異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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反撃の狼煙 6

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 夜の会合は、わざわざ集落から離れた場所に移設した大天幕で行うことにしていた。
 獣人というものは人と行動基準が異なる。
 長や主がせよと言ったことが、己の命より優先される場合があるのだ。
 だから、長や主という立場の者が、まず話し合うべきだった。
 特に今回は、この荒野を統べる三つの群れの主が揃い、荒野全体に起こることを話し合うのだ。意思統一をしておかなければ、無駄な命を消費してしまいかねない。

 それに俺は……こうせよ……と、ただ命を捨てなければならないようなことを、命じたくなかった……。
 獣人らの習性は理解しているが、だけどそれは……意思を持たないからではない……。

 かつて、群れという単位で生きる獣人は、狩れる命の数で、生きれる人数が決まっていた。
 だから本能的な部分で、それを調整していたのだと思う……。

 年寄りがいないというのは……役に立たなくなった者から、消費されるということだ。
 生かす価値が、死なせる価値より下回った時に、消費される。
 若い命を生かすために。この先に種を繋げるために。
 本来ならそれが自然の摂理。種を繋げる上では正しいことなのだろう。

 だけど交配種おれたちは、もう人だ……。

 人と交わり、人の社会を作っている以上そうだ。農耕民族と混ざり、狩猟民族としてならばあり得ない規模に数を増やした。
 もう、狩猟民族としての本能は、然程必要とされなくなっている。だからこそ本能に従うことではなく、精神の制御を求められるようになったのだ。
 種がその生き方を選んだ以上、狩猟民のこの形は、ここでの正しい生き方ではないのだと思う……。
 そういう生き方を自ら選ぶならば良いのだ。自らそうあることを望み、そう生きることを選ぶなら、それは彼らの自由の形。
 だけど……情報を与えず、その生き方しか許さない今の形は、間違っている。

 そして何より、若い命を本人の意思とは無関係な場所で、当然のように消費しようとする神殿のやり方は、種の存続の上でも、人道の上でも間違っていると思う。

「お集まりいただき感謝します。
 この会合を望んだ者、名はレイシール・ハツェン・セイバーンと申します。南の地の男爵家を統べる者でした。
 しかし今、私のかつての立場は関係無い……。
 現在、この荒野に争いの火種が迫りつつあります。そのため、貴方たちの協力を得たく、お願いにあがりました」

 そう言い頭を下げるが、反応は無かった。

 天幕の中にいるのは、リアルガーとその群れの長たち。西の狩猟民の主と長の代表者。そして近くにいたという、東の狩猟民の主と長の代表者。
 主にこの三つの群れの主が、狩猟民の束役となる主であるという話だ。

 俺の側には、左後ろにサヤ、右後ろにマルが座していた。
 一応天幕の外にある控えの天幕に、オブシズたちも待機しているけれど、呼ぶ予定は無い。

坊主リアルガー、お前何を囲ってやがる……」

 まずそう言ったのは、東の主。この中では一番の年長者であるだろう。それでもまだ四十代前半といったところかな……。
 獣の特徴が強い。耳だけでなく後頭部から首周りまで、体毛に覆われたような形だが、顔は人に近い……身体の背中側に獣人の特徴が強く出ているのかな。

「東の。わっぱがかぶれとるのは今に始まった事ではない」

 そう言ったのは西の主。女性だった。
 獣人女性は肉感的な肢体をしている人が多くて視線のやり場に困る……。あれだけ着膨れてても胸がものすごいと分かる……。
 リアルガーを童扱いしているが、彼女だって歳は若い。ローシェンナより少し下かな……くらいの感じだ。

「こいつは貴族だけど変わり種なんだよぉ。
 なにせ獣人を領地に住まわせ、あまつさえその獣人を庇って立場を追われてここにいるんだ。
 それを頼むと姉貴に言われちゃなぁ」

 リアルガーのその言葉で「だから言わんこっちゃねぇ」と、東の主が舌打ち。

「群れを外れた奴の尻をいつまで大事にしてんだよぉ」

 すかさず西の主が叱責を飛ばした。

「姐さんをそんな風に言うな。誰のおかげであんたの群れが今日まで生き延びてると思ってるっ⁉︎」

 成る程。ローシェンナはリアルガーと西側にも影響力があるようだ。東にも恩は売っていると……。

「図々しいこいつが全部悪いんだよ……あのマルクスちびだろどうせ……ほんっと頭に来るったら……っ」
「おいおい、姐さんの命の恩人なんだろぉ、そのクソチビもよぉ」

 クソを盛られたな……。

「うちの得意先なんだから……そんな風に言わんでやってくれ。あんたらどちらも、その恩恵は受けているよな?」
「ついでに僕も所詮は使われる身でしてねぇ。
 貴方がたにその恩恵をもたらしていたのはこの方です。僕はあくまで仲介役です」

 西の主が向けてくる殺気をあっさり俺に譲ってくる家臣ってどうなんだろうなぁ……。

 そう思ったものの、この交渉の席に立つと決めたのは俺だから、いまさら弱音は吐けない。
 やっと俺を認識しましたといった二人の主に、ペコリと頭を下げた。一番年下なのは俺だし……まず俺という個を認識してもらうには、必要な手順だったんだろう……うん、そう思おう……。

「はぁん? このお貴族様がか」
「貴方がたが大変気に入ってらっしゃる橇。あれの秘匿権所持者がレイシール様です。
 そしてそれを無償開示品にしたのもこの方ですよ。
 ついでにこの地に迫る危機を、貴方がたにお伝えしようという……本当に慈悲深き方なんです」
「あんたが何言っても胡散臭さしか無い……。
 それより、姐さんはどこにやったの。あたしは姐さんに会いに来たんだ、あんたに用は無いんだよ」
「任務中なんでいませんよ」

 そう言うと、西は一気に爆発した。

「あンだとゴるぁ⁉︎」
「重要な任務なんですよ。なにせ荒野の獣人全て……ひいては国中の獣人の危機です。
 その命が脅かされるとあっては、隠居者も寝てられませんよ。
 だからどうか、ローシェンナを思うならば、我が主の言葉をお聞きください。この方はローシェンナの主でもあるのですから」
「じゃあさっさと話しな!」

 そうは言うものの、西の顔は全く俺の声を耳にする気が無いようだった。
 しゃべりたいなら勝手に喋れ。そしてさっさと終われ。態度の意味はそんなところだろうか。
 まぁ人の言葉を聞く気になれないという気持ちは分かる。人と獣の関係というのは元来そうであるし、俺はよりよもよって貴族。言うなれば天敵だ。
 でもだからこそ、ローシェンナが俺をここに連れてきたことを無視できない。本当は強く興味を持っていた。

 だけどその意味を知ろうとしているなんて俺に悟らせたくない。そう考えた上での演技。
 粗野な態度を取っているけれど、この二人は群れの主。皆を指揮するために、意思の制御が必要な立場だ。

「聞く気になったならおっしゃってください。
 いつまでも待ちましょう」

 そう言いにこりと笑って見せると、西は怒りの姿勢を一瞬だけピタリと止めた。

「ぁあん、なんだって?」

 改めて人を殺しそうな顔で見下ろしてくるが、先程と違って殺気は無い。俺の様子を確認したい意識が先に出ている。
 だから一応、説明しておくことにした。

「私を値踏みする時間は、貴方がたが求めるだけ用意しますという意味です。
 一通り試すべきなんでしょうから、どうぞそのまま演出を続けてください。
 ただ私は……獣人の特徴等についてはある程度知識があるので、あなた方の演出が演出だと理解してしまっている。
 なので申し訳ないのですが、あまり効果は望めないと思いますよ」

 そう言った横手でブワッと殺気が膨れた。
 反応はできたけれど、それよりも速く動いたのはサヤ。
 一瞬で俺と東の間に身を捩じ込み、腰を落として腕を構えた。
 そしてその速度は東の想定より速かった。

「…………どういうことだこりゃ」

 東が握っていた短剣の先が、若干曲がっている……。ねじれているというべきか……?
 ……訂正だな。身を割り込ませただけじゃなく、その間に一手加えていたようだ。

「申し訳ありません……。殺気が本物でしたので、咄嗟に……」

 東の疑問についつい謝罪してしまうサヤ。
 本当は短剣を握る手を狙ったのかもしれない。
 だけど途中で東は動きを止めたため、剣先が被害を受けたのだろう。
 多分刃の腹を拳で殴り曲げてしまったのだろうけれど……。

「どっちも反応できてたね」
「にしたってなんで刃が曲がるんだよぉ?」
「衝撃は?」
「あったと思うが……その程度のもんだぜ」

 それまでの態度がなんだったのかというほど、ストンと表情から警戒を失くした東西の二人。

「まぁ手首がねぇんだ。何かしらは経験してんだろうとは思ってたが、素人さんじゃねぇ貴族か」
「思ってたより肝は座ってたね……。
 私らを駒程度に考えて使おうってんならシメてやろうって思ってたんだけど」
「まぁ、獣人庇って手首落とすくらいには、修羅場を潜られた方ですよぅ。これでご納得はいただけましたかねぇ?」

 やんわりと言ったマルのその言葉で、俺試しは一応終わったよう。

「改めて名乗ろう。東のルドワーだ」
「西のヘカル」

 名乗っていただけたということは、俺は一応、お眼鏡に叶ったらしい。
 これでようやっと、交渉の席に着けたということだった。
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