異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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少し前の話 1

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少し前の話をしよう。

 俺の意識がはっきりとし始めたのは、床が揺れなくなり……暖かい場所で休むことが、できるようになってからだった……。

 ある日目を開くと、馬車の幌ではない……丸い布製らしき天井が見えた。
 一部が開いており、空が見える。雪がちらついて見えるのに、暖かい……。
 そんなことを考えてぼーっとしていたら「あ、目が覚めました?」と、ひどく懐かしい、軽い声…………っ⁉︎

 慌てて身を起こそうとして、無い右手をつき、あるはずの掌が無い感覚の差と、傷口を押さえ付けてしまった痛みに悶え苦しんだ。
 それを見た声の主が慌てて身体を支えてくれ、それで、ようやっと、意識がはっきり覚醒したのだ。
 そうして視界に入ったのは、見間違いようもない、マルの顔……。

 まず思ったのは、生きてた……ということ。
 連絡も無く、戻れと指示したけれどなかなか戻らなかったから、ずっと不安だった。
 喜びで胸がいっぱいになったけれど、次の瞬間、自分が何をしてしまったのかを考え、気持ちが折れた。
 俺はせっかく……皆で築き上げたアヴァロンを、任されていたあの地を、最悪の形で出奔してきたのだ。
 獣人らを貶めて、より厳しい状況を引き起こした。俺のしでかしたことによって世の獣人らは、今まで以上の苦境に立たされてしまったに違いない。
 苦しんできた皆を、さらに苦しめる結果を招いた!

「すまないっ……全部、俺が、無駄にしてしまった!
 せっかくの皆の頑張りを、今まで耐えた日々を、全部……っ‼︎」

 なのにおめおめと、俺は生きている。
 頭を下げると、もう合わせる顔なんてなくて……っ。
 視界に入った一つきりの拳と、なくなってしまったもうひとつを見た。

 こんな……手首の先ごときでは、償いの足しにもならない……っ。

 あの時は必死だった。だけど俺は……生にしがみつく資格なんて、俺には、無かったんじゃないか……。
 サヤを悲しませたくない一心だった。だけどそれは、皆より優先して良いことだったのか。
 後悔で胸が張り裂けそうだった。
 なのにマルは、俺の肩をそっと押し上げ……。

「申し訳なかったですね……これは僕の責任です」

 神殿が何か仕掛けたようだということは、途中で察知したのだと。
 けれど、最速のオーキスをもってしても、間に合わなかった。気付くのが遅すぎたと……。

「ここに執着した僕がいけなかったんです。貴方じゃない。
 それに状況は聞きました…………あれは、相手が上手だった。
 貴方の甘さや優しさを全部、踏み躙るために、わざわざああしたんです。
 僕がそれを考慮してなかったのが悪い。可能性を当然、理解していたのに……貴方なら・・、あるいは……と。
 僕は、貴方が、獣人らを切り捨てられないと分かっていた。相手もそれを分かっていた。
 だからは、貴方を一番傷付けられる方法を、周到に用意し、実行したんです」

 マルは俺を責めなかった……。でもそれは俺にとって、余計に苦しいことだった。
 どう考えたって俺の失態だったのだと、俺自身が一番分かっていたから。
 だけどマルは、そこでそれ以上の言葉を続けず、俺をもう一度、ゆっくりと横たわらせ。

「まぁ、済んでしまったことは仕方がない。今はとにかく、休んで身体を労ってください。
 後の処理は僕がしておきますから」
「そんなこと言ってられる状況じゃない。
 皆の無事を確認しなくちゃ……アヴァロンから逃げたきた者たちも到着しているのか? それから、ロジェ村っ、こうなった以上あそこも危険なんだ、直ぐに……」
「いや、もう……もう大丈夫ですよ。気を抜いて良いんです。
 ここまで良く……辿り着いてくれたと、僕は本当に、本心思ってるんですよ。
 貴方を失わなくて良かった。貴方が生きててくださったから、僕らはまだ……絶望しなくて済むんです」

 にこりと笑って。言い聞かせるようにマルはもう一度「眠りましょう」と、俺の目元を手で隠した。

「休みましょう。貴方は今疲れているんです。もう少しきちんと休んでからでも大丈夫。どうかそうしてください…………」

 休むつもりなどなかったのに。
 俺はマルの力にすら抗えず、もがく程度のことですぐに体力を消耗し、また意識を手放してしまった。

「……ごめんなさい。僕に伝える勇気が、まだ無いだけです……」

 そんな風に言ったマルの言葉すら、耳に届かず……。


 ◆


 そこから更に十数日が過ぎた。
 俺は一向に体調が戻らず、前より意識が戻ることは増えてきたものの、まだまだ身体は、貪欲に休みを欲していた……。

 後になって聞いたが、旅の最中俺は、それなりに厳しい状況を行ったり来たりしていたらしい。
 まず出血しすぎていたことと、それにより体力も消耗していた。更にそこに、傷口をきちんと処置できない環境であったことが追い討ちをかけた。
 本来なら、四肢の切断等の重傷を負った場合、傷口を無理の無い範囲で縫合して、極力肉体への負担を減らす処置をするのだけれど、そんなことをしている余裕は無く、傷を無理やり焼いて潰し、出血を止めるという荒療治をせざるをえなかった。
 まぁそんな風に限界に追いやられた肉体は、生命を維持することだけに専念したのか、俺は意識を半ば無くしたまま、十日間以上をただ、眠っていたそう。
 うわ言のように死なないから大丈夫と返事をしていたようで、それは俺もなんとなく覚えているが、やはり記憶はあやふやだ。
 当然食事なんてできなかったから、保水液や汁物、時に果汁などを、喉に流し込むようにして無理やり与え、命を繋いでいたという話だった。

 意識を失うほどに失血した状態で傷を焼くというのは、そのまま衝撃で死にかねない行為で、だけどそれしか選択肢が無く、それは実行された。
 だから俺の体調がなかなか万全に戻らないのは当然。死の間際にいたんですよ。今もですからね! と、ユストには言われた。
 とはいえ俺はその記憶が半ば無い。とてつもない苦痛は確かに感じたと思うのだが、覚えていたくなかったのか……記憶は抜け落ちている。
 だもんだから、自覚も無かった……。
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