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第三章 偽装婚約?

二人の関係

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 ジェセニア伯爵家へ挨拶に来てくれたあと、私も国王陛下と王妃陛下にご挨拶させていただいた。事前に婚約の了承は得ているし、王家とジェセニア伯爵家の間の契約としても、双方確認して成立している。
 今回は政治的な思惑あっての婚約だから、形式的な挨拶となるはずだったのだけれど、何故か国王夫妻はとても私のことを気に入ってくださっていて話に花が咲いた。
 
 そして、その日のうちに婚約者披露パーティーの日付けまで決まってしまった。国王陛下のご公務の都合上、そこしか時間が取れないとのことで……。
 そもそも、私は「婚約披露パーティー」をわざわざ開く必要があるのかというのが疑問で、恐れ多いことながら質問すると、即座に「絶対必要」という答えが返ってきた。国王陛下と王妃陛下の声が揃っていた。素晴らしい阿吽の呼吸だった。
 国王陛下の発案なので私に拒否するつもりは全くなかったのだから、その上「お願いだからパーティーを開催させてほしい」と両陛下から懇願されたときには畏れ多すぎて血の気が引いた。馬鹿な質問をしてしまったものだ。
 
 婚約披露パーティーについては、王室の慣例として絶対開かなくてはならないということはないが、前例がないことでもないらしい。
 現にルイ様の亡くなったお祖父じい様がお祖母ばあ様と婚約されたときには開催されたそうだ。
 両陛下はとても待ち遠しそうにパーティーについて語っていらしたので、ルイ様はご両親に愛されているのだなぁと微笑ましく思った。
 
 そのパーティーの開催日として決まった日は、なんと学園においては大事な定期試験が行われる前日だった。どうしてその日に……! とは思ったが、国王陛下のご公務のほうが優先だ。仕方がない。
 
 そんな経緯から、今は定期試験のための勉強と婚約披露パーティーのための準備、この二つを並行して進めているところなのだ。

「あの……」
「うん? なに? リリー」

 声をかけるとすぐさま美貌の王太子殿下に顔を覗き込まれ、私は咄嗟に目を逸らす。

「えっと、ここなのですが、解き方がわからなくて……」
「うん? 見せて……」

 私たちがこんなところで勉強しているのも、そのためだ。

「あら、仲の良いお二人ですね」
「そうなのそうなの。いいでしょう?」

 なぜか私たちは王妃陛下と王室のお抱えデザイナーさんに見守られながら教科書を覗き込んでいる。
 居心地の悪さに身じろぎする私とルイ様が勉強している場所は、王妃陛下のドレスルーム。
 
――こんなの、どっちにも集中できない……!

 
✳︎✳︎✳︎

 少し時間を戻して先ほどこの部屋に到着したときのこと。
 
 王妃陛下をお待たせしてはいけないから……と、早めに到着した私は、時間潰しに参考書を眺めていたのだけれど、そこになぜかルイ様も早めにやってきたのだ。
 てっきりルイ様も王妃陛下と一緒に入室されるのだろうと思っていたので不意をつかれてしまった。
 
 約束の時間までかなり待つだろうから――と、王妃陛下の侍女様からおいしそうなお菓子を目の前に置かれてしまったので、私は我慢できずにもぐもぐ食していたのだ。遠慮もせず――。
 
 言い訳を許してもらえるなら、二人が来る前に証拠隠滅するつもりだったのだ。すべてをお腹におさめ、お皿を下げてもらえば完全犯罪は成立するはずだったのに――。

――来るなら来るって言ってよーー……。

 私は好きな人に食い意地のはった女と認識されるためにここへ来たのではない。

――さてはあの侍女さんもルイ様のことが好きなの……? 私は罠に嵌められてしまったの……!?

 私が王妃陛下の侍女様に畏れ多くも妄想冤罪を被せようとしている間に、ルイ様は私のすぐそばまで瞬間移動をしていた。

「おいしそう。僕にもくれる?」

 びっくりして固まった私の隣へごく自然に座ったルイ様は、このとてつもなくおいしいクッキーをご所望らしい。
 私はドキドキしながら「どうぞ……」とお皿をルイ様のほうへ近づけてルイ様を仰ぎ見る。

「僕の手は今忙しいんだ……」

 ルイ様はそう言って切なそうに目を細めた。

――ルイ様の顔見るんじゃなかった色っぽすぎて$%#○☆\☆#$□%\#€△……それより手ぇ……

 私の手はルイ様に捕まっていた。
 私の指と指の間すべてがルイ様の指で埋められている。

――指が、絡まりあって、ぎゅって握られて……

 私の頭がパンクしそうになっているのにも関わらず、ルイ様はとても嬉しそうに、蜂蜜を垂らしたように甘くとろけた瞳で私を見つめている。

「僕の手は今リリーに夢中なんだ。だから、責任持って食べさせて?」

――手が……手がね! 私に夢中なわけじゃないからね! 勘違いしたらだめよリリアーヌ! ……待ってでもなんで私の手に夢中? あれ? どういうこと……?

 私は盛大に混乱しながらも、溶けそうになっている思考へ冷水になり損ねたぬるま湯を浴びせ、ルイ様に献上するためのクッキーを一枚手に取る。
 ちなみに、献上しなければと使命感に駆られていたこの時の私は、完全に恋愛脳にやられていたのだと思う。

「では、こちらをどうぞ……」

 パクリ。小さめのクッキーだったので、一口で全てがルイ様の口の中に収まった。
 そして、「ちゅ」というリップ音と柔らかな感触を残し、ルイ様の唇は私の指から離れていった。

――待って待ってまって、もう何も考えられない思考停止供給過多です……

 私は机の上に突っ伏した。
 確実に真っ赤に染まっている顔をルイ様すきなひとに見られたくないという防衛本能が働いたのだと思う。
 でも、ルイ様の手と繋がれたほうの手はそのまま。私が離したくなかったから。それと、ルイ様も離そうとしなかったから。

 その後十分くらいで復活した私は、抗議をするためにルイ様に向き合った。
 でも、いざ言葉にしようとすると、何を言っていいのかわからなくなった。どっぷり蜂蜜漬けになった脳が復活するにはもう少し時間が必要なのかもしれない。
 
 言葉を失って固まる私に、ルイ様は妖艶な笑みを見せながらこう言ったのだ。

王妃陛下ははが来るまでもう少し時間があるから、今なら僕の時間を使いたい放題だよ」

 リリー、どうしたい? と――。
 
 キャパオーバーで思考が停止した私の頭には、この答えしか浮かばなかった。

「……勉強を教えてください」

 わけのわからないまま目の前の参考書に目を通していたら、いつの間にか脳が正常に働き始めたようで、数分したらいつもの図書館での二人に戻っていた。
 一つだけ違ったのは手を繋いだままだったこと。けれどそれも、王妃陛下が入室してきたのと同時に自然と解かれた。手を繋いでいる状態に慣れ始めていたから、少しだけ寂しかった。

✳︎✳︎✳︎

 私がルイ様に揶揄からかわれていた時間を除けば、私たちは真剣に勉強していた。
 
 約束の時間を少し過ぎて王妃陛下がいらしたとき、私たちは一旦勉強の手を止めたのだ。なのに、王妃陛下ご自身が「時間は有限だから」とそのまま勉強を続けるよう勧めてくれたのだ。
 王妃であるご自身を放置して勉強するよう促すなど、なんと先進的な考えの方なんだと感激した。
 
「ドレスは、私がしっかりばっちりプロデュースするから! 要所要所では意見を聞きたいからこの場には来てもらったのだけど、基本的には私に任せてもらっていいわ」

 王妃陛下にそう言われ、そんなわけにはいかないと反論を口にしかけたところ、ルイ様の追撃を受けた。
 
「母は婚約披露パーティーの日程が大事な試験の前日になってしまったことを気にしているんだ。私たちの都合でこうなってしまったこと、私も申し訳ないと思っている。もしリリーの迷惑でなければ私たちを頼ってくれないか?」
「迷惑だなんてとんでもないです……!」

 これはもう、この言葉しか受け入れられないに違いないと確信し、恐縮しながらも私は告げた。

「申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願いいたします……!」


 
「ルイナルド殿下とリリアーヌ様の仲の親密さを是非とも衣装でもアピールしたいですね……」
「できれば、国王夫妻わたしたちとの関係もとても良好ということを表現したいのよね」
「それでは、王家の紋章を模したデザインを……」
「まあいいわね。では、ルイの衣装も……」

 そんな恐ろしい会話が繰り広げられていることにも、私は全く気づかず――。
 お言葉に甘え、のんきに隣の存在にドキドキしながらも、近づく試験の日のために勉強へと身を投じたのであった。
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