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47話
しおりを挟む「困ります。聖女様」
扉の外から聞こえた声に、ジェレマイアがため息をついた。ロザリーンの馬車が城に着いたことは影から聞いていたため、彼女が来るであろうことも想定していた。
「開けていい」
ジェレマイアが作業をしながらそう言うと、部屋の扉が開いてロザリーンが入ってきた。白いドレスに身を包んだロザリーンは、腰まである黒い髪の毛をゆったりと流している。キラキラと輝くような黒い瞳に、ぷるんとした桜色の唇も愛らしい女性だ。
「殿下。お久しぶりですわね」
「ああ。何の用だ?」
『相変わらずの見た目ね。やっぱり私のものにしたいわ』
見た目とは異なる心の声に、ジェレマイアはうんざりする。ロザリーンは聖女という肩書にふさわしい見た目をしているが、その中身は好色なものだった。領土にこもり、自身の好みの男性を囲う生活を送っている。
「公爵の支持を得たと聞きまして、お祝いの言葉を述べに来ましたわ」
「それよりも、俺が結婚する話は聞いているか?」
「あら。この前離縁された方のことかしら?それとも、今回新しく結婚することにした子ですか?公爵とのつながりを強固にして、平民や新興貴族たちの支持を得る上手なやり方でしたわね」
『別に妻が何人いたっていいわ。だって、神に選ばれたのは私たち二人だけだもの』
「違う。支持を得るためではない。俺はビオラ以外と結婚する気はないんだ。もちろん、お前ともな」
重要な話なのに書類から顔も上げないジェレマイアに、こてんとロザリーンが首をかしげた。
「私と結婚をしないんですか?私と殿下だけが、この世で神に愛された特別な存在ですのよ?」
駄々をこねる子をなだめるような、そんな口調で言うロザリーン。ジェレマイアの言うことが間違っており、なぜそんなことを言うのか理解ができないようだった。
「俺の決定は変わらない。王になっても、俺の妻はビオラだけだ。お前は自分の領地で好きに生きればいいさ」
「後悔しますわよ?」
『残念だわ。私はサレオス殿下よりも、ジェレマイア殿下の方がずっと好みなのに』
ふう、とため息をついたロザリーンは、そう言うと部屋から出て行った。ロザリーンは自分自身に絶対的な自信を持っていたため、ジェレマイアに何を言われても腹が立たないようだった。
ロザリーンが部屋から出て行ってしばらくすると、ライが部屋に戻ってきた。
「聖女はタキアナ皇后の部屋に行きました。中には既に伯爵とサレオス殿下もいらっしゃるようです」
「そうか。ふん。何か悪だくみでもするんだろう。ほっとけ」
(――思ったよりも簡単に引いたことに驚いたが。俺は俺のやるべきことをするだけだ)
もうすぐ日が昇る。やるべきことを早く終わらせて、ビオラをこの執務室の隣の部屋に呼びたかった。執務室の奥には扉があり、夫婦の寝室につながっている。
「殿下。考えていることは分かりますので、早く仕事に集中してくださいね」
じっと寝室に繋がる扉を見つめるジェレマイアに、呆れたようにライが言った。
「失礼いたしますわ」
ロザリーンが部屋に入ると、機嫌良く談笑するタキアナ皇后と自身の父であるバムフォード伯爵の姿がある。サレオスは会話に入らず、微笑んでいるだけだ。
(――ジェレマイア殿下ったら。困った人ね)
先ほど自分と結婚しないと宣言したジェレマイアを思い出し、ロザリーンは頬に手を当ててため息をついた。
「ロザリーン嬢。そんなところじゃなくて、こちらにおいでなさいよぉ」
タキアナが扉から動かないロザリーンを手招きし、空いている席を指さす。その前には空のティーカップが置いてあり、ロザリーンのために用意された席のようだった。
「はい。皇后様にご挨拶を申し上げますわ」
「そんな。他人行儀な挨拶はなさらないで。先ほど伯爵にはお伝えしたのだけど、ロザリーン嬢にはサレオスが似合うと思うの」
そう言いながらタキアナが、ポットからお茶をカップに注ぐ。自らお茶を淹れることで、それだけあなたを重要に思っている、とのアピールだろう。
(――私に似合うのは同じ境遇のジェレマイア殿下だけ。まあ。それでも、皇后という位は私にぴったりですわ)
「私。この国の皆様を正しい方へ導きたいと思っていますの。そのために、国の王になる方と一緒になりたいと思っていますわ」
「えぇ。分かっていますよぉ。でもその想いをジェレマイアは、初恋なんかで無駄にしようとしていますわね。このままだと、あの平民出の小娘が皇后になってしまいますわぁ」
「それは。嘆かわしいことですわ」
「そこでね」
ぐいっとタキアナがロザリーンに顔を寄せる。目は爛々と輝き、ロザリーンの瞳からそらさない。
「ロザリーン嬢にはサレオスと結婚して、この国を導いて欲しいの」
「ロザリーン。僕と良い国を作ろうじゃないか」
黙って様子を伺っていたサレオスが、ワイングラスをかかげてそう言った。その横で伯爵は満足気に頷いている。どうやら、既に伯爵と話が進んでいるようだ。
「でも。既に王は後継者として、ジェレマイア殿下を指名していますわ。最近では悪い評判も聞かなくなりましたし、今の流れでは王位につくのは難しいのでは?」
「そこで。少し協力して欲しいんですわぁ」
そう言ってタキアナは、ロザリーンの耳に唇が触れるほど近付く。酔ってしまいそうなくらいの、濃厚な香水の香りが鼻腔をくすぐる。
「それは!……でも、この国の未来のためになるなら。やりますわ」
タキアナの言葉に目を見開き、驚いた様子のロザリーンだったが、すぐにそう答えた。
(――神に選ばれた私が皇后になることは、変えてはいけない事実だわ。そうだ。サレオス殿下が王になったら、ジェレマイア殿下を幽閉して私のものにすればいいわ)
「私たちの未来に乾杯しましょう」
ぱちりぱちりと泡が弾けるシャンパンを、サレオスから受け取りロザリーンは微笑んだ。
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