手帳の運び屋

彩葉

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───碧side

9___手帳屋side

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この世の終わりが訪れたと思った。
誰かの大予言で人類は滅亡直前に追いやられたのだ。かく言う私も恐らくもう長くはない───。
───位に私は今打ちのめされている。


煙草が───無い───。


何とも言えない脱力感だ。
いつもストックをしているつもりでいたのだが。無い。

───仕方あるまい、買いに行こう。

毎日何処かに脱ぎ捨てている筈なのに、いつの間にか綺麗にシワを伸ばして掛けてある蘇芳色の羽織りを私は乱雑にハンガーから外した。すると───

───振り返りざまに冷ややかな視線を感じた。

なんだろうか。
心臓辺りが冷えた気がした。
後ろから何者かが私の背中に穴を開けるか位の勢いで視線を送ってきた。そして────


「───行く。」


───恐らく私は物凄く間抜けな顔を晒した事だろう。なんだろう。どうしてこの子はいつもこうなのだろうか。
感情の表現が独特というのか、恐らくは過去が原因して極端に苦手が出ている面がここだ。いい加減私にも気を許して貰えないだろうか。私がこれに慣れるのは些か難しさがある。

「うん───行こうか。」

そう言って私は頷いた。
この子は感情が読み取りにくいことに加え、最近は寂しい事に言葉を交わす事も減ってきた。
煙草を買うだけの少しの時間でも、私にとっては貴重な時間に違いはなかったのだから。



二人で外を歩くのはどれほどぶりか。
私の横には何年も前に公園で拾った、体温すら感じさせない色白の青年が歩いていた。
見た物を精巧に自分へコピーする能力を持った不思議な子だが、私は何者でもないこの姿が一番目を惹く姿に思う。

実際通りすがりの人間を見ていれば、否応なしにその事実に気付かされた。

だが───
見惚れている場合では無かった。
私達はコンビニエンスストアを目の前にして、歩を止めた。



あれは───。



『………迷い人』

───先に口を開いたのは私では無かった。
ビルとビルの間に座り込んで居る少年。
しかし存在が酷く曖昧な状態だった。

彼は生きている。
───が、生きているのは今私達の目の前に居る彼では無い。
放っておくときっと帰れなくなる───。


「─────帰ろう。」
そう言って私は煙草を買って、急いで文具店へ歩を進めた。

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