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十年目の春 鎖 4

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 翌朝は快晴だった。
 家族には「いってくるわ」「ああ、赤字出すなよ」くらいの軽い挨拶だけして、さっさと馬車に乗る。
 アギー公爵の推薦状だけは失くす訳にいかないので、手提げ鞄に入れて膝の上だ。
 揺れる馬車の中で、俺はレイとハインのことを考える。

 あの二人は良くも悪くも似てる……自分のことを投げ捨てて人の面倒を見るのだ。ハインは主にレイにだが、レイは誰にでもそうするから余計始末が悪い。
 俺は少し外側から、二人が暴走しないように、手綱を取らなきゃならない。
 あっという間に常識を逸脱するから、気を引き締めてかからねぇとな……。主従揃って傍迷惑だなほんと。
 それと……もしもの時の為に、伸ばす手の先を、確保しておくのが役割だな……。
 例えば……胡散臭いクリスタ様も、手段のうちの一つではある。

 推薦状が届いた時、共にひとつ、封筒が添えられていた。
 中には便箋が一枚のみ。内容も簡潔だった。

 月に一度の状況報告をせよ。送り先は、アギー領、息女クリスタ宛で良い

 文面を思い出し、ため息をつく。
 レイは、クリスタ様が女性だということを知らない……。俺は自分の特技の所為で、知りたくもないのに知ってしまった。おかげで色々都合良く使われている。
 そして俺は、あの人が、そんな所のご息女ですらないことも、薄々感じている。
 だってなぁ……性別を隠し、学舎に潜り込んでくる時点でおかしいだろ?
 しかもレイと同じ寮に、堂々と暮らしていたのだ。
 どんなコネがあればそんな荒技が可能かなんて……考えなくても分かるだろ。

 あの人の目的の一つは、多分レイだ……。
 しかし、何故レイを得ようとしているのかが、分からない。
 それが分からない以上、簡単に手を借りることはできない。代価が恐ろしすぎる。

「ま、最悪……最後の手段だな……あの人は」

 それでも、レイの味方でいてくれるうちは、最強の最終手段だ。
 なので、希望通り、定期連絡は入れていこう。しかしレイとハインには、伏せておく。
 自己犠牲しすぎる奴らは、自分以外の事のために、その最悪の手段を使いかねないからな。

 さて、馬車の中ですることなんて、寝ることくらいしかない。
 俺は、座席の座褥を調整してから、目を閉じた。
 十日後には、レイに会える。
 寝れば時間も早く過ぎる。

 なら寝るべきだよな?


           ◇     ◇     ◇


「なん……で……?」

 夏の長期休暇ぶりに見たレイは少し背が伸びていた。
 頭の中のレイの寸法を修正する。約六ヶ月で五糎弱……。遅かったが、やっと成長期か?
 だが身長よりも体重が気になった。
 痩せたな……。目の下のくまも酷い。手首なんて、折れそうじゃないか?何か食わせとく必要があるな。

「なんでってなんだ。
 お前が不義理にも、俺に一言もなく王都を離れやがるから、文句言いに来たんだぞ。わざわざ」

 畑の真っ只中で、レイは惚けていた。
 その背後ではハインが、やっと来たかと言いたげな顔をしている。
 横で農家のガキがレイの袖を引き「レイ様、このでかい人誰?」とか聞いてるから、俺はガキの目線に合うようにしゃがみ込んで「俺はレイのダチ。親友」と、教えておく。不義理されたぐらいで親友辞めると思うなよ。

「なんで来たんだ!    文句なら手紙でもなんでも……っ。いや……ごめん。悪かった。
 ほんと、急な話だったから……」
「……本当にな。まさか、卒業するまでも待てない程とはな……」

 知ってるんだぞと、におわすと、瞳が揺れた。そして、いつもの笑みを顔に貼り付けるけど、精彩を欠いた笑顔だった。
 何かを諦めたような、仕方ないと言い聞かせるような、そんな笑み。

 逆戻りだ……せっかく、自分の意思を、持ち始めたところだったってのに…………。
 口にしたら、叶わなくなりそうだと言っていた、一年前のレイを思い出し、その通りになったレイの運命の采配に、心の中で悪態を吐く。
 このまま引き下がると思うなよ……俺はそんなもんで、レイを諦めたりしない。
 運命の歯車がことごとくレイを裏切るなら、横から棒でも何でも突っ込んで、噛み合わせを乱すのが俺の役割だ。

「こ、こっちには……いつまで滞在するの?    宿はどこ?」
「メバック。今から行く。ここは、俺も立ち寄っただけだから」
「……………そう……。顔出してくれただけでも、嬉しいよ。元気そうで良かった」

 つくりものの笑みで、つくりものの声で、レイは言う。
 まったく、行かないでとか、もっと話そうとか、それすら無いのか……。助けを求めないにも程がある。
 何を言おうかなと逡巡し…………。
 けど、回りくどいことをして、こいつをいじめるのはやめようと思った。
 見るからに疲弊してる。これ以上削る必要は、無いはずだ。

「ここに寄ったのはな。手続きのため。ご領主様の采配を仰ぎたいんだよ。
 とはいえ、急病だと伺ったからな。だからこれはお前でいいんだよな?   領主代行様」

 丸めて筒に入れた推薦状を差し出す。
 飾り紐で巻かれ、封蝋でアギーの印が押してあるものだ。
 不思議そうな顔をして受け取るレイ。アギー公爵家からの書状を受け取る理由が思い浮かばないようだ。

「今は開けるな。帰って、正妻様のいる前で開けろ。居るんだよな?」

 ハインからの連絡では、現在魔女は此処に滞在中の筈だ。
 念を押した俺に、レイは、何をする気だ?    と、不安そうな顔を向ける。

「たいしたことじゃねぇよ。推薦状だ。アギーでは適当な土地の確保が難しくてな。
 その点メバックはアギーに近いし、土地も安いし、理想的だったんだ」
「何が?」
「何がって……支店だよ。バート商会の。メバックに支店を出すことにしたんだ」

 レイの瞳がこれでもかと言うほど見開かれる。
 お、びっくりした?    よしよし。そりゃ、俺も人生賭けてんだから、びっくりしてもらわなきゃ割に合わない。

「王都の店は兄貴がとっくに継いでる。独り立ちしようと思ったら暖簾分けしなきゃなんねぇじゃん。どうせだから、ついでだ。それにな……」

 こっちの我慢がきかなかった。レイの頭に手を伸ばし、ぐしゃぐしゃと撫で回す。
 頑張りすぎるな。そう言ってやりたい。
 だけどこいつはきっと、それを言ったって駄目なのだ。なら、頑張りすぎても支えてやれるように、傍にいとくしかねぇだろう。

「お前との縁を終わりにする気はねぇんだ。もう十年つるんだんだぞ。いい加減、分かれよ」

 人目がなきゃ抱きしめてやりたいところだが、農家のガキが頭を撫でるだけでぽかんとした顔してやがるしな……。畑の間からちらほらしてる奴らもなんかすげぇ見てるし……。
 そこはぐっと堪えておく。

「お前は何もしなくていい。それを正妻様の前で開いて、判断を仰ぐだけでいい。
 メバックでの準備は大半終わってる。あとは店の建設くらいだ。
 俺は今日からメバックに入る。お前んとこの領民になる。ワドもいる。お前の部屋も当然作る。なんせ、バート商会はお前の家も同然だから。
 今度は、不義理は許さねぇぞ。近いからな。来ないなら、こっちから顔出すからな」
「なんでだ……ギルも、ハインも……なんでそこまでする……。
 もしお前達まで俺の罰に巻き込んで、失くすなんてことになったら……そんなことになったら、俺は……」

 畑の真っ只中で泣きそうな顔をして、レイが奥歯を噛みしめる。
 どうやって俺を切り離すべきか……そんなことを考えてる顔だ。
 馬鹿にすんな、そんな覚悟でここに来てると思うなよ。もしお前の運命の歯車ってやつに巻き込まれたって、俺はただやられるつもりは無い。

「罰なんてねぇよ。お前はなんもしちゃいねぇだろ。
 俺もハインも、お前の持ちもんじゃない。
 しかもお前は押し付けられただけだ」

 お前の意思の外の話だ。
 だから怖がるな。お前の呪いは、いつか絶対に覆してやる。
 決意を固める俺に、ハインが横から要らない横槍を入れてくる。

「ギル、来るからには赤字は許しませんよ。税を払えないような使えない商人は不要です」
「お前な……見込みないのにメバックに来るか!    その辺はちゃんと考えてんだぞ俺は!」
「考えと結果は別物ですから」

 学舎にいた頃のように口喧嘩を始めたら、ガキや農民達があんぐりと口を開けた。
 なんで喧嘩が始まったんだと言いたげな顔だ。
 泣きそうになってたレイが、それを見て慌てて止めに入る。

 そうそう、これだよな。
 俺たちは、こんな感じでなきゃ、俺たちじゃねぇよ。
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