異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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産みの苦しみ 13

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 そんなこんなで冬場の鍛錬量を倍に増やした。
 極力騎士の訓練に加わり、肉体作りに精を出し、天候が悪い日もひたすら筋肉を苛め抜く。

「急にどうしたんですか?」
「いやちょっと……この時期はどうにも運動不足で…………」

 サヤにそう問われ、視線を逸らして言葉を濁した。
 サヤを直視できなくなるからとは言えない……。
 極力サヤと接する時は、今まで通りでありたいと思うので、こうしているのだ。

 ギルの講義は、その後も定期的にあり、あれやこれや耳から入ることで欲求ばかりが煽られる。
 けれど、知っておくべきことだと言うギルの言い分ももっともだと思う内容で、サヤのためを思うならば、これは俺のやるべきことだった。

 どうにも我慢が難しい時は、女装する自分を想像したり、野盗に陵辱されかけた時のサヤを思い出して、自分を諫めた。
 俺が自分の制御を失えば、サヤがああなるのだと思えば、我慢しないなんて選択肢は無い。

 ギルからある程度の話が回っているのか、皆はそれとなく同情的で、色々配慮してくれるので、そこもホント助かってます……。
 正直……この時期まで耐えられたのは、俺が何も知らなかったからなのだろう。
 知っているつもりで、その実全く知らなかった。
 政治的な側面しか、知らなかったと言うか……うん。

 まてまて。
 今この手のことを考えるな。集中!

 つい引っ張られそうになる思考を、慌てて切り替え、目の前の書類に視線を戻した。

 現在、耐火煉瓦の検証内容を再確認している最中だった。
 今までに作られた耐火煉瓦の種類は八種に及ぶ。
 サヤの言う粘土層を、これだけの量発見しているというのは素晴らしいことだと思うのだが、残念ながらまだ、求める性能の土には巡り合えていない。
 だがサヤは、必ずあの炉がオゼロ領に作られた意味があるはずだと言う。

「マルさんのお話だと、前時代でもやはり、南側に人の住む地は集中していたということでした。
 それでも北のあの地が、敢えて選ばれたんです。その答えが粘土層の豊富さと、公害問題だったと私は考えています」

 あの地には現在、八箇所の採掘場が作られている。
 元々は二箇所だったそうだが、調べた結果六箇所追加されたということ。
 そして一年半近くを掛けて、その土を様々な温度で焼き上げてきた。

「絶対、あの地の土で煉瓦を作っていたはずなんです。だから、何かまだやり残していることがあるはずで……」

 水簸の回数。乾燥の期間。焼き上げる時間。温度。それらを表化したものを睨み、もう何十日目になるか……。
 マルやサヤの知識をもってしても、新たな可能性を見つけ出すには至らず、俺たちはただ時間ばかりを刻んでいる……。
 もう三の月に入ろうかという時期で、雪のちらつく日も少なくなってきたというのに、この課題は全く片付かない。
 どうにも煮詰まっていた俺たちは、執務室に煉瓦を持ち込んでいた。
 並べられた八種類の煉瓦と、俺たちが目指す、前時代の煉瓦、合わせて九種。見た目では殆ど差は無くて、煉瓦に書き込まれた番号で産地を判別している。

「これ、それぞれに違いがあるんですか?」

 並べられた白い塊を見たエヴェラルドがそう聞いてきたから、集中する二人に代わって俺がそれに答えることにした。

「あるよ。例えば二番と四番、これは高温には耐えるんだけど、どうにも剥離が激しい。
 五番は、熱が低いうちにだと逆に膨張して割れてしまうみたいだ。
 7番は熱の伝わりが良すぎるみたいで、高温には耐えるんだけど熱が漏れる」

 書き上げてあるものをそう説明していったのだけど、ふーむと唸って見比べ……。

「見た目じゃ全部同じに見えるのに、違うものなのですね」

 そうだな。見た目の判別はほぼ付かない。

「正直、焼き上がってみなければ分からないというのがなんともな……。
 今ここにあるのは、これだけの項目を試して、最も適した形であると判断した煉瓦だけど、それが正解とも限らないし……。
 かつての人らは、どうやってこれに到達したんだか……」

 サヤの世界には、土の性質を調べる手段があるらしいし、やはりそういうものがあったのだろうか。
 だけどそれ自体、相当な高みに登れなければ作れないものであるみたいだし……。
 ここ最近は、その土の性質ををなんとか調べたりできないものかと悩んでいる様子のサヤ。
 ナスを云々、ムラサキキャベツなるものを云々……。これはもう、そろそろ気持ちの切り替えをさせるべきではないか。

「……ちょっと、息抜きでもさせるか……」

 その結論に達したので、サヤの肩を叩いた。
 本日は曇天といえども雪が奇跡的にチラついていない。空色の明るさからして、今暫く保ってくれると思う。

 サヤとオブシズを伴って、村の見回りに行くことにした。

「今年もようやっと春が近くなってきたなぁ」
「干し野菜の質、確実に良くなっていますね」

 そんな風に話をしながら村を歩く。
 最近は降る雪も少なくなってきていて、降っても積もらず溶けていく。なんとか無事春を迎えられるようで、本当に良かった。

 郊外の雪山もだいぶん雪が溶けてしまい、最近は村の中を走り回る子供の姿が目につくようになってきた。
 この冬の間、何度か村の様子を探るような気配があると報告が上がったが、それらが手出しをしてくることはなく、現在に至っている。

「春かぁ……」

 本来ならワクワクできそうなものだが、どうにも気が重い、俺とオブシズ……。
 そう、意に沿わぬ衣装を身に纏う時期が近付いているっていうのがね……。

「そろそろ社交会出席の準備、進めなきゃいけませんね」
「……あれ本当に着るんだよなぁ……」
「大丈夫です! 本当に、凄く、似合ってますから!」

 それが目一杯嫌なんだけどねぇ……。

 これの話題になると、サヤは耐火煉瓦を頭から追い出してくれるので、まぁ……ネタには使うのだが、正直本当、気が重い。
 何が悲しくて、恋人に美女だと称えられなければならないのか……。
 サヤは、俺が女の方が嬉しいのか? いったいどういった心理が働いているんだ?
 俺はどんなサヤでも美しいと思うし好きだけど、別に男装を大喜びで受け入れたいとは思わないんだよなぁ……。

 俺同様、オブシズも表情が暗いのだが、俺という自分よりもより哀れな存在を得たからか、最近はなんかもう、哀愁を漂わせつつも受け入れ気味である。

 そんな世の不条理に首を傾げつつ歩いていると、試験畑まで辿り着いていた。
 だいぶん雪が減って、緑がちらほらと見えてきている。
 良く茂った青葉。麦踏みを行ったことで、株が増えているのを窺わせる……が。

 今年の収穫量がどうなるかという不安も思い出し、いやいや、俺が弱気になってどうする。と、頭を振った。

「今年の実りがどうなるか……」
「ですね。何か手がかりが得られれば良いのですが……あら?」

 急にサヤの声が不振げに揺らいだ。

「どうした?」
「いえ……あそこにいるのロゼちゃんですよね?
 畑で何をしているのでしょう……」

 サヤの指差した先に視線を向けると、畑の端に見えたのは、確かに茶色い頭……うん、ロゼだ。でもコダンの姿は見当たらないし……?
 一人で座り込んでいるのが気になったものだから、二人を促してそちらに足を向けることにした。
 前も土の匂いが美味しいとか言っていたし、お腹が空いて、畑の匂いを嗅ぎにきたのだろうかと思ったのだ。
 だけどコダンみたいに土を食べるのは良くないと思う。万が一お腹を空かせているなら、連れて帰ってお茶でも振る舞ってやろう。
 そんな風に考えながら足を進め……。

「ロゼ、一人で何してる? お友達と遊ばないのかい?」

 と、そう声を掛けた。
 俺たちに気付いたロゼはパァッ!と、表情を輝かせたけれど、次に警戒した顔になり……。

「……お仕事中?」
「うんまぁ……あ、でも休憩中かな。
 大丈夫だよ。何かあるなら言ってごらん?」

 ちょいちょい名前のあがる、リリと喧嘩でもしたのだろうか?
 それでここで一人、落ち込んでいたとか?

 そんな懸念があったのだけど……。

「あのね、この畑が、美味しくない!」

 ………………っ。
 まさか……もう土を食してしまったというのか……⁉︎
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