17 / 51
17
しおりを挟む
タグミの家に来てからというもの、花梨の朝は静かなものだった。小鳥の囀り(さえずり)風に葉を擦らす木々の音。
「ん~?」
しかし、何時もとは様子が違うようで、ドスドスと音がする。
花梨は重い瞼を眠そうに指で擦ると、そのまま立ち上がった。
「タグミ?」
音と共にタグミの声まで、聞こえてきていた。
「何で先に言わなかったんだい!」
怒鳴っているのはタグミだった。花梨は何となく会話に入れずに、そのまま立っている。
「聞かれなかったからだ。言う必要もなかった」
「必要はあるだろう!ただの騎士だと思っていれば」
その言葉に、ゼフィルドの雰囲気がさっと変わった。
「あぁ。俺はただの騎士だ。ただあの二人を親に持っただけだ」
そう言って腰元の剣に、そっと手を添えた。
(――あぁ、殺気ってこんなのなんだ)
少しだけ、花梨の足が震えた。
「花梨は、ちゃんと王都へ連れて行くんだね?」
「あぁ」
ゼフィルドの声にタグミは、一つため息を吐いた。
「なら、良いよ。利用する気がないのならね。ただ、それならなんで花梨を連れて行いくんだい? ただの足手まといになるだけだろうに」
ゼフィルドはくっと眉を寄せる。
「わからん。分からないから困っている」
その言葉に、タグミがきょとんとした後、笑い声を立てた。
「何だ」
低い声でゼフィルドが言えば、タグミは笑いながら言った。
「まるで、アンタは小さな子供だよ」
そう言うと、タグミは花梨の方を見た。
「花梨、早く出ておいで」
覗き見がバレていた事に驚いて、思わず声を上げる。その後で、おずおずと顔を見せた。
「何で、分かった?」
「あのねぇ。最初に私の名前を呼んでたじゃないか」
「あっ」
(――そういえば、そりゃ分かるよね)
あはは、と誤魔化すように笑った。
「準備は済んだか?」
そう聞かれ、花梨は困ったように笑った。
「準備、無い」
結局のところ、服と下着をつめただけの鞄を持ち上げて見せた。
「行くぞ」
そう言って、スタスタと歩き出したゼフィルドを慌てて追う。
「待ちな。本当に3ヶ月もかけて行く気かい?」
外に出たとき、苦笑しながらタグミが言って、花梨の手を掴んだ。
「この世にはね、聖獣が存在するんだよ。呼んでみな。龍の娘なら呼べるはずさ」
(――聖獣? それこそ龍なんじゃ……)
困ったようにタグミを見つめる。タグミの目は真剣だった。
【分かった……呼ぶって、何て言ったらいいのかなぁ。えっと、聖獣さん!居るなら来て下さい!】
大声で叫んでみた。
うぅん。やっぱり来ない、と花梨がため息をついたとき。花梨の体がふわりと浮いた。
「うひゃあっ」
慌てて何かを掴む。それは柔らかな毛。
「え、と。猫?」
『初めまして!』
にゃん、にゃん。と鳴き声をあげるのは白い毛並みの猫。その大きさはかなりでかいのだが……
【初めまして、えっと、名前は?】
『僕には名前が無いんだよ、人間の前に姿を現せた事もないし。龍様には獣と呼ばれてます!』
パタパタと尻尾を動かして答える。
【じゃあ、ミケでどう?】
どうみても真っ白。しかし、花梨は名前を考えるのが昔から苦手だった。
猫といえば、ミケ。そう頭で決まっていたのでそう言ったのだ。
【気に入らない?】
『うぅん!嬉しいですっ。今日から僕の名前はミケ~』
かなりのハイテンション。
「さすがに、気品を感じるね」
ミケを見て、そう感動するように言ったタグミの言葉に、花梨はただただ苦笑。
「王都までは、何日かかりそうだ?」
そうゼフィルドは、ミケに言わずに花梨に聞いた。
【あ、ミケ。いつまでかかるの?】
『10日もあれば十分!頑張ればもっと早くいけるけど、きっと落ちちゃいますよ』
【と、十日コースで】
『OKですー』
【え、と。10日で良いって】
そういえば、ゼフィルドに頭を叩かれる。
「人間の言葉を話せ」
「え。あ。10日」
今更ながら、日本語で話していたことに気が付く。
【あれ? ミケは日本語分かるの?】
『はいー。僕はどの言語でも理解出来ます!』
「本当に!?」
この言葉に花梨は小躍りしたくなる。
日本語が通じれば、こちらの言葉を覚えるのも早くなるはず。
これで、ヴィラとも普通に話せる。と思わず頬が緩んだ。
「それじゃあ。タグミ、行って来ます」
振り返ってそういえば、少し眉を寄せてタグミが笑った。
「行ってらっしゃい」
「うん。おみやげ、待ってて」
そう言って笑えば、タグミが拍子抜けしたように目を丸くした。
「タグミ?」
「……しょうがないね。それじゃあまた」
そう言ってタグミは家の中へ戻っていった。
「ゼフィルド、乗る」
そう言えば、ゼフィルドは何の抵抗もなくミケに乗った。その乗り込む様子が、様になっていて思わず花梨は頬を赤らめた。
(――今の写真に収めれたら、きっと高値で売れただろうなぁ)
その頬の赤らみは、どうやら純粋な気持ちから生まれたものではなく、興奮のためだったようだ。
【さて、と。ミケお願いね】
『任せてください!』
走るのかと思ったミケは、そのまま後ろ足で地面を蹴ると空に浮いた。
「えぇ?!」
そのままミケが走り出すと、まるで空の上の道を走っているようだ。
「舌噛むぞ」
「むがぁ」
ぐいっと花梨の口を、後ろから押さえられる。
(――この押さえ方って、普通しないよね?)
暴れて落ちたら怖いので、今はむがむがと声を立てる。
「噛むなよ」
その声が耳元から聞こえ、思わず鳥肌を立てた。
「むがっひまで!(ちょっと待って!)」
今更ながらにこの密着状態に気が付き、花梨は思わず声をあげる。
「煩い……落とすか?」
ひぃっと内心悲鳴を上げながら、花梨は体の力を抜く。
この場合『落とす』とは、気絶のことを言っているのだが、花梨はそのまま受けとっている。
(――落とされてたまるかー!)
この花梨にとっての地獄は、昼になりミケが近くの町で降ろしてくれるまで続いた。
「ん~?」
しかし、何時もとは様子が違うようで、ドスドスと音がする。
花梨は重い瞼を眠そうに指で擦ると、そのまま立ち上がった。
「タグミ?」
音と共にタグミの声まで、聞こえてきていた。
「何で先に言わなかったんだい!」
怒鳴っているのはタグミだった。花梨は何となく会話に入れずに、そのまま立っている。
「聞かれなかったからだ。言う必要もなかった」
「必要はあるだろう!ただの騎士だと思っていれば」
その言葉に、ゼフィルドの雰囲気がさっと変わった。
「あぁ。俺はただの騎士だ。ただあの二人を親に持っただけだ」
そう言って腰元の剣に、そっと手を添えた。
(――あぁ、殺気ってこんなのなんだ)
少しだけ、花梨の足が震えた。
「花梨は、ちゃんと王都へ連れて行くんだね?」
「あぁ」
ゼフィルドの声にタグミは、一つため息を吐いた。
「なら、良いよ。利用する気がないのならね。ただ、それならなんで花梨を連れて行いくんだい? ただの足手まといになるだけだろうに」
ゼフィルドはくっと眉を寄せる。
「わからん。分からないから困っている」
その言葉に、タグミがきょとんとした後、笑い声を立てた。
「何だ」
低い声でゼフィルドが言えば、タグミは笑いながら言った。
「まるで、アンタは小さな子供だよ」
そう言うと、タグミは花梨の方を見た。
「花梨、早く出ておいで」
覗き見がバレていた事に驚いて、思わず声を上げる。その後で、おずおずと顔を見せた。
「何で、分かった?」
「あのねぇ。最初に私の名前を呼んでたじゃないか」
「あっ」
(――そういえば、そりゃ分かるよね)
あはは、と誤魔化すように笑った。
「準備は済んだか?」
そう聞かれ、花梨は困ったように笑った。
「準備、無い」
結局のところ、服と下着をつめただけの鞄を持ち上げて見せた。
「行くぞ」
そう言って、スタスタと歩き出したゼフィルドを慌てて追う。
「待ちな。本当に3ヶ月もかけて行く気かい?」
外に出たとき、苦笑しながらタグミが言って、花梨の手を掴んだ。
「この世にはね、聖獣が存在するんだよ。呼んでみな。龍の娘なら呼べるはずさ」
(――聖獣? それこそ龍なんじゃ……)
困ったようにタグミを見つめる。タグミの目は真剣だった。
【分かった……呼ぶって、何て言ったらいいのかなぁ。えっと、聖獣さん!居るなら来て下さい!】
大声で叫んでみた。
うぅん。やっぱり来ない、と花梨がため息をついたとき。花梨の体がふわりと浮いた。
「うひゃあっ」
慌てて何かを掴む。それは柔らかな毛。
「え、と。猫?」
『初めまして!』
にゃん、にゃん。と鳴き声をあげるのは白い毛並みの猫。その大きさはかなりでかいのだが……
【初めまして、えっと、名前は?】
『僕には名前が無いんだよ、人間の前に姿を現せた事もないし。龍様には獣と呼ばれてます!』
パタパタと尻尾を動かして答える。
【じゃあ、ミケでどう?】
どうみても真っ白。しかし、花梨は名前を考えるのが昔から苦手だった。
猫といえば、ミケ。そう頭で決まっていたのでそう言ったのだ。
【気に入らない?】
『うぅん!嬉しいですっ。今日から僕の名前はミケ~』
かなりのハイテンション。
「さすがに、気品を感じるね」
ミケを見て、そう感動するように言ったタグミの言葉に、花梨はただただ苦笑。
「王都までは、何日かかりそうだ?」
そうゼフィルドは、ミケに言わずに花梨に聞いた。
【あ、ミケ。いつまでかかるの?】
『10日もあれば十分!頑張ればもっと早くいけるけど、きっと落ちちゃいますよ』
【と、十日コースで】
『OKですー』
【え、と。10日で良いって】
そういえば、ゼフィルドに頭を叩かれる。
「人間の言葉を話せ」
「え。あ。10日」
今更ながら、日本語で話していたことに気が付く。
【あれ? ミケは日本語分かるの?】
『はいー。僕はどの言語でも理解出来ます!』
「本当に!?」
この言葉に花梨は小躍りしたくなる。
日本語が通じれば、こちらの言葉を覚えるのも早くなるはず。
これで、ヴィラとも普通に話せる。と思わず頬が緩んだ。
「それじゃあ。タグミ、行って来ます」
振り返ってそういえば、少し眉を寄せてタグミが笑った。
「行ってらっしゃい」
「うん。おみやげ、待ってて」
そう言って笑えば、タグミが拍子抜けしたように目を丸くした。
「タグミ?」
「……しょうがないね。それじゃあまた」
そう言ってタグミは家の中へ戻っていった。
「ゼフィルド、乗る」
そう言えば、ゼフィルドは何の抵抗もなくミケに乗った。その乗り込む様子が、様になっていて思わず花梨は頬を赤らめた。
(――今の写真に収めれたら、きっと高値で売れただろうなぁ)
その頬の赤らみは、どうやら純粋な気持ちから生まれたものではなく、興奮のためだったようだ。
【さて、と。ミケお願いね】
『任せてください!』
走るのかと思ったミケは、そのまま後ろ足で地面を蹴ると空に浮いた。
「えぇ?!」
そのままミケが走り出すと、まるで空の上の道を走っているようだ。
「舌噛むぞ」
「むがぁ」
ぐいっと花梨の口を、後ろから押さえられる。
(――この押さえ方って、普通しないよね?)
暴れて落ちたら怖いので、今はむがむがと声を立てる。
「噛むなよ」
その声が耳元から聞こえ、思わず鳥肌を立てた。
「むがっひまで!(ちょっと待って!)」
今更ながらにこの密着状態に気が付き、花梨は思わず声をあげる。
「煩い……落とすか?」
ひぃっと内心悲鳴を上げながら、花梨は体の力を抜く。
この場合『落とす』とは、気絶のことを言っているのだが、花梨はそのまま受けとっている。
(――落とされてたまるかー!)
この花梨にとっての地獄は、昼になりミケが近くの町で降ろしてくれるまで続いた。
2
あなたにおすすめの小説
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
実家を追い出され、薬草売りをして糊口をしのいでいた私は、薬草摘みが趣味の公爵様に見初められ、毎日二人でハーブティーを楽しんでいます
さら
恋愛
実家を追い出され、わずかな薬草を売って糊口をしのいでいた私。
生きるだけで精一杯だったはずが――ある日、薬草摘みが趣味という変わり者の公爵様に出会ってしまいました。
「君の草は、人を救う力を持っている」
そう言って見初められた私は、公爵様の屋敷で毎日一緒に薬草を摘み、ハーブティーを淹れる日々を送ることに。
不思議と気持ちが通じ合い、いつしか心も温められていく……。
華やかな社交界も、危険な戦いもないけれど、
薬草の香りに包まれて、ゆるやかに育まれるふたりの時間。
町の人々や子どもたちとの出会いを重ね、気づけば「薬草師リオナ」の名は、遠い土地へと広がっていき――。
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が
和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」
エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。
けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。
「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」
「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」
──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。
『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』
しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。
どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。
しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、
「女は馬鹿なくらいがいい」
という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。
出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない――
そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、
さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。
王太子は無能さを露呈し、
第二王子は野心のために手段を選ばない。
そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。
ならば――
関わらないために、関わるしかない。
アヴェンタドールは王国を救うため、
政治の最前線に立つことを選ぶ。
だがそれは、権力を欲したからではない。
国を“賢く”して、
自分がいなくても回るようにするため。
有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、
ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、
静かな勝利だった。
---
神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる