩んだんだが……。
 せめて知識だけでも深めておく方が、お前だけじゃなく、サヤのためだと思う……どうする?」

 ど、どう……って、言われましても…………。

 返事に窮する俺に、ギルは若干の苛つきを滲ませつつ、言葉を畳み掛けてきた。

「サヤは男と致すこと全般に嫌悪感を持ってる。
 日常ごとでなら、また俺たちに触れられるようになったが、それでも恐怖は、やっぱりまだ、あるんだろ。
 それを殺して、お前に身を委ねるんだろうが。そんなあいつを苦しませたいか?」

 苦しませるなんてそんなのは、絶対に、嫌だ!

「上塗りしてやれよ。
 最悪な記憶から来る想像を、覆してやれ。
 そのために色々融通したり、伝授してやろうっていう俺の配慮を、有難いと思え」

 俺以上に適任者がいるか? と、そう問われ……。

「お、お願いします……」

 という答えしか、無かった。
 聞いたが最後、後の半年を耐えられるだろうか? という懸念がちらりと脳裏を過ったけれど……。
 そこはもう、気合で耐える。三年待ったのだから、今更だ。
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