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夜会 2-3
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そこからはリカルド様とビーメノヴァ様が同席されることとなった。
リカルド様のおかげで人集りができること自体は避けられたが、周りの興味がこっちにブッ刺さりまくっている状況には拍車がかかった。
いやもう、良いけどね。種明かしが始まるのは時間の問題だろうし、公爵家のお二人が入場されたということは、アギー家の方々がお越しになるのも近いだろうし。
「それにしても、お越しが遅かったのですね。何かございましたか?」
お二人にもお茶をお出ししたサヤがそう問うたのだが、二人はちらりと視線を交わし合って……。
「いや。大したことではない」
「そうそう。何がどうってわけでもないな」
ムスッとしたリカルド様と、へらりと笑ったビーメノヴァ様。
ベイエルとはあまり縁がなく、ビーメノヴァ様について俺が知っていることといえば、せいぜい現役の書記官であられることくらいだ。
会合の時なども、部屋の端に座してらっしゃって、ずっと状況を記録していて……その時は無表情というか、真剣そのものであったから、こんな風に軽めの方だとは知らなかったのだけど……。
チラチラと俺を見る視線が居心地悪すぎるだろ……。
女性好きな方なのだなと、身を持って知りたくなかったというか……とりあえず今、サヤが男装してくれていることを、神とアギーに感謝しようと思った。
巫女の格好をしていたならば、この方の視線がサヤにまで向いていたかもしれない。
「こら。お前もそんな仏頂面をするな。せっかくの夜会だというのに」
「私は別に、夜会に意義を見出していない」
相変わらず表情の怖いリカルド様に馴れ馴れしく絡むビーメノヴァ様。だがその合間合間に垣間見せる、別の顔も見受けられる。
リカルド様の強面は、年季の入った演技であるから違和感など無いに等しいのだけど、ビーメノヴァ様が、敢えて明るく振る舞っているのだということは、理解できる。
きっと、何もないわけではない……。懸念はあるが、言葉にできる段階ではないといったところか?
見渡せば、オゼロからのお客様も会場入りを済ませており、上位貴族の方々が揃って遅れてきたと示してあった。
なんだろうな、これは……。
なんとなく感じる、違和感……?
「あぁ、そうだった」
しかし、その違和感を追求する前に上がった、リカルド様の声。
「……とりあえずこの件は貸しひとつ。と、させてもらう」
思い出したかのようにそう言う。
ええもう、ひとつと言わず二つでも三つでも……次から次へと男に口説かれることを思えば全然っ、有り難いですよ!
ビーメノヴァ様の視線ひとつくらいで済んでおりますからね。
「その貸し、早々に回収させてもらうとしよう……。
サヤよ。其方と是非懇意にしたい。と、言っている者がいる。
今年の春より女近衛へ入ると決まっているのだが、丁度良いのでひとつ、稽古をつけてやってほしい。構わぬか?」
リカルド様の貸しはサヤで回収されるようだ。
そう問われたサヤは、こてんと首を傾げて「同僚ですか?」と、言葉を繰り返した。
それにこくりと頷くリカルド様。
「陛下の王位継承より、女性武芸者の育成をヴァーリンでも始めていた。
まだ、途中段階だが……ただ一人だけ、突出していた者がいてな、それが今年の春より女近衛に加えられる。
士族の娘であるが、前に一度、女近衛を見せに王都へ連れてきたことがあってな。演習で其方を目にして、惚れたのだそうだ」
惚れた……?
女近衛に加わるというならば、当然女性だ。比喩的な言葉だろうなと思いつつも、なんとなく落ち着かない……。
「年も其方と同じ……いや、一つ下か? 今十九だが」
其方は間もなく成人だったなとリカルド様。
「まぁ。それはお若いですね!」
サヤの言葉に、お前に言われてもな……という微妙な表情になった。
サヤは十七から女近衛の一人として数えられている娘だものな。そこで既にもう、突出しすぎている。
「今は部屋に待たせているが、顔合わせだけでも先に済ませたい。良ければ後ほど連れて来させるが」
「お連れになっておられるのですか?
ですが……お若い女性を、夜会の席にお呼びするのは、気が引けます……」
いくら武芸に秀でているにしても、女性であるならば当然……夜会では蝶として扱われることになる。
ヴァーリンのリカルド様に伴われてならば安全だとは思うが……貴族外の身分となる士族家の娘では、何かあった場合、立場的に泣き寝入りだ。
火遊びの相手として乱暴をと考える相手もいるかもしれない。それを懸念しての発言であったが……。
「……彼奴にそれは心配なかろう……」
「……うん。そっちには数えられまい」
ビーメノヴァ様までこくりと頷く。どういう意味だ?
「オリヴィエラよりも上背があるし、本人も女を見せぬ気質だ」
あー、フィオレンティーナ殿みたいな方か。
ほぼ坊主と言えるほどに髪を刈り込んだ女近衛のお一人を連想した。
「才能はある。何せたった二年で、私に近衛へ推挙するべしと思わせたのだからな」
リカルド様が認めたということに、俺も驚いてしまった。
この方は、自分にも周りにも特に厳しいと認識していたから。
「うん。実力はあるのだろうな。見目も決して悪くはないのだが、潤いが無い……」
「メノウ……お前は暫く黙れ」
「はいはい」
ケロっと受け流すビーメノヴァ様。
本当に親しいのだな。アギーではあまり見かけない方だから、今まで接点は無かったのだが……。
この方がアギーまで出向いて来られているというのも、なんだか不思議な感じがする。
夜会に向かっていた思考が、どうにも刺激された。
先程から何かが引っかかり、それが身の内に蓄積されていくような感覚。
鼻の奥で、焦げたような匂いを錯覚するというか……キナ臭い……という言葉が、一番しっくりくる気がする。
なんだろう?
何が動いている?
陛下は…………、陛下は何故、自身の健在を、貴族上位の方々に、強く意識させようと、しているのだろう……?
「あ。ヴァイデンフェラー男爵様のお声がしました」
またもやサヤが、声を拾ったよう。
何か思いつきそうだったのだけど、その言葉で意識が逸れた。少し口惜しい気もしたが、ヴァイデンフェラー殿のことも気になった。
公爵家の方々よりも遅れて来られたなんて、本当にどうされたんだろう?
ざわつく会場。人の動き。
何かを避けるような、慌てて場所を空けるような、距離を置こうとしている。
気になった。だから檜扇を閉じて、腰を浮かせて……。
「あ、駄目ですレイシール様、待機しなければ」
サヤの声。
そして人をかき分けてずかずかと踏み込んできた人物と、視線が合った。
一瞬動きが止まり、バッと、俺を指差すその人物。
驚きに見開かれた瞳と口。
俺も俺で、その人物の出で立ちにぽかんと口を開いた。
腰に毛皮を巻き、頭には熊の剥製? 禿頭に、熊が食らいついているかのような状態で……肩からは熊の腕が垂れ下がっており、どうやら本当に、熊一頭分の毛皮を、頭から背に負うているような感じなんだなと思った。しかも、上半身にあるのはそれのみ。つまり、剥き出しの裸体……どう見ても五十代の肉体じゃない筋肉…………。
流石に下半身は細袴を着用していたけれど、やはり脛にも毛皮が巻かれており、脚に履いているのが長靴なのか、短靴なのかは判別がつかなかった。
腕も似たような感じだ。手首のあたりに毛皮の小手? 貴族の社交界に乗り込んできた蛮族の頭? と、この方の顔を知らなければ思っていたろう。
ヴァイデンフェラー殿、蛮族の装い、似合いすぎだろ…………。
「ロレッタ⁉︎」
そして彼の方の腹から吐き出された声が、周り中に大きく響き渡った。
リカルド様のおかげで人集りができること自体は避けられたが、周りの興味がこっちにブッ刺さりまくっている状況には拍車がかかった。
いやもう、良いけどね。種明かしが始まるのは時間の問題だろうし、公爵家のお二人が入場されたということは、アギー家の方々がお越しになるのも近いだろうし。
「それにしても、お越しが遅かったのですね。何かございましたか?」
お二人にもお茶をお出ししたサヤがそう問うたのだが、二人はちらりと視線を交わし合って……。
「いや。大したことではない」
「そうそう。何がどうってわけでもないな」
ムスッとしたリカルド様と、へらりと笑ったビーメノヴァ様。
ベイエルとはあまり縁がなく、ビーメノヴァ様について俺が知っていることといえば、せいぜい現役の書記官であられることくらいだ。
会合の時なども、部屋の端に座してらっしゃって、ずっと状況を記録していて……その時は無表情というか、真剣そのものであったから、こんな風に軽めの方だとは知らなかったのだけど……。
チラチラと俺を見る視線が居心地悪すぎるだろ……。
女性好きな方なのだなと、身を持って知りたくなかったというか……とりあえず今、サヤが男装してくれていることを、神とアギーに感謝しようと思った。
巫女の格好をしていたならば、この方の視線がサヤにまで向いていたかもしれない。
「こら。お前もそんな仏頂面をするな。せっかくの夜会だというのに」
「私は別に、夜会に意義を見出していない」
相変わらず表情の怖いリカルド様に馴れ馴れしく絡むビーメノヴァ様。だがその合間合間に垣間見せる、別の顔も見受けられる。
リカルド様の強面は、年季の入った演技であるから違和感など無いに等しいのだけど、ビーメノヴァ様が、敢えて明るく振る舞っているのだということは、理解できる。
きっと、何もないわけではない……。懸念はあるが、言葉にできる段階ではないといったところか?
見渡せば、オゼロからのお客様も会場入りを済ませており、上位貴族の方々が揃って遅れてきたと示してあった。
なんだろうな、これは……。
なんとなく感じる、違和感……?
「あぁ、そうだった」
しかし、その違和感を追求する前に上がった、リカルド様の声。
「……とりあえずこの件は貸しひとつ。と、させてもらう」
思い出したかのようにそう言う。
ええもう、ひとつと言わず二つでも三つでも……次から次へと男に口説かれることを思えば全然っ、有り難いですよ!
ビーメノヴァ様の視線ひとつくらいで済んでおりますからね。
「その貸し、早々に回収させてもらうとしよう……。
サヤよ。其方と是非懇意にしたい。と、言っている者がいる。
今年の春より女近衛へ入ると決まっているのだが、丁度良いのでひとつ、稽古をつけてやってほしい。構わぬか?」
リカルド様の貸しはサヤで回収されるようだ。
そう問われたサヤは、こてんと首を傾げて「同僚ですか?」と、言葉を繰り返した。
それにこくりと頷くリカルド様。
「陛下の王位継承より、女性武芸者の育成をヴァーリンでも始めていた。
まだ、途中段階だが……ただ一人だけ、突出していた者がいてな、それが今年の春より女近衛に加えられる。
士族の娘であるが、前に一度、女近衛を見せに王都へ連れてきたことがあってな。演習で其方を目にして、惚れたのだそうだ」
惚れた……?
女近衛に加わるというならば、当然女性だ。比喩的な言葉だろうなと思いつつも、なんとなく落ち着かない……。
「年も其方と同じ……いや、一つ下か? 今十九だが」
其方は間もなく成人だったなとリカルド様。
「まぁ。それはお若いですね!」
サヤの言葉に、お前に言われてもな……という微妙な表情になった。
サヤは十七から女近衛の一人として数えられている娘だものな。そこで既にもう、突出しすぎている。
「今は部屋に待たせているが、顔合わせだけでも先に済ませたい。良ければ後ほど連れて来させるが」
「お連れになっておられるのですか?
ですが……お若い女性を、夜会の席にお呼びするのは、気が引けます……」
いくら武芸に秀でているにしても、女性であるならば当然……夜会では蝶として扱われることになる。
ヴァーリンのリカルド様に伴われてならば安全だとは思うが……貴族外の身分となる士族家の娘では、何かあった場合、立場的に泣き寝入りだ。
火遊びの相手として乱暴をと考える相手もいるかもしれない。それを懸念しての発言であったが……。
「……彼奴にそれは心配なかろう……」
「……うん。そっちには数えられまい」
ビーメノヴァ様までこくりと頷く。どういう意味だ?
「オリヴィエラよりも上背があるし、本人も女を見せぬ気質だ」
あー、フィオレンティーナ殿みたいな方か。
ほぼ坊主と言えるほどに髪を刈り込んだ女近衛のお一人を連想した。
「才能はある。何せたった二年で、私に近衛へ推挙するべしと思わせたのだからな」
リカルド様が認めたということに、俺も驚いてしまった。
この方は、自分にも周りにも特に厳しいと認識していたから。
「うん。実力はあるのだろうな。見目も決して悪くはないのだが、潤いが無い……」
「メノウ……お前は暫く黙れ」
「はいはい」
ケロっと受け流すビーメノヴァ様。
本当に親しいのだな。アギーではあまり見かけない方だから、今まで接点は無かったのだが……。
この方がアギーまで出向いて来られているというのも、なんだか不思議な感じがする。
夜会に向かっていた思考が、どうにも刺激された。
先程から何かが引っかかり、それが身の内に蓄積されていくような感覚。
鼻の奥で、焦げたような匂いを錯覚するというか……キナ臭い……という言葉が、一番しっくりくる気がする。
なんだろう?
何が動いている?
陛下は…………、陛下は何故、自身の健在を、貴族上位の方々に、強く意識させようと、しているのだろう……?
「あ。ヴァイデンフェラー男爵様のお声がしました」
またもやサヤが、声を拾ったよう。
何か思いつきそうだったのだけど、その言葉で意識が逸れた。少し口惜しい気もしたが、ヴァイデンフェラー殿のことも気になった。
公爵家の方々よりも遅れて来られたなんて、本当にどうされたんだろう?
ざわつく会場。人の動き。
何かを避けるような、慌てて場所を空けるような、距離を置こうとしている。
気になった。だから檜扇を閉じて、腰を浮かせて……。
「あ、駄目ですレイシール様、待機しなければ」
サヤの声。
そして人をかき分けてずかずかと踏み込んできた人物と、視線が合った。
一瞬動きが止まり、バッと、俺を指差すその人物。
驚きに見開かれた瞳と口。
俺も俺で、その人物の出で立ちにぽかんと口を開いた。
腰に毛皮を巻き、頭には熊の剥製? 禿頭に、熊が食らいついているかのような状態で……肩からは熊の腕が垂れ下がっており、どうやら本当に、熊一頭分の毛皮を、頭から背に負うているような感じなんだなと思った。しかも、上半身にあるのはそれのみ。つまり、剥き出しの裸体……どう見ても五十代の肉体じゃない筋肉…………。
流石に下半身は細袴を着用していたけれど、やはり脛にも毛皮が巻かれており、脚に履いているのが長靴なのか、短靴なのかは判別がつかなかった。
腕も似たような感じだ。手首のあたりに毛皮の小手? 貴族の社交界に乗り込んできた蛮族の頭? と、この方の顔を知らなければ思っていたろう。
ヴァイデンフェラー殿、蛮族の装い、似合いすぎだろ…………。
「ロレッタ⁉︎」
そして彼の方の腹から吐き出された声が、周り中に大きく響き渡った。
応援ありがとうございます!
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