死を願われた薄幸ハリボテ令嬢は逆行して溺愛される

葵 遥菜

文字の大きさ
22 / 46
第三章 偽装婚約?

陥落

しおりを挟む
 私は授業が終わったあと、いつも通りルイ様たちの待つ図書館に向かうところだった。

――それが、なぜこんなことに……?

 目の前には片膝をつき、なにかを乞うように一心に私を見つめる元婚約者クラウス――。

「お願いだ。リリアーヌ。なんでもする。お願いだから私と結婚してほしい。私はきみでないとだめなんだ」

 私は細くため息をつくことしかできなかった。同じやりとりをもう何度も繰り返していて、結果はくつがえったことがない。
 
 婚約破棄前までは公衆の面前でこのように愛を囁いて私にも同じ気持ちを返すよう強要していたが、婚約が破棄されると周りの目を気にするようになったのか、今のように強制的に空き部屋に連れて来られるようになった。

「ベリサリオ様。もう何度も申し上げていますが、私の気持ちは変わりません。お断りいたします」
「……でも、私と結婚したらリリアーヌの悪評は収まるだろう? 私のせいで傷つけてしまって本当に申し訳なかったと思っているんだ。もう二度としないと誓う。この大きすぎる罪をきみの隣で一生涯、誠心誠意償わせてほしい。だから……」
「ベリサリオ様、もう私たちは元の関係には戻れません。あなたのことを好きだった私はいなくなったのです。どうか、私を自由にしてください」
「リリアーヌ、どうして……お願いだから……」

 縋り付くクラウスと断る私。もはや見慣れた光景だ。この堂々巡りの応酬も。
 これ以上どうしろというのか。私は心底困り果て、心の安寧を求めるように「早くルイ様に会いに行きたい……!」と強く心の中で呟いた。

「こんなところにいたのか。私の最愛の婚約者殿。迎えにきたよ」
「ルイ様……!」
「婚約者……?」

 会いたいと思っていた瞬間にその人本人が現れたので、私は感激してルイ様の元へ駆け寄ってしまった。
 その光景を目にしたクラウスには二人の関係が「本物」らしく見えたのかもしれない。
「婚約者」という単語に過敏なほど反応しているように見えたクラウスは、非常に不機嫌そうな顔で「そういうことか」と呟いた。

「殿下。私のリリアーヌがほしいなら正面から私に挑んでほしかったですよ。こんな卑怯な手を使うなんて……」

――何を言っているのだか。

 私はクラウスが発したそのセリフを耳にした途端、猛烈な怒りが胸の内に渦巻くのを感じた。
 
 だって、私たちの婚約を破棄することになったのは、間違いなくクラウスの責だ。なぜ私の味方になって助けてくれたルイ様が「卑怯」などと侮辱されなければならないのか。

「ベリサリオ様。聞き捨てなりません。誰よりも素敵なを他でもないあなたが侮辱するなんて。訂正してください」
「リリアーヌ! 私だって聞き捨てならない。誰だって? きみは私のものだろう」

 クラウスがすごい剣幕で迫ってきたけれど、負けていられないと思った。私はもうクラウスの婚約者ではない。それなのにいつまでも彼の所有物扱いされることは我慢ならない。
 
 そうだ。ルイ様は私の婚約者となるのだから、もうクラウスに煩わされることもないのだ。
 貴族社会では婚約者を持つ異性に近づくことは忌避されるから――。クラウスを遠ざける大義名分にもなるということだ。こんな素敵な解決策を授けてくれたルイ様には感謝しかない。

「私はルイ様の婚約者となる身です。ですから、今後は私に近づくことはお控えください」
「な……! リリアーヌ、殿下に手を貸してもらって私の術を暴いたんだろう? それがなければ私たちはうまくいっていた! 私はリリアーヌを愛する気持ちに正直になれたし、リリアーヌは愛する私と結婚できたのに……!」
「違います。ベリサリオ様」

 私は首を横に振った。
 クラウスの主張は根本から間違っている。

「私は、元々どうすればあなたと婚約解消できるか考えていました。そんな時にあなたと女性の逢瀬を偶然目撃してしまったのです。そして、ルイ様もその場に偶然居合わせたのですよ。その縁で力を貸していただいていただけです。言ってみれば、あなたのおかげで私たちの縁が結ばれたともいえますね?」

 ルイ様は控えめに私の背中に手を添え、「触れてもいい?」と目で語りかけてくれた。私は彼の意を汲み取り、笑顔で了承の合図を送る。彼はこうしていつも私に最大限配慮してくれるのが嬉しい。
 私が頷いたことを確認したあと、私の肩を抱いたルイ様はクラウスに向き合った。
 
 私の説明を聞き、この一連の無言のやりとりを見て、クラウスが絶望の底に落ちていたことに、このときの私は全く気づかなかった。

「リリーはもう私の婚約者になることが決まっているから、きみの求婚は受けられない立場なんだ。わかってくれるだろうか? 彼女のことは私が大事に守って必ず幸せにするから安心してほしい」

 ルイ様の隣にいて、肩を抱かれて体温を感じていると、こんな状況なのに心から安らげて驚いた。
 
 私より頭一つ高い位置から太陽のように温かな視線が降り注ぐ。
 ルイ様の笑顔は大輪の薔薇が綻ぶように優しく華やかで美しい。それでいて、瞬く瞳は夜空に輝く星のように煌めいている。昼と夜の全ての自然美を閉じ込めたような魅惑的な笑顔は、否応なく私の心臓を高鳴らせる。

「私と彼女の縁を結んでくれたことは感謝する。だが、もう彼女のことを呼び捨てになどしないことだ」

 最後は片目を瞑りながら牽制までしてくれた。そんなキザな仕草もルイ様がすると洗練されていて見惚れてしまった。
 そして、「私が嫉妬してしまうからね」と私を愛おしそうに見つめながら言ってくれた。目線だけで甘やかされた気分だ。これでキュンを抑えろというのは無茶な要求だと思うのだ。
 
 思い出すと、クラウスの隣では不安、嫉妬、劣等感、妬み嫉み……負の感情を持つことが圧倒的に多かったように感じる。
 対して、ルイ様と一緒にいると温かな瞳に柔らかな笑み、優しい言葉、安心、穏やか、安らぎ……ぽかぽかする気持ちでいっぱいになる自分に気づいた。
 
――こんなの、好きにならないなんて無理じゃない。

 いつからかなんてわからない。
 私は、自分でも気づかないうちにルイ様に陥落していた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

結婚前夜に婚約破棄されたけど、おかげでポイントがたまって溺愛されて最高に幸せです❤

凪子
恋愛
私はローラ・クイーンズ、16歳。前世は喪女、現世はクイーンズ公爵家の公爵令嬢です。 幼いころからの婚約者・アレックス様との結婚間近……だったのだけど、従妹のアンナにあの手この手で奪われてしまい、婚約破棄になってしまいました。 でも、大丈夫。私には秘密の『ポイント帳』があるのです! ポイントがたまると、『いいこと』がたくさん起こって……?

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

悪役令嬢に転生したと気付いたら、咄嗟に婚約者の記憶を失くしたフリをしてしまった。

ねーさん
恋愛
 あ、私、悪役令嬢だ。  クリスティナは婚約者であるアレクシス王子に近付くフローラを階段から落とそうとして、誤って自分が落ちてしまう。  気を失ったクリスティナの頭に前世で読んだ小説のストーリーが甦る。自分がその小説の悪役令嬢に転生したと気付いたクリスティナは、目が覚めた時「貴方は誰?」と咄嗟に記憶を失くしたフリをしてしまって──…

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~

流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。 しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。 けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。

処理中です...