上 下
16 / 55

16話

しおりを挟む
 王城までの馬車で、ライは恨みがましい目つきで目の前のジェレマイアを見つめる。

「何だ。視線がうるさい」

「僕まだ休暇中なんですけど。早く帰ってピュリテとご飯を食べないといけないのに」

「ふん。知ったことか」

 憎まれ口を叩くライに、ジェレマイアは気分を害す様子はないが冷たくあしらう。

 しばらく沈黙が続いたのち、ぽつりとライが言った。

「殿下。ビオラちゃんの能力は分からないけど、聖女が治せなかった病気を治せちゃってよかったんでしょうか」

「……そうだな」

 侯爵家の娘である聖女ロザリーンは、癒しの力を持っていた。その力は外傷にも病気にも効果があるが、今回の眠り病は聖女の力では治すことができなかった。

「僕からすれば、ビオラちゃんが聖女ですけどね。多分。薬が発表されれば、商人や平民たちも同様に考えると思います」

「そいつらが崇めるのはビオラじゃなくて、アルゼリアになるだろうがな」

 ジェレマイアの言葉に、あっそうか。とライが頷く。

「似たような病が子爵領の小さな村で流行り、既に治療薬も開発済み。この事実に気がついたアルゼリアが、薬学の知識があるビオラに薬の作り方を教えるように指示した」

 つらつら、と嘘の話を話すジェレマイア。今回の筋書きのようだった。

「お前はすぐ人を手配しろ。子爵領に行かせ、その証拠を作って持ってこい。しっかりラスウェル子爵も口裏合わせろよ」

「はーい」

 気の抜けた返事をするライを、ジェレマイアが睨みつける。

「分かりましたって。そういえば、殿下。かなりビオラちゃんと親しくなりましたね?」

「ああ。あいつが俺のことを愛しているらしいからな」

 まんざらでもなさそうにジェレマイアが笑い、ライが首を傾げる。

「そうですか?ビオラちゃんが好きというよりも、殿下の方が好意を抱いているように見えましたよ?」

「なんだと?」

 ライを睨んで言ったものの、ジェレマイアも何か心当たりがあるようで黙り込む。

「最初はもっと向こうが積極的だったんだが。どういうことだろうか」

「何か嫌なことでもしちゃったんじゃないですか?」

 むっつりと拗ねたような表情のジェレマイアに、おや?とライが内心驚いた。ライの知る限り、ジェレマイアは他人に興味がない。もしかすると初恋かもしれない。慎重にアドバイスをしないといけないぞ、とライが座り直す。

「殿下。王城までにビオラちゃんを振り向かせる方法を教えますよ」

「あいつの気持ちが変わったと決めつけるな。だが……頼む」

 素直なジェレマイアに、ライは自分の目を擦った。

「なんだ」

「殿下の偽物かなと思いまして」

「切るぞ」

 そう言うとジェレマイアが剣に手をかける。すみません!とすぐにライが謝ると、柄から手を離した。

「ビオラちゃんが喜ぶような贈り物教えてあげますよ」

「ふん」

「でも、殿下。僕もビオラちゃん気に入っちゃったんで、この前話してた護衛の件やらせてくださいね」

「ああ。お前が適任だろう。クレアも母上も黙っているとは考えられんからな」

「明日からビオラちゃんとアルゼリア様にべったりはりついて、しっかり守るから安心してくださいよ」

 ジェレマイアにとってビオラは腹心を手元から離しても、守りたい存在になっていた。

「任務じゃなくても、ビオラちゃんのためなら頑張れそうだし」

「何か言ったか?」

「別に。僕の好意は僕の勝手ですからね」

 ふふんと、機嫌良く鼻歌を口ずさむライの足を、ジェレマイアが思い切り蹴り上げた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ある公爵令嬢の生涯

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:4,849pt お気に入り:16,126

婚約破棄されましたが、幼馴染の彼は諦めませんでした。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,421pt お気に入り:281

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

恋愛 / 完結 24h.ポイント:16,578pt お気に入り:3,112

突然の契約結婚は……楽、でした。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:49,395pt お気に入り:1,137

悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:4,039pt お気に入り:2,473

【完結】私じゃなくてもいいですね?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:994pt お気に入り:2,157

グラティールの公爵令嬢

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14,378pt お気に入り:3,343

処理中です...