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第三章 奇跡の融合とトラブル

奇跡のタッグ

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 すぐにアンブローズ公爵邸へ向かうことになったので、慌ててエミリオ様に報告しに行った。報告・連絡・相談ほうれんそうは、前世で社会人をしていた身としては外せない基本である。
 
 そうしてバタバタしながら先にアンブローズ公爵令嬢に知らせに戻るというサリー様をお見送りし、私とエミリオ様は準備をしてあとから向かうことになった。
 今はアンブローズ公爵邸に向かう場所の中なのだけれど……。

「どうしてすぐに僕を呼ばなかった?」

 先ほどまでは「頼りがいのある上司」の顔をしていたエミリオ様は、今、無表情ではあるが、少ししゅんとしているようにも見える。

「え……お客様から詳しく事情を聞いて、すぐに報告したように思うのですが……」
「そうなんだけど……。僕は頼りにならないかな?」

 だんだんエミリオ様が迷子になって家に帰れなくなった大型犬のように見えてきた。なんだか以前、道端で出会った真っ白な髪、真っ赤な目のお人形のようにかわいい……そう、ラヴィーちゃんと姿が重なった。
 
「いいえ! とても頼りにしています。エミリオ様はまぎれもなくヴィタリーサの『店長』ですし、今日もこうしてついてきてくださっていますし」
「……うん。当然だよ。僕が作った化粧品が引き寄せたトラブルだからね。ちゃんと責任をとらないと」
「…………」
「アイリーン? なんか怒ってる?」
「正直、めっちゃ怒ってます」

 エミリオ様は私の正面で目を丸くしたけれど、私は今、かなり腹が立っている。
 だって、私たちが私たちの手で売っていた化粧品でトラブルが起きるなどありえないとわかっている。つまり、マーガレット・アンブローズ公爵令嬢は嘘をついているのだ。
 
 それなのに、素晴らしい商品を作ってくれたエミリオ様に『責任を取らないと』なんて言わせてしまうなんて! 確かに防ぎようのない事故のようなものだけれど、これでは美容部員の名折れだわ!

「こんな事態を引き起こした自分自身に腹が立っています」
「なにを……。アイリーンのせいじゃないだろう」
「いいえ。サリー様を、その背後にいるアンブローズ公爵令嬢を接客したのは私ですから」
「販売の方針もエリー含めた三人で決めたし、きみ一人の責任ではないよ」
「でも、パッチテストを終えてからでないと売れないと言い張ったのは私でしたし……」
「それは、僕も納得して受け入れたじゃないか」

 肌に塗布とふしてアレルギー反応が起こらないか確認するパッチテストの有用性を説いたのは私だ。使用者にサンプルを渡して自宅で試してもらう方法も考えたのだが、サンプルを作る手間もあったし、何よりこの世界にパッチテストの概念が存在しなかったので、使用法をしっかり守ってもらえるかが心配だったのだ。
 だから、化粧品を売る前に被験者を集めてパッチテストを行い、「パッチテスト済み」の化粧品を売りたいと主張したのだ。
 ただ、それが予想外の結果を生むことになったのだけれど――。

「それに、そのおかげで僕とアイリーンの力が融合することで相乗効果が見込めることがわかったから、必要な提案だったよ」

✳︎✳︎✳︎

――時はヴィタリーサを開店する前にさかのぼる。
 
 学園で五十人の学生を集めて協力してもらい、完成した化粧品のパッチテストをしてもらうことになった。みんな喜んで参加してくれて、むしろ誰がその枠を手に入れられるかでちょっとした争いが勃発するほどの盛況ぶりだった。
 とにかくそのとき、五十人全ての人に私が自ら化粧をすると「いつもと全然違う」と全員に喜んでもらえた。私は素晴らしい出来の化粧品の魅力を伝えられてとても嬉しくて、その時はまだ知らなかった開発者の有能さに感心していたのだけれど、その中の令嬢の一人が神殿関係者で、真剣な顔で近づいてきて耳打ちしたのだ。「化粧品とアイリーン様から特別な力の働きを感じるので神殿で調べてみたほうがいいですよ」と。
 神殿はこの世界の宗教施設のような場所で、神から与えられた力である神力や聖力、魔法を扱える人たちが集っている。
 そこにはモノや人に宿る「力」を鑑定できる人もいるので、後日こっそり調べてもらった。
 すると、なんと化粧品には製作者の神力が、そして私が施術することで聖力がこめられ、その相乗効果によってただの化粧品がチートアイテムに昇華してしまっていたことがわかったのだ。
 いわく、化粧品自体は構成されている各分子の周りを神力がコーティングしているので、人体には絶対に害をなさないようにできている。そして、その上で私が化粧を施すことによって、私のイメージに従って私の中の聖力が働き、化粧品の中の神力に作用して分子の構造を変えているのだという。
 
 前世の記憶を辿ると、化粧品を開発する過程で「カプセル化」という技術について聞いたことがある。それは化粧品の中に含まれる、ともすれば肌に害を与えかねない物質をカプセルの中に閉じ込めた微粒子にするというもので、その物質自体が直接皮膚に触れることがないので、起こり得る肌のトラブルを未然に防ぐことができるという画期的なものだった。
 製作者の神力はその「カプセル化」のような働きをするのだろうと想像できた。なんて素晴らしい力なのだろう。
 
 私の「聖力」というのも、自分がそんな力を持っているなど信じられなかったけれど、私はいつも「綺麗にして差し上げたい。少しでも理想に近づけますように」と祈るように念を込めながら施術をしていたので、それが力となって顕在化けんざいかしてしまったのかもしれないと思った。
 ただ、私の力が作用するのは化粧品自体ではなく、製作者の「神力」ということなので、エミリオ様が作った化粧品でないと私の力は発揮されないということでもある。
 
 つまり、化粧品自体が絶対的に肌に無害な夢のような製品で、さらに私がその化粧品を使って力を加えることによって、確実に女性がなりたい顔に近づけると――。私とエミリオ様の出会いは、奇跡を生み出してしまったのだ。

✳︎✳︎✳︎

「でも……だからです。私がちゃんとアンブローズ公爵令嬢に施術ができていれば、嘘なんて吐かせることもなく、必ず納得してもらえたはずです」
「はぁ……。そう、それなんだよな。こっちは神殿で検査したんだから、化粧品に付いてる効果《無害化》については立証されている。だから絶対にマーガレットの主張は嘘だって言い切れるけど、このことはアイリーンの能力含め、おおやけにしたくないからなぁ……」
「本当に、申し訳ありません」
 
 私は身を縮こませた。私のミスだ。ちゃんとお店に来てもらえるよう誘導できなかったから……。次は絶対に同じミスはしないように、対策を練らなければと反省していると、頭にポンと大きくて暖かい手が被せられた。

「全部自分で背負おうとしないでくれ。かっこよすぎるだろう。僕にもせめて半分くらいは背負わせてくれないか? 責任をとれるくらいには偉いつもりなんだから。僕も」

 そう言われて私が顔を上げると、エミリオ様は困ったように笑っていた。
 
「一緒に働く仲間じゃないか」

 私と目が合うと、エミリオ様は嬉しそうに微笑んだ。本当に、私は素敵な縁に恵まれて感謝するばかりだ。

「はい……。ありがとうございます。そうですよね。二人で作り上げた化粧品ですものね」

 現金な私は、エミリオ様に「寄りかかっていい」と言われたようでとても嬉しくて元気が出てきた。エミリオ様に微笑みを返して、私は続ける。

「人に頼るのに慣れてないだけで、エミリオ様を信頼していないとかではないんです。決して。むしろエミリオ様のことは誰よりも頼りにしていますので……。次からは気をつけますね」

 だから、私と出会ってくれてありがとう、という精一杯の感謝の気持ちを込めて、エミリオ様へと笑顔を向けた。

「私、今日はアンブローズ公爵令嬢が主張している『化粧品の不具合で起きた事故』という一点に関してだけは絶対に謝りません! 必死に開発してくださったエミリオ様とエミリオ様が作った最高の化粧品に失礼ですからね」

 だからあとはよろしく、という言葉を心の中で付け加えながら――。
「その言葉はすごく嬉しいから、ぜひアイリーンは自分の思うままにしてくれていい」という頼りがいのある店長の言葉に歓喜した。
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