異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

文字の大きさ
977 / 1,121

終幕 12

しおりを挟む
 悔しかった……。
 獣人を……人の感情をなんだと思ってる。
 こんな風に使われて良い命なんて無い。どんな生まれだろうが、悪人だろうが、弄ぶみたいにして良いはずがない……っ。

 だが腹を立てたところで……。現状では、その人物の容姿すら、俺は知らない……。
 この人物は、俺を殺したいと思っていて、サヤをも殺すつもりなのだろう……悪魔呼ばわりも、その演出。
 ここに来て、サヤを狙う目的が、殺す方向に変更されたことが気になったけれど、どうせ考えたところで答えは出ないだろうし、そもそもそれを許すつもりはない。

 このまま進んで通れるのは、先細りの道……来世への旅路だけだ。

 そんなことは、あってはならない。サヤを、獣人らを、好き勝手になんてさせない。
 この人物の裏をかくなら、どうすれば良い?
 あるはずだ。
 おおよそのことは想定されて、布石を打たれていると思うけれど、どうせそこを抜け出さなければ、俺たちはきっと同じ末路を辿る。
 この人物を出し抜く以外、勝機なんてきっと無いんだ。

 だから追え。この人物の考えることを追求しなくてはいけない。
 こいつの思考をなぞることには嫌悪感しかないけれど、俺は更に心を寄せるため、その思考を模倣する……。

 人に期待などしていない……。
 裏切られた人間の心理だって知り尽くしている。
 それが組織であれば、尚のこと融通なんてきかない。
 だから……。
 揺さぶるために、乱すために何をしよう……。どうすれば苦しむだろう……。そしてそれが結果的に、俺の利益になる……。

 反吐が出るような思考を辿り、行き着いた結論……。

「ウォルテールを、助けよう」

 そう言うと、アイルは表情に苛立ちを滲ませた。

「馬鹿な!」

 逃げる手段すら確実に得られたとは言い難いのに、何を言うんだ……っ。焦ったそんな表情。

「何故裏切り者を⁉︎ その危険を冒す意味がどこにある!」

 だからこそ。
 だからこそだと、俺は思うんだよ。

「この人物はウォルテールをこのままにしないよ……。
 きっと、効果的に演出して処分する……俺たちの知らない悪行やら罪やらを、ウォルテールや俺たちに押し付けて、サヤを悪魔に仕立て上げて、大災厄の再来を演出する。
 神殿と貴族を担ぎ出してきたのだから、元よりそうするつもりで仕掛けてきてる。
 だから、ウォルテールを死なせないことで、一つ裏をかけると思う。これ以上好き勝手されて……奪われてたまるか!」
「そうじゃない。助けたとしても、また裏切られる。あれは主の鎖に繋がれているようなものなんだぞ!」

 分かっているさ。
 でも、それを覆されるかもしれないなんてことは、こいつもきっと、考えてない……。
 絆なんてものに、価値など見出していないのだから。

「うん。だから、それを断ち切ってやろう。今ならそれも狙えるんじゃないかって、思うんだよ……」

 獣人の特性を考えれば、可能性はある。
 彼らは、命を賭けられたことには、命で報いようとするんだ。
 ウォルテールがサヤに心を許したのも、命を賭けてもらったと感じたから。新たな絆を刷り込む余地はあるんだ。
 それにウォルテールは今、主に裏切られ、気持ちを大きく揺さぶられている。
 だからここで俺が命を賭ければ、彼の刷り込みを上書きすることができれば、今の主からウォルテールを奪い取れるのじゃないか。
 だって……俺は似たことを、前にも経験してるんだ。

「そうですね。私もそれが切っ掛けでした」

 静かな口調で、無いと思っていた肯定が返った。

「私にも……強い縛りがありました……。
 けれどあの時から……短剣を突き刺した私に、貴方が、大丈夫だよ、と……。
 そう言われた瞬間から、何かが変わった気がします……」

 それまで静かに見守るだけだったハインが、きっとこの会話には加わってこないだろうと思っていたのに。

 彼にとっては、思い出したくない過去。
 俺を傷付けたことを、ずっと後悔しているから、触れてこないと思っていた。
 視線をやると、ハインはやはり後悔を滲ませた瞳を、揺らめかせていたけれど……。

「私が命も取られず捨てられたのは、獣人としての気質が強く出ていたからでしょう……。
 どうせ野垂れ死ぬと分かっていた……。
 まさか、私を命懸けで守ろうとし、赦す存在が現れるだなんて、あそこの誰もが、想定していなかった」

 何かに抗うみたいに。普段ならば踏み込まない場所に、見ない場所に、踏み入ろうとするかのように。
「私すらそう思っていましたからね」と、そう言い苦笑して、ハインは、諦めたように息を吐いた。

「…………ふっ、ウォルテールの血が濃いのも……そうなるべく創られたから……。
 獣人として、知るべきことを何も知らなかったのも……あそこに獣人としての尊厳など無いから……。
 見ていて妙に苛立ちを覚えたのも……あそこの残り香を、感じていたからか…………」

 独白するみたいにそう言い、最後、ハインは吐き捨てるように言った。

「獣人の生態を熟知して飼育している場など……私の古巣くらいのものでしょうね……」

 やっぱりそうだよな。
 ならやはり、神殿と狂信者は繋がっているのだろう。
 確信を強めた俺に、ハインはまた溜息。

「貴方は本当に、学習しませんね……」

 命を賭けるとはどういう意味か、まだ理解していないのですか? と、困った顔で。

「今ならそれも難しくない。
 どうせこの状況を切り抜けなければならない……命懸けだろ。それ自体が」

 簡単にここから逃してくれるはずがないんだ。きっと二重、三重に罠が仕掛けてあるだろう。
 なら、ひとつでも良い。掻き乱して、思い通りにいかないのだと、理解させてやろう。
 手玉に取られてばかりだと思うなよと、高らかに宣言してやろう。

 俺が本気であると当然理解しているハインは、困ったように俯いた。

「……ひとつ、訂正があります。
 ウォルテールが私がいたと同じ場所にいたなら、組織についての口外無用は、主からの命ではなく……」

 グッと眉間に皺を寄せて、抗うみたいにハインは呻いた。

「生まれた時から、刷り込まれるのです……。絶対に許されないことだと、刻み込まれる。来世が紙一重となるまで、追い込まれるんです。
 耐えられなかった者は当然死にます。だから、生き残れた者は、例外無く、口にできない……。
 ウォルテールに、情報源としての価値はありませんよ。たとえ一時的に主から奪ったとしても……また取り返される可能性だって捨てきれない……」

 ハインもまだ、その葛藤の中にあるのだ……。
 未だに過去を、元いた場所を殆ど語らないのは、口にする度怯えるのは、語れないからなんだな……。
 今言ったことすら本当は、口にできないことなんだ……。

 俺を主だと、魂を捧げるまでしたのも、過去以外の場所に拠り所を得たいという、必死の足掻きだったのかもしれない。

 ハインは、お供します。と、言った。
 俺がやりたいと言うことは、全て肯定する。俺が本心から望むことなら、叶える。全力で支えようとする。
 ハインは、その為に生きている……。

「……名を、呼んでやってください。
 あそこの獣人ならば、ウォルテールにも名は無い。割り振られた数字で呼ばれていたでしょう。
 だから、自分が誰かを、理解させてやることです。
 名を得て、それを呼ばれるということは、ほんの細やかなことですが……私にとって、身が震えるほどの喜びでした」
しおりを挟む
感想 192

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

幼馴染の許嫁

山見月あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。 彼は、私の許嫁だ。 ___あの日までは その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった 連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった 連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった 女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース 誰が見ても、愛らしいと思う子だった。 それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡 どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服 どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう 「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」 可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる 「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」 例のってことは、前から私のことを話していたのか。 それだけでも、ショックだった。 その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした 「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」 頭を殴られた感覚だった。 いや、それ以上だったかもしれない。 「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」 受け入れたくない。 けど、これが連の本心なんだ。 受け入れるしかない 一つだけ、わかったことがある 私は、連に 「許嫁、やめますっ」 選ばれなかったんだ… 八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

おばさんは、ひっそり暮らしたい

蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...