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最後の秋 5
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唐突な俺の提案に、それまで穏やかだったクロードの表情が、固まった。
想定していなかった俺の言葉に、可能性すら考えていなかったための反応……。クロードは、シルヴィの手を離すことなど、欠片も予定していなかったのだろうな。
貴族の、しかも公爵家の者であるシルヴィだ。学ぶことは一通り、年齢以上のことを既に身につけている。だから、これ以上を学ぶ必要なんてきっと無い。
だけど、俺が与えたいと思っているのは、知識じゃないからね。
友を作る時間……。身分の隔てなく、可能性を得る時間を、与えてやりたいのだ。
幼年院はあくまで基礎的なことを身につける場だ。職人として覚えておいて損はないこと。必ず必要になることを教える場。
だけど、それ以上を目指す者には、まだ全然足りない……。
実際騎士を目指したいトゥーレは、幼年院を卒業しただけでは騎士試験すらままならない。そこに挑むだけの力量が備わっていないのが現状だ。
剣術や馬術、兵法のような、専門的知識や、より広く深くを求められる教養や……。そういった、幼年院で学んだこと以上を学ぶ機会が、アヴァロンにはまだ無い。可能性すら存在しない。だけど……せめて何かひとつ、切っ掛けとなるものくらいはあって良いのではないか……。
だから、サヤの国の学問所のように、段階を追って教育機関を変えると言う手法を、取り入れられないかと考えたのだ。
もっとを目指す者に、挑戦させてやりたい。そこまでと諦めないでほしい。更なる一歩を踏み出せるよう、背中を押してやりたい。
そしてそこには、もうひとつの目的もあった。アヴァロンをこれからも維持していくために必要な人材を、育てるために。
職人をどれだけ育てても、皆が己の職種のことだけ考えていたのでは、素晴らしい品は出来上がらない。
重要なのは情報の共有。自分たちにとって何気ない……当たり前のようにある技が、他の業種にとっては違う意味を持っていたりすることが、多々あるのだ。
本来は扱わない品を部分的に取り入れたりすることで、今までできなかった事ができるようになったりもする。
その試みが実を結んだ代表例が、車椅子だろう。
布の座面で柔軟性を、木材の枠で軽量化を、金属の金具でそれらを繋ぎ合わせて、本来なら組み合わないものを結集させた。
それにより、車椅子は他に類を見ない、素晴らしい逸品となったのだ。
あれは、サヤとルーシーが仲介役となって話を纏め、作り上げた。違う分野の、全く接点のなかった者たちと、お互いの技と知恵を出し合って。
その仲介役となれる者を育てる段階に、我々はもう到達していると、俺は判断している。
多くの知識を、広い目で見渡せる人材。今はマルやサヤがいるけれど、二人だけでいいはずがない。
特別でなければ務まらないような、そんなものでは困るのだ。人材をちゃんと育てられなければ、維持はできない。
「離宮建設と合わせて資料館を作るだろう? そこに勤める新たな職務を今、考えているんだ……。
我々地方行政官は、無償開示品の選定のために色々を集めているけれど、それ以上に雑多な知識がここには山と集まる。
それらをただ遊ばせておくのは申し訳ないし、もったいないよ……。今は使わなくても、将来必要になるかもしれない。
そういった山のような知識を管理するための専門職を作れないかとね」
急に何を言い出したのだろう? という表情のクロード。
まあ、そこにシルヴィが関わるのかってことだよね。うん、関わってはどうだろうかって、思ったんだ。
「つまりね、その学習院でより高度なことを勉強した子らを、将来資料館の管理職へと育てたいと思ってるんだよ。
この管理職、庶民からも選出したいけれど、貴族からも募りたいんだ。色々な立場から、色々な視点で物事を吟味する必要があるから。
そのために……学習院にいるうちから、交流を持たせたい。そうすることに大きな意義があると、俺は思ってる。
少数の子らを専門的に育てるわけだから、環境整備はもっと臨機応変に行える。シルヴィを受け入れる用意もできるだろう。
幼年院の卒業生からも、優秀で、意欲のある者を進学させようと考えている。
シルヴィはとても賢いし、良い子だ。幼年院でも人気者だしね。
だけど、まだもう少し……色々を経験させてやっても良いかなって」
体調管理にひときわ気を遣わなければならないシルヴィは、皆と同じように幼年院に通うことはできなかった。
だから、行事ごとだとか、体調の良い日、環境を整えられそうな状況の時だけ、顔を出した。
それだけでもシルヴィは楽しそうにしていたけれど……本当はもっと、ずっと沢山に、関わりたかったはずだ。
俺の言わんとすることを、クロードは察したようだった。
幼い頃から長老の妄執に囚われ、隠されて育ったシルヴィ。
七歳でやっと自由を取り戻し、セイバーンに来てようやっと親子三人で、三年共に過ごした。
だから今度は、シルヴィにもっと、自分で選ばせてやってはどうだろうか。自分の未来を……。
やりたいこと、気のおけない友達、やりがいのある職務、そんな将来を夢見ても良いと思う。色んなものを得られる可能性を、彼女は持っている。
「歳の近い子らと、わいわいやる時間ってさ、また別格なんだよな……。
俺はそれがとても楽しかったし、得難い経験だった。あれがあったからこそ、今の自分があると思ってる。
シルヴィにも、そんな時間を持って欲しいなって思うんだ。
もう……貴族女性はどこかに嫁ぐ未来しかない……なんて時代じゃなくなってくる、それを俺たちが作る。
だからね……シルヴィの将来を、シルヴィが決めても良いんじゃないかなって」
「将来…………」
考えたことがなかったという表情のクロード。
白の病のため、シルヴィは人より当然、身体が弱い。
だから遠い未来なんて……命が続くか分からない未来なんて、考えないようにしていたのかもしれない。
だけど、願い、夢見ることは、力になると思うのだ。
「今すぐどうこうって話じゃないから、シルヴィと一緒に、考えてみてもらえるか?
別に断っても構わないんだよ。ただ、選択肢の一つとして言っているだけだから。
でも、色々から選べる方が、きっとシルヴィも、楽しいだろう?」
そう言うと、クロードは戸惑うように、口角を持ち上げた。曖昧に笑うその顔に、ちょっと早かったかなと、少し後悔。
クロードにとってシルヴィはまだ三歳くらいの感覚なのだと思う。奪われて得られなかった七年は、それだけ大きかったのだ。
シルヴィを手放すなんて考えられない彼にとって、俺の提案は、あまり喜ばしいものではなかった。だからその反応なのだろう。けれど……。
子供の成長は早いから。
これは、いつかシルヴィが羽ばたこうと思った時、意味が出てくることだと、思うんだ。
想定していなかった俺の言葉に、可能性すら考えていなかったための反応……。クロードは、シルヴィの手を離すことなど、欠片も予定していなかったのだろうな。
貴族の、しかも公爵家の者であるシルヴィだ。学ぶことは一通り、年齢以上のことを既に身につけている。だから、これ以上を学ぶ必要なんてきっと無い。
だけど、俺が与えたいと思っているのは、知識じゃないからね。
友を作る時間……。身分の隔てなく、可能性を得る時間を、与えてやりたいのだ。
幼年院はあくまで基礎的なことを身につける場だ。職人として覚えておいて損はないこと。必ず必要になることを教える場。
だけど、それ以上を目指す者には、まだ全然足りない……。
実際騎士を目指したいトゥーレは、幼年院を卒業しただけでは騎士試験すらままならない。そこに挑むだけの力量が備わっていないのが現状だ。
剣術や馬術、兵法のような、専門的知識や、より広く深くを求められる教養や……。そういった、幼年院で学んだこと以上を学ぶ機会が、アヴァロンにはまだ無い。可能性すら存在しない。だけど……せめて何かひとつ、切っ掛けとなるものくらいはあって良いのではないか……。
だから、サヤの国の学問所のように、段階を追って教育機関を変えると言う手法を、取り入れられないかと考えたのだ。
もっとを目指す者に、挑戦させてやりたい。そこまでと諦めないでほしい。更なる一歩を踏み出せるよう、背中を押してやりたい。
そしてそこには、もうひとつの目的もあった。アヴァロンをこれからも維持していくために必要な人材を、育てるために。
職人をどれだけ育てても、皆が己の職種のことだけ考えていたのでは、素晴らしい品は出来上がらない。
重要なのは情報の共有。自分たちにとって何気ない……当たり前のようにある技が、他の業種にとっては違う意味を持っていたりすることが、多々あるのだ。
本来は扱わない品を部分的に取り入れたりすることで、今までできなかった事ができるようになったりもする。
その試みが実を結んだ代表例が、車椅子だろう。
布の座面で柔軟性を、木材の枠で軽量化を、金属の金具でそれらを繋ぎ合わせて、本来なら組み合わないものを結集させた。
それにより、車椅子は他に類を見ない、素晴らしい逸品となったのだ。
あれは、サヤとルーシーが仲介役となって話を纏め、作り上げた。違う分野の、全く接点のなかった者たちと、お互いの技と知恵を出し合って。
その仲介役となれる者を育てる段階に、我々はもう到達していると、俺は判断している。
多くの知識を、広い目で見渡せる人材。今はマルやサヤがいるけれど、二人だけでいいはずがない。
特別でなければ務まらないような、そんなものでは困るのだ。人材をちゃんと育てられなければ、維持はできない。
「離宮建設と合わせて資料館を作るだろう? そこに勤める新たな職務を今、考えているんだ……。
我々地方行政官は、無償開示品の選定のために色々を集めているけれど、それ以上に雑多な知識がここには山と集まる。
それらをただ遊ばせておくのは申し訳ないし、もったいないよ……。今は使わなくても、将来必要になるかもしれない。
そういった山のような知識を管理するための専門職を作れないかとね」
急に何を言い出したのだろう? という表情のクロード。
まあ、そこにシルヴィが関わるのかってことだよね。うん、関わってはどうだろうかって、思ったんだ。
「つまりね、その学習院でより高度なことを勉強した子らを、将来資料館の管理職へと育てたいと思ってるんだよ。
この管理職、庶民からも選出したいけれど、貴族からも募りたいんだ。色々な立場から、色々な視点で物事を吟味する必要があるから。
そのために……学習院にいるうちから、交流を持たせたい。そうすることに大きな意義があると、俺は思ってる。
少数の子らを専門的に育てるわけだから、環境整備はもっと臨機応変に行える。シルヴィを受け入れる用意もできるだろう。
幼年院の卒業生からも、優秀で、意欲のある者を進学させようと考えている。
シルヴィはとても賢いし、良い子だ。幼年院でも人気者だしね。
だけど、まだもう少し……色々を経験させてやっても良いかなって」
体調管理にひときわ気を遣わなければならないシルヴィは、皆と同じように幼年院に通うことはできなかった。
だから、行事ごとだとか、体調の良い日、環境を整えられそうな状況の時だけ、顔を出した。
それだけでもシルヴィは楽しそうにしていたけれど……本当はもっと、ずっと沢山に、関わりたかったはずだ。
俺の言わんとすることを、クロードは察したようだった。
幼い頃から長老の妄執に囚われ、隠されて育ったシルヴィ。
七歳でやっと自由を取り戻し、セイバーンに来てようやっと親子三人で、三年共に過ごした。
だから今度は、シルヴィにもっと、自分で選ばせてやってはどうだろうか。自分の未来を……。
やりたいこと、気のおけない友達、やりがいのある職務、そんな将来を夢見ても良いと思う。色んなものを得られる可能性を、彼女は持っている。
「歳の近い子らと、わいわいやる時間ってさ、また別格なんだよな……。
俺はそれがとても楽しかったし、得難い経験だった。あれがあったからこそ、今の自分があると思ってる。
シルヴィにも、そんな時間を持って欲しいなって思うんだ。
もう……貴族女性はどこかに嫁ぐ未来しかない……なんて時代じゃなくなってくる、それを俺たちが作る。
だからね……シルヴィの将来を、シルヴィが決めても良いんじゃないかなって」
「将来…………」
考えたことがなかったという表情のクロード。
白の病のため、シルヴィは人より当然、身体が弱い。
だから遠い未来なんて……命が続くか分からない未来なんて、考えないようにしていたのかもしれない。
だけど、願い、夢見ることは、力になると思うのだ。
「今すぐどうこうって話じゃないから、シルヴィと一緒に、考えてみてもらえるか?
別に断っても構わないんだよ。ただ、選択肢の一つとして言っているだけだから。
でも、色々から選べる方が、きっとシルヴィも、楽しいだろう?」
そう言うと、クロードは戸惑うように、口角を持ち上げた。曖昧に笑うその顔に、ちょっと早かったかなと、少し後悔。
クロードにとってシルヴィはまだ三歳くらいの感覚なのだと思う。奪われて得られなかった七年は、それだけ大きかったのだ。
シルヴィを手放すなんて考えられない彼にとって、俺の提案は、あまり喜ばしいものではなかった。だからその反応なのだろう。けれど……。
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