死を願われた薄幸ハリボテ令嬢は逆行して溺愛される

葵 遥菜

文字の大きさ
23 / 46
第三章 偽装婚約?

新たな婚約

しおりを挟む
 後日、婚約の話を正式に進めるため、王太子殿下が自らジェセニア伯爵家に挨拶に来てくれた。
 
 今日も今日とてかっこよすぎて瞳に優しくないルイ様に見惚れ、婚約の承諾を自分の両親に得ている姿に感動し、今お見送りまで完了したところだ。
 好きだと自覚するとどんなルイ様も素敵に見えて困る。いや、今までも最高にかっこよかったのだが。
 
 私がそんなことを考えながらうっとりした気持ちでルイ様を乗せた馬車が見えなくなるまで眺めていたら、ノアが唐突に呟いた。

「やっぱり、こうなったんだね。でも、アイツなら僕、認めてあげないでもない」
「え? ルイナルド王太子殿下のこと? ……ノアは、彼のこと知ってるの?」
「まあ、僕も直接話したことがあるわけじゃないけど……姉様が僕によく話してくれたじゃないか。図書館でよく一緒になったって。アイツのことなんでしょ?」
「ああ、学園の図書館でね。でも、王太子殿下のことを『あいつ』なんて言っちゃだめよ」

 私が軽くたしなめると、ノアは「わかってるよ」と不服そうに唇を前に突き出している。そんな顔も可愛い。
 
「学園でもそうみたいだけど、僕が言ってるのは何年か前の王宮の図書館でのことで……」

 私たちが玄関ホールの扉のそばで話していたところ、侍女のシエンナが「お話し中、申し訳ありません」と焦った様子で割り込んできた。

「こちら、王太子殿下のお忘れ物のようです」

 私はシエンナが手にしているものを見て顔が青ざめた。

「まあ! 大変!」
「いかがいたしますか?」
「え……これ、届けないとまずいわよね? お父様はなんて?」
「旦那様はリリアーヌ様に一任するとおっしゃっています。報告だけきちんとするようにと」
「……信頼してくれるのは嬉しいけれど、こんなに大切なものを私に預けるなんて……」

 私はため息をつきつつルイ様のあとを追いかけることに決め、ノアに告げる。

「ノアごめんね。話の続きはまたあとで」
「ううん。急ぐんでしょ? 馬車はもう呼んであるよ。もうすぐ来ると思うから」

 私がシエンナと話しながらも丁重にルイ様の忘れ物を受け取ったことで、状況を察したノアが先んじて馬車の手配をしてくれたらしい。さすが私の愛する弟。いい子すぎて感動した。
 その後すぐに到着した馬車に乗り込む。

「ノアありがとう……! じゃあ、届けてくるわね。シエンナ、お父様に伝えておいてね」
「姉様気をつけて。いってらっしゃい」
「承知いたしました。お気をつけていってらっしゃいませ」

 笑顔で手を振る愛らしいノアと、深く頭を下げるシエンナに見送られ、私は馬車に乗り込んだ。

「まあ、姉様が忘れてるならわざわざ思い出させる必要ないか。そこまでしてやる義理もないし。でもクラウスのゲス野郎よりは王太子のほうが断然マシだ。万一、王太子も姉様を悲しませるようなら僕が謀反を起こしてやる」

 馬車に乗った私に笑顔で手を振りながら、世界一可愛らしい私の天使・ノアがそんな物騒なひとりごとを呟いていたなんて、その後メイドのシエンナから伝え聞いてもなかなか信じられなかったけれど――。

✳︎✳︎✳︎

 結局ルイ様が乗る馬車には追いつけなくて、王宮までたどり着いてしまった。
 取り次ぎを頼むときに、お忘れ物がとても大事なものだったので直接お渡ししたい、と申し出るとすぐにアラスター様が出てきてくれた。アラスター様なら信頼できるので、ルイ様に渡してもらえるよう頼もうと思ったら、直接渡すよう促された。
 
 ――なんで? と思ったが、ルイ様がそう望んでいるからと言われれば拒否できるはずもない。アラスター様が直々に案内してくれて、通された場所はなんと一般貴族は立ち入り禁止の王族居住区域で、私は身を縮こませながらルイ様の元へと導かれた。

「ルイ様、リリアーヌ様をお連れしました」
「イアン、ありがとう」

 アラスター様はルイ様に声をかけられると、一礼してドアのそばまで下がった。

「リリー、よく来てくれたね」
「……! ルイ様、先ほどは当家までお越しいただきありがとうございました」
 
 ルイ様がシンプルなシャツとトラウザーズという普段は見られないラフな服装で現れたので、見てはいけないものを見てしまった気がして目を逸らしてしまった。
 
「リリー? 私に顔をよく見せて」

 甘い笑みを浮かべたルイ様に、両手で優しく頬を包まれ、顔を覗き込まれる。

――え、なにこれなんのご褒美? 

 最初こそバクバク鳴る心臓の音で冷静な思考が遮られていたけれど、私は元来自分の欲望に忠実なたちである。

――大好きな人に恋人扱いしてもらえるなんて、こんなご褒美展開この先ないかもしれない!

 即座に頭を切り替えた私は、突如訪れた至福のときに全力で身をゆだねることにした。
 そうすると緊張で強張っていた気持ちがほぐれ、身体に入っていた余計な力も抜ける。
 
 私の両頬に添えられたルイ様の手に自分の手を重ね、アレキサンドライトの瞳をまっすぐ見つめた。彼の慈愛に満ちた瞳を見ると、自然と笑みが溢れた。

「さっきまで飽きるほど見ていたではないですか。まだ足りないですか?」
「うん。足りない。ずっと見ていたい。ひと時も離れることなく」

――ルイ様が完璧に私を堕としにかかっている……!

 とっくに彼に墜ちきっている私だけれど、さらに深いところへと誘われるようだった。
 ルイ様と本当の恋人同士だったら純粋に喜べたのに、二人の関係はただ友情で結ばれているだけだ。
 
――でも、ただの友人にこんなことを言うだろうか?
 
「私の愛しい婚約者殿。忘れ物を届けに来てくれたと聞いたよ。ごめんね、こんなところまで来させてしまって」

 そうだ。ここは彼の私室。次期国王の私室なのだから、メイドも控えていれば護衛も配置されている。ルイ様は彼らに聞こえても違和感を抱かれることがないように演技をしているのだ。そう考え至って納得した私は、私も彼に合わせなければ、と口を開いた。

「ルイ様、先ほど別れたばかりなのに、どうしてもお会いしたくなって追いかけてきてしまいました。それから、これをお忘れになっていたので一緒に持ってきました。大切なものでしょう?」
「うん。会いに来てくれるのを待っていたんだ。剣も、わざわざ届けさせてしまって悪かったね。本当にありがとう」

 そんなことを言いながら私が差し出したものをルイ様が受け取る。
 それは、王族が正装するときに必ず身につけることが知られている剣だった。しかも、国王と王太子しか持つことを許されていない特別な剣だ。
 大切なものたから、きちんと渡せてよかった。私は万一失くしたら、壊したら、盗まれたらどうしようという緊張感から解放されて、ほっと安堵の息を吐いた。

「まあ、リリーよりも大切なものなんてないけどね」

 爽やかに甘く笑んだルイ様は、本当にかっこよくて。元々素敵な人だとわかっていたけれど、好きだと自覚した途端、ルイ様の素敵だと思っていたところが何倍にも増して素晴らしく見えてくるのはなぜだろうと熱に浮かされたように考えた。
 
 気を抜いたところに滑り込んできた不意打ちの恋人演技に、私はついに顔を真っ赤に染め上げてしまった。いや、自分からは見えないのだけれど……。顔が熱いから、多分真っ赤になっていると思うのだ。

――なにそれなにそれなにそれ! 殺し文句にも程があるでしょーーーー!

 私はこの人に一生敵わないに違いないということを確信した。

 なお、同じ空間内に控えていたアラスター様を始めとする空気に徹していた使用人一同は「二人を見ているだけで砂糖を吐きそうだった」という見解で一致し、その共通認識はその日のうちに王宮中に広まったということをあとで聞かされたのだった――。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

結婚前夜に婚約破棄されたけど、おかげでポイントがたまって溺愛されて最高に幸せです❤

凪子
恋愛
私はローラ・クイーンズ、16歳。前世は喪女、現世はクイーンズ公爵家の公爵令嬢です。 幼いころからの婚約者・アレックス様との結婚間近……だったのだけど、従妹のアンナにあの手この手で奪われてしまい、婚約破棄になってしまいました。 でも、大丈夫。私には秘密の『ポイント帳』があるのです! ポイントがたまると、『いいこと』がたくさん起こって……?

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

悪役令嬢に転生したと気付いたら、咄嗟に婚約者の記憶を失くしたフリをしてしまった。

ねーさん
恋愛
 あ、私、悪役令嬢だ。  クリスティナは婚約者であるアレクシス王子に近付くフローラを階段から落とそうとして、誤って自分が落ちてしまう。  気を失ったクリスティナの頭に前世で読んだ小説のストーリーが甦る。自分がその小説の悪役令嬢に転生したと気付いたクリスティナは、目が覚めた時「貴方は誰?」と咄嗟に記憶を失くしたフリをしてしまって──…

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~

流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。 しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。 けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。

処理中です...