剣闘士令嬢

春紫苑

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一章

六話 初潮②

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 その後直ぐに、荷物を抱えた奴隷が走って来て、女性医師の診断を聞き、慌てて帰っていったわ。
 家に知らせてくれて、私のことは馬車が迎えに来てくれた。
 いつもは避けている大通りを、その日は通行人への配慮なんて放り捨て、馬車を走らせた。
 家の者にとっても、私が初潮を迎えたことはそれだけ重要事項だったのね。

 奴隷市場を突っ切ったけれど、まだ寒さの残る時期たというのに、あの独特の鼻に刺さる異臭は、やはりこの時も強く香ってきた。
 商人が怒鳴るような大声で、売り込みたい奴隷の特徴を述べていたわ。
 奴隷は首から、出身地や資質、気性や逃亡歴などが殴り書きされた木札を下げ、粗末な台に立たされていた。
 その体を鞭や棒、遠慮の無い手が、叩いたり、撫でたりして、質を確かめている……。
 自分と同じ形のものが品定めされている光景は、正直好きではなかった。

 角を曲がる直前、台の上に乗せられりにかけられていた裸身同然の少女と、一瞬視線が絡んだの。
 私と同じくらい……腰を頼りないぼろきれで覆っただけで、わずかに膨らんだ胸元や、細い手脚は剥き出しだった……。
 なんとなく視線を逸らしてしまったのは、何故でしょうね。自分でも……よく、分からなかったわ。

 家に帰り着くと、すぐに寝台に寝かされ、安静を言い渡された。
 やって来たお父様は、私の不祥事を耳にしても、この時は何故か怒らなかった。むしろ久しぶりに上機嫌で、大変喜んでくださったわ。
 怒られなくてほっとした私は、それがどういったことかまでは、考えが及ばなくて……。

 これで子が産める……。この時のお父様は、それを喜んでいらっしゃったのね。
 やっと私が、使える駒に育ったって、そう……。

「……次に学び舎へ行ける時、アラタにお礼を言えるかしら」

 やっと落ち着いて、寝台で横になったままそう呟いたら。

「お時間を作ります」

 そう返事が返ったものだから、驚いて顔を上げたら、少し距離が近くなったと、そう感じていた奴隷あのこだった。
 私の身の回りの世話をする奴隷は何人もいて、この子があの時の子だということも、意識しないまま呟いていたのに。

「時間を、作る?」

 そう聞き返すと、周りを気にするように視線を巡らせてから、私に身を寄せた彼女は。

「お帰りの前に、少し私……忘れ物を取りに行きますから」

 決意の表情でそう言ったその子に驚いてしまったわ。

「でも……それはあなたが困ってしまわないかしら?」

 そう聞いたら、奴隷はびっくりしたように、私を見た。
 そして視線が絡んだ時私……なんとなくだけど、この子と気持ちが通ったような気がしたの。

「あなたが鞭で打たれるのは、見たくないわ……」

 誰が打たれるのだって見たくないわ。怖い。痛いに決まっているのにあんなこと……。
 すると奴隷は、キッと表情を引き締めて。

「……では、また内緒にいたしましょう」

 唇の前に、指を立てて。

「内緒?」
「はい」
「……えぇ、そうね。それが良いわね」

 そう言って微笑むと、その子も笑ってくれた。
 私より、ほんの少し年上だったはずよね、この子……。

「……ありがとう。
 少し元気が出て来たわ」

 奴隷にお礼を言うなんて、変かしら?
 だけど私、なんだかそれが、当然のことのように思えたのだわ。でも……。

 ◆

 初潮を迎えてから、周りの私に対する扱いが、また随分と変わってしまった。
 特に貴族階級の殿方は、今まで以上に私の気を引こうとし始め、上位平民の子息方を牽制し始めた。
 そのせいでアラタやクルトと口をきけない日々が、まだ続くことが確定したの……。

 初めはどうしてそうなってしまったのか、分からなかった。
 でも、そのうちだんだんと、染みるように理解できてきたのは……。
 私が初潮を迎えたことを、皆さんご存知なのだわ……って、こと。

 それはそうよね。
 あんなふうに大騒ぎしてしまったのだから。

 本当なら、お母様や使用人たちが、こういった時期だということを考えて、醜態を晒さず済むよう立ち回るはずなのに私には……。
 もう、私のお母様はいらっしゃらなかった。
 母様はいるのよ? でも、私を産んでくださった方は、私を産むことで命を削り、亡くなってしまったの。
 そして更に迎えた妻、今の母様には大事な息子……私の弟が二人もいるものだから、私に気を回す余裕が無かったのね……。
 弟はまだ幼くて、目を離しておくなんてできなかった……。仕方のない、ことだったのよ……。

 苦しい日々だった。
 話しかけてくる殿方を、不快にしてはいけない。
 お父様に固く言いつけられているから、極力無作法のないよう、気分を害したりなさらないよう、言葉や行動に気を付けたわ。
 でもそうすると、その方々は私に近付こうとしてくるの……触れようと、腕を伸ばしてくる。

 なんだか嫌だった。
 気持ち悪いとすら思ったわ。
 今までこんなふうに感じたことなんてなかったのに。

 月に一度巡ってくる、七日間ほど続く出血の日が、待ち遠しいと思えるようになった。
 その間は学び舎に行かなくて済むのだもの。
 そしてそうしているうちに、女性の取り巻きたちの様子も変化していったわ。
 嫉妬……なのかしら。
 殿方に囲まれる私を、疎ましく思っているのが見え隠れするようになって、更に学び舎へ向かうのが億劫になったわ。
 彼女らには分からなかったのだと思う……。彼らが私に言い寄るのは、私がセクスティリウス家の娘であるからで、私個人を好んでいるわけじゃないのだって部分が。
 大変ね。人気者ねと私をおだてながら、内心で思っていることが真逆である人たちに囲まれるのが、こんなに苦しいことなのだって、今まで知らなかった……。

 他にも初潮を迎えている女性は多々いたのだと思う。定期的にお休みされる方は、意識してみればちらほら見受けられたから。
 けれど、そういった方々には、ちゃんと休む理由があったわ。
 お稽古ごとだったり、観劇だったり……家のご用事であったりね。
 血の巡りで休むのだとあからさまに分かるってとても恥ずかしくて、嫌なことだった。
 辛かった。
 でも、お父様の言いつけで通っていた学び舎だったから、辞めるなんてこともできなくて……。

 そんな、ある日のこと。
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