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第二章 婚約破棄
悪女の婚約破棄
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私はクラウスを警戒しつつ、いつも通りの日々を送っていた。
ただ一つ違ったのは、授業の合間の休みごとにクラウスが私に会いに訪れること――。
最初は、彼はまだ私の心を取り戻そうとしているのかと思っていた。けれど、どうやらそうではなさそうだと気づいた頃には、私はもう、クラウスの描いたシナリオ通りに動く歯車の一つになってしまっていた。
たくさんできたと思っていた私の友達は、もう話しかけてくれなくなった。私が話しかけても、無視されたり、愛想笑いで誤魔化されたりして、まともに対応してくれる人はいなくなってしまった。ただ一人を除いては――。
「リリアーヌ、ベリサリオ様が最近入学してきた婚約者を溺愛してるって……羨ましいって噂になってるわよ? あなたのことよね? 婚約者に溺愛されるのってどんな気分?」
クラスのみんなから遠巻きにされている私に平気で話しかけてくれる彼女は、以前、クラウスに要求をのんでもらうために使った技『潤み目で上目遣い~できればボディタッチを添えて~』を伝授してくれたカシア・エイブリーである。
「カシア……。うん、嬉しいよ。自分だけに優しくしてくれるのだから」
でも、私はそんな彼女にも嘘をつく。だって――。
「あまり嬉しくなさそうに言うのね?」
「愛されすぎて疲れたってかんじかな……」
「なんだか、事情がありそうね……」
「うん……。これでもし婚約破棄なんてことになったら……私、きっと大勢の人から責められるよね?」
「……冗談でしょう? 今でさえ『悪女』なんて呼ばれているのに。理想の婚約者と婚約破棄するなんて、非難しかされないわよ」
「……ふふ。だよね。言ってみただけ!」
『悪女』と不名誉なレッテルを貼られてしまい、小心者の私はこれ以上自分の立場を悪くしないように振る舞うだけで精一杯だったのだ。
さすがクラウスは転んでもただでは起きない男だと感心する。
彼がこの二カ月半で何をしたかというと、ここぞとばかりに私を甘やかす姿を周りに見せつけ、婚約者を大層溺愛しているという噂を名実ともに学園中に浸透させたのである。
けれど、私はそんなクラウスに対して、もう情も湧かなければ嫌悪感しか抱けない。どんなに愛を告げられても「無」でいることしかできなかった。
溺愛するクラウスに対し、それを受け流してばかりのそっけない婚約者の態度は、私の想像よりも遥かに多くの人の注意を引きつけてしまっていたらしい。二人の姿を見たり、聞いたりした多くの人は、陰で私のことを「悪女」と呼び始めたのだ。
この状態で半月後に婚約破棄するとなると、私が非難される可能性が高い。
今でさえ「冷たい女」だとか、「調子にのっている」だとか、「身の程知らず」だとか言いたい放題言われているのだ。
たとえ婚約破棄の理由が「クラウスの浮気」だと真実を言ったところで、私の言葉は信じてもらえそうにない土壌が作られてしまったわけである。
クラウスのお相手となった令嬢方の今後を考えると、証拠を公に開示することも躊躇われるし、完全に詰んでいる。
クラウスの存在感とカリスマ性、圧倒的な美貌を利用したとてもいい戦略だと思う。
でも、やっぱり私は疑問に思うのだ。本当に私のことを愛しているなら、こんなふうに私のことを貶めるようなやり方をするだろうか――と。
――でも、もう少しの辛抱で彼とはお別れできるし。婚約破棄さえしてもらえるならいいかな。
私は元々婚約破棄を目標にしていたし、その目標はまもなく達成できる。
クラウスは『婚約者を溺愛する自分』を演じて自らのイメーを高めているだけで、他の誰かに迷惑をかけているわけではない。
私には通常以上に優しくしてくれているし。ただ「婚約者を溺愛する」という、女性の夢を実現しているだけなのだ。責められるはずもない。
どうして私の気持ちがクラウスに向いているときに、今みたいに愛情を向けてくれなかったのだろうと悲しく思う気持ちは消せないけれど。
✳︎✳︎✳︎
「リリーはいいの? このままで」
気づけばもう放課後だった。私はいつの間にか図書館のいつもの場所に座っていた。
目の前には輝かしい美貌に眼鏡をプラスしてインテリ度が増した超絶美形がいて、私を物憂げに見つめていた。
「ま、まぶしい……」
「え? ごめん、なんて?」
「いいえ、なんでも」
私はしぱしぱさせてぼーっとした思考を切り替えた。この優しい友人に心配をかけたくはない。
「クラウスのことですよね? 全く問題ないです。あと半月で婚約破棄できますし」
「悔しくないの? このままだとリリーが悪者になってしまうかもしれないよ」
「大丈夫です。ルイ様やアラスター様みたいに私のことをちゃんとわかってくれている友人もいますから。これからはそういう人との関係を大切にしていきます」
ルイ様は相変わらず困ったような顔をしている。心配してくれるのが嬉しいと言ったら不謹慎だと怒られるだろうか――。
ルイ様を筆頭に、私を信じ、私の身を案じてくれる人たちがいる。それだけで私は笑顔になることができるのだ。
私は彼を安心させたくて心からの笑顔を浮かべた。
「ルイ様は私が『悪女』と呼ばれていることを心配してくださっているのですよね?」
「うん、まあ……」
「それも大丈夫です。これから、私は奨学生になるつもりです。そうすれば学園内での不名誉な呼び名や噂はある程度打ち消せると思います」
「奨学生に……」
「はい! ルイ様に教えてもらっているおかげで狙える位置まで来られたので。絶対になってみせます!」
「そうか。リリーが頑張ろうとしているのに、邪魔はできないな」
「……? ルイ様が邪魔になんてなるはずありません。そばにいてくれないと困ります!」
「そう?」
ここでやっとルイ様が笑ってくれた。笑うと下がり気味の目尻がより強調されて可愛い雰囲気になる。私はそれを目にすると達成感で満たされた。
「だから、私のためにも、これまで通り勉強を教えてくださいね。正直、情けないですがルイ様の協力がないと厳しくて」
「もちろん。任せてくれ」
「ほんっとうに頼りにしています」
そこで、今までずっとルイ様の隣にいたけれど、なぜか空気に徹していたクーデレ担当アラスター様も会話に加わってきた。
「僕も協力してやってもいい。ルイ様の治世に優秀な臣下が増えるのは歓迎すべきことだからな」
「ありがとうございます! 百人力です」
「イアン、計画を立てよう」
「承知しました」
――無事にクラウスとの婚約が破棄されたのは、その半月後のことだった。
ただ一つ違ったのは、授業の合間の休みごとにクラウスが私に会いに訪れること――。
最初は、彼はまだ私の心を取り戻そうとしているのかと思っていた。けれど、どうやらそうではなさそうだと気づいた頃には、私はもう、クラウスの描いたシナリオ通りに動く歯車の一つになってしまっていた。
たくさんできたと思っていた私の友達は、もう話しかけてくれなくなった。私が話しかけても、無視されたり、愛想笑いで誤魔化されたりして、まともに対応してくれる人はいなくなってしまった。ただ一人を除いては――。
「リリアーヌ、ベリサリオ様が最近入学してきた婚約者を溺愛してるって……羨ましいって噂になってるわよ? あなたのことよね? 婚約者に溺愛されるのってどんな気分?」
クラスのみんなから遠巻きにされている私に平気で話しかけてくれる彼女は、以前、クラウスに要求をのんでもらうために使った技『潤み目で上目遣い~できればボディタッチを添えて~』を伝授してくれたカシア・エイブリーである。
「カシア……。うん、嬉しいよ。自分だけに優しくしてくれるのだから」
でも、私はそんな彼女にも嘘をつく。だって――。
「あまり嬉しくなさそうに言うのね?」
「愛されすぎて疲れたってかんじかな……」
「なんだか、事情がありそうね……」
「うん……。これでもし婚約破棄なんてことになったら……私、きっと大勢の人から責められるよね?」
「……冗談でしょう? 今でさえ『悪女』なんて呼ばれているのに。理想の婚約者と婚約破棄するなんて、非難しかされないわよ」
「……ふふ。だよね。言ってみただけ!」
『悪女』と不名誉なレッテルを貼られてしまい、小心者の私はこれ以上自分の立場を悪くしないように振る舞うだけで精一杯だったのだ。
さすがクラウスは転んでもただでは起きない男だと感心する。
彼がこの二カ月半で何をしたかというと、ここぞとばかりに私を甘やかす姿を周りに見せつけ、婚約者を大層溺愛しているという噂を名実ともに学園中に浸透させたのである。
けれど、私はそんなクラウスに対して、もう情も湧かなければ嫌悪感しか抱けない。どんなに愛を告げられても「無」でいることしかできなかった。
溺愛するクラウスに対し、それを受け流してばかりのそっけない婚約者の態度は、私の想像よりも遥かに多くの人の注意を引きつけてしまっていたらしい。二人の姿を見たり、聞いたりした多くの人は、陰で私のことを「悪女」と呼び始めたのだ。
この状態で半月後に婚約破棄するとなると、私が非難される可能性が高い。
今でさえ「冷たい女」だとか、「調子にのっている」だとか、「身の程知らず」だとか言いたい放題言われているのだ。
たとえ婚約破棄の理由が「クラウスの浮気」だと真実を言ったところで、私の言葉は信じてもらえそうにない土壌が作られてしまったわけである。
クラウスのお相手となった令嬢方の今後を考えると、証拠を公に開示することも躊躇われるし、完全に詰んでいる。
クラウスの存在感とカリスマ性、圧倒的な美貌を利用したとてもいい戦略だと思う。
でも、やっぱり私は疑問に思うのだ。本当に私のことを愛しているなら、こんなふうに私のことを貶めるようなやり方をするだろうか――と。
――でも、もう少しの辛抱で彼とはお別れできるし。婚約破棄さえしてもらえるならいいかな。
私は元々婚約破棄を目標にしていたし、その目標はまもなく達成できる。
クラウスは『婚約者を溺愛する自分』を演じて自らのイメーを高めているだけで、他の誰かに迷惑をかけているわけではない。
私には通常以上に優しくしてくれているし。ただ「婚約者を溺愛する」という、女性の夢を実現しているだけなのだ。責められるはずもない。
どうして私の気持ちがクラウスに向いているときに、今みたいに愛情を向けてくれなかったのだろうと悲しく思う気持ちは消せないけれど。
✳︎✳︎✳︎
「リリーはいいの? このままで」
気づけばもう放課後だった。私はいつの間にか図書館のいつもの場所に座っていた。
目の前には輝かしい美貌に眼鏡をプラスしてインテリ度が増した超絶美形がいて、私を物憂げに見つめていた。
「ま、まぶしい……」
「え? ごめん、なんて?」
「いいえ、なんでも」
私はしぱしぱさせてぼーっとした思考を切り替えた。この優しい友人に心配をかけたくはない。
「クラウスのことですよね? 全く問題ないです。あと半月で婚約破棄できますし」
「悔しくないの? このままだとリリーが悪者になってしまうかもしれないよ」
「大丈夫です。ルイ様やアラスター様みたいに私のことをちゃんとわかってくれている友人もいますから。これからはそういう人との関係を大切にしていきます」
ルイ様は相変わらず困ったような顔をしている。心配してくれるのが嬉しいと言ったら不謹慎だと怒られるだろうか――。
ルイ様を筆頭に、私を信じ、私の身を案じてくれる人たちがいる。それだけで私は笑顔になることができるのだ。
私は彼を安心させたくて心からの笑顔を浮かべた。
「ルイ様は私が『悪女』と呼ばれていることを心配してくださっているのですよね?」
「うん、まあ……」
「それも大丈夫です。これから、私は奨学生になるつもりです。そうすれば学園内での不名誉な呼び名や噂はある程度打ち消せると思います」
「奨学生に……」
「はい! ルイ様に教えてもらっているおかげで狙える位置まで来られたので。絶対になってみせます!」
「そうか。リリーが頑張ろうとしているのに、邪魔はできないな」
「……? ルイ様が邪魔になんてなるはずありません。そばにいてくれないと困ります!」
「そう?」
ここでやっとルイ様が笑ってくれた。笑うと下がり気味の目尻がより強調されて可愛い雰囲気になる。私はそれを目にすると達成感で満たされた。
「だから、私のためにも、これまで通り勉強を教えてくださいね。正直、情けないですがルイ様の協力がないと厳しくて」
「もちろん。任せてくれ」
「ほんっとうに頼りにしています」
そこで、今までずっとルイ様の隣にいたけれど、なぜか空気に徹していたクーデレ担当アラスター様も会話に加わってきた。
「僕も協力してやってもいい。ルイ様の治世に優秀な臣下が増えるのは歓迎すべきことだからな」
「ありがとうございます! 百人力です」
「イアン、計画を立てよう」
「承知しました」
――無事にクラウスとの婚約が破棄されたのは、その半月後のことだった。
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