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29話
しおりを挟む馬車はアルゼリアの屋敷を出て、すぐに王都内にあるとある仕立て屋の前で止まった。貴族へのオーダーメイド品のみを作る人気店だ。
店の前で馬車を止め、ジェレマイアが先に降りるとビオラに手を差し出す。
「私がこっち側であってますか?」
恐れ多いと顔を強張らせるビオラに、ジェレマイアが吹き出す。
「なら次は俺をエスコートしてくれるのか?」
からかうように言ってビオラの手を取ると、店の扉を開けて中に入った。店に入るとすぐに店員の女性が近付く。
「いらっしゃいませ。失礼ですが、ご予約はされていらっしゃいますか?」
(――予約が必要な店なんだ!私すごく場違いじゃないかな?)
ビオラはアルゼリアの服を仕立てるために来ることはあるが、自分が客として来るのは初めてだった。
「ララを呼んでくれ」
「店長ですか?かしこまりました」
ジェレマイアに言われた女性は店内に戻り、ララと呼ばれた店長を探しに行った。
「困りますお客様。ご予約がないと……」
奥から現れた一つ結びの女性が、ジェレマイアに断り文句を途中まで言って固まる。
「予約はしたはずだが」
「た、大変失礼いたしました!さあ、こちらへどうぞ!」
ジェレマイアと目が合ったララは、すぐに正体に気がついたのか、さっと顔から血の気がひいた。そして、すごい速さで駆け寄ると、奥の部屋を指差した。
「予約してたんですね」
てっきり予約をしていなかったと思ったビオラが、ほっと胸を撫で下ろして言う。
「当たり前だろう。楽しみにしていたからな」
ぴったりと寄り添うように歩く二人に、ララはすぐに関係性を見抜いたようで驚いた顔をしている。
「女性の服を仕立てるとお聞きしております。また、事前に聞いておりましたサイズの服も、ある程度ご用意させていただきました」
案内された部屋には、所狭しとドレスが並んでいた。どれも高級そうで、貴族の令嬢が着そうなものばかりだ。
「まずはお嬢様のお身体を計らせてください」
そう言うとメジャーを持ったララが手を叩き、数名の女性が部屋に入ってくる。
「殿下は生地を選んでいてくださいね」
「で、殿下?私の服を作るんですか?」
じりじり、とメジャーを持つララが近づいてきて、ビオラがジェレマイアの方を見る。ジェレマイアはなぜか顔を赤くして立ち上がった。
「俺は部屋を出ておこう。布はそちらで選ぶ」
耳まで赤く染めたジェレマイアが早口で言うと、すぐに部屋を出ていく。
「あらあらあら?貴方と殿下ってそういう仲じゃないのかしら?」
「そういう仲って。きゃあ」
「失礼しますねー。うんうんうん」
聞き返したビオラの背中のボタンを外し、ドレスを手早く脱がす。思わず悲鳴をあげたビオラに、ララがメジャーでささっと身体のサイズを測っていく。
「殿下ったらあんなにウブな反応するのね」
白くて薄い足首まである肌着のみを身にまとうビオラに、ララがおかしそうに言った。
「てっきり貴方は殿下の愛人かと思ったけど、もっといい仲みたいですね」
「い、いい仲って。そんな」
何と言えばいいか分からず困惑するビオラに、ララは楽しそうだ。
「私は元々皇后様の服を作っていたんですけど、ちょっとミスして顧客が全員いなくなっちゃったんです。それ殿下に救ってもらったので、恩を感じているんですのよ」
(――王都には知らないだけで、殿下の良い面を知ってる人がたくさんいるんだ)
サイズをさらさら、と紙に書きながらララが話を続けていく。
「殿下はいつも同じ表情で、この世に楽しいことなんてないって顔をしてらして。だから、色々な表情が見れた今日はとても良い日ですわ」
にこっと笑うと、先ほど脱がせたビオラのドレスを手に取り、再び彼女へ着せた。
「サイズは分かりましたわ。それでは殿下とデザインなどを決めていきましょう。殿下!もう入ってもよろしいですよ!」
ララが叫ぶと、ゆっくりと扉が開く。そして、恐る恐る、といった様子でジェレマイアが顔を覗かせた。
「もう良さそうだな」
ほっとした表情を浮かべてジェレマイアが部屋に入ると、ララを睨む。
「淑女の肌を急に男の前でさらそうとするな」
「あら。それは失礼致しましたわ。さあ、選びましょう」
そう言うとまた何人もの女性が部屋に入り、どんどん布を並べていく。艶々とした光沢がある布や、繊細なレースや刺繍がされた布など、どれも高級品ばかりだ。
「殿下。こんな高価な布で仕立てていただいても、着ていく場所がありません」
こそこそ、と隣に座るジェレマイアに言うと、にやっと彼が笑う。
「すぐに機会は来るからな。先に作るだけ作っておこう。ああ、この布は華やかでビオラに似合うな、だが色が暗すぎる」
布を選んだ後は、デザインを決める作業だ。ララはスケッチブックにイメージ画を書きながら、ジェレマイアの求める形をどんどん絵にしていく。
ビオラは早々にギブアップだ。アルゼリアのドレスなら溢れんばかりにアイデアが出てくるが、自分のとなると全くだった。盛り上がる二人を前に、出されたお茶を静かに飲んでいる。
デザインが決まった後は、先ほどの大量のドレスたちが目の前に並べられた。
「これと、これを」
ジェレマイアがどんどんとドレスを選び、ビオラの方を振り返る。
「今からはこのドレスを着て行かないか?」
指さされた先にあったのは、光沢感のある黒色のドレスだった。スカートの裾や袖の刺繍には、小ぶりな宝石がたくさん縫い付けられている。
「これを着るんですか?」
(――給料何年分だろう)
腰がひけた様子のビオラに、ジェレマイアの眉が下がる。
「気に入らないか?だったら、別のものを」
「いえ!ドレス自体はすごく素敵だと思います。殿下の髪と目の色ですし」
「それに、お前の目の色でもあるな」
「でも。少し私には高級すぎる気がしまして」
「何だ。遠慮しているだけならいい。これを着ていこう」
そう言ってララに目配せをすると、ジェレマイアは部屋から出て行ってしまった。
「それでは、お手伝いさせていただきますね」
にこっと笑ったララが、テキパキと黒いドレスをビオラに着せていく。既製品ではあるが、ビオラのサイズにぴったりだった。
「よく似合っている。綺麗だ」
そう言うとジェレマイアはビオラの手を取り、店から出た。店の前に止めてあった馬車まで行くと、にやっとジェレマイアがいたずらに笑う。
「わっ!殿下!何ですか」
ふわり、とビオラを抱き上げるジェレマイアに、驚いて悲鳴をあげる。
「乗せてやろうと思っただけだ」
「手を貸してくだされば、自分で乗れます!何なら、1人で飛び乗ることもできます!」
「そうかそうか」
足をばたつかせて抗議するビオラに、ジェレマイアは嬉しそうだ。どうやら戯れていると理解したビオラは、呆れ顔だ。
「そう拗ねるな。このまま乗せてやろう」
ちゅ、と頬にキスをすると、ジェレマイアは御者に扉を開けさせてビオラを馬車に乗せた。
「誰かに見られてたらどうするんですか」
(――貴族が多い場所でキスするなんて。しかも、そんなに変装してないのに)
じとっと睨むビオラに、ジェレマイアは全く気にしていないようだ。
「俺を咎められる者は存在しない。だから、気にするな」
馬車がゆっくりと動き出し、ビオラは諦めたように一つため息をついた。
「何よ。あれ」
長い髪のカツラをかぶっているクレアが、先ほど見た光景に自身の爪をガリガリと噛んだ。
「クレア様。大丈夫ですか?」
クレアは行きつけの工房で、装飾品を買いに来たところだった。その店を出た時、遠くでジェレマイアを見つけたのだ。
愛しい夫。遠くからでも、髪が変わっていてもすぐに分かった。
「あの女。田舎令嬢の侍女だったかしら」
がりがりがり
爪を噛んでいたクレアがぱっと顔をあげ、ニタリと笑った。
「夫の火遊びを許すのも妻の勤めだわ。それに、愚かな女に罰を与えるのも、妻の勤めよ」
ぼそり、と呟くとクレアは自身の馬車に乗り込んだ。
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