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第三章 偽装婚約?
婚約パーティー③
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王室の皆様の細やかな心配りのおかげで、「悪女」な私は一瞬にして「王室に寵愛される婚約者」へと格上げされた。
ただ、これは表面的な評価にすぎないと私自身も理解している。
この場は王太子殿下の婚約披露パーティーであり、貴族たちの公式な社交の場でもあるので、「悪女を婚約者にするなんて!」などと表立って糾弾されることはない。
特に、今回のパーティーは私たちと同年代の人たちは招待されておらず、親世代のみへのお披露目となった。
だから、ミディール学園に戻ったら……学生たちの反応は未知数だ。
個人的には、さすがに王太子殿下の婚約者を無下にはできないと思うから、物理的な被害は減るのではないかと予想している。
それだけで私はとてもありがたいと崇拝する勢いなのだけれど、ルイ様たちはそれでは不満らしい。
――正式な婚約者として扱っていただけるだけでもありがたいのに、身に余る厚遇は私を堕落させるだけだと思うの……。
具体的にどう厚遇してくれるかと言うと、特にルイ様が徹底的に私を甘やかしにくるのだ。
「……いい? 今日は絶対に私から離れないでね?」
ルイ様が心配そうに私の顔を覗き込む。
相変わらずの心臓に悪い美形で、私の惚れた弱味フィルターも間に挟まれているので、顔の良さにより磨きがかかっている。
――大丈夫。私はずっとルイ様に囚われているから。
なんて言葉は実際には口にしないけれど。
「はい。今日は私のこと、離さないでくださいね」
婚約者としてこれくらいは言っても許されるだろう、というラインを越えないように、細心の注意を払いながら今だけの会話を楽しむ。
そう。私は戸惑いながらも、全力で楽しむことに決めたのだ。堂々とルイ様の婚約者として振る舞える機会は、この役目が終われば二度と訪れないかもしれないから――。
この立場を本物にしてしまいたいとは切望しているところだけれど、実現する可能性は低いという現実も同時に理解している。
所詮、今だけの夢。いずれは現実に戻らなければいけないならば。今この瞬間を大いに満喫してもいいじゃない? と思い至ったわけである。
「今夜はずっと一緒にいてもらう予定だから……覚悟しててね?」
そう私の耳元で呟いたルイ様は、その言葉が私の頬を染めてから妖艶な笑みを見せる。
これは現実なのか夢なのか、私はふわふわした気持ちでだんだんわからなくなってきていた。
かくしてルイ様に極限まで甘やかされて夢現だった私は、自分が完全にルイ様のペースに巻き込まれていた事実に、ずっとずっとあとになって気づくことになるのだ。
ただ、そんな状態でも私はやはり翌日の試験が心配だった。
こうして好きな人の隣で、好きな人と一緒に、好きな人の婚約者として挨拶回りできるなんて夢のようだ。その幸せには存分に浸って、求められる役割もしっかり果たしたいと思ってはいるのだけれど、やはり明日の試験でいい成績をとって「奨学生」に選ばれることは譲れない。
好きな人と過ごせる時間も大切なものだけれど、それも「命」があればこそだから。
ルイ様は私たちのところへひっきりなしに訪れる名だたる貴族の当主たちに、私を猫可愛がりする姿をこれでもかと見せつけてくれた。
事前に暗記しておいた招待客のリストと照合しても、特に重要な方々への挨拶は終わっている。
私たちへの挨拶を終えた貴族たちは各々の目的のため社交に励んでいるし、今日のお役目はもう終えたと判断していいだろう。
そろそろ明日の勉強をするためにお暇してもいいだろうかと聞きたくて、意を決してエスコートしてくれているルイ様に声をかけた。
「ルイ様」
「うん? どうしたの? 疲れた? 少し休もうか?」
「すみません、そろそろ失礼させていただいても……?」
「ごめんね、もう一人だけどうしても紹介しておきたい人がいて……遅れているみたいなんだ。だから……」
ルイ様が「どうしても」と言うのなら、絶対に必要なことなのだ。それなら仕方がない。
「承知しました」と伝えようとして口を開きかけたところで、ルイ様が言葉を続けた。
「終わったら、一緒に勉強しよう。明日の試験が気になっているんだよね? 僕なら教科別に教師陣の問題の出し方の傾向と、対策まで教えてあげられるから、役に立つと思うよ? どうかな?」
――傾向と対策……⁉︎
ありがたすぎる提案に胸がときめいた。
ルイ様の助けなんて喉から手が出るほどほしいに決まっている。
「一生ついていきます……! よろしくお願いします……っ!」
私は目を輝かせてルイ様の提案に飛びついた。
ルイ様は痒いところに手が届くというか、私のことをよくわかっているというか、きっと観察眼が優れているのだ。気遣いの人だし、この容姿なので女性にモテるんだろうなぁと思うことが多々ある。
「今日のためにリリーが招待客についてたくさんの情報を集めて準備していたこと、知ってるよ」
ルイ様にはなぜか私の行動が筒抜けだ。
同じ王宮に暮らしているのだから、当然かもしれないけれど。
「今日のための勉強に時間を使った分、明日の試験のために割く時間が減ってしまっただろう? その分はしっかり僕のほうで補填するから、安心して」
こうして私が安心して明日の試験に臨むことができるだろうことが確定した。
なんならいい点を取れることも確定したかもしれない。ルイ様に頼りきりでズルしている気にならなくもないけれど。でも、頑張って暗記するのは間違いなく少し出来の悪い私の頭なのだから、許してもらえるだろう。
私は心の中でルイ様を神様のように拝み、安心してその身を委ねたのだった。
ただ、これは表面的な評価にすぎないと私自身も理解している。
この場は王太子殿下の婚約披露パーティーであり、貴族たちの公式な社交の場でもあるので、「悪女を婚約者にするなんて!」などと表立って糾弾されることはない。
特に、今回のパーティーは私たちと同年代の人たちは招待されておらず、親世代のみへのお披露目となった。
だから、ミディール学園に戻ったら……学生たちの反応は未知数だ。
個人的には、さすがに王太子殿下の婚約者を無下にはできないと思うから、物理的な被害は減るのではないかと予想している。
それだけで私はとてもありがたいと崇拝する勢いなのだけれど、ルイ様たちはそれでは不満らしい。
――正式な婚約者として扱っていただけるだけでもありがたいのに、身に余る厚遇は私を堕落させるだけだと思うの……。
具体的にどう厚遇してくれるかと言うと、特にルイ様が徹底的に私を甘やかしにくるのだ。
「……いい? 今日は絶対に私から離れないでね?」
ルイ様が心配そうに私の顔を覗き込む。
相変わらずの心臓に悪い美形で、私の惚れた弱味フィルターも間に挟まれているので、顔の良さにより磨きがかかっている。
――大丈夫。私はずっとルイ様に囚われているから。
なんて言葉は実際には口にしないけれど。
「はい。今日は私のこと、離さないでくださいね」
婚約者としてこれくらいは言っても許されるだろう、というラインを越えないように、細心の注意を払いながら今だけの会話を楽しむ。
そう。私は戸惑いながらも、全力で楽しむことに決めたのだ。堂々とルイ様の婚約者として振る舞える機会は、この役目が終われば二度と訪れないかもしれないから――。
この立場を本物にしてしまいたいとは切望しているところだけれど、実現する可能性は低いという現実も同時に理解している。
所詮、今だけの夢。いずれは現実に戻らなければいけないならば。今この瞬間を大いに満喫してもいいじゃない? と思い至ったわけである。
「今夜はずっと一緒にいてもらう予定だから……覚悟しててね?」
そう私の耳元で呟いたルイ様は、その言葉が私の頬を染めてから妖艶な笑みを見せる。
これは現実なのか夢なのか、私はふわふわした気持ちでだんだんわからなくなってきていた。
かくしてルイ様に極限まで甘やかされて夢現だった私は、自分が完全にルイ様のペースに巻き込まれていた事実に、ずっとずっとあとになって気づくことになるのだ。
ただ、そんな状態でも私はやはり翌日の試験が心配だった。
こうして好きな人の隣で、好きな人と一緒に、好きな人の婚約者として挨拶回りできるなんて夢のようだ。その幸せには存分に浸って、求められる役割もしっかり果たしたいと思ってはいるのだけれど、やはり明日の試験でいい成績をとって「奨学生」に選ばれることは譲れない。
好きな人と過ごせる時間も大切なものだけれど、それも「命」があればこそだから。
ルイ様は私たちのところへひっきりなしに訪れる名だたる貴族の当主たちに、私を猫可愛がりする姿をこれでもかと見せつけてくれた。
事前に暗記しておいた招待客のリストと照合しても、特に重要な方々への挨拶は終わっている。
私たちへの挨拶を終えた貴族たちは各々の目的のため社交に励んでいるし、今日のお役目はもう終えたと判断していいだろう。
そろそろ明日の勉強をするためにお暇してもいいだろうかと聞きたくて、意を決してエスコートしてくれているルイ様に声をかけた。
「ルイ様」
「うん? どうしたの? 疲れた? 少し休もうか?」
「すみません、そろそろ失礼させていただいても……?」
「ごめんね、もう一人だけどうしても紹介しておきたい人がいて……遅れているみたいなんだ。だから……」
ルイ様が「どうしても」と言うのなら、絶対に必要なことなのだ。それなら仕方がない。
「承知しました」と伝えようとして口を開きかけたところで、ルイ様が言葉を続けた。
「終わったら、一緒に勉強しよう。明日の試験が気になっているんだよね? 僕なら教科別に教師陣の問題の出し方の傾向と、対策まで教えてあげられるから、役に立つと思うよ? どうかな?」
――傾向と対策……⁉︎
ありがたすぎる提案に胸がときめいた。
ルイ様の助けなんて喉から手が出るほどほしいに決まっている。
「一生ついていきます……! よろしくお願いします……っ!」
私は目を輝かせてルイ様の提案に飛びついた。
ルイ様は痒いところに手が届くというか、私のことをよくわかっているというか、きっと観察眼が優れているのだ。気遣いの人だし、この容姿なので女性にモテるんだろうなぁと思うことが多々ある。
「今日のためにリリーが招待客についてたくさんの情報を集めて準備していたこと、知ってるよ」
ルイ様にはなぜか私の行動が筒抜けだ。
同じ王宮に暮らしているのだから、当然かもしれないけれど。
「今日のための勉強に時間を使った分、明日の試験のために割く時間が減ってしまっただろう? その分はしっかり僕のほうで補填するから、安心して」
こうして私が安心して明日の試験に臨むことができるだろうことが確定した。
なんならいい点を取れることも確定したかもしれない。ルイ様に頼りきりでズルしている気にならなくもないけれど。でも、頑張って暗記するのは間違いなく少し出来の悪い私の頭なのだから、許してもらえるだろう。
私は心の中でルイ様を神様のように拝み、安心してその身を委ねたのだった。
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