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第二章 婚約破棄
狂った歯車 side クラウス①
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私、クラウス・ベリサリオの婚約者であるリリアーヌは、私のことが誰よりも大好きだ。
私と彼女の縁は親が結んでくれたものだったが、私はその縁をとても貴重で得難いものだと思っていた。好意をストレートに伝えてくれる彼女を、いつしか私も大切に思うようになっていたから。
彼女と人生を共にし、誰よりも幸せな夫婦となる未来を私は疑っていなかった。
私という人間について誰かに聞くと、ほとんどの人が家柄、容姿、能力、どれをとっても最高水準で、何もかもが完璧だという答えを返すだろう。
それはありがたくも両親から受け継いだ先天性のものと、私が努力の上積み重ねた結果を含めた総合的な評価であって、私の認識と相違ない。
一方、婚約者であるリリアーヌはいたって平凡な貴族令嬢であった。客観的に言えば伯爵家の令嬢なので公爵令息の私と比べれば家格は落ちるし、平凡な顔立ちに平凡な髪色で、勉強面もあまり秀でていなかった。
どこが、と問われると返答に困るが、彼女は私にとって確かに可愛く、いわば妹のような愛すべき存在であった。将来を共にしない選択肢など少しも考えたことがなかったし、彼女が彼女であるだけで私にとっては誰よりも価値ある存在だったのだ。
しかし、完璧と称される私の婚約者として羨望と嫉妬を一心に集め、幼い頃より私との釣り合いにおいてアンバランスさを指摘され続けた彼女は、努力の比重を美容のほうに傾け、いつしか外見だけ綺麗に着飾って中身が伴わない「ハリボテ令嬢」だと揶揄やゆされるようになった。
彼女の魅力はその「中身」にこそあるのに、それが理解できない人たちは可哀想だと思っていた。
だが、一番それを知っていなければならない私は十分彼女の魅力を理解している。社交界は放っておいても次から次へと噂の対象が移り変わるし、その全てを統率することは困難だ。
彼女は私にとって特別な存在ではあるが、私が守ってばかりいては、将来公爵夫人として密接に関わるであろう社交界を息のしやすい場所にしていくことは難しい。好き勝手言う外野は気にする必要はないし、そういう輩の言うことは聞き流すに限る。
これも彼女と私の将来のためだと自らに言い聞かせ、私たちの関係を揶揄する噂は無視していた。
彼女はいつも私のことを褒め称えてくれたし、私に近づく女性に嫉妬する姿は可愛かった。彼女の存在がそばにあるだけで私の自尊心は常に満たされ、自己肯定感は否応いやおうなく高まった。
私がミディール学園に入学した頃からなかなか会えなくなってしまったが、会えた日は心が満たされたし、彼女が変わらず私を慕ってくれていることを確認して安心していた。
しかし、彼女がミディール学園へ入学した日以降、私たちの関係は変化してしまった。
いつもなら誰よりも私のことを優先していたのに、その日はなぜか私よりも弟ノアを優先した。とても驚いたから鮮明に覚えている。馬車に乗る間際には抱擁すらしていたからイライラした。
――普段もこうしてスキンシップをとっているのか? 弟だからといっても異性だ。もう少し節度は保つべきではないだろうか? 私だって彼女を抱きしめたことなどないのに――。
だが、彼女は普段から弟を可愛がっていたから、学園入学の緊張で心細くなっただけだろうとその場では納得した。
しかし、そのあと馬車に乗り込んでからも少しおかしかったように思う。急に私よりも勉強を優先すると言い始め、理由を聞くと私のためだと言う。
私のためというのなら否定のしようもなかったし、普段とは異なって可愛く私に甘えるように尋ねられたので、ドキドキしてしまい、深く考えもせず勢いで許してしまった。
しかし、そのことは後悔はしていなかった。そのとき見せてくれた彼女の笑顔が本当に可愛くて癒されたから。
その後はパタリと彼女とは会えなくなってしまった。休息日にデートに誘ってもあっさりと断られた。それまでは喜んで受け入れてくれたのに……。
彼女の趣味や興味に沿った誘い方をしても駄目だった。勉強を理由に全く相手にされなくなってしまった。
それからだ。私の人生の歯車が少しずつ狂い始めたのは。
――彼女が私から離れてしまう……?
盲目的に私を愛してくれていたはずの彼女は、それからも勉強を理由にデートの誘いを断り続けた。
リリアーヌはそのままでいいと私自身は思っていたが、未来の公爵夫人として勉強をして悪いということはない。頑張りたいというなら見守ろうと思ったのに。彼女に会えないだけでこんなに不安になるなんて――。
――私に相応しく在るために勉強がしたいという理由は本当なのか?
急激に不安に駆られた私は、自分の気持ちが制御できなくなって、混乱した。
――こんなに私が彼女に固執するのは何か理由があるはずだ。彼女に会えないだけでこんなにも気持ちが乱れるのは褒められたことではない。平常心を保つために必要なものは何なのか――。
彼女が私を全肯定してくれることを何より気持ちよく思っていたのだから、他の誰かに肯定してもらえばこの絡まった糸のような私の気持ちもほぐれるのではないかと思った。
冷静になって考えると、どうしてこんな考えに至ったのか理解に苦しむ。
しかし、唯一言えることは、その時の私は「彼女を異・性・と・し・て・愛する自分を認められなかった」ということだ。
そうして、いつまでも捕まらない彼女を諦め、私は彼女以外の人に心の安寧を求めてしまった。そうしないと私を構成する全てが崩れてなくなってしまう気がしたのだ。そんなはずはないのに――。
こんなことをしていてはいけない、彼女に対する最大の裏切りだ、と頭の隅すみで理解していながらも、心のバランスを取り戻すためなのか、自分の意志ではやめることができなかった。
彼女が私から離れていってしまうかもしれないと思ったら、いてもたってもいられなかったのだ。言い訳にしかならないが――。
そして、二人目、三人目と愚かな行為を続けたそのあとに、私は確信したのだ。リリアーヌではない誰かと一緒にいても、たとえ体を繋げたとしても、私の心はちっとも満たされないということを。
私が必要としていたのは「私を肯定してくれる誰か」ではなかったのだ。
「愛する人に愛されている」という実感こそが私に自信と力を与えてくれていたのだと――。
そう理解すると、リリアーヌの心がどこにあるのかわからないことが、私をこんなにも不安定にしているのだと結論づけられた。
他の女性に埋めてもらえるはずもなかったのだ。本当に愚かなことをしてしまった。
私はリリアーヌが惜しみなく与えてくれる愛情の上にあぐらをかいて座って満足していたのだ。それが当然無限に与えられるものだと疑いもせず――。
やっと認めることができたこの気持ちをリリアーヌに伝えなければ、と動こうとした矢先、愚かな私がしでかしてしまった裏切り行為がリリアーヌに知られ、婚約破棄を申し出られることとなった。
さらに現場を目撃されてしまったと聞き、目の前が真っ暗になった。彼女が証言した場所でしたことは確かに記憶にあったのだから――。
……それにしても、強固な隠匿いんとく魔法を駆使して外部から見えないよう細工していたはずだ。彼女にそれが破られるとは思わない。どうして目撃されてしまったのか……。
なぜ、どうして……と、目まぐるしく考えていたが、どうにも答えに辿り着けない。
だが、ゆっくりと理由を考えている時間はなかった。私はこのまま婚約破棄され、彼女と夫婦となる未来を諦めることができそうになかった。
自分の過ちを心から悔い、どうすればリリアーヌの気持ちを取り戻せるかと考えていると泣けてきた。物心ついた頃から涙を流した記憶はない。こんなにも私の精神は弱くなってしまったのかと絶望した。
だが、そんな私の珍しい姿を見て狼狽えた父の援護もあって、三カ月の猶予をもらうという交換条件を取り付けられた。この猶予の間に必ずリリアーヌの心を取り戻す。どんなことをしても達成しようと心に決めた。
そうして得た三カ月の猶予の間は、今までの想いをも届けるように、熱烈にリリアーヌへ愛を囁いた。自分の気持ちに気づいた今、他ならぬリリアーヌのためならばいくらでも甘い言葉が出てきた。
――初めからこうすればよかったのだ。やっと気づけてよかった。
心をこめて真摯に伝え続ければ、リリアーヌは私の下に戻ってきてくれるはずだと信じていた。
そのうち、学園内では私がリリアーヌを溺愛しているという噂で持ちきりになった。なぜか、リリアーヌではない他の女性からこれまで以上にアプローチを受けるようになった。それなのに、リリアーヌだけが戻ってこなかった。
もう、遅いのだろうか?
リリアーヌは私が「愛している」と伝えても、いつも困ったような顔をして笑うだけだ。
今までの彼女はもっと嬉しそうな顔をしてくれていた。今ほど心のこもっていない言葉だったのに、私を好きで仕方ないという顔で、嬉しそうに――。
そのうちリリアーヌが「悪女」と噂されるようになった。私がリリアーヌだけを特別扱いし、溺愛している姿を見て嫉妬した女性たちが囁き始め、広まった噂のようだ。私がいくら愛を伝えても、そっけない態度を貫く彼女を非難する目的らしい。
意図した展開ではなかったが、リリアーヌは周囲の噂をとても気にしていた。外見ばかり立派で中身が伴わない「ハリボテ令嬢」と呼ばれている彼女は、それを気にして勉強に打ち込むことにしたと言っていた。
それだけ周囲の噂を気にするのだから、悪者になりたくないからと婚約破棄は取り下げてくれるかもしれない。そうするに違いない。
私はリリアーヌを取り戻すことに必死になっていて、彼女がつらい思いをしている事実から目を逸らした。
こんなにも愛しているのだから、どうか以前のように想いを返してくれと祈るような気持ちで彼女に愛を伝え続けた。
結局、私は自分が大切だったのだ。噂を気にする彼女だからこそ「悪女」と呼ばれてつらくないはずがないのに、それを彼女を取り戻す好機とすら捉えていたのだから。彼女に戻ってきてほしいと切望しながらも、どこまでも自分本位な自分に反吐が出る。
――だが、それで彼女を諦めないで済むのなら、使える手段は全て使ってやる。
そんな決意を胸に秘めたときだった。
私の前にルイナルド王太子殿下が現れたのは――。
私と彼女の縁は親が結んでくれたものだったが、私はその縁をとても貴重で得難いものだと思っていた。好意をストレートに伝えてくれる彼女を、いつしか私も大切に思うようになっていたから。
彼女と人生を共にし、誰よりも幸せな夫婦となる未来を私は疑っていなかった。
私という人間について誰かに聞くと、ほとんどの人が家柄、容姿、能力、どれをとっても最高水準で、何もかもが完璧だという答えを返すだろう。
それはありがたくも両親から受け継いだ先天性のものと、私が努力の上積み重ねた結果を含めた総合的な評価であって、私の認識と相違ない。
一方、婚約者であるリリアーヌはいたって平凡な貴族令嬢であった。客観的に言えば伯爵家の令嬢なので公爵令息の私と比べれば家格は落ちるし、平凡な顔立ちに平凡な髪色で、勉強面もあまり秀でていなかった。
どこが、と問われると返答に困るが、彼女は私にとって確かに可愛く、いわば妹のような愛すべき存在であった。将来を共にしない選択肢など少しも考えたことがなかったし、彼女が彼女であるだけで私にとっては誰よりも価値ある存在だったのだ。
しかし、完璧と称される私の婚約者として羨望と嫉妬を一心に集め、幼い頃より私との釣り合いにおいてアンバランスさを指摘され続けた彼女は、努力の比重を美容のほうに傾け、いつしか外見だけ綺麗に着飾って中身が伴わない「ハリボテ令嬢」だと揶揄やゆされるようになった。
彼女の魅力はその「中身」にこそあるのに、それが理解できない人たちは可哀想だと思っていた。
だが、一番それを知っていなければならない私は十分彼女の魅力を理解している。社交界は放っておいても次から次へと噂の対象が移り変わるし、その全てを統率することは困難だ。
彼女は私にとって特別な存在ではあるが、私が守ってばかりいては、将来公爵夫人として密接に関わるであろう社交界を息のしやすい場所にしていくことは難しい。好き勝手言う外野は気にする必要はないし、そういう輩の言うことは聞き流すに限る。
これも彼女と私の将来のためだと自らに言い聞かせ、私たちの関係を揶揄する噂は無視していた。
彼女はいつも私のことを褒め称えてくれたし、私に近づく女性に嫉妬する姿は可愛かった。彼女の存在がそばにあるだけで私の自尊心は常に満たされ、自己肯定感は否応いやおうなく高まった。
私がミディール学園に入学した頃からなかなか会えなくなってしまったが、会えた日は心が満たされたし、彼女が変わらず私を慕ってくれていることを確認して安心していた。
しかし、彼女がミディール学園へ入学した日以降、私たちの関係は変化してしまった。
いつもなら誰よりも私のことを優先していたのに、その日はなぜか私よりも弟ノアを優先した。とても驚いたから鮮明に覚えている。馬車に乗る間際には抱擁すらしていたからイライラした。
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だが、彼女は普段から弟を可愛がっていたから、学園入学の緊張で心細くなっただけだろうとその場では納得した。
しかし、そのあと馬車に乗り込んでからも少しおかしかったように思う。急に私よりも勉強を優先すると言い始め、理由を聞くと私のためだと言う。
私のためというのなら否定のしようもなかったし、普段とは異なって可愛く私に甘えるように尋ねられたので、ドキドキしてしまい、深く考えもせず勢いで許してしまった。
しかし、そのことは後悔はしていなかった。そのとき見せてくれた彼女の笑顔が本当に可愛くて癒されたから。
その後はパタリと彼女とは会えなくなってしまった。休息日にデートに誘ってもあっさりと断られた。それまでは喜んで受け入れてくれたのに……。
彼女の趣味や興味に沿った誘い方をしても駄目だった。勉強を理由に全く相手にされなくなってしまった。
それからだ。私の人生の歯車が少しずつ狂い始めたのは。
――彼女が私から離れてしまう……?
盲目的に私を愛してくれていたはずの彼女は、それからも勉強を理由にデートの誘いを断り続けた。
リリアーヌはそのままでいいと私自身は思っていたが、未来の公爵夫人として勉強をして悪いということはない。頑張りたいというなら見守ろうと思ったのに。彼女に会えないだけでこんなに不安になるなんて――。
――私に相応しく在るために勉強がしたいという理由は本当なのか?
急激に不安に駆られた私は、自分の気持ちが制御できなくなって、混乱した。
――こんなに私が彼女に固執するのは何か理由があるはずだ。彼女に会えないだけでこんなにも気持ちが乱れるのは褒められたことではない。平常心を保つために必要なものは何なのか――。
彼女が私を全肯定してくれることを何より気持ちよく思っていたのだから、他の誰かに肯定してもらえばこの絡まった糸のような私の気持ちもほぐれるのではないかと思った。
冷静になって考えると、どうしてこんな考えに至ったのか理解に苦しむ。
しかし、唯一言えることは、その時の私は「彼女を異・性・と・し・て・愛する自分を認められなかった」ということだ。
そうして、いつまでも捕まらない彼女を諦め、私は彼女以外の人に心の安寧を求めてしまった。そうしないと私を構成する全てが崩れてなくなってしまう気がしたのだ。そんなはずはないのに――。
こんなことをしていてはいけない、彼女に対する最大の裏切りだ、と頭の隅すみで理解していながらも、心のバランスを取り戻すためなのか、自分の意志ではやめることができなかった。
彼女が私から離れていってしまうかもしれないと思ったら、いてもたってもいられなかったのだ。言い訳にしかならないが――。
そして、二人目、三人目と愚かな行為を続けたそのあとに、私は確信したのだ。リリアーヌではない誰かと一緒にいても、たとえ体を繋げたとしても、私の心はちっとも満たされないということを。
私が必要としていたのは「私を肯定してくれる誰か」ではなかったのだ。
「愛する人に愛されている」という実感こそが私に自信と力を与えてくれていたのだと――。
そう理解すると、リリアーヌの心がどこにあるのかわからないことが、私をこんなにも不安定にしているのだと結論づけられた。
他の女性に埋めてもらえるはずもなかったのだ。本当に愚かなことをしてしまった。
私はリリアーヌが惜しみなく与えてくれる愛情の上にあぐらをかいて座って満足していたのだ。それが当然無限に与えられるものだと疑いもせず――。
やっと認めることができたこの気持ちをリリアーヌに伝えなければ、と動こうとした矢先、愚かな私がしでかしてしまった裏切り行為がリリアーヌに知られ、婚約破棄を申し出られることとなった。
さらに現場を目撃されてしまったと聞き、目の前が真っ暗になった。彼女が証言した場所でしたことは確かに記憶にあったのだから――。
……それにしても、強固な隠匿いんとく魔法を駆使して外部から見えないよう細工していたはずだ。彼女にそれが破られるとは思わない。どうして目撃されてしまったのか……。
なぜ、どうして……と、目まぐるしく考えていたが、どうにも答えに辿り着けない。
だが、ゆっくりと理由を考えている時間はなかった。私はこのまま婚約破棄され、彼女と夫婦となる未来を諦めることができそうになかった。
自分の過ちを心から悔い、どうすればリリアーヌの気持ちを取り戻せるかと考えていると泣けてきた。物心ついた頃から涙を流した記憶はない。こんなにも私の精神は弱くなってしまったのかと絶望した。
だが、そんな私の珍しい姿を見て狼狽えた父の援護もあって、三カ月の猶予をもらうという交換条件を取り付けられた。この猶予の間に必ずリリアーヌの心を取り戻す。どんなことをしても達成しようと心に決めた。
そうして得た三カ月の猶予の間は、今までの想いをも届けるように、熱烈にリリアーヌへ愛を囁いた。自分の気持ちに気づいた今、他ならぬリリアーヌのためならばいくらでも甘い言葉が出てきた。
――初めからこうすればよかったのだ。やっと気づけてよかった。
心をこめて真摯に伝え続ければ、リリアーヌは私の下に戻ってきてくれるはずだと信じていた。
そのうち、学園内では私がリリアーヌを溺愛しているという噂で持ちきりになった。なぜか、リリアーヌではない他の女性からこれまで以上にアプローチを受けるようになった。それなのに、リリアーヌだけが戻ってこなかった。
もう、遅いのだろうか?
リリアーヌは私が「愛している」と伝えても、いつも困ったような顔をして笑うだけだ。
今までの彼女はもっと嬉しそうな顔をしてくれていた。今ほど心のこもっていない言葉だったのに、私を好きで仕方ないという顔で、嬉しそうに――。
そのうちリリアーヌが「悪女」と噂されるようになった。私がリリアーヌだけを特別扱いし、溺愛している姿を見て嫉妬した女性たちが囁き始め、広まった噂のようだ。私がいくら愛を伝えても、そっけない態度を貫く彼女を非難する目的らしい。
意図した展開ではなかったが、リリアーヌは周囲の噂をとても気にしていた。外見ばかり立派で中身が伴わない「ハリボテ令嬢」と呼ばれている彼女は、それを気にして勉強に打ち込むことにしたと言っていた。
それだけ周囲の噂を気にするのだから、悪者になりたくないからと婚約破棄は取り下げてくれるかもしれない。そうするに違いない。
私はリリアーヌを取り戻すことに必死になっていて、彼女がつらい思いをしている事実から目を逸らした。
こんなにも愛しているのだから、どうか以前のように想いを返してくれと祈るような気持ちで彼女に愛を伝え続けた。
結局、私は自分が大切だったのだ。噂を気にする彼女だからこそ「悪女」と呼ばれてつらくないはずがないのに、それを彼女を取り戻す好機とすら捉えていたのだから。彼女に戻ってきてほしいと切望しながらも、どこまでも自分本位な自分に反吐が出る。
――だが、それで彼女を諦めないで済むのなら、使える手段は全て使ってやる。
そんな決意を胸に秘めたときだった。
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