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後日談

家族 2

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雪もちらつくことが多くなりました。
祝詞日を控え、本日は学びの会。

「お姉様が来てくださるなんて、嬉しいです!」

満面の笑顔のシルビア様。

「無理をお願いしてしまいましたから……。引き受けてくださってありがとうございます、シルヴィさん」
「お姉様のお願いなら、私頑張ります! それに、陛下も白い友ですから、尚のことですわ」

ふんわりと笑うシルビア様は、本当にお美しくなられました。
真っ白いお髪を一部だけ結われ、女中のように簡素な服装をなさっておいでなのですが、華がある……と、申しましょうか。
公爵家の御令嬢には似つかわしくない衣服を纏っていてすら、貴婦人であることを疑う余地はない。というくらい、可憐であられます。

「お兄様も、公務は大丈夫なのですか?」
「この日のために必死でこなした」
「まぁ!」
「クロードもそろそろ帰ると知らせが入ったからね。それを手土産に遊びに来たんだ。菓子もほら」

そう言いレイシール様が差し出したカゴに入っていたのは、これまた白い塊です。
サヤ様とお二人で作られたメレンゲクッキー。マヨネーズの大量生産により卵白がとても余りましたからね。
これも絶対手伝いたいと、必死で仕事を頑張りました。
まぁ、この方は絞り袋に入れられたメレンゲを絞っただけですが。

「祝詞日の準備も進んでいるのですね」
「今年は婚姻の儀もあるからな。陛下のご出産は早まったが、越冬の楽しみが増えたようなものだよ」

そう言うレイシール様の太ももに齧り付くお子の姿……。王子です。
ヴェネディクト様が一子、ジルヴェスター様が二子。因みに姫君はローザリンデ様と名付けられました。彼女は生まれたてですからお留守番です。
本日はルオード様もお留守番で、陛下と姫君とで過ごされるよう。
その間のお守りを仰せつかったのがレイシール様。なんと、孤児や平民の参加するこの学びの会へ、王子を二人とも連れ出して参りました。
供は私とウォルテール、そしてシザー。
サヤ様はメイフェイアと新たに武官見習いとして召し抱えたばかりの者を連れております。
対し王子らは供を持っておりません。本日は王子ら二人だけでお越しです。
そしてこの学びの会にはもう一組、レイシール様が招いた者らがおりました。

「お久しぶりでございます」
「そうだな。飛び回るようになってなかなか顔が見れなくなった。
元気かい、ロゼ」
「恙無く過ごしております」
「そうか。レイルとサナリも大きくなったな。カロンもちょっと見ない間に随分とお姉ちゃんになった」
「カロンおねえちゃん?」
「なってるよ」

そう言うと、むふーっと満足そうな顔になったカロン。褒めてもらえて嬉しいのでしょう。
もう五歳を過ぎているのですが、出会った当初のロゼを彷彿とさせられますね。
レイルは相変わらず犬のようなのですが、ちゃんと衣服を纏っておりまして、それがなんとも可愛らしく見えるためか、周りの子らは興味津々です。

この中で一番変わったと言えるのは、やはりロゼでしょう。
天真爛漫だった頃がさほど過去ではないと思うのに、寡黙になりました。
まだ十三という若さで仕事をしております関係で、しっかりしたということではありません。
環境が……彼女をこうしたのです。

「レイルも今日はかっこいいじゃないか! サナリとお揃いにしたんだな」

そう言うと、尻尾がわっさりと動きます。
レイルは随分と大きくなりました。サナリの倍ほどの大きさです。
この子らは来年より幼年院へ来る予定なのですが、まぁ……レイルは見た目がこれですからね。どうするべきかと検討中。
サナリとお揃いの色の短衣と袴を纏っているのは本当に可愛らしいのですが、大型犬ほどもありますから子供らは遠巻きにしております。

「おいで」

そう言うと、レイルはタッとレイシール様に駆け寄りました。
それにびっくりした王子らが、慌ててサヤ様の袴後ろに避難します。
レイシール様に首を擦り付けて親愛の証を示すレイル。レイシール様はくすぐったそうにですが、それを受けております。
レイルの尻尾を追いかけてきたサナリにも腕を伸ばし、同じように。カロンもーっと駆けてきたのを抱きとめて。

「王子、これは獣人の仲良しの挨拶です。幼いうちにしかしないそうなのですけどね」

立ったままのロゼを見て、残りの二人と一匹を見て「じ、獣人……?」と、絞り出された声。

「彼らは皆姉弟です。ホセとノエミの子らですが、血が濃く出たレイルはこの姿で生まれました。
双子のサナリと姉のロゼは特徴を持っておりませんが、カロンは尻尾がありますね」

袴の中に仕舞い込んでいるのですが、ありますね。尾から背中にかけて体毛が生えているとのこと。
とはいえ細袴の男子と違って女性の袴はゆったりと広がるため、尻尾を出す穴を空けるよりしまう方が邪魔にならないよう。
ウォルテールの尻尾と脚にも慄きつつ興味津々だったお二人は、でもやはり怖いのかサヤ様から離れません。
他に招かれている子供らも、やはり部屋の端っこの方に固まっております。
その中で動いたのはシルビア様でした。

「ロゼッタさんは嗅覚師としてのお仕事もされているのですってね。
私たちが越冬を安心して過ごせるようになったのは、貴女や獣人の方々の尽力のおかげだと伺っておりますわ。
越冬中のおいしいお野菜、ありがとうございます。
それと、私の記憶違いではなかったらですけど……前、お話ししたこと、ございましたわね?」

その言葉にハッと顔を上げたロゼ。

「水合戦の時ですわ。私に手拭いを持ってきてくださったの。
真っ白で綺麗ねって、そうおっしゃってくださったの、覚えておりますわ。
私、この病で陽の光を毒としておりますから、あまりああいった場には赴けなくて……。あの日も無理を言って参加しましたの。
とても楽しかったのですけれど、王家の白をどうしても連想してしまいますもの。皆様遠巻きにされる方が多くって。
だけど貴女は、真っ直ぐに来て、お声を掛けてくださったわ」

そんなことがあったなど、耳にしてはおりませんでした。
レイシール様も初耳なのでしょう。視線をシルビア様に向けておられます。

「私の病、獣人の方々と仕組みが同じだと聞いております。
血の中の要素が重なると表に出てくるのだって。
でも多かれ少なかれ、誰もがその要素を身に宿しているのだと、お父様にもお聞きしましたの。
だから今日は、お友達になれるかしらって、とても期待しておりました。
あの日のお礼も言いたくて……」

いつも明るく朗らかにされておりましたシルビア様。
でもやはり寂しさ、悔しさは日々感じてこられたのでしょう。それでも、病なのだから仕方がないと、己に言い聞かせていたのだと思います。
その中でもたまに、こういった出会いがあり、彼女を救っていたのです。

「陽の光の中に立てない私ですけれど、どうかお友達になってくださらない?
それとも、こんな私は怖いかしら……」
「め、めっそうもない! 怖いだなんて……っ」
「本当? 嬉しいわ!
病だと分かってからは、触れれば移るのではって心配される方もいらっしゃったのだけど、血の病だから移らないわ。安心なさってね」
「う、移るだなんてそんなこと心配してません!」
「獣人の方にも同じようなことをおっしゃる方がいるのを耳にしていますわ。
ですから私、仕組みは同じですから、私に触れたら白も移るのかしらねって言ってやりました。
すごく慌てて否定されてらっしゃったわ」

くすりと笑ったシルビア様に、ぽかんと口を開くロゼ。
こんな妖精のような方が意地悪を言うのかと驚いたのでしょう。

「私、お兄様とお姉様が大切にしてるものが大好きなの。
それが私を檻から出してくれたし、家族で過ごせる時間をくださったわ。
ウォルテールも大好きよ。狼の姿もとても好き。私と色がお揃いなのも好きな部分よ」

そう言うと、ギクリと身を引いたウォルテール。
…………そういえば、色合いは似ておりますね。

「狼の姿にはあまりなってくれないのだけど、毛並みがふかふかでとても気持ち良いのも知ってます。
だからレイルさんにも触れてみたいわ」

…………これは、よもや。
個人的にお会いしていることがあるということでは?

「でもレイルさんはサナリさんの片割れですから、サナリさんが許してくれないとダメなのだって、お兄様に伺っておりますの。
ですからサナリさん、私、サナリさんとも仲良くなりたいの。もちろんカロンさんとも」

力説するシルビア様に、姉弟はぽかんとした様子です。
こんなふうに大歓迎を全身で表現する高貴な方は初めてでしょうからね。
レイシール様が例外的とはいえ、獣人を受け入れる芽は知らず知らずのうちに育っているよう。

「カロンもおねえちゃんのかみさわってい?」

真っ先にこてんと首を傾けてそう口にしたのは、カロンでした。
びっくりしたロゼとサナリが失言をしたカロンに視線を向けますが。

「良いわよ。どうぞ触って」

満面の笑顔で両手を広げたシルビア様に躊躇なく近付き、手を伸ばしました。

「ほんとにまっしろ!」
「そうなの。でも、陛下の白とは少し色味が違うのよ」

その言葉にピクリと反応したのは王子ら二人。

「私ほんのちょっとだけですけど色の要素を持っているのですって。
ですから、瞳に色がありますの」
「は、母上も、色はある。紅色だ」
「そうですわね。ですが陛下の瞳の色は、厳密には色の要素が持つ色ではないそうですわ」
「……そうなの?」
「そうですね。陛下の瞳は血流が透けて出ている色ですから、本当は透明無色だそうですね」

レイシール様が加えた補足に、ぽかんと顔を上げる王子。
そんな様子を見てシルビア様は、そうだわ! と、手をパンと打ち鳴らし、満面の笑顔でおっしゃいました。

「本日の学びの会は、皆さんと仲良くなるための親睦会に致しましょう。
私、獣人の方々のお話も聞きたいですし、この白についても話しますわ。
それから、お姉様の黒い髪のお話もお聞きしたいの。
皆さんも、興味があるかしら?」

その言葉が向けられたのは、部屋の隅に固まる子供らです。
公爵家令嬢の学びの会に参加している子らですから、親の意思で送り出されている者もいれば、病を気にしない者、純粋に学びのために来ている子と様々でしたが、基本的に物怖じしない子らです。

「お茶をしながら色々お話ししましょう。
特別なお菓子もいただきましたもの」

お菓子の誘惑もあり、その後は自然と近寄り、話に加わりだしました。
子供というのは短慮で突発的です。ですがその分、柔軟でもあります。ひとつ、ふたつ言葉を交わせば、後は自然と触れ合うことができました。

「越冬中は幼年院と孤児院の広場を解放するよ。
橇滑りをしにくると良い。大きな雪山を作るから」
「お兄様、今年も孤児院は小さき子らの遊び場になさるの?」
「うん、するよ。皆で見守る方が何かと良いしね。獣人らの中からも、狼になれる者が遊び相手になってくれる」
「私も行けたら良いのに。いっつも羨ましいの」
「シルヴィは雪原に出るのは厳しいもんなぁ。陽の光の毒もだけど、眩しすぎるのだよな」
「そうなのよね。この病はとにかく光が眩しいの」
「今年からレイルたちは幼年院の広場に入れるが、どちらに来ても良いよ」
「…………」
「レイルは優しいなぁ。今年も手伝ってくれるのか?」
「お兄様は、どうやってレイルと言葉を交わしているの?」
「ん? ……主に仕草かな。なんとなく雰囲気で話してるけど、多分合ってるよ」

領主と白き乙女の会話を大人が見れば、それが意図的に加えられた情報の羅列だと気付いたことでしょう。
聡い子供ならば、違和感は感じていたかもしれません。
情報操作と言えばそれまでなのですが、レイシール様とシルビア様は事前に打ち合わせをして、流れをある程度作っておりました。
ですがそれはただ情報の羅列。子供らに興味を持ってもらうためのものです。

「領主様……、あの……動物とお話しできるのですか?」
「いやいや、できないよ。残念ながら馬や兎と意思疎通できたことはないな。
獣人の彼らは人の姿にもなるから答え合わせができるし、そうしてる間になんとなく覚えていったんだよ」
「この子も、人になるのですか?」
「レイルまだなったことないなぁ。でもそこのウォルテールは狼の姿になるからね」
「……僕、知ってます。冬、庭に行ったことあるから」

段々と会話に加わる子らが増えていき、レイルの人の姿を見たいという話になってきて、渋々代わりにウォルテールが狼姿を披露すると。

「ああっ、本当いつ見ても美しいわ!
私、ウォルテールの毛並みが一番好きよ」

と、シルビア様も大喜び。
毛を掻き分ければ傷だらけなのですが、それも気にしていないようです。
もちろん子供の中にはウォルテールがかつて暴れた話を聞く者もいたのですが……。

「あ、あの……助けてもらったことあります。
小さい時迷子になったって、もうあんまり、覚えてないけど……」

と、名乗り出る子もおり……。
獣人の長所も、短所も、レイシール様は隠しませんでした。
シルビア様も、病の質問に丁寧に答えておられました。

一つ困ったのは、サヤ様のお国のお話ですね。
こればかりは言えること、言えないことがございます。ですからサヤ様も、困り顔になりながら、答えられる範囲のお話をされておりました。
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