39 / 55
39話
しおりを挟む「わ。かわいい」
「そこの恋人さんもよかったらやっていってよ!」
ビオラがフワフワのクマのぬいぐるみを指さすと、すかさず射的屋の男性が声をかけた。棚の上にはぬいぐるみや木製の置物などが飾られ、カウンターの上にはおもちゃの弓矢が置いてある。
「これはどうやるんだ?」
男性から説明を受けたジェレマイアが、おもちゃの弓矢を手に取る。そして、ビオラが反応した茶色のクマのぬいぐるみへ弓矢を向けて、弓矢を放つ。
ジェレマイアの弓矢はまっすぐ飛んでいき、ぱしん、と小気味良い音ともに、クマが下に落ちた。
「おお。お兄さんおめでとう」
男性はベルをカランカランと鳴らすと、下に落ちたぬいぐるみを拾ってジェレマイアに渡した。
「ほら」
「ありがとうございます」
(――かわいい。嬉しい)
ふわふわのクマをぎゅっと抱きしめると、ビオラが嬉しそうに笑う。そんな彼女に、ジェレマイアは満更でもなさそうだ。
ビオラが大事そうにクマを持ちながら歩き出すと、ジェレマイアは先ほどまでビオラが抱きついてた自身の腕を見つめる。
そして、建物の2階の方を見て、顎をくいっと動かして合図する。
「お呼びでしょうか」
ジェレマイアの出した合図を見て影の男性が降りてくると、ビオラのクマを指さす。
「ビオラ。これからまだ色々と見てまわるから。そのクマはこいつに預けろ」
「そのために呼んだんですか?すみません」
偉そうなジェレマイアにビオラはぺこぺこと影の男性に頭を下げて、両手でクマを差し出す。図体の大きな影の男性が、そのクマを丁寧に受け取る。
「失礼します」
一言告げて、影の男性が目の前から消えた。ビオラはじとっとジェレマイアを見つめた。
「職権濫用ですよ」
「あのままだと、ずっとクマを抱いていそうだったからな」
そう言って腕を差し出すジェレマイアに、ビオラはふふっと笑った。
明るい時間帯には子供が走り回り、大道芸人も出ていた感謝祭。日が暮れてくると、ランタンの明かりがつき楽器の演奏も始まった。
あちらこちらで女性をダンスに誘う男性がおり、初々しい恋人たちが寄り添って踊っている。露店のお店も変わっており、果実酒などアルコールも多く売り出していた。
ビオラたちの目の前の男性も、恋人の女性に手首に付けられるリストブーケを渡してダンスに誘っていた。
「ビオラ。よければ私と踊ってくれませんか?」
そう言うとジェレマイアが跪いて、ビオラへ白い花でできたリストブーケを差し出す。
「私でよければ」
ビオラはワンピースの裾を持ち上げて礼をすると、ジェレマイアへと手を出す。その手をそっとジェレマイアは取り、リストブーケを手首へと付けた。
「このお花はビオラですか?」
「ああ。さっきお前が飲み物を買いに行っている時に、見つけたんだ」
ビオラがジェレマイアの手を取り、くるりと回る。貴族のダンスは踊ったことがないビオラだが、ジェレマイアの誘導で楽しく踊ることができた。
(――すごい楽しい!殿下も楽しそう)
喋りながら踊っていると、楽しくなってきてビオラは声を出して笑う。そんなビオラに釣られたように、ジェレマイアも少年のように声を出して笑った。
何曲か踊った2人は、近くにあった人が賑わう酒場に入った。活気のある酒場で、テラス席に座るとすぐに麦酒を2つ注文した。
「すごく人気ですね」
笑い声や歌声が響く酒場に、ビオラは目をぱちぱちとさせた。田舎の子爵で働いていたビオラは、人で賑わう酒場に来るのは初めてだった。
「意外と落ち着かないか?ここは飯も美味いんだ」
「確かに。周りの方も楽しそうですし、誰もほかの人を見ませんね」
2人で話をしていると、すぐに大きなジョッキに入った麦酒が来た。その後にはジェレマイアが頼んだ料理も届き、どれも美味しかった。
お酒を飲み少し頬が赤くなったビオラが、ジェレマイアを見つめる。
「どうした?」
「この前のお返事を、ここでしてもいいですか?」
周りに人はたくさんいるが、誰もビオラたち2人を気にしている様子はない。たくさんの人の中にいるのに、ビオラはまるで2人きりのようにすら感じていた。
「お嬢様にも話をして、私。殿下と」
結婚したいです。と続けようとしたビオラがぐいっとジェレマイアに顔を近づけると、2人の間ににゅっとオレンジ色の頭が割り込む。
「ライ様!」
「お邪魔しますー。殿下、ご報告が」
にこにこっと笑ったライは、麦酒の入ったジョッキを片手にジェレマイアの隣に座っていた。
「おい。それは今じゃなければダメなのか?」
見るからに不機嫌なジェレマイアに、ライはニヤけた顔を真顔に戻す。
「ビオラちゃんにも関係ある話だから、早めにお伝えしたくて。……ロザリーン様がもうすぐ王都に帰ってくる」
「ロザリーンが?」
(――ロザリーン様って。確か聖女様よね?それに、殿下の第一妃になる人だよね)
ちら、とビオラがジェレマイアを見ると、彼は難しそうな表情を浮かべて何かを考えていた。
「面倒だな」
「多分。ブルクハルト公爵が殿下の支持者になって、王位につく可能性が高くなったと思ったんだろうね。ビオラちゃん。聖女はね。ジェレマイア殿下の第一妃候補だけど、タキアナ皇后とも通じていてサレオス殿下が王になるなら、彼と結婚するつもりだったんだ」
「王様になる方と結婚するおつもりだった、ということですか?」
「そうそう。それで、今回の件でジェレマイア殿下が王になるって確信を得て、王都に帰ってきたんだと思う」
「殿下はどうされるんですか?」
「今後の動きは変わらん。ビオラは公爵の養子になり、すぐに国に結婚を発表する。邪魔されると面倒だな」
そう言って立ち上がると、ビオラの額にキスをした。
「悪い報告は入ったが、今日は楽しかった」
そう言ってビオラの両手を握る。ビオラも笑顔で頷くと、ライが手をバンバンと叩く。
「さあ。急ぎましょう殿下」
「ああ。……お前はなぜ座る?」
「ビオラちゃんを1人にするおつもりですか?殿下がいないと事は進まないですが、僕はいなくてもいいでしょう?ご飯だってまだビオラちゃん途中ですし」
「うるさい。行くぞ」
「えええ。せっかくだから一緒に食べさせてくださいよ」
首の後ろを掴まれたライが、情けない声を出す。そのまま引きずるようにして、ジェレマイアが酒場を出ようとする。
「先ほどの言葉の続きは、2人きりの時にまた聞かせてほしい」
そう言って酒場から、ジェレマイアが出て行った。
10
あなたにおすすめの小説
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
酒飲み聖女は気だるげな騎士団長に秘密を握られています〜完璧じゃなくても愛してるって正気ですか!?〜
鳥花風星
恋愛
太陽の光に当たって透けるような銀髪、紫水晶のような美しい瞳、均整の取れた体つき、女性なら誰もが羨むような見た目でうっとりするほどの完璧な聖女。この国の聖女は、清楚で見た目も中身も美しく、誰もが羨む存在でなければいけない。聖女リリアは、ずっとみんなの理想の「聖女様」でいることに専念してきた。
そんな完璧な聖女であるリリアには誰にも知られてはいけない秘密があった。その秘密は完璧に隠し通され、絶対に誰にも知られないはずだった。だが、そんなある日、騎士団長のセルにその秘密を知られてしまう。
秘密がばれてしまったら、完璧な聖女としての立場が危うく、国民もがっかりさせてしまう。秘密をばらさないようにとセルに懇願するリリアだが、セルは秘密をばらされたくなければ婚約してほしいと言ってきた。
一途な騎士団長といつの間にか逃げられなくなっていた聖女のラブストーリー。
◇氷雨そら様主催「愛が重いヒーロー企画」参加作品です。
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。
似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります
秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。
そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。
「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」
聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。
義母の企みで王子との婚約は破棄され、辺境の老貴族と結婚せよと追放されたけど、結婚したのは孫息子だし、思いっきり歌も歌えて言うことありません!
もーりんもも
恋愛
義妹の聖女の証を奪って聖女になり代わろうとした罪で、辺境の地を治める老貴族と結婚しろと王に命じられ、王都から追放されてしまったアデリーン。
ところが、結婚相手の領主アドルフ・ジャンポール侯爵は、結婚式当日に老衰で死んでしまった。
王様の命令は、「ジャンポール家の当主と結婚せよ」ということで、急遽ジャンポール家の当主となった孫息子ユリウスと結婚することに。
ユリウスの結婚の誓いの言葉は「ふん。ゲス女め」。
それでもアデリーンにとっては、緑豊かなジャンポール領は楽園だった。
誰にも遠慮することなく、美しい森の中で、大好きな歌を思いっきり歌えるから!
アデリーンの歌には不思議な力があった。その歌声は万物を癒し、ユリウスの心までをも溶かしていく……。
「聖女は2人もいらない」と追放された聖女、王国最強のイケメン騎士と偽装結婚して溺愛される
沙寺絃
恋愛
女子高生のエリカは異世界に召喚された。聖女と呼ばれるエリカだが、王子の本命は一緒に召喚されたもう一人の女の子だった。「 聖女は二人もいらない」と城を追放され、魔族に命を狙われたエリカを助けたのは、銀髪のイケメン騎士フレイ。 圧倒的な強さで魔王の手下を倒したフレイは言う。
「あなたこそが聖女です」
「あなたは俺の領地で保護します」
「身柄を預かるにあたり、俺の婚約者ということにしましょう」
こうしてエリカの偽装結婚異世界ライフが始まった。
やがてエリカはイケメン騎士に溺愛されながら、秘められていた聖女の力を開花させていく。
※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる