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38話
しおりを挟むそして感謝祭の日。ビオラはジェレマイアの隣に立ち、平民たちに声をかけるアルゼリアを見ていた。
この感謝祭は国全土で開かれるもので、ゲルト神への一年の感謝を伝えるお祭りのため、感謝祭と呼ばれている。
王都はお祭り一色になり、国から寄付金も出るため全国民が休日となる。貴族たちはそれぞれの屋敷でパーティを開き、お城でもパーティが開かれている。
ジェレマイアは王都で行われる感謝祭へ寄付金を出しており、今回皆の前でアルゼリアと挨拶を述べていた。
「それでは、皆。楽しんでくれ」
そう言ってジェレマイアが手を挙げると、屋根や二階の窓から白い花びらが投げられる。ふわふわと舞い散る花の中で、皆が歓声をあげた。
「始まったな」
「エドガーさん」
アルゼリアの護衛のエドが、ビオラの方へ飲み物の入った器を持って近づく。中にはたっぷりのオレンジジュースが入っていた。
「ありがとうございます」
「アルゼリア様から聞いたよ。ビオラ。色々と手を尽くしてくれてありがとう」
「お嬢様のためですから」
「そうだったな」
はは、とエドガーが笑って、飲み物をぐいっと飲み干した。
「ほら。アルゼリア様からの預かり物だ」
エドは自身の鞄の中から、華奢な仮面を取り出してビオラに渡した。
「これは?」
「祭り用だ。俺のもあるぞ」
そう言って鞄から大きな仮面を出して、ビオラの前にかざす。熊をモチーフにした仮面のようだ。感謝祭では人間嫌いのゲルト神のために、他の生き物の仮面をつけるというルールがあった。
ジェレマイアの合図の後に、多くの人々が仮面をつけている。
「それをつけて殿下と楽しめ、とのことだ」
「お嬢様」
ぎゅっと仮面を抱きしめ、公務を行うアルゼリアを見つめる。
「なあ。ビオラ。俺もアルゼリア様と祭りに行くんだが。大切な話があると言われていてな。何か聞いていないか?」
大きな身体を縮めて、ビオラの方を伺うエドガーにビオラはクスクスと笑う。
(――お嬢様から、まさか逆プロポーズされるとは思ってもいなさそう)
エドが領土に帰ったら逃げるかもしれないから、その前に結婚の言質を取らなきゃ!と祭りが始まる前にアルゼリアは息巻いていた。
そんなアルゼリアの姿を思い出すと、どうしても顔が笑ってしまう。笑いながら何も教えてくれないビオラに、エドガーがため息をついた。
「お前に聞いた俺が悪かった。アルゼリア様が教えてくれないのを、ビオラが言うわけないな。それじゃあな。仮面は渡したからな」
そう言うと手を軽くあげ、エドガーが立ち去った。ビオラはもらった飲み物を近くの机に置き、仮面を手に取る。
「これは、小鳥のモチーフかな?」
鳥と大樹の神話から、女性には鳥をモチーフにした仮面が好まれていた。滑らかな手触りの木でできた仮面には、細やかな彫刻が施されている。額から鼻まで覆われる形の仮面で、額の部分には宝石が埋め込まれている。
(――お嬢様。ご自身の仮面と一緒に注文してくださったのね)
アルゼリアが朝見せてくれた仮面は、ビオラが待つものによく似ていた。額に埋め込まれた宝石の色が、異なるだけだった。
道にはたくさんの露店が出ており、雑貨や食べ物などが売られている。少し開けた場所には大道芸人も来ているようだ。
「何か食べようかな?」
キラキラの飴をまとったフルーツに、炙られて肉汁が弾ける串焼きのお肉。魚に衣をつけて揚げたものに、色とりどりの可愛いキャンディ。
美味しそうなものばかりで、ビオラは嬉しそうに財布を持ってふらふらとお店に近づく。
「これをください」
ひとまず串焼きお肉の店に決め、人差し指を立てて1本注文する。
「待ってくれ。2本で頼む」
「でん!」
後ろからぐいっとビオラの腰を掴んだジェレマイアが、串屋のおじさんにそう言った。思わず殿下と呼びそうになり、口を慌てて閉じた。
「はいよ。熱いから気をつけな」
焼きたての串を2本受け取ると、ジェレマイアが人混みを抜けてビオラに1つ渡した。
「こんな美味しそうなものを独り占めするつもりだったのか?」
「まさかこんなに早く合流すると思わなかったんですよ。アルゼリア様は?」
肉を頬張るジェレマイアが、遠くの方を指さす。そこには、仮面越しでも分かるほど顔を真っ赤したエドガーと、その腕にしっかりと抱きついているアルゼリアの姿があった。
「挨拶が終わったらすぐに仮面をつけて、あの男のところに行ったぞ」
肉をごくり、と飲みジェレマイアが言う。アルゼリアの口元が嬉しそうに笑っているのを見て、ビオラも嬉しくなった。
「それじゃあ俺たちも楽しもう。仮面で顔を隠して街中で遊べるなんて、なかなかないからな」
にやりと笑ったジェレマイアがビオラに手を差し出す。ビオラはその手を握ると、ぐっと自分の方に引き寄せてアルゼリアのように腕に抱きついた。
「今日はこうやって歩いてもいいですか?」
腕に抱きついたままジェレマイアを見上げると、片手で仮面を覆っていた。どうやら照れているらしいその姿に、ビオラは心がくすぐったくなってさらにぎゅっと力を込めて抱きついた。
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