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アギー再び 8
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とっさに顔を伏せた。
サヤの口から出た言葉に、つい頬が熱くなってしまった。
………………うん。
いや、それは聞きにくい……よな。うん…………。でも確認しないわけにも……うん……。
「最後は十日前。アギーに発つ前だな」
「…………そ、その前は?」
「体調が余程思わしくない時以外は、三日に一度は交わる。これも職務ゆえ」
「…………血の穢れの時もですか?」
「穢れの最中は基本的に致さぬよ、流石にな。終わりの方であればまぁ……場合による」
職務。
………………職務、か……。
流石にとんでもない内容を耳にしている自覚はあったから、せめてと思い顔を伏せたままでいたのだけど……。
閨事を職務とおっしゃられたことに、正直……頭を殴られた心地だった。
分かってる。
陛下はこの国を支える身で、ただお一人だけ残った、王家の後継。
この方が繋がねば、王家は滅びる。
…………まぁ、アギーを筆頭とする公爵家にも王家の血は色濃く受け継がれている。
そのことは、白の病の開花により証明されているようなものだけれど。
もしそうなった場合は、四家が頂点を狙い、争うことになるだろうと思うし、また白の病が、王家の血の象徴として担ぎ出されてくるやもしれない。
そういった、無用な争いを避けて、国内の安定をと考えれば、当然陛下のお子は、必要で…………。
だけど…………。
陛下にとって、ルオード様の、愛、は……職務として、受け入れるものなのか…………。
ルオード様も、それはご承知であるだろう。その上で、陛下の隣を選ばれたのだと思うけれど。
……分かっていたけれど、職務で身を重ねるのだと考えたら……やるせなかった。
幸せになってほしいのに。
王位継承に関わったからこそ、そう思うのに。
俺が頑なに拒んでいる、愛のない契りを、この方々は、職務として受け入れなければならないのか……。
そしてサヤも。
多分、同じなのだろう……。
子は授からないかもしれないと、そうは言っていてもきっと……望むだろう。願うだろう。己の責任なのだと……。
ただ愛し合うためだけの行為とは、できないのだろう。
俺もサヤに、この重責を背負わせるのだ……。
「……可能性は大いにあると、思われます。
先程お聞きしたのは、全て妊娠の初期症状と呼ばれるもの。
身籠ると、酸味のある味を好まれる方が多いと聞きます。
また、ひとつのものばかりを無性に食べたくなられたり、好物とされていたものが嫌いになったり、嫌いだったはずのものが、平気になったりということも」
「あぁ、それは確かに聞くな。
だが、否と答えた返答もあったと思うが?」
「全てが起こるとは限りませんし、今述べたものだけでもありません。個人差がかなりあります。
他にも……情緒不安定になって、イライラしたり、泣いてしまったりという場合もございますし、肌が荒れたり、シミやホクロができやすくなったり……。
あ、でもこれは、メラニンが過剰に作られるようになるからだと聞きましたから、陛下には起こらない可能性が高いですね……」
「ふむ……ではサヤも、断定はできぬのだな」
「申し訳ございません……。
ですが、医師の処方された風邪薬。こちらは飲まないでおいてください。
子を授かった可能性を告げずに処方された薬ならば、子への配慮はされていないでしょうから」
その言葉に陛下は口を閉ざした……。
変わって、アギー公爵様が口を開く。
「それは……たとえ何かしらの病であってもと、いうことか?」
「はい」
子を宿すということは……。
「陛下のお身体は、本来陛下だけのものなのです。
そこに、子という異物を受け入れ、育てるために、例え異物でも排除せぬようにと、身に命令が下ります。
それにより、全体的な警戒態勢が緩むものですから、本来は即座に叩く外敵を見逃す場合があり、通常よりも病に罹りやすくなります。
その上で、お子への影響がないと言えるもの以外、薬の類は、控えていただきたいのです」
子を宿すということは、正しく、命を賭けることなのだ…………。
命を賭けて、新たな生命を産み落とす、そういうこと……。
「私の国でも、お腹の子に影響を及ぼす薬というのは多くありました。母体は平気でも、小さき子には致死量となる場合が多々ございます。
死に至らずとも、頭や身体に傷や害として、残る場合も多うございます。
今まで以上に、ご自愛ください、陛下。
陛下と、ルオード様とのお子のために。
グラヴィスハイド様が、お腹に意思が宿っているとおっしゃり、初期症状がこれだけ出ているということは、断定はできずとも、可能性は高いということです。
逆算致しますと、お腹にお子が宿っていた場合、多分……現在六週前後……つまり、妊娠一月半ということ。
この時期は流れてしまうことも多くございます。宿りはしたものの、正しく人としての形を得ていなかった場合、そのまま外へと出てしまう……。
それは、母体である陛下のせいではなく、たまたま起こります。
とりあえず、まずは、子の安定を目指して安静に。きちんと子が定まるまで……無茶をすれば当然、流れてしまう可能性は跳ね上がるのですから」
「それはいつまでだ」
そう問われまた、サヤは口を閉ざした……。
「………………分かりません……。一応の安定は、三ヶ月ほどでしょうか。ですが、確実に安全という時期は、ございませんとしか……。
いつ、何が起こってもおかしくないのが、妊娠だと……母には。
でも、中期になれば、比較的安定すると聞きました。中期とは、五ヶ月から七ヶ月。後期が八ヶ月からで、ここからは、なんとか出産に耐えられると言われました……」
カーリンが子を産み落としたのは、八ヶ月だったか……。だが、腹で育っていた感じでは、九ヶ月だったと聞いた覚えがある。
サヤと陛下の会話を茫然と耳にしつつ、俺はじわじわと広がる、ある種の恐怖を感じていた。
子が……安全ではないということは、陛下も、安全ではないということ。
子を育てる間に、何が起こってもおかしくはないということ。
それは、陛下の命だって、危ういと、そういう……?
「其方の言うことは良く分かった。……が、そこは難しいな……叔父上」
サヤの話を聞き終えた陛下は、そう言って肘掛に身を任せる。
「左様ですな……。まだ陛下のご懐妊の可能性を悟られるべきではないでしょう……特に、神殿には。
あの連中、陛下が身動き取れぬとなれば、何を申してくるか……」
…………神殿?
アギー公爵様から出た名に、反射で顔を上げてしまった。
「もしや何か、問題が起きているのですか?」
「問題というほどではない。
二年も子が授からぬのは、正しき婚姻ではないからだと吠えておる輩が、一定数おるのよ。
まだ公爵家の血を繋げることに、こだわる者らがな……」
「…………」
白が病だということが発表され、それを神殿も認めた。にも関わらず、病が神の祝福であるという主張を続ける者らが一定数いるという。
「ルオード様とのお子が、白となる可能性は極めて低い……という話だが、申しておった通りになるか……。
そこも心配であるが、こればかりは産み落としてみなければ分からぬしなぁ。
まぁとにかく神殿は、まだ白に拘っておるのだな」
むぅ……と、唸って髭をしごくアギー公爵様。
その言葉に陛下は「とりあえずは、普段通りを通すしかないな」と、おっしゃった。
「悟られぬようにせねばならぬなら、今まで通りを暫く続けるしかあるまい。まぁ、極力気を付けはするがな。
幸いにも、アギーにいる間はある程度、安静を維持できる。
が、一度は姿を晒しておくべきだな……他家にも余計なことを考えさせたくないことだし……」
他家……つまり、アギー以外の公爵家にも、伏せるのか……。
「幸い私の懐妊は、私自身想像だにしていなかったことだ。王都の者には知られておらぬ。
社交界は明後日か……。それが済めば会合まで暫くある。その間はアギーで過ごすとしよう」
「会合の席にはご出席されるのですな」
「しないわけにいくか。そこは例年通りだ」
さらっとそう言った陛下。サヤの眉間に力が篭ったのが、横で見ていても分かった。
「人混みの中は、リスクが多うございます」
「? リスクとは?」
「危険性という意味です。病を貰う危険、人とぶつかり、腹を痛める危険、人の使っている香水……香りだって……体調を崩す要因になるでしょう。特に妊娠初期は」
必死の表情でサヤは言う。
それに対し陛下は。
「私の懐妊の可能性を悟られれば、そこに意図的なな妨害が加えられる可能性も出てくる。
その方が後々の危険となろう」
それはもっともな意見で、サヤは焦りを滲ませ、唇をギュッと引き結んだ。
「……わ、私の母は、切迫流産で私を流しかけました。
陛下は、お身体が元々、頑丈とは言い難く……」
「それは誰よりも承知しておる。だが、より先を考えれば、今は悟らせるべきではない」
それで万が一が起こるとしても、致し方ない……と、そういうお考えなのだ……。
俺は、この話に口を挟む知識もなく、ただ二人のやりとりを見ておくことしかできなかった。
サヤの心配も、陛下の言い分も、分かる。分かるからこそ、その両方をなんとか、両立できる手段を模索できないか。
陛下をお守りするために、俺にできることは何がある?
「でしたら……」
だがそこで、誰よりも先んじて口を開いたのは、クオン様だった。
「一つ、演じませんこと?」
にっこりと可愛いらしく微笑み、口元に手を添える。洗練された淑女の所作で。
「陛下のご健勝を他家に見せれば良いのでしょう? ならば、社交界ですわ。
夜会の席で、そう演じれば良いと思います。
クリス姉様が陛下だとご存じていらっしゃるのは、公爵四家の方々と、一部の伯爵家の主要な方のみよね。
今回の社交界の題材は扮装。クリス姉様を雛形にした役所は、神殿の巫女。
元々が引き篭り設定だもの。作中通り、気怠げに、長椅子にしなだれておけば良いのよ。
幸いサヤの背格好って陛下に近いし、あの衣装、陛下も着れるわよきっと」
元々あの役、陛下とサヤ、両方を雛形にしてあるんだもの。と、クオン様。
「それでサヤは、男装時の巫女を演じるの。クリス姉様と入れ替わりで男装のサヤが出てくれば、姉様が引っ込むのは当然でしょ?
一人の人物を二人で演じるって、面白いと思わない? こういうのが扮装の醍醐味よね!
リヴィ姉様も、いつもの騎士役を演じてくださらない? そうすれば、陛下のお側にいてもおかしくないわ」
虚構だもの。面白おかしくやりましょう。
そう言ってにこりと笑う。
「レイ、貴方は姫役として、皆の注目を存分に集めてちょうだいな。
そうすれば、陛下への視線はぐっと減る。陛下は楽ができるわ」
そこで一度姿を晒しておけば、後は本来のクリスタ様として、あまり人前に姿を晒さなければ良いのだと、クオン様は言った。
陛下の影を務めている身だ。お顔は晒しすぎぬ方が良いのだと、言い訳ができる。
「アギーで盛大に、皆様を虚構の世界へご招待いたしましょう!
陛下の秘密をそれで、有耶無耶にするの!」
サヤの口から出た言葉に、つい頬が熱くなってしまった。
………………うん。
いや、それは聞きにくい……よな。うん…………。でも確認しないわけにも……うん……。
「最後は十日前。アギーに発つ前だな」
「…………そ、その前は?」
「体調が余程思わしくない時以外は、三日に一度は交わる。これも職務ゆえ」
「…………血の穢れの時もですか?」
「穢れの最中は基本的に致さぬよ、流石にな。終わりの方であればまぁ……場合による」
職務。
………………職務、か……。
流石にとんでもない内容を耳にしている自覚はあったから、せめてと思い顔を伏せたままでいたのだけど……。
閨事を職務とおっしゃられたことに、正直……頭を殴られた心地だった。
分かってる。
陛下はこの国を支える身で、ただお一人だけ残った、王家の後継。
この方が繋がねば、王家は滅びる。
…………まぁ、アギーを筆頭とする公爵家にも王家の血は色濃く受け継がれている。
そのことは、白の病の開花により証明されているようなものだけれど。
もしそうなった場合は、四家が頂点を狙い、争うことになるだろうと思うし、また白の病が、王家の血の象徴として担ぎ出されてくるやもしれない。
そういった、無用な争いを避けて、国内の安定をと考えれば、当然陛下のお子は、必要で…………。
だけど…………。
陛下にとって、ルオード様の、愛、は……職務として、受け入れるものなのか…………。
ルオード様も、それはご承知であるだろう。その上で、陛下の隣を選ばれたのだと思うけれど。
……分かっていたけれど、職務で身を重ねるのだと考えたら……やるせなかった。
幸せになってほしいのに。
王位継承に関わったからこそ、そう思うのに。
俺が頑なに拒んでいる、愛のない契りを、この方々は、職務として受け入れなければならないのか……。
そしてサヤも。
多分、同じなのだろう……。
子は授からないかもしれないと、そうは言っていてもきっと……望むだろう。願うだろう。己の責任なのだと……。
ただ愛し合うためだけの行為とは、できないのだろう。
俺もサヤに、この重責を背負わせるのだ……。
「……可能性は大いにあると、思われます。
先程お聞きしたのは、全て妊娠の初期症状と呼ばれるもの。
身籠ると、酸味のある味を好まれる方が多いと聞きます。
また、ひとつのものばかりを無性に食べたくなられたり、好物とされていたものが嫌いになったり、嫌いだったはずのものが、平気になったりということも」
「あぁ、それは確かに聞くな。
だが、否と答えた返答もあったと思うが?」
「全てが起こるとは限りませんし、今述べたものだけでもありません。個人差がかなりあります。
他にも……情緒不安定になって、イライラしたり、泣いてしまったりという場合もございますし、肌が荒れたり、シミやホクロができやすくなったり……。
あ、でもこれは、メラニンが過剰に作られるようになるからだと聞きましたから、陛下には起こらない可能性が高いですね……」
「ふむ……ではサヤも、断定はできぬのだな」
「申し訳ございません……。
ですが、医師の処方された風邪薬。こちらは飲まないでおいてください。
子を授かった可能性を告げずに処方された薬ならば、子への配慮はされていないでしょうから」
その言葉に陛下は口を閉ざした……。
変わって、アギー公爵様が口を開く。
「それは……たとえ何かしらの病であってもと、いうことか?」
「はい」
子を宿すということは……。
「陛下のお身体は、本来陛下だけのものなのです。
そこに、子という異物を受け入れ、育てるために、例え異物でも排除せぬようにと、身に命令が下ります。
それにより、全体的な警戒態勢が緩むものですから、本来は即座に叩く外敵を見逃す場合があり、通常よりも病に罹りやすくなります。
その上で、お子への影響がないと言えるもの以外、薬の類は、控えていただきたいのです」
子を宿すということは、正しく、命を賭けることなのだ…………。
命を賭けて、新たな生命を産み落とす、そういうこと……。
「私の国でも、お腹の子に影響を及ぼす薬というのは多くありました。母体は平気でも、小さき子には致死量となる場合が多々ございます。
死に至らずとも、頭や身体に傷や害として、残る場合も多うございます。
今まで以上に、ご自愛ください、陛下。
陛下と、ルオード様とのお子のために。
グラヴィスハイド様が、お腹に意思が宿っているとおっしゃり、初期症状がこれだけ出ているということは、断定はできずとも、可能性は高いということです。
逆算致しますと、お腹にお子が宿っていた場合、多分……現在六週前後……つまり、妊娠一月半ということ。
この時期は流れてしまうことも多くございます。宿りはしたものの、正しく人としての形を得ていなかった場合、そのまま外へと出てしまう……。
それは、母体である陛下のせいではなく、たまたま起こります。
とりあえず、まずは、子の安定を目指して安静に。きちんと子が定まるまで……無茶をすれば当然、流れてしまう可能性は跳ね上がるのですから」
「それはいつまでだ」
そう問われまた、サヤは口を閉ざした……。
「………………分かりません……。一応の安定は、三ヶ月ほどでしょうか。ですが、確実に安全という時期は、ございませんとしか……。
いつ、何が起こってもおかしくないのが、妊娠だと……母には。
でも、中期になれば、比較的安定すると聞きました。中期とは、五ヶ月から七ヶ月。後期が八ヶ月からで、ここからは、なんとか出産に耐えられると言われました……」
カーリンが子を産み落としたのは、八ヶ月だったか……。だが、腹で育っていた感じでは、九ヶ月だったと聞いた覚えがある。
サヤと陛下の会話を茫然と耳にしつつ、俺はじわじわと広がる、ある種の恐怖を感じていた。
子が……安全ではないということは、陛下も、安全ではないということ。
子を育てる間に、何が起こってもおかしくはないということ。
それは、陛下の命だって、危ういと、そういう……?
「其方の言うことは良く分かった。……が、そこは難しいな……叔父上」
サヤの話を聞き終えた陛下は、そう言って肘掛に身を任せる。
「左様ですな……。まだ陛下のご懐妊の可能性を悟られるべきではないでしょう……特に、神殿には。
あの連中、陛下が身動き取れぬとなれば、何を申してくるか……」
…………神殿?
アギー公爵様から出た名に、反射で顔を上げてしまった。
「もしや何か、問題が起きているのですか?」
「問題というほどではない。
二年も子が授からぬのは、正しき婚姻ではないからだと吠えておる輩が、一定数おるのよ。
まだ公爵家の血を繋げることに、こだわる者らがな……」
「…………」
白が病だということが発表され、それを神殿も認めた。にも関わらず、病が神の祝福であるという主張を続ける者らが一定数いるという。
「ルオード様とのお子が、白となる可能性は極めて低い……という話だが、申しておった通りになるか……。
そこも心配であるが、こればかりは産み落としてみなければ分からぬしなぁ。
まぁとにかく神殿は、まだ白に拘っておるのだな」
むぅ……と、唸って髭をしごくアギー公爵様。
その言葉に陛下は「とりあえずは、普段通りを通すしかないな」と、おっしゃった。
「悟られぬようにせねばならぬなら、今まで通りを暫く続けるしかあるまい。まぁ、極力気を付けはするがな。
幸いにも、アギーにいる間はある程度、安静を維持できる。
が、一度は姿を晒しておくべきだな……他家にも余計なことを考えさせたくないことだし……」
他家……つまり、アギー以外の公爵家にも、伏せるのか……。
「幸い私の懐妊は、私自身想像だにしていなかったことだ。王都の者には知られておらぬ。
社交界は明後日か……。それが済めば会合まで暫くある。その間はアギーで過ごすとしよう」
「会合の席にはご出席されるのですな」
「しないわけにいくか。そこは例年通りだ」
さらっとそう言った陛下。サヤの眉間に力が篭ったのが、横で見ていても分かった。
「人混みの中は、リスクが多うございます」
「? リスクとは?」
「危険性という意味です。病を貰う危険、人とぶつかり、腹を痛める危険、人の使っている香水……香りだって……体調を崩す要因になるでしょう。特に妊娠初期は」
必死の表情でサヤは言う。
それに対し陛下は。
「私の懐妊の可能性を悟られれば、そこに意図的なな妨害が加えられる可能性も出てくる。
その方が後々の危険となろう」
それはもっともな意見で、サヤは焦りを滲ませ、唇をギュッと引き結んだ。
「……わ、私の母は、切迫流産で私を流しかけました。
陛下は、お身体が元々、頑丈とは言い難く……」
「それは誰よりも承知しておる。だが、より先を考えれば、今は悟らせるべきではない」
それで万が一が起こるとしても、致し方ない……と、そういうお考えなのだ……。
俺は、この話に口を挟む知識もなく、ただ二人のやりとりを見ておくことしかできなかった。
サヤの心配も、陛下の言い分も、分かる。分かるからこそ、その両方をなんとか、両立できる手段を模索できないか。
陛下をお守りするために、俺にできることは何がある?
「でしたら……」
だがそこで、誰よりも先んじて口を開いたのは、クオン様だった。
「一つ、演じませんこと?」
にっこりと可愛いらしく微笑み、口元に手を添える。洗練された淑女の所作で。
「陛下のご健勝を他家に見せれば良いのでしょう? ならば、社交界ですわ。
夜会の席で、そう演じれば良いと思います。
クリス姉様が陛下だとご存じていらっしゃるのは、公爵四家の方々と、一部の伯爵家の主要な方のみよね。
今回の社交界の題材は扮装。クリス姉様を雛形にした役所は、神殿の巫女。
元々が引き篭り設定だもの。作中通り、気怠げに、長椅子にしなだれておけば良いのよ。
幸いサヤの背格好って陛下に近いし、あの衣装、陛下も着れるわよきっと」
元々あの役、陛下とサヤ、両方を雛形にしてあるんだもの。と、クオン様。
「それでサヤは、男装時の巫女を演じるの。クリス姉様と入れ替わりで男装のサヤが出てくれば、姉様が引っ込むのは当然でしょ?
一人の人物を二人で演じるって、面白いと思わない? こういうのが扮装の醍醐味よね!
リヴィ姉様も、いつもの騎士役を演じてくださらない? そうすれば、陛下のお側にいてもおかしくないわ」
虚構だもの。面白おかしくやりましょう。
そう言ってにこりと笑う。
「レイ、貴方は姫役として、皆の注目を存分に集めてちょうだいな。
そうすれば、陛下への視線はぐっと減る。陛下は楽ができるわ」
そこで一度姿を晒しておけば、後は本来のクリスタ様として、あまり人前に姿を晒さなければ良いのだと、クオン様は言った。
陛下の影を務めている身だ。お顔は晒しすぎぬ方が良いのだと、言い訳ができる。
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