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一章
七話 はかりごと②
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「あれで良かった?」
「上々! 今後は何度でも同じ作戦が実行可能だ」
どういった意味か分からなかったけれど、掌を握りしめ、親指だけを立てるアラタ。
そのまま身を起こして「さーて、準備準備」と、敷物を隠すのに使っている木のうろに、手を突っ込んだ。
状況を理解できていない私は立っておくしかできなくて、その手をクルトはまだ、握っていたわ。
そして、そのまま引かれて敷物まで歩き……。
「どうぞ、サクラ。もう楽にして良いよ」
「……楽に?」
「ずっと苦しそうで、見ていられなかった……。
ごめんね、準備に手間取ってしまって……」
準備って、なんの準備かしら? と、考えたの。
公の場でああして振る舞ったからには、嘘ではないのでしょう。
私とクルトは、本当に婚約したのだと思う。
そしてそれをアラタも承知していたのね。
「僕がもう少し、普段からきちんとしていたなら、父上の承諾を得るのも、もっと早かったろう……。
こんなに長くサクラを独りにしなかったのに……ごめんね」
「……私のために、私との婚約をご両親に?」
「僕としても利点があった。サクラと僕が婚約すれば、お互い余計な柵からは解放される。
貴族や上位平民って立場で仲違いする必要もなくなるし、二人でいることが当たり前になれば、ここにだって来やすくなる。
エヴラールとゾフィも協力するって約束してくれたから、今度から逢瀬だって言えば、彼らは席を外してくれるよ」
また知らない名前。
でも、アラタが「んで、二人と落ち合うのは西の広場? そっからバレないか?」と聞き、クルトが「お遣いのふりができるよう、証文を渡しておいたよ」と言ったことで、誰のことかが理解できた。
奴隷二人の名前なのだわって。
今まで考えたこともなかった。奴隷の彼らに、名前があるのだってこと……。
どこか現実味のない状況に、半ば呆然としていたのだけど、そんな私をまた、クルトの瞳が覗き込み、そうして少し何か、逡巡するような素振りを見せてから……。
「婚約のことは、あまり難しく考えないで。
僕らはまだ若い。だからこのまま先が続くかどうかは分からないよ。
家の状況次第で解消されるだろうし、僕らの両親はまだ、お互い仮押さえくらいにしか考えていないはずだ」
それが聞けて、私、心底ホッとしてしまった……。
そして、クルトもそれが分かったのだと思う。
私の手を離して、微笑んだの。
どことなく残念そうに見えたのは……きっと、気のせいね。
そして二人が、ずっと私のために心を痛めてくれていたのだって理解したら、涙が堪えられなかった。
「あのね、私ずっと……ずっと謝りたかったの。
私、あの時……貴方たちのことっ」
「泣かないで。君は何も悪くない。
あの時だって、僕たちの名誉を守ろうとしてくれたって、ちゃんと分かっていたよ」
クルトが優しく肩を抱き寄せ、涙を拭ってくれたわ。
「だけど私、あれからだって!」
「ンなん……なんか言ったって火に油注ぐだけだったろ。気にすんな」
アラタもぶっきらぼうにそう言って、私の頭を少し乱暴に撫でてくれた。
私に触れてくれる二人の手。
それが嬉しくて、嬉しくて、幸せだった。
そして……。
「さっ、無事サクラの自由時間確保大作戦成功を祝し、ぱぁっといこう!
なんと今日は、夕刻までダラダラし放題だぞ!」
と、私の前に何かが差し出されたわ。
「……?」
木皿に入れられた、小さくて薄いパンのようなもの。干し果実や胡桃が入れてあるのかしら? ごつごつと歪な形をしていたわ。
「食ってみろよ。俺考案のクッキーもどき」
「くっきぃもどき?」
「美味しいよ。アラタの作ったクッキーモドキ」
アラタが作ったですって⁉︎
料理は奴隷の仕事でしょう⁉︎ って、慌ててしまったのだけど、二人は全く気にしている様子はなくて、まるで当然のことみたいなお顔。
女の私があまり口出しするのもはばかられるし……ちょっと困ってしまった。
「もっとふんわりサックリさせたいんだけどなぁ。
ここって重曹とかもねぇから、俺としては納得いかねぇ出来栄えなんだけど」
じゅうそう……って、何かしら?
「胡桃入りは初めてだけど、これ良いね。一番好きな味だ」
「だろ? 高いから滅多に使わねぇけど、今回はクルトが出資してくれたからな。
胡桃、蜂蜜、干し葡萄と全部買えた。今までで一番贅沢したわ」
「商売にすれば良いと思うよ。本当に美味しい」
「学び舎あンだから、そんな暇あるか」
軽口を叩く二人が本当に美味しそうに口にしてるそれ……。
はしたないかしら……とは、思ったのよ?
思ったけれど、アラタも食ってみろって……食べて良いって、言ったのだし……。
おずおずと指を伸ばしたら、二人は優しく微笑んでくれたわ。
大丈夫だと、態度で示してくれた。
だから二人の真似をして、私もそのゴツゴツした欠片を口の中に。
恐る恐る噛んでみたら……カリッという音と、胡桃の風味。そして甘味が口いっぱいに広がって……!
今までの人生で、一番の美味に巡り合ったの!
「上々! 今後は何度でも同じ作戦が実行可能だ」
どういった意味か分からなかったけれど、掌を握りしめ、親指だけを立てるアラタ。
そのまま身を起こして「さーて、準備準備」と、敷物を隠すのに使っている木のうろに、手を突っ込んだ。
状況を理解できていない私は立っておくしかできなくて、その手をクルトはまだ、握っていたわ。
そして、そのまま引かれて敷物まで歩き……。
「どうぞ、サクラ。もう楽にして良いよ」
「……楽に?」
「ずっと苦しそうで、見ていられなかった……。
ごめんね、準備に手間取ってしまって……」
準備って、なんの準備かしら? と、考えたの。
公の場でああして振る舞ったからには、嘘ではないのでしょう。
私とクルトは、本当に婚約したのだと思う。
そしてそれをアラタも承知していたのね。
「僕がもう少し、普段からきちんとしていたなら、父上の承諾を得るのも、もっと早かったろう……。
こんなに長くサクラを独りにしなかったのに……ごめんね」
「……私のために、私との婚約をご両親に?」
「僕としても利点があった。サクラと僕が婚約すれば、お互い余計な柵からは解放される。
貴族や上位平民って立場で仲違いする必要もなくなるし、二人でいることが当たり前になれば、ここにだって来やすくなる。
エヴラールとゾフィも協力するって約束してくれたから、今度から逢瀬だって言えば、彼らは席を外してくれるよ」
また知らない名前。
でも、アラタが「んで、二人と落ち合うのは西の広場? そっからバレないか?」と聞き、クルトが「お遣いのふりができるよう、証文を渡しておいたよ」と言ったことで、誰のことかが理解できた。
奴隷二人の名前なのだわって。
今まで考えたこともなかった。奴隷の彼らに、名前があるのだってこと……。
どこか現実味のない状況に、半ば呆然としていたのだけど、そんな私をまた、クルトの瞳が覗き込み、そうして少し何か、逡巡するような素振りを見せてから……。
「婚約のことは、あまり難しく考えないで。
僕らはまだ若い。だからこのまま先が続くかどうかは分からないよ。
家の状況次第で解消されるだろうし、僕らの両親はまだ、お互い仮押さえくらいにしか考えていないはずだ」
それが聞けて、私、心底ホッとしてしまった……。
そして、クルトもそれが分かったのだと思う。
私の手を離して、微笑んだの。
どことなく残念そうに見えたのは……きっと、気のせいね。
そして二人が、ずっと私のために心を痛めてくれていたのだって理解したら、涙が堪えられなかった。
「あのね、私ずっと……ずっと謝りたかったの。
私、あの時……貴方たちのことっ」
「泣かないで。君は何も悪くない。
あの時だって、僕たちの名誉を守ろうとしてくれたって、ちゃんと分かっていたよ」
クルトが優しく肩を抱き寄せ、涙を拭ってくれたわ。
「だけど私、あれからだって!」
「ンなん……なんか言ったって火に油注ぐだけだったろ。気にすんな」
アラタもぶっきらぼうにそう言って、私の頭を少し乱暴に撫でてくれた。
私に触れてくれる二人の手。
それが嬉しくて、嬉しくて、幸せだった。
そして……。
「さっ、無事サクラの自由時間確保大作戦成功を祝し、ぱぁっといこう!
なんと今日は、夕刻までダラダラし放題だぞ!」
と、私の前に何かが差し出されたわ。
「……?」
木皿に入れられた、小さくて薄いパンのようなもの。干し果実や胡桃が入れてあるのかしら? ごつごつと歪な形をしていたわ。
「食ってみろよ。俺考案のクッキーもどき」
「くっきぃもどき?」
「美味しいよ。アラタの作ったクッキーモドキ」
アラタが作ったですって⁉︎
料理は奴隷の仕事でしょう⁉︎ って、慌ててしまったのだけど、二人は全く気にしている様子はなくて、まるで当然のことみたいなお顔。
女の私があまり口出しするのもはばかられるし……ちょっと困ってしまった。
「もっとふんわりサックリさせたいんだけどなぁ。
ここって重曹とかもねぇから、俺としては納得いかねぇ出来栄えなんだけど」
じゅうそう……って、何かしら?
「胡桃入りは初めてだけど、これ良いね。一番好きな味だ」
「だろ? 高いから滅多に使わねぇけど、今回はクルトが出資してくれたからな。
胡桃、蜂蜜、干し葡萄と全部買えた。今までで一番贅沢したわ」
「商売にすれば良いと思うよ。本当に美味しい」
「学び舎あンだから、そんな暇あるか」
軽口を叩く二人が本当に美味しそうに口にしてるそれ……。
はしたないかしら……とは、思ったのよ?
思ったけれど、アラタも食ってみろって……食べて良いって、言ったのだし……。
おずおずと指を伸ばしたら、二人は優しく微笑んでくれたわ。
大丈夫だと、態度で示してくれた。
だから二人の真似をして、私もそのゴツゴツした欠片を口の中に。
恐る恐る噛んでみたら……カリッという音と、胡桃の風味。そして甘味が口いっぱいに広がって……!
今までの人生で、一番の美味に巡り合ったの!
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