異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

文字の大きさ
867 / 1,121

アギー再び 8

しおりを挟む
 とっさに顔を伏せた。
 サヤの口から出た言葉に、つい頬が熱くなってしまった。

 ………………うん。
 いや、それは聞きにくい……よな。うん…………。でも確認しないわけにも……うん……。

「最後は十日前。アギーに発つ前だな」
「…………そ、その前は?」
「体調が余程思わしくない時以外は、三日に一度は交わる。これも職務ゆえ」
「…………血の穢れの時もですか?」
「穢れの最中は基本的に致さぬよ、流石にな。終わりの方であればまぁ……場合による」

 職務。
 ………………職務、か……。

 流石にとんでもない内容を耳にしている自覚はあったから、せめてと思い顔を伏せたままでいたのだけど……。
 閨事を職務とおっしゃられたことに、正直……頭を殴られた心地だった。

 分かってる。
 陛下はこの国を支える身で、ただお一人だけ残った、王家の後継。
 この方が繋がねば、王家は滅びる。

 …………まぁ、アギーを筆頭とする公爵家にも王家の血は色濃く受け継がれている。
 そのことは、白の病の開花により証明されているようなものだけれど。
 もしそうなった場合は、四家が頂点を狙い、争うことになるだろうと思うし、また白の病が、王家の血の象徴として担ぎ出されてくるやもしれない。
 そういった、無用な争いを避けて、国内の安定をと考えれば、当然陛下のお子は、必要で…………。
 だけど…………。

 陛下にとって、ルオード様の、愛、は……職務として、受け入れるものなのか…………。

 ルオード様も、それはご承知であるだろう。その上で、陛下の隣を選ばれたのだと思うけれど。
 ……分かっていたけれど、職務で身を重ねるのだと考えたら……やるせなかった。
 幸せになってほしいのに。
 王位継承に関わったからこそ、そう思うのに。
 俺が頑なに拒んでいる、愛のない契りを、この方々は、職務として受け入れなければならないのか……。

 そしてサヤも。
 多分、同じなのだろう……。
 子は授からないかもしれないと、そうは言っていてもきっと……望むだろう。願うだろう。己の責任なのだと……。
 ただ愛し合うためだけの行為とは、できないのだろう。
 俺もサヤに、この重責を背負わせるのだ……。

「……可能性は大いにあると、思われます。
 先程お聞きしたのは、全て妊娠の初期症状と呼ばれるもの。
 身籠ると、酸味のある味を好まれる方が多いと聞きます。
 また、ひとつのものばかりを無性に食べたくなられたり、好物とされていたものが嫌いになったり、嫌いだったはずのものが、平気になったりということも」
「あぁ、それは確かに聞くな。
 だが、否と答えた返答もあったと思うが?」
「全てが起こるとは限りませんし、今述べたものだけでもありません。個人差がかなりあります。
 他にも……情緒不安定になって、イライラしたり、泣いてしまったりという場合もございますし、肌が荒れたり、シミやホクロができやすくなったり……。
 あ、でもこれは、メラニンが過剰に作られるようになるからだと聞きましたから、陛下には起こらない可能性が高いですね……」
「ふむ……ではサヤも、断定はできぬのだな」
「申し訳ございません……。
 ですが、医師の処方された風邪薬。こちらは飲まないでおいてください。
 子を授かった可能性を告げずに処方された薬ならば、子への配慮はされていないでしょうから」

 その言葉に陛下は口を閉ざした……。
 変わって、アギー公爵様が口を開く。

「それは……たとえ何かしらの病であってもと、いうことか?」
「はい」

 子を宿すということは……。

「陛下のお身体は、本来陛下だけのものなのです。
 そこに、子という異物を受け入れ、育てるために、例え異物でも排除せぬようにと、身に命令が下ります。
 それにより、全体的な警戒態勢が緩むものですから、本来は即座に叩く外敵を見逃す場合があり、通常よりも病に罹りやすくなります。
 その上で、お子への影響がないと言えるもの以外、薬の類は、控えていただきたいのです」

 子を宿すということは、正しく、命を賭けることなのだ…………。
 命を賭けて、新たな生命を産み落とす、そういうこと……。

「私の国でも、お腹の子に影響を及ぼす薬というのは多くありました。母体は平気でも、小さき子には致死量となる場合が多々ございます。
 死に至らずとも、頭や身体に傷や害として、残る場合も多うございます。
 今まで以上に、ご自愛ください、陛下。
 陛下と、ルオード様とのお子のために。
 グラヴィスハイド様が、お腹に意思が宿っているとおっしゃり、初期症状がこれだけ出ているということは、断定はできずとも、可能性は高いということです。
 逆算致しますと、お腹にお子が宿っていた場合、多分……現在六週前後……つまり、妊娠一月半ということ。
 この時期は流れてしまうことも多くございます。宿りはしたものの、正しく人としての形を得ていなかった場合、そのまま外へと出てしまう……。
 それは、母体である陛下のせいではなく、たまたま起こります。
 とりあえず、まずは、子の安定を目指して安静に。きちんと子が定まるまで……無茶をすれば当然、流れてしまう可能性は跳ね上がるのですから」
「それはいつまでだ」

 そう問われまた、サヤは口を閉ざした……。

「………………分かりません……。一応の安定は、三ヶ月ほどでしょうか。ですが、確実に安全という時期は、ございませんとしか……。
 いつ、何が起こってもおかしくないのが、妊娠だと……母には。
 でも、中期になれば、比較的安定すると聞きました。中期とは、五ヶ月から七ヶ月。後期が八ヶ月からで、ここからは、なんとか出産に耐えられると言われました……」

 カーリンが子を産み落としたのは、八ヶ月だったか……。だが、腹で育っていた感じでは、九ヶ月だったと聞いた覚えがある。
 サヤと陛下の会話を茫然と耳にしつつ、俺はじわじわと広がる、ある種の恐怖を感じていた。
 子が……安全ではないということは、陛下も、安全ではないということ。
 子を育てる間に、何が起こってもおかしくはないということ。
 それは、陛下の命だって、危ういと、そういう……?

「其方の言うことは良く分かった。……が、そこは難しいな……叔父上」

 サヤの話を聞き終えた陛下は、そう言って肘掛に身を任せる。

「左様ですな……。まだ陛下のご懐妊の可能性を悟られるべきではないでしょう……特に、神殿には。
 あの連中、陛下が身動き取れぬとなれば、何を申してくるか……」

 …………神殿?
 アギー公爵様から出た名に、反射で顔を上げてしまった。

「もしや何か、問題が起きているのですか?」
「問題というほどではない。
 二年も子が授からぬのは、正しき婚姻ではないからだと吠えておる輩が、一定数おるのよ。
 まだ公爵家の血を繋げることに、こだわる者らがな……」
「…………」

 白が病だということが発表され、それを神殿も認めた。にも関わらず、病が神の祝福であるという主張を続ける者らが一定数いるという。

「ルオード様とのお子が、白となる可能性は極めて低い……という話だが、申しておった通りになるか……。
 そこも心配であるが、こればかりは産み落としてみなければ分からぬしなぁ。
 まぁとにかく神殿は、まだ白に拘っておるのだな」

 むぅ……と、唸って髭をしごくアギー公爵様。
 その言葉に陛下は「とりあえずは、普段通りを通すしかないな」と、おっしゃった。

「悟られぬようにせねばならぬなら、今まで通りを暫く続けるしかあるまい。まぁ、極力気を付けはするがな。
 幸いにも、アギーにいる間はある程度、安静を維持できる。
 が、一度は姿を晒しておくべきだな……他家にも余計なことを考えさせたくないことだし……」

 他家……つまり、アギー以外の公爵家にも、伏せるのか……。

「幸い私の懐妊は、私自身想像だにしていなかったことだ。王都の者には知られておらぬ。
 社交界は明後日か……。それが済めば会合まで暫くある。その間はアギーで過ごすとしよう」
「会合の席にはご出席されるのですな」
「しないわけにいくか。そこは例年通りだ」

 さらっとそう言った陛下。サヤの眉間に力が篭ったのが、横で見ていても分かった。

「人混みの中は、リスクが多うございます」
「? リスクとは?」
「危険性という意味です。病を貰う危険、人とぶつかり、腹を痛める危険、人の使っている香水……香りだって……体調を崩す要因になるでしょう。特に妊娠初期は」

 必死の表情でサヤは言う。
 それに対し陛下は。

「私の懐妊の可能性を悟られれば、そこに意図的なな妨害が加えられる可能性も出てくる。
 その方が後々の危険となろう」

 それはもっともな意見で、サヤは焦りを滲ませ、唇をギュッと引き結んだ。

「……わ、私の母は、切迫流産で私を流しかけました。
 陛下は、お身体が元々、頑丈とは言い難く……」
「それは誰よりも承知しておる。だが、より先を考えれば、今は悟らせるべきではない」

 それで万が一が起こるとしても、致し方ない……と、そういうお考えなのだ……。

 俺は、この話に口を挟む知識もなく、ただ二人のやりとりを見ておくことしかできなかった。
 サヤの心配も、陛下の言い分も、分かる。分かるからこそ、その両方をなんとか、両立できる手段を模索できないか。
 陛下をお守りするために、俺にできることは何がある?

「でしたら……」

 だがそこで、誰よりも先んじて口を開いたのは、クオン様だった。

「一つ、演じませんこと?」

 にっこりと可愛いらしく微笑み、口元に手を添える。洗練された淑女の所作で。

「陛下のご健勝を他家に見せれば良いのでしょう? ならば、社交界ですわ。
 夜会の席で、そう演じれば良いと思います。
 クリス姉様が陛下だとご存じていらっしゃるのは、公爵四家の方々と、一部の伯爵家の主要な方のみよね。
 今回の社交界の題材は扮装。クリス姉様を雛形にした役所は、神殿の巫女。
 元々が引き篭り設定だもの。作中通り、気怠げに、長椅子にしなだれておけば良いのよ。
 幸いサヤの背格好って陛下に近いし、あの衣装、陛下も着れるわよきっと」

 元々あの役、陛下とサヤ、両方を雛形にしてあるんだもの。と、クオン様。

「それでサヤは、男装時の巫女を演じるの。クリス姉様と入れ替わりで男装のサヤが出てくれば、姉様が引っ込むのは当然でしょ?
 一人の人物を二人で演じるって、面白いと思わない? こういうのが扮装の醍醐味よね!
 リヴィ姉様も、いつもの騎士役を演じてくださらない? そうすれば、陛下のお側にいてもおかしくないわ」

 虚構だもの。面白おかしくやりましょう。
 そう言ってにこりと笑う。

「レイ、貴方は姫役として、皆の注目を存分に集めてちょうだいな。
 そうすれば、陛下への視線はぐっと減る。陛下は楽ができるわ」

 そこで一度姿を晒しておけば、後は本来のクリスタ様として、あまり人前に姿を晒さなければ良いのだと、クオン様は言った。
 陛下の影を務めている身だ。お顔は晒しすぎぬ方が良いのだと、言い訳ができる。

「アギーで盛大に、皆様を虚構の世界へご招待いたしましょう!
 陛下の秘密をそれで、有耶無耶にするの!」
しおりを挟む
感想 192

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

おばさんは、ひっそり暮らしたい

蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

処理中です...