異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

文字の大きさ
902 / 1,121

探れない過去 8

しおりを挟む
 プローホルを発つこととなったのは、翌日の朝方。

 賓客扱いだから、男爵家だけど出発はある程度優遇してもらえるため、この時間となった。
 挨拶は前日までに大体を済ませており、アギー公爵様を残すのみ。朝食を食べたら、残りの荷を馬車に運び込んだ。
 順番を待っている間に来客の知らせが入り、迎え入れたのだけど……。

「グラヴィスハイド様」
「グラヴで良い」

 今更だけどね。と、にこやかな笑顔。
 クレフィリア殿を伴ったグラヴィスハイド様改め、グラヴ様が、出発前の挨拶に伺ってくださったのだ。
 わざわざお越しにならずとも……こちらから出向きましたよ。

「良いんだよ。あちらでは言いにくいことを言いにきたから」

 意味深にそう言われると、嫌な予感しかしないんですが……。

「大丈夫。怖いことじゃないよ」

 結局半分以上を言葉のない会話で済ませる俺たちを、クレフィリア様はニコニコと笑顔で見ており、慣れた風景なんだろうなと思う。
 この方もきっと、言葉にしないまま会話ができてしまう人なんだろうし。

「クレフィリア、弟に渡すものがあるのだろう? 行っておいでよ」
「はい。暫しお傍を離れます」
「許す」

 形式的なやり取りの後、部屋で忘れ物の確認をしているよと伝えたら、そそくさとそちらに足を急がせる。
 クレフィリアを見送りつつ、俺も手を払って皆に引くよう伝えた。
 いかにも人払いをしたという雰囲気だったから、他の者には聞かせられないのだと判断したのだ。
 そのまま、片付けが終わり、無人に戻った元俺の部屋へとお連れして。

「……で。何かお急ぎの用ですか?」
「急いではいないんだけど、ひとつめは陛下のお子のことだ」

 それは確かに聞かせられない。

「お前、陛下がお子を腹で育てる間の隠れ蓑役となったからね。
 是非知っておくべきだと思ったんだ」
「……やはりグラヴ様には全て知らされているんですね……」
「どうせ私には隠せないからね。
 だから今回のことも、私にこれ以上を知られないための遊学でもあると、分かっているよ」

 静かなその言葉に、この人の境遇を不憫に思わずにはいられなかった……。
 知りたくないことを知り過ぎてしまい、関わりたくないことに関わるしかないのだ。
 そう思ったのだけど、グラヴ様は首を静かに横に振る。

「違う。これは私のためと、国のため、両方を取ったからだ。
 私がここにいれば、政策に必ず関わらされるからね。父上は私がそれを望まないと分かってくれているから、代わりの役目を与えてくださったんだ。
 陛下は私を使いたいとお考えだから、折衷案だよ」

 そう言いつつ、私のことは良いから聞きなさいと、話を正される。

「お前、陛下がお子を授かった話の時、随分といらないことを考えていたろう?」
「いらないこと……ですか?」
「そうだよ。お前は顔を伏せてしまったから、陛下のお声しか聞いていなかった。
 お前は相手の思考の殆どを、表情や仕草から判断しているのだから、それができない状況は極力作らないようにすべきだ。
 できうる限り、情報収集を続ける。どんな時も。どんな状況でも。それを忘れないようになさい。
 それで、お前が見落としたことだけどね……」

 苦言から入ったグラヴ様。

「陛下は、喜んでいらっしゃったよ。ちゃんと」

 …………。

「あの方は捻くれ者だから、それを素直に口にするのが恥ずかしいんだ。
 特にお前には、色々と無様なところを見せてしまったと思っているからね、余計に強がるんだよ。
 だから安心をし。
 お前の言葉を借りるなら、あのお二人はちゃんと愛し合っておられるし、愛する相手の子を授かったことが嬉しいから、大切だから、切り捨てるなんて嫌だった。産みたいと願ったんだ。
 今回のことは、前々から考えてあった政策だとしているけれどね……あの方の中では、半分は我儘だよ」

 その言葉が、どれほど俺の心を救ってくれたか……。慰めてくれたか……!

「……変な子だ。陛下の無茶な我儘が、嬉しいの?」
「変じゃないです。陛下が今を幸せだと感じていてくださるならば、嬉しくて当然ではないですか!」

 国のために王家はある。
 けれど、王家であったって国民のひとりには変わりない。
 陛下が望まれたからこそ、俺たちは足掻いた。なのに、その選び取った未来に幸せが無いでは、陛下の夢を叶えた意味が無い。国王となった意味が無いではないか。
 俺は、フェルドナレンは、皆が幸せになれる国であってほしいのだ。
 生まれも育ちも関係無く、希望が持てる、努力ひとつで、ちゃんと幸せになれる場所にしたい。
 そのために今を頑張ってる。少しでも前へと足掻いているんだ。

 無茶だということは分かっているけれど。大それた願いだと分かっているけれど、望まなければ近付けない。求めないものは、絶対手には入らない。それを俺は、もう知ってる。

「……お前は本当に、強欲になった……。でも、それで良いのかもね」

 呆れ半分でそう呟いたグラヴ様であったけれど、すぐに表情を引き締めた。

「だけど、周りのことばかりにかまけていてはいけないよ。
 望むからには、お前も幸せにならなければ。
 これは大変なことだよ。とても難しいことだ……。
 だって……サヤの心はとても複雑なんだ。答えがひとつではない。残りの半年が彼女にとって、喜びでもあるけれど、恐怖でもあるようだ」

 そう言われて、それにこくりと頷く。

「はい……」
「不安と哀しみがずっと、彼女を縛り付けている。
 学舎にいた頃のお前を思い出すよ。まるで、誰かに借り受けた人生を歩んでいるみたいな、そんな不安だ……。
 私の孤独と、彼女の孤独はまったく違う。
 彼女の孤独は、絶望すら許されない孤独だ」

 言われる言葉が、見透かされたサヤの中が、重石のようになって腹に溜まる。
 絶望すら許されない孤独……そう表現されたものが、俺の手には余るものであると、自覚しているから。
 サヤはよく、自ら選んでここにいるのだと言う。自分のことは、自分で決めるのだと言う。
 でもそれは、もうこれ以上を、勝手に奪われたくない。些細なものひとつだって失いたくないという、叫びそのものだ。

「手に入れたものが、急に掻き消えてしまうのじゃないかって、また全て失うのじゃないかって、大切だと言う度に、幸せだと思う度に、愛しいと感じる度に、そんな風に心を冷やす。
 ……お前、何故彼女がそんな、不思議なことを考えてしまうのか……その理由をちゃんと、知っているね?」
「勿論です」

 全部知ってる。彼女がここに来たその日から、ずっと共に在るから。

「それが一生拭えない、ずっと彼女に付き纏うものだと知っています……。
 だから、彼女の人生が終わる瞬間まで、俺は共にいることを誓ったんです。絶対に、失わせないと」

 彼女の孤独や哀しみを癒せたらと思う。けれどそれが無理なのは分かっている。
 分かってるから、それごとを受け入れるしかないと、覚悟してる。
 サヤが失わないでいられるものに、俺がなる。

「そう……。なら、お前は自分を大切にしなきゃね。
 ちゃんと、そうするんだよ」
「はい」

 俺の返事に、グラヴ様はまだ何か、言いたそうにしていた。
 けれど、言葉を飲み込む。

「これがふたつめ。
 婚姻の儀には立ち会えなくなったけれど……お前たちが幸せになってくれることを、私も祈っている。……願っているよ」

 最後にそう言い、優しく微笑んでくださった。
しおりを挟む
感想 192

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

隣人の幼馴染にご飯を作るのは今日で終わり

鳥花風星
恋愛
高校二年生のひよりは、隣の家に住む幼馴染の高校三年生の蒼に片思いをしていた。蒼の両親が海外出張でいないため、ひよりは蒼のために毎日ご飯を作りに来ている。 でも、蒼とひよりにはもう一人、みさ姉という大学生の幼馴染がいた。蒼が好きなのはみさ姉だと思い、身を引くためにひよりはもうご飯を作りにこないと伝えるが……。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

余命1年の侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
余命を宣告されたその日に、主人に離婚を言い渡されました

私が美女??美醜逆転世界に転移した私

恋愛
私の名前は如月美夕。 27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。 私は都内で独り暮らし。 風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。 転移した世界は美醜逆転?? こんな地味な丸顔が絶世の美女。 私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。 このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。 ※ゆるゆるな設定です ※ご都合主義 ※感想欄はほとんど公開してます。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

処理中です...