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心の支え2

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 なんで俺はこんなところで一人ぼっちなんだろう。12歳のヴァルターはベッドの上で座って泣いていた。

 ネバンテ地方で最も大きな領土を持つメラース家の長男であるヴァルターは、物心つく頃から親に甘えたことがない。両親は帝国に謀反を企んでおり、ヴァルターに危険が及ぶ可能性を考えて祖父へと預けていた。

「ヴァルター!いつまで泣いているんだ」

「だって。僕の誕生日なのに母様も父様も来てくれないんなんて!」

 部屋に祖父が入ってきて、いつまでも泣いているヴァルターを注意する。数日後にあるヴァルターの誕生日に、両親が来ないと聞いてからヴァルターはずっと泣いていた。

 強く育てたい、そう思い祖父はヴァルターへ強く当たることが多く、ヴァルターは立ち上がると祖父をにらみつけて外へ飛び出した。

「ヴァルター!どこに行くんだ!」

「放っておいてよ!」

 ヴァルターは部屋を飛び出し、馬小屋へ行くと乗り慣れた自身の馬に乗って屋敷から出て行った。

 どこに行こうとも決めておらず、ただただ馬を走らせていると小さな小屋を見つけた。

「前、狩りに連れてきてもらったときに使った小屋だ」

 ヴァルターはぐすぐすと泣きながら馬から降りると、ふらふらと歩きだした。

 しばらく歩いていると、きゃっきゃと子供たちの楽しそうな声が聞こえ、思わずその場に身を伏せる。

「ど、どこだ?」

 きょろきょろと周りを見渡すと、少し離れた場所にある川で少年少女が楽しそうに水浴びをしていた。

「なんだよ。楽しそうに」

 自分の状況とは全く違い、楽しんでいる子供たちに腹が立ったヴァルターがすねたように言った。ヴァルターにはクルトなど友達はいるものの、頻繁には会えない状況だった。もちろん、子供だけで遊んだ記憶はほとんどない。

「ふん。別にうらやましくなんかないぞ」

 そう言いながらもじっと川で遊ぶ人を見ていると、その中にいる緑色のロングヘアの女の子から目が離せなくなった。

「か、かわいい」

 ぽつり、と思わずヴァルターがつぶやき、自分の言葉に驚いたようにヴァルターは両手で自分の口を押さえた。

 緑色の髪をした少女、幼い頃のコルネリアは嬉しそうに笑顔で水を、隣にいる少女へかけている。にこにこと楽しそうに笑い、動くその姿をじっとヴァルターは見つめた。

 その日からヴァルターは、なんとなく毎日その川が見える林まで馬で出かけるようになった。もちろん毎日コルネリア達が川にいるわけではない。

 しかし、コルネリア達が川で遊ぶ姿を見ると、自分も一緒に子供らしく遊べているような、そんな気持ちになれた。また、コルネリアの姿を見ると、ヴァルターは胸がどきどきして仕方がなかった。



 
 目が覚めると憂鬱だったヴァルターの日々は、少し輝き始めた。その日もぱちりと目が覚めると、早く勉強を終わらせて川を見に行こう、とヴァルターは笑顔を浮かべた。

「ヴァルター!!」

「お、おじい様どうしたのですか?」

 笑顔を浮かべていたヴァルターの部屋に祖父が飛び込んでくる。早朝から尋常ではない様子で現れた祖父を、不安そうにヴァルターが見つめる。

「落ち着いて聞きなさい。お前の、お前の両親が」

 肩を痛いほど強く掴み、目を真っ赤にした祖父が語った内容は幼いヴァルターには信じられない内容だった。両親が謀反の企みがバレて、殺されたというのだ。

「う、嘘だ!」

「これからは、お前が二人の意思を次いで国を作るんだ」

「嫌だ!」

「ヴァルター!待ちなさい!」

 ヴァルターは部屋から飛び出し、いつもの川が見える場所まで急いだ。ボロボロと涙をこぼし、足がもつれて何度も転んだ。

 はあはあ、と息切れを起こしたヴァルターが顔を上げると、いつもの川にコルネリア達の姿はなかった。

「なんで!なんで!」

 頭がぐちゃぐちゃのヴァルターはそう言うと、今まで見ているだけだった川の方へ歩き出す。ヴァルターも自分が何をしたいのか分からなかったけれど、じっと止まってもいられなかったのだ。

「あら?」

 誰もいないと思っていた川に近づくと、岩の影にコルネリアが座っていた。彼女はボロボロ泣きながら歩いてくるヴァルターを見て、こてんと首をかしげている。

「き、君は」

「ないているのね。こちらにおいでなさい」

 ヴァルターより5つほど年下のコルネリアは、舌足らずなしゃべり方でヴァルターを呼んだ。

「どうしたの?」

 目の前まで来たヴァルターにそうコルネリアが問いかける。目の前で見るコルネリアは儚げで美しく、頭の片隅でその美しさを感じながらもヴァルターの胸は悲しみでいっぱいだった。

「もう。ダメなんだ。ダメになってしまったんだ」

 大好きな両親が死んでしまった悲しみ、そして両親の意思を継がないといけない重責、それらがずしんとのしかかったヴァルターが喘ぐようにつぶやく。

「なにかがだめになったの?」

 自分より年上の少年が目の前で泣いているのに、コルネリアは一切に動じていない。ヴァルターの言葉に不思議そうに言葉を返した。

「全部。全部だよ」

 ヴァルターがそう叫ぶと、コルネリアは両腕を組んでうーんと考えた。

「わかったわ。ぜんぶだめになったなら、わたしの国においでよ。そうじとかしなきゃだけど、わたしが養ってあげる」

「え?」

「こうみえても、聖女こうほでえらいのよ!あなたひとりくらい、養ってあげますわ。神殿でコルネリアに言われてきたって言えばいいわ」

 えっへん、と胸を張って言うコルネリア。儚く美しい容姿の年下の少女が、まさかそんな発言をすると思っていなかったヴァルターはぽかん、と口を開けてコルネリアを見つめる。そして、大きな声で笑い始めた。

「な、なんですの?」

「君って最高だ!」
 
 そう言ってヴァルターはコルネリアを抱きしめると、ひとしきり笑った。びっくりした様子のコルネリアも、ずっと笑っているヴァルターにつられて笑い出した。

「コルネリア!ありがとう!」

(――この少女が好きだ!この子に恥じない生き方をしたい!)

 ヴァルターは晴れやかな表情を浮かべて、立ち上がった。

「いいんですわ。なにかあったら、神殿にきていいですわよ」

「ああ。ありがとう」

 えへんと胸を張るコルネリアの頭を撫で、ヴァルターは来た道の方へ向かって歩き出した。コルネリアは急にその場から立ち去ろうとするヴァルターを止めず、ばいばいと手を振った。

 その後。何度かコルネリアが遊ぶ川へ行ったものの、ヴァルターは声をかけられなかった。そして、祖父の屋敷から離れる日が決まり、ヴァルターが行ったことは画家に絵を描かせることだった。

(――コルネリア。君にふさわしい男になる)

 画家に書いてもらったコルネリアの絵を握りしめて、ヴァルターは祖父の屋敷を出て行った。
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